潜水艦救難母艦「ちよだ」の進水と佐久間艇長

「ちよだ」の進水式(昨年11月)

「ちよだ」の進水式(昨年11月)

前回に続いて潜水艦の話。 昨年11月、三井造船玉野事業所(岡山県玉野市)で、海上自衛隊の新型潜水艦救難艦「ちよだ」が進水した。と同時に佐久間艇長の話を思い出した。世界一といわれる海自の潜水艦救難技術だが、ここに至るまでには107年前の潜水艦沈没事故で佐久間艇長が書き残した遺書の精神が、今もなお連綿と引き継がれているのだ。

「 花は散りても香(か)を残し 人は死しても名を残す 天晴れ佐久間艇長は ・・・」と歌われた第六潜水艇(艇長 佐久間勉 大尉)の悲劇は1910年(明治43年)4月15日発生した。第六潜水艇は岩国を出航し、広島湾へ向かう途中、潜航実験の訓練を行った。ガソリンエンジンの煙突を海面上に突き出して潜航運転するもので、現代のシュノーケルと同じものだが、誤って煙突の長さ以上に潜航したために浸水が発生、17メートルの海底に着底した。

佐久間艇長は、空気が乏しくなり、薄れゆく意識の中で、死の直前まで手帳に書き続けたメモを残した。

小官の不注意により
陛下の艇を沈め
部下を殺す、
誠に申し訳なし、

されど艇員一同、
死に至るまで
皆よくその職を守り
沈着に事をしょせり

これの誤りもって
将来潜水艇の発展に
打撃をあたうるに至らざるやを
憂うるにあり、

・・・

謹んで陛下に申す、
我が部下の遺族をして
窮するもの無からしめ給わらん事を、
我が念頭に懸かるものこれあるのみ、

全文39ページ。苦しい息の中で、文字は正確、文章は簡潔明瞭。
翌日、引き揚げられたが、佐久間艇長以下、乗組員14人のうち12人が配置を守って死んでいた。残り2人は本来の部署にはいなかったが、2人がいたところはガソリンパイプの破損場所であり、最後まで修理に尽力していたことがわかった。

この事故の少し前にイタリア海軍で似たような事故があった。そこでは、乗員が脱出用のハッチに折り重なったり、他人より先に脱出しようとして乱闘をしたまま死んでいたことから、第六潜水艇の乗員について「潜水艦乗組員かくあるべし」とたたえられた。感動したセオドア・ルーズベルト大統領によって国立図書館の前に遺言を刻んだ銅版が設置され、イギリスの王室海軍潜水史料館には佐久間艇長と第六潜水艇の説明板がある。戦後も、ある駐日英国大使館付海軍武官は、今に至るも英国軍人に尊敬されている日本人として佐久間を挙げている。
「将来、潜水艇の発展に打撃を与うることなきを」の遺言を日本は守り続け、海上自衛隊の潜水艦救難のためのプロジェクトは、昭和30年と、早い時期から始めている。昭和30年というのは、海自がアメリカから潜水艦「くろしお」SS-501を貸与された年で、5年後には潜水艦救難用チャンバーを備えた初代「ちはや」を建造している。

この、ワイヤーとチャンバーを接続する方式は欠点がある。救助チャンバーから作業員が海中に出て、人力で行うため潜水深度に限界があり、また人員の加圧・減圧に時間がかかった。さらに、遭難している潜水艦の深度によっては、救助された乗組員は、いきなり圧力の変化を体に受け潜水病の危険がある。

深海での救難を想定した「ちよだ」搭載のDSRV

深海での救難を想定した「ちよだ」搭載のDSRV

そこで開発されたのが、「ちよだ」から搭載されたDeep Submergence Rescue Vehicle (DSRV)。はっきり「深海」救難を想定していて、釣り鐘を降ろすのではなく、小型の潜水艇を上に付けて、そこに乗り移るという仕組み。この救難艇の規格は世界共通になっていて、どこの国の潜水艦であっても救難できるように統一されている。

日本ではまだ潜水艦救難出動はないが世界では時々発生していて、2000年の8月12日、ロシア海軍の原子力潜水艦「クルスク」が、バレンツ海において演習中、艦首魚雷発射管室の爆発が原因で沈没し、乗員111人が全員死亡した。

自衛隊が出動したのは2005年、やはりロシアの、深海救難艇がカムチャッカ沿岸で身動きが取れなくなった。事故発生時、ロシア海軍は外国に救助依頼しなかった「クルスク」事故の教訓から、すぐ外国に救難を要請した。駆けつけたのはアメリカ、イギリス、日本の救難艦だったが、「ちよだ」の船足が遅く、着いた時には、現場に一番に到着した英海軍の無人探査機「スコーピオ」が絡まった鋼線を切断し、自力で浮上していた。

◇ ◇ ◇

今回、進水した「ちよだ」は艦名でいうと5代目だが、海上自衛隊としては、昭和60(1985)年、初代となる潜水救難母艦「ちよだ」が就航して以来2代目となる。先代より大型化し、全長128メートル、最大幅20メートル、基準排水量は5600トン。ディーゼルエンジンを2基搭載し最大速力は20ノットと速い。

潜水艦救助のためのDSRV(深海潜水艇)や自立型の無人潜水装置ROVといった装備などの艤装を行い平成30年(2018)3月頃、先代「ちよだ」と交代する予定。搭載する深海救難艇を大型化することで一度に16人を救出できる。手術用のベッドを2床、病床を10床設置する。

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