中国共産党の胡錦濤前総書記が22日の党大会閉幕式で途中退席する前、ファイルを巡って不満を示したと受け取れる動画が世界に衝撃を与えた。
満座の中で自分と同じ総書記だった長老を「追放」してみせた。「習近平はここまでやるか」という驚きである。この動画は華僑が多いシンガポールのメディアが流した。閉幕式は非公開だったが、終わりの部分は公開で、記者らが会場に入ったときにはファイルは壇上の指導部や長老ら出席者の前にすでに置かれていた。そこでこのハプニングが起きた。
胡錦濤が手元の赤いファイルを見ようとした際、隣の栗戦書がその動きを制止してファイルを引き寄せているような姿が映る。その後、胡氏は離席直前に習氏のファイルにも手を伸ばしたが、習氏が応じなかったようにも見える。国営の新華社が「体調不良が原因」とツイッターに投稿したが、連れ去られるときしっかり歩いていたし、その前も体調不良を伺わせるものはなく、一連の動きからは「追放劇」にしか見えない。
もう一つ驚いたのは胡錦濤の「老い」である。この動画を見た人はかつて黒髪をポマードで塗り固めたようなトレードマークの胡錦濤=写真右=と同一人物とはとても思えなかったのではないか。パーキンソン病を患っているということはつたえられていたが、まるで別人のような姿だった。
ブログ子は中国問題を考えるときには3人の評論を参考にする。それ以外は流し読みだ。一人は北京駐在だった日経の中沢克二編集委員兼論説委員。もう一人は元産経新聞記者で今はフリーで活躍する福島香織。北京駐在のときから地震現場や地方に飛んでいっては書くユニークなルポを愛読していた。そして3人目は遠藤誉・筑波大学名誉教授である。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国、資料を駆使しながら中国を裏側から解き明かす。
福島香織氏の見方はこうだ。
ここまで習近平イエスマンで固め、共青団派、改革開放派を徹底的にパージすると想像していた報道は国内外通してなかった。共青団派とは、鄧小平と胡耀邦が作り出した共産主義青年団を通じた官僚育成システムによって選ばれたエリート官僚たちの派閥を指す。メンバーの共通点は重点大学卒業の優秀なエリートで、血統(革命家の血筋)は重視されず、大学での成績を重視して選抜され、路線的には改革開放重視、イデオロギー的には胡耀邦的な開明派が多いとされている。李克強、汪洋、胡春華、孫春蘭らが共青団派エリートとして知られていたが、新しい中央委員会名簿に李克強、汪洋の名前がなく、2人とも「裸退」、つまり完全引退となった。
胡錦涛は中央委員名簿に李克強、汪洋が残らず、政治局名簿に胡春華が残らず、共青団派が徹底的にパージされたことを知らされておらず、閉幕式中に図らずも名簿を目にして、抗議の声を上げそうになった。中央委員名簿の採決の際に、反対に挙手する可能性があった。栗戦書が説得を試みているのを横目で見ていた習近平が、自分のボディガードに命じて胡錦涛を強制退席させたのではないか、というストーリーが考えられる。
中沢克二氏はこの動画をこう見る。
中国政治の奥深さを知る人物は、厳しい情報統制のなか、漏れ伝わってきた当時の現場の実情をこう再現する。
「(閉会式の)あの日は(人民大会堂のひな壇に座る要人らの)誰もが示し合わせたように、健康が優れない胡錦濤と目を合わせないようにしていたんだ。すれ違いざまに目が合えば、『聞きたくない話』に付き合わされ、自分が政治的に危うくなる」
あらぬ方向を見たり、素知らぬ顔をする姿が並んだ
まるで要注意人物、腫れ物に触るような扱いだ。ポイントは「聞きたくない話」という部分である。ずばり習近平への不満もにじむ胡錦濤の本音の嘆きという意味だ。習が全権力を握った今、長老と話すのさえ危険な行為になった。だから誰もが胡錦濤を避け、身体が弱っている長老への気遣いもなく冷たい態度をとっている。
上の写真であらぬ方向を見たり、素知らぬ顔をする「習近平派」のなかで一人腕を組んで無念の気持ちを隠さないでいるのは胡春華である。
胡春華は16歳で北京大学に入学し、20歳で総代として卒業した“超”の付く秀才。胡錦涛氏や李克強氏と同じく、党のエリート養成機関・共産主義青年団のトップを務め、すこし前まで“次の総書記の大本命”と目された人物だ。その彼が今回、ヒラの中央委員に降格されてしまった。共青団派の親分である、胡錦濤が連れ出されるのを見て憮然とした気持ちだったのだろう。
不思議なのは非公開だった本会議場に外国メディアが入ることを許された直後に「胡錦濤劇場」が始まったタイミングだ。偶然にしてはできすぎで、会場内の雰囲気は長く凍り付いたままだった。
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上の記事をアップした翌28日、産経新聞中国総局特派員がこの「退場劇」のもう一つの観測を報告しているので紹介する。
【北京=三塚聖平】胡錦濤前総書記ら党長老に示されていた人事案が最終的に大きく差し替えられたとの見方が浮上している。李克強首相らは新指導部に選出されなかったが、党内事情に詳しい消息筋によると、今夏の時点では李氏らが含まれる人事案が示されていたという。長老たちは「不意打ち」を食らった形で、党大会閉幕式での胡氏の途中退席の背景になった可能性がある。
8月前半に非公式に党幹部や長老が集まった「北戴河(ほくたいが)会議」で、次期指導部人事の調整が行われた。その時点では、李氏や汪洋(おうよう)人民政治協商会議主席を含む、党内のバランスをとった人事案が示されていたという。
今夏時点で党関係者の間では、最高指導部を構成する政治局常務委員(7人)の入れ替えは「小幅に終わる」との見方が大勢だった。しかし、最終的に新たに常務委員に選出されたのは過半数の4人を数えた。しかも全員が「習派」で、情報筋は「党長老らにとっては不意打ちだったようだ」と指摘する。
党長老らが、どの時点で最終的な人事案を知らされたのかは判然としない。ただ、胡氏が、自身と同じ共産主義青年団(共青団)出身の李氏や汪氏が最高指導部から外れたことに不満を抱いたとみるのが自然だ。