自民、公明両党は10日、平成29年4月の消費税率10%引き上げ時に導入する軽減税率(8%)の対象を生鮮食品と加工食品を含めた食料品全般とすることで大筋合意。この項を書いているときにはまだ決定していないが、当初案にはなかった外食まで含めて、必要となる財源は1兆3000億円規模になるという話もある。
いくら公明党融和策とはいえ当初の4000億円から一気に1兆3000億円の大盤振る舞いである。増えた9000億円の税収はどうするのか、財務省でなくとも心配になるが、ここではそれはわきに置く。
抵抗する財務省と、その意を受けた自民党税調を向こうに回して、更迭、はては役人の官邸出入り禁止など力ずくで押し切った菅義偉官房長官の剛腕に久しぶりに「政治力」というものを見た。
財政はその昔の大蔵省の時代から役人が仕切ってきた。自民党税調はその意を受けて根回しするのがパターンだった。今回も財政規律至上主義を前面に出して財務省は「4000億円が限度」と言ってきた。
剛腕の第一は安倍首相である。今年10月、安倍晋三首相が6年間も税調会長として君臨した野田毅氏を、電話一本で更迭した。野田氏は今夏、財務省幹部とともにマイナンバー制度を活用して増税分を上限付きで還付する案をぶち上げたが、公明党の支持母体の創価学会が「痛税感の緩和にならない」と反発。これを受けたものだった。
ところが、税調会長の後任に指名した宮沢洋一氏が野田氏以上に税制の原則論にこだわり、財源は社会保障・税一体改革の枠内で捻出できる「4千億円以内」に抑えるよう主張した。平成24年に一体改革の3党合意にサインした谷垣禎一幹事長と、国の財政健全化を重視する稲田朋美政調会長が宮沢氏を後押しした。党税調と党3役の意向が一致したとあっては普通はこれで決まりである。
実際、安倍首相もこれで行こうとしたようだ。首相が20カ国・地域(G20)首脳会議など外遊の最中、20時間だけ一時帰国した11月17日、稲田氏は安倍首相に電話をかけ、「軽減税率の財源は、あくまで一体改革の枠内でいいんですよね」と尋ねた。首相は「それで結構。安定財源を充てなければならない。谷垣さんが妥協しないよう、しっかり支えてほしい」と答えている。同日には、谷垣、稲田両氏と二階俊博総務会長、高村正彦副総裁、宮沢氏らが党本部で密会し、一体改革の枠内を堅守する方針を確認している。
これをひっくり返したのが菅官房長官の「第二の剛腕」である。安倍晋三首相が谷垣幹事長ら自民党幹部と会談した11月24日朝。会談を知った菅義偉官房長官は、「俺に黙って総理に会うとはどういうことだ」と声を荒らげた。さらに、宮沢洋一税調会長が記者団に「首相は『一体改革で捻出できる4千億円の枠内』に理解を示した」と説明したことを知り、さらに激怒。約2時間後の記者会見では「私は『枠内』とは聞いていない」と異例ともいえる打ち消しに出た。
さらに、菅氏ら官邸サイドは財務省に対し、4千億円の1・5倍となる6千億円の財源を確保するよう厳命。麻生太郎副総理兼財務相は29日、都内のホテルで開いた立党60年記念大会で、同席したベテラン議員に「菅は勇み足をした」と苦々しく語った。
だが菅氏の攻勢はとまらない。財務省の田中一穂次官を議員会館の自室に呼び「対象品目を広げられるよう、財源を探してほしい」と重ねて指示。田中氏が4千億円以上の支出に難色を示すと、「財務省はできないとしか言わない」と協議を5分で打ち切り、田中氏を退席させ、田中氏と同省の佐藤慎一主税局長に「官邸への出入り禁止」を通告した。(産経)
さらに菅氏は、周辺には軽減税率制度が整わなければ29年4月の消費税率10%への増税を見送る可能性を示唆する発言を繰り返すようになる。頑強だった党執行部の切り崩し工作にも乗りだし、8日に自民党の二階氏と電話などで協議。これ以降、二階氏は周囲に「公明党への選挙協力費として、財源の上積みは避けられない」と語り出す。
自民党内には、自分たちの頭越しに巨額の財源捻出を決めた菅氏に対し、「まるで独裁政治だ」(幹部)とやっかむ声も聞かれるという。
公明党の強引さには首をかしげるが、来年の参議院選挙では公明党の協力なしには戦えない現実がある。そのためには財源も、税調も、官僚もあるものか。その一点突破、これが菅官房長官の「政治力」である。役人を振り回す政治家は田中角栄以来である。