三位一体の知恵で生まれた「オフレコ」を壊す馬鹿者

政権で安全保障政策を担当する「官邸筋」が、「私は核を持つべきだと思っている」と官邸で発言したことが国内外で物議をかもしている。ブログ子は「非核三原則」は自縄自縛のまやかしだと思っているのでどんどん議論すべきだと思っているから同感するのだが、ここで問題視するのは、発言が「オフレコ」での場だったことだ。共同通信、朝日新聞などの左翼メディアが勝手に重大発言だからと禁を破って公にしたもので、この「オフレコ破り」の方がもっと重大なメディア崩壊だと思っている。

さっそく中国外務省の報道官が「歴史的な戦争責任を深く省みるべきだ。核兵器保有を正当化するような動きは軍事拡大につながる危険な試みであり、国際正義の底線と赤線を試すものだ」と日本たたきのツールに利用している。笑えるのは核実験を繰り返す北朝鮮当局まで「日本の危険千万な軍事的妄動を断固として阻止する」とコメントしたことだ。

朝日、共同の姿勢に同調する者は「オフレコ」が悪しき取材方法で、重大な場合はオフレコ破りも許されると思っているらしいが、実は新聞、政府、官庁の三者が生み出した知恵の産物なのである。

オフレコは記者クラブ制度が強い日本政治報道で生まれた。これにはまず事前合意が条件で、秘密保持契約のような役割を果たすため、報道のモラルを支える用語として定着している。多くの場合、幹事社が根回しをして会談のあとに「では”官邸筋”として(流す)…」などとまとめる。

ブログ子も新聞記者生活中、特に政治部では何度も経験したことだが、表の発表だけではどうしてもわからないことがある。そういう時に「オフレコ」で幹部から公式では言えない本音や背景を聞き出すことで先の流れがわかり大筋で間違った報道をしないですむというメリットがある。短絡的な報道を防ぎ、より深い分析記事を作成可能で、質の高い取材につながるのだ。

また発言者側にも、 「まずオフレコで流す → 報道されたあとの反応を見る → 大過なければ正式発表」ということで安心して政策発表できるというメリットがある。現場ではこれが一番多いのだ。

「馴れ合い」となじる向きもあるがそうではない。オフレコ取材は主に政治部マターで警察関係ではまったくない。「夜討ち、朝駆け」はあっても捜査幹部が「ホシの目星がついた」とオフレコでしゃべったなどの記事がないのを見てもわかろう。

こうして生まれた「オフレコ用語」だが、それぞれどの辺がニュースソースかは以下の通りだ。

「官邸筋」 
主に首相官邸(内閣官房)の中枢で政策調整を行う内部関係者、特に内閣官房副長官(政務担当)や首相の側近にいる首相秘書官を指す。政権の「本音」に近い立場を示唆する。

「政府筋」
政府全体の関係者、特に内閣官房副長官や官邸幹部を指し、「官邸筋」よりやや広範に、各省庁の局長級・審議官級の官僚、政策担当の首相官邸スタッフを含む場合もあり、実務的な政府見解を表す際に使われ、「官邸筋」ほど首相周辺に限定されないニュースソース。

「政府首脳」
首相である可能性もあるが7〜9割は内閣官房長官の発言で、オフレコ情報であることを報じるために使われる。

日本新聞協会編集委員会は、オフレコについて「ニュースソース側と取材記者側が相互に確認し、納得したうえで、外部に漏らさないことなど、一定の条件のもとに情報の提供を受ける取材方法」と定義している。その上で「その約束には破られてはならない道義的責任がある」としつつ、「乱用されてはならず、ニュースソース側に不当な選択権を与え、国民の知る権利を制約・制限する結果を招く安易なオフレコ取材は厳に慎むべき」との見解を示している。

これをみても、禁を破った共同通信、朝日新聞の行為には「道義的責任」が問われるのが明白である。今回のオフレコ会見にはほかのメディアもいた。オフレコのルールを守ったところが多いのだ。私の経験でいうと、現場にいたのは入社数年の若手記者だろう。若手がこれは重大な発言だから報道したい、と言ったかもしれないがその上にいるベテランのキャップがきちんとオフレコの趣旨とルールをわきまえていて止めたのだろう。

そのうえでなぜ共同通信と朝日なのかと問われれば、キャップもまた「赤」だからである。ブログ子が新人時代三重県の津支局に配属された。ここには伊勢新聞と言う郷土紙がある。当時から赤く染まっていたが、ここの労組に君臨していたのは東京の共同通信から津支局記者として派遣されていた男だったのを覚えている。

それにしても日本のこの異常反応ぶりはどうだろう。野党側は発言者の「官邸筋」を更迭しろといい、自民党内でも「政権のガバナンスはどうなっているんだ」と批判ばかりである。

非核三原則とは「核兵器を持たない」「核兵器を作らない」「核兵器を持ち込ませない」の三つだ。1967年(昭和42年)、当時の佐藤栄作首相が国会で表明し、1971年、衆参両院で「非核三原則を堅持する」とする決議が採択され、以後、日本の公式政策として維持されてきた。

唯一の被爆国としてもっともな面もあるが、日本の周りを見てもわかる通り悪党国家ばかりである。今年9月5日に北京で開かれた「抗日戦争勝利記念式典」では天安門上にプーチン、習近平、金正恩という「ユーラシア砦の三悪人」が並んだ光景を見せつけられたばかりである。

高市早苗首相が三原則のうち3つめの「持ち込ませず」だけやっと「見直すべき」と発言したとたん轟轟たる非難である。話題にするのも許さないという風潮はもはや国難である。


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