「夕刊フジの挑戦」 出版記念の集い       アルバム

出版から5か月たった2005年3月12日、東京・日比谷の日本プレスセンター10Fで「『夕刊フジの挑戦』出版記念の集い」が開かれました。 一堂に集まるのは久しぶりということもあって満を持したOBが東西から集まり、その数120人。広い会場が狭く感じるほどでした。



(この写真はキャノンのアルバムサイトにアップしてあったものですが、2012年3月で閉鎖になったため、別のサーバーに上げたものです。この時点でOBからのアクセスは少ないもので600枚、 多いもので1000数百枚のダウンロード数でした。)

001_s-IMG_0614-r
この日の主人公、馬見塚達雄氏と影の主人公、山路昭平の両氏は大病の後だが元気に出席。
002_243_4332_1
お会いするのは初めてという人も多かったが、右は馬見塚夫人。姪御さんも参加された。
003_A_0004
昔の若手もいまや現役の営業局長や部長。駆けつけて受付やクローク係を勤めていただいた。
  004_A_0007
これはまたお珍しい、松井政治さん。「日吉の寮でやんちゃをようけ預かって苦労したわ」。そのわりにしわがない。
005_s-IMG_0607-r
渦中のライブドアとフジテレビの問題のさなか、駆けつけた羽佐間重彰・フジサンケイグループ名誉顧問は「夕刊フジの創業者は鹿内さんということが流布されていたが、馬見塚さんの著作でそうではないという正史ができた」と
006_s-IMG_0609-r
住田良能・産経新聞社長も駆けつけ「パリの山口さん、ソウルの久保田さん、営業担当の加藤さん・・・産経は夕刊フジの人材に支えられています」
007_s-IMG_0611-r
産経の首脳陣。
008_s-IMG_0612-r
フジ新聞社初代社長、永田照海氏の民子夫人と長女、舩越依津子さんも大阪から参加された。羽佐間・フジサンケイグループ名誉顧問も「テルカイさん」への敬意を。
009_s-IMG_0617-r
「マイクの音響が悪い」とプレスセンターへの恫喝を交えながらいつもの山路節健在。
010_s-IMG_0618-r
お二人とも大病されたとは思えない元気な姿。トレードマークのブルーのカラーシャツがなつかしい。
011_s-IMG_0620.-r
山路昭平、洋子夫妻。癇癪もちの悪弊はいまも直らず。右に温和な大森浩氏が見えるのが皮肉。
012_243_4338_1
何十年ぶりの再会という方も多かった。
013_243_4339_1
プレスセンター10Fの「アラスカ」も狭く感じる大勢のご出席ありがとうございました。左から4人目は九州・佐賀から駆けつけた村井禮仁氏。
014_s-IMG_0616-r
会場の「アラスカ」がほぼ一杯になるほどの盛況でした。左端に小林誠氏。
015_B_0013
テーブルの両端だが平野光男氏(グラスを両手に)と藤井元秀氏(黄色のネクタイ)。
016_s-IMG_0615-r
左端から東京新聞経済部次長というので驚いた戸谷正一、川上浩一郎、縣忠明、川島吉雄、小笠原満の各氏。
017_243_4321_1
この日の司会は、過去夕刊フジの忘年会のほとんどを手がけたこの二人。芝沼隆一、小泉良夫のご両人。
018_A_0042
こちらは競馬班。テレビでおなじみの榎本正男、出目論の品川達夫(馬見塚達雄)、穴党専科の天川光仁(大山宰治)の各氏。
19 019_B_0046
会場の一角では昔の全員集合写真、村井禮仁氏提供の夕刊フジの製本、座席配置のイラストなどが並べられた。左端は清水孝夫、右端は金田浩一呂氏。
20 020_243_4323_1
カメラを構える姿も昔ながら。西出義宗さんら写真部のほとんどがはせ参じた。ただし愛機はデジカメに変わっていた。
21 021_243_4324_1
千葉のさいはて旭村から細野憲昭、埼玉の奥から安藤徹、群馬県高崎市から大山宰治の3氏。
22 022_243_4341_1
一人異種が混じってますが元営業のメンメン。
023_243_4342_1
こちらは元編集のメンメンです。変わりモンですが姿形は変わってない方です。
024_243_4346_1
強いて言えば、元文化部あたりにいた方というか。高梨由美子、加藤雅巳、清水孝夫とうしろを通りかかる難波博幸の各氏。
025_243_4347_1
会田茂、志波吉勝氏。左上でまだタバコをやめられないのは佐藤将臣氏。
26 026_243_4351_1
川合芳久さんと嵯峨厚生さん。変わりませんねえ。川合さんは鶴見で建築会社を経営。
027_243_4352_1
塩谷安弘、丸山正一、嵯峨厚生の「世代を超えて」組。ここのアルバムの大半は塩谷さんの撮影です。
028_243_4353_1
丸山正一、長堀敏夫、植木賢、原口順安の4氏だが、右の3人は編集局2段ベッド上でのチンチロリンの師弟関係か。
029_243_4356_1
近藤節の、近藤唯之達人とヘラ釣りの川上浩一郎達人。サンケイは潰れるんではないか、という話になったとき近藤節で「新聞社が潰れるときは机の上のエンピツと原稿用紙がなくなる。ここにはふんだんにあるから大丈夫だ」と太鼓判を押した。
030_243_4358_1
金田浩一呂、矢村隆男、幾田進(編集長)、下條勝也、宮崎健の各氏。
031_243_4359_1
白髪クラブか。畑田栄一、小笠原満の両氏。
032_243_4360_1
フジテレビから預かって夕刊フジに籍を置いた人が4人。今では幹部です。太田英昭氏と司会の小泉良夫氏。
033_243_4364_1
本で紹介された「浅間山荘事件の現場へ行った記者」というコーナー。森博、長堀敏夫、植木賢、宮崎健の各氏。焚き火で暖をとったおぼえはあるが原稿書いた覚えがない。
034_s-IMG_0622-r
私事ですが日吉の寮への家出を手伝った金田浩一呂氏と飲んで日吉の我が家を出て3時間後、まだ一駅先の、元住吉までしかたどり着いてなかった長堀敏夫氏。寝込んで終点から終点を・・・
035_s-IMG_0621-r
高尾元久代表(中央マイク)以下、現在の夕刊フジの現役諸氏。
036_243_4366_1
世話人代表で締めの挨拶、松村幸夫氏。今回の集いの盛会は奮闘努力のおかげです。
037_A_0154
こちらは鈴木弘家の美智子夫人と長男、秀朋氏を囲んだ整理部のめんめん。
038_A_0157
馬見塚、山路御大を囲んだ元写真部。(前列左から)畑田栄一、(4人目)川島吉雄、長堀敏夫、三好英輔。(後列左から)塩谷安弘、安藤徹、川合芳久の各氏。
039_A_0160
営業です。(2列目左から)高橋健一、野呂瀬務、田代実、松村幸夫、宮崎健、高尾元久・現代表。(最後列)田中健雄、綾部栄一、宮城晴昭、小森照生の各氏。
040_A_0159
現・元、家族を含む編集の群像。多いので名前は割愛します。
041_A_0151
最後に残っていた人だけでもと集合写真を撮りました。