高市早苗首相(自民党総裁)は19日、官邸で記者会見を開き、23日に召集される通常国会の冒頭で衆院を解散する意向を表明した。「覚悟」が伝わる迫力あるものだった。

「困難は、元より覚悟の上」から始まる安倍晋三元首相の言葉を引き合いに、今回の政治決断にいたった経緯を語った。
安倍氏は10年前の2016年に自民総裁の立場で年頭所感で、「困難は、元より覚悟の上です。しかし、『未来』は他人から与えられるものではありません。私たちが、自らの手で、切り開いていくものであります」と述べた。
高市首相はこの日の会見で、この一節に触れ、「いまの日本にまさに必要な言葉だ。挑戦しない国に未来はありません。守るだけの政治に希望は生まれません。希望ある未来は待っていてもやってこない。誰かがつくってくれるものでもない。私たち自身が決断し、行動し、つくり上げていくものです」と続けた。
そのうえで、「だから、私は今回の選挙を『自分たちで未来をつくる選挙』と名付けた。本の未来は明るい、日本にはチャンスがある、皆が自信を持ってそう言える、そう実感できる社会をつくりたい。挑戦する人が評価され、頑張る人が報われ、困ったときには助け合い、安心して家庭を持ち、夢を持って働ける国へ、私は先頭に立ちたい。だから、私は逃げません。ぶれません。決断します。未来に責任を持つ政治を貫いてまいります」と進退をかけることを誓った。
岸田文雄、石破茂という「ふにゃらら」政権と一味違っていたが、これを認めない相変わらずのコメント屋のアホウとしか言いようがない言いぐさを喜んで報じるオールドメディアの劣化が目立つばかりだった。一部を抜いてみるが・・・
国際政治学者の舛添要一は「1~2月に解散総選挙というのは、降雪に悩む雪国のこと、受験生のこと、予算のことなど、全く考えていない。国民に多大の迷惑をかけて実施するだけの大義は全く無い」と書き出し「常識というものを高市首相に教える側近もいなければ、聞く耳も持たないのであろう。自分の高支持率だけで勝てるほど選挙は甘くない」だと。
壊し屋小沢一郎は「やっぱりという絶望的な内容。官僚が作成した中身の無い政策をダラダラ並べただけ。とってつけたように2年限定の食料品消費税ゼロを加えたが、明らかに中道改革連合の公約に慌てたためで思想が全く無い。やはり、この解散に大義なし。大きな混乱と経済損失を招いた台湾有事問題に、火に油を注ぐ形になった。『働いて働いて…』と過労死遺族の心情を逆撫でして、自分は絶対に正しいと、人の意見を聞かない人。高市総理は極めて危うい」と私見をつづった。
テレビ朝日社員の玉川徹も、自らへの信任の是非を争点に選挙を戦う考えを示したことについて「結局は、『私が総理でいいのか選んでください解散』だ。「『進退をかけます』と言うが、選挙の結果で、自動的に進退は決まる。選挙で勝てば続くし、負ければ変わる。あたかもすごいことに聞こえるが、(進退は)自動的に決まるものだと思う」と訳の分からない言辞を長々と繰り返していた。
「大義がない」と吠える連中に鉄槌を下すのが今回の解散・総選挙の「大義」だとブログ子は思うが諸兄は如何か。
と公明党の斉藤鉄夫代表=16日午後、国会内.jpg)
立憲民主党と公明党が結成した新党「中道改革連合」は”ジリ貧政党の選挙対策野合”と言い換えることができると思うが、一番の迷惑は「中道」を名乗るペテンである。
新党と名乗るが、立民と公明の衆院議員だけが新党に参加し参院議員と地方議員は立民と公明に残る。政権を担うという責任感など微塵も感じられない。衆院選苦戦の予想を前に慌てて作った選挙互助会ぶりが明白だ。
何より不埒なのは「中道」を名乗っていることだ。「中道改革連合」は中道を名乗るが間違いなく左派だ。そこが中道と言う一般名詞を名乗るとこれまでの本当の「中道」は軸がずれる。その結果、従来の保守中道や穏健保守までが「右」や「極右」になるではないか。
日本ではリベラル派が当初は「中道」と自他ともに認められてきた。本来リベラル派とは、個人の自由や権利、多様性を重んじ、政府の役割は個人の自由を守り、社会福祉や人権保障のためにあるべきと考える政治思想・立場だ。日本では「左派」のイメージが強くなり、今では「リベラル左派」イコール「左翼」扱いである。

「中道改革連合」が綱領と基本政策を公表した。綱領は「生活者ファーストの政策を着実に前へと進める中道政治の力が求められている」とし、「生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義」を理念に掲げた。だが、肝心の中道が何を意味するのか言わない。右派、左派の間の相対的概念なのか。公明の支持母体・創価学会の故池田大作名誉会長が著書で「中道政治は、対峙する二つの勢力の中間や、両極端の真ん中をいくという意味ではありません。仏法の中道主義を根底にする」と記していたところから公明党の母体、創価学会の教義を丸ごと持ち込んだ宗教団体なのかとも解釈される。
集団的自衛権の限定行使を容認した安全保障関連法について、「存立危機事態における自国防衛のための自衛権行使は合憲」としている。わざわざ「自国防衛のための自衛権行使」といれたのでは、米国が攻撃を受けたとき、それは日本の存立危機事態であるとする従来の政府見解に箍(たが)をはめるもので、我が国の自衛隊の適切な行動を制約する。我が国の安全保障はそれでいいのか?「中道」に問いただしたい。
「中道」とは、特定政党の商標ではなく、現実の政策と価値観のバランスから後付けで評価される“結果の概念”であり、自称した瞬間に保証されるラベルではない。自らを“ど真ん中”に見せるイメージ戦略であり、有権者への表示としては不誠実であると断言する。