柔道はこうでなければ・・・

柔道男子66キロ級代表決定戦をテレビで見た。感動した。史上に残る名試合だと思う。

柔道の東京五輪代表男女各7階級のうち、唯一決まっていなかった男子66キロ級の代表決定戦が13日、東京都文京区の講道館で行われ、阿部一二三(パーク24)が丸山城志郎(ミキハウス)を24分間に及ぶ熱戦の末に破り、初の五輪代表入りを決めた。

丸山城志郎(左)を攻める阿部一二三

日本柔道史上初の直接対決の1試合のみで五輪代表を決める「ワンマッチ」方式。新型コロナウイルス対策のため無観客開催で、新聞報道では「試合する両者の息遣いが聞こえるほどの息詰まる熱戦だった」、というものの、テレビからはそこまでの迫力は伝わってこなかった。

それどころか、時間制限なしの延長戦は24分にも及び、中継したテレビ東京の画面は19分あたりで打ち切られてしまった。このテレビ局は日経新聞の系列で、従来も大事件の中継途中でニュースの時間になり「日経平均」の株価情報を流すようなところである。他の局ならCM打ち切り、次の番組繰り延べなどの対応をするところだ。こんなところが大試合の中継権を取ったのが間違いである。

それはさておき、その後の試合展開を翌日のスポーツ紙で見ると、阿部は12分過ぎの右手中指負傷。治療して畳に戻った6分後には鼻血が出て丸山の白い柔道着に血がにじむほどだったが、止血のため右鼻にティッシュペーパーを詰めて戦い「集中力は切れなかった」。 24分、阿部が切り込んだ大内刈り。「イヤアー!!」と力を振り絞った。丸山の返し技が及ばず。ビデオ判定の末、過去の対戦で最長だった13分23秒を超える24分間の決闘に決着をつけた。決着直後阿部は顔をくしゃくしゃにして涙を流した。

試合後、阿部は「気持ちと気持ちのぶつかり合いと思った。絶対、引かない思いで戦った。本当にすごい長い戦いだったが、いざやってみるとひとシーンも忘れられないような戦いだった」「自分の柔道が出せたし、最後に投げたのも自分の柔道をした結果。自分の柔道が一番と見せられた。やっと夢へのスタートラインに立てた」」「丸山選手がいたから、ここまで成長できた。大きな存在だった」とライバルへの敬意も忘れなかった。

女の涙には打算があるが男の涙にはそれがない、と言ったら女権派には叱られそうだが、敗れた丸山も「阿部選手がいたからここまで来れた。自分の柔道人生はまだ終わっていないのでもっと強くなる」と清々しかった。

ブログ子の高校時代柔道は正課だった。背が高かった、つまり腰が高いので投げやすいと見られて好んで相手に選ばれてよく投げられたので余り好きではなかった。その後あまり試合を見なくなったのは国際化とともに、ポイント制になり引き手争いに終止して「注意」や「技あり」などをかせぐことにばかり集中し、柔道の醍醐味の「一本」が少なくなったからである。

ワンマッチ形式結構。時間制限なしの延長戦大賛成。「空気投げ」とまでは言わないが、嘉納治五郎時代に戻って欲しい。国際試合も。

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