「愛子天皇論」「女系天皇論」を一瞬に粉砕した悠仁さまの爽やか会見

3日、秋篠宮悠仁さまが、テレビカメラの前で成年会見に臨まれた。感想はお見事!の一言。

これまで跋扈していた愛子天皇待望論、女系天皇容認論、さては国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)が「皇位継承を男系男子に限る皇室典範の改正を勧告」するなど無礼千万の数々が瞬時にして霧消した。欣快至極である。

会見の模様は下記URLクリックでYouTubeへhttps://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%82%a0%e4%bb%81%e8%a6%aa%e7%8e%8b+%e5%ae%ae%e5%86%85%e5%ba%81HP%e3%82%88%e3%82%8a&&mid=CBCADAF99652ED51096FCBCADAF99652ED51096F&FORM=VCGVRP

各テレビ局は午後のワイドショーでこの会見を放送、ブログ子もこれを見ていたのだが、一種感動に近い突き上げるものを感じた。キャスターやコメンテーターも見ていたようだが、中には女系天皇派もいたのだろうが圧倒されたような表情をしている者もいた。

成年とは言うがまだ18歳である。これまでの「二十歳成人」が繰り上げられたからで、画面からはあどけなさの残る男の子の感じが漂っていた。事前に提出された質問5問と関連質問3問に、紙などに目を落とされることなく、ご自身の言葉で答えていた。

はじめは現在、岩手県などで起きた山林火災について触れ、「被害が生じていることを案じており、被害を受けられた方々に心からお見舞い申し上げます」と話した。背筋を伸ばし、大きく口を開け、一言一言をハッキリ話すのは、相当練習を積んだのだろうがよどみなく、文句のつけようがなかった。

成年を迎えた気持ちと今後の抱負という質問には、「成年になったことはあまり感じたことはないが、これからさまざまなことを通じて実感していくのだと思う」

「(公務については)周りの方々からご助言をいただきながら一つ一つ丁寧に取り組み、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかり果たしていきたいと思っております」

また、「自身の性格について『様々な場面で緊張してしまう』と明かした。長所は『興味のあることを徹底して追求することができる』と分析する一方、短所は『時としてこだわりを持ちすぎてしまうこと』と話した」

結婚や理想の女性像については、「まだ深く考えたことはない」と、答えるにとどめた。父親の秋篠宮の「導火線の短さ(短気)」について話が及ぶと、「以前よりはいくぶんか丸くなった」と笑いをとる場面もあった。

父親の秋篠宮さまは当時、学習院大学法学部の2年生で成年会見に臨んだが、好みの女性のタイプを聞かれて新珠三千代と答え、さらに好きな歌手としてビートルズや江利チエミ、の名をあげた。知らぬこととはいえ、新聞記者の間では新珠三千代は山口組3代目、田岡一雄組長の愛人として知られていたから、ブログ子など「おい、おい大丈夫かい」と思ったものである。

その点、悠仁さまは、象徴天皇制について、「常に国民を思い国民に寄り添う姿なのではないか」。皇室のあり方についても、「天皇陛下のお考えのもと、人々の暮らしや社会の状況に目を向け続けていくことが重要であると思います」と、そつなく答えていた。

皇室の最大の役目は「祈り」である。「人々の暮らしや社会の状況に目を向け続けていくことが重要」と早くも己に求められていることをきちんと理解されていることに安堵した。

悠仁さまの「帝王学」習得が進んでいないのではないかと週刊誌などが疑問を呈している。確かにこれまでは学習院院長として乃木希典、上皇さまには小泉信三がいた。いま「帝王学」を教える人がいないのは惜しまれるが、聡明さがあれば自然と身につくものだという証左がある。

ブログ子は大学で馬術部にいた。その縁ではるか先輩だが東園基文先輩の知遇を得た。現在の上皇様が日光に疎開していた時の侍従で、後年、現天皇夫妻のご成婚では掌典長として先導にあたった方だが、小泉信三が「帝王学」を教えたといっても大所を抑えた教え方で、ほとんど自分で習得するところが多かった、と述懐していたものだ。

今回の会見で余すところなく示されたように、悠仁さまは間違いなく聡明である。皇統の永続の上から言ってもほんとによかったと思う。


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