国立大が未曽有の財政難に直面している。基盤的経費である運営費交付金の削減が続き、自主財源では教育研究費を賄えないばかりか、施設などの改修・修繕費にも事欠き、CF(クラウドファンディング)頼みや授業料値上げなどに踏み切るところも出ているという。(4日産経新聞)
基礎研究の低迷は目を覆うばかりである。昨年はノーベル賞の生理学・医学部門と化学の2部門同時受賞で日本は「31人と1団体」が受賞したものの今後はやせ細るばかりだという。取って代わるのは中国だろう。かの国では中身など関係なく学術誌に論文提出するだけで助成金が出る仕組みで今や世界一の基礎研究大国だ。
積極財政を掲げる高市早苗政権の発足でやっと潮目が変わり、政府は9年ぶりの交付金増額を決め令和7年度補正予算で421億円、8年度予算案ではさらに踏み込み、7年度比で188億円増の1兆971億円を計上したが、その財務状況は「帰還不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)」を過ぎたとの見方もある。
数十年前のことだが、ブログ子は国立大学での基礎研究の「大らかさ」を2つ目撃した。
1つ目は水産学部の学生で、クジラの養殖を目指していた。噴火湾を仕切って泳がせるというもので、研究はそのエサから始まる。クジラは大量の動物性プランクトン(オキアミ)を食べる、そのオキアミは植物性プランクトンを食べる。まず植物性プランクトンをどうやって発生させるかから始まるという。
2つ目は同じ運動部の先輩だったが、日本にはパルプ資源が足りないといい、日本に無尽蔵にあるササ(笹)からパルプをとる研究をしていた。大手商社への内定があったが、やはり日本は輸入ではなく国産である必要があるとことわって、研究しながら大学と行き来できるからと東の果て網走に近い北見営林署に就職した。
ブログ子は新聞社に入ったが、わが身のありふれた選択に比べ、その後ながくこの二人の「壮大」な夢に圧倒されたものだ。
いまだにクジラの養殖の成功は聞かないし、ササからパルプが取れるとも聞かないので、彼らの夢は潰えたのだろう。だがノーベル賞受賞者の多くはこうした他人が見向きもしなかった基礎研究に打ち込んで大を成した人たちである。偉業の多くは一見無駄なことから生まれる。
「助成金毎年1%減」という愚かなことはいつから始まったのか。2004年の国立大学法人化の際に導入された “効率化係数(マイナス1%)” が根拠である。国立大学法人制度は、独立行政法人の仕組みを下敷きにして作られたため、行革の文脈で「効率化」を求めるため、大学の独立性を高めるという建前と同時に、財務省主導の歳出削減政策の一環でもあった。

大学に研究に必要な「ムダ」な部分に、一般企業の「ムダ排除」を当てはめた結果、大いなる不振に陥った失策である。馬鹿げた制度は大蔵省(財務省)時代から始まったからもう22年になる。毎年1%減なら単純に比較すれば当時の予算の4分の3になっている。国立大学が疲弊するわけである。
ちなみに国際比較しても「大学予算を毎年減らしている」のは日本だけである。幸い高市内閣で是正の方向に動き始めた。長期政権だろうから期待するところ大である。