ウクライナ戦争で脳内お花畑論義の者ども

終戦時、6歳だった。8月15日は山形県米沢市で疎開先の母の実家で迎えた。朝から人夫が庭の築山に防空壕を掘り始め、昼の詔勅を聞いて午後から埋め戻していた。食糧難もほとんど知らない幸せな「戦争を知らない世代」だ。だが、新聞記者としてその後「戦争」についていささか勉強したせいで、残念ながら結局、世界は「力」が支配している事を知っている。

ロシア・ウクライナ戦争の深刻な写真を見るたびに悲惨さに涙が出る思いでいる。しかし、今や「戦争を知らない世代」が大半の日本人の頓珍漢、能天気かつ歴史に無知な議論の横行に暗澹、落胆、の思いである。

呆れる議論の筆頭は、「侵略者が来たら降伏しよう」論である。橋下徹元大阪府知事とテレビ朝日のコメンテーター玉川徹がその筆頭株である。

橋下徹は、最初ロシアが侵略してきたときは「命が大事だからみんな逃げて20年後に戻ってこい」といい、それが批判を浴びると「ウクライナ政府が早く降伏しろ」といい始めた。それでは侵略したロシアが得すると批判されると「NATOが軍事介入しろ」と言い始め、それが核戦争の原因になると批判されると、今度は一転して「ウクライナもNATOも譲歩してロシアと話し合いしろ」と言い出した。今でも「降伏と政治的妥結は異なる。戦闘によって終結を目指すのか、政治によって終結を目指すのかだ。この恐怖心を戦闘によって払拭するなら、一般市民の被害がどれだけ出ても戦い続けるしかなくなる。生き残るチャンスがあるならそれを無闇に棄てるべきではない」と言う。山本夏彦は弁護士を「三百代言」といったものだ。そのとおりだ。

テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」で玉川徹は、「ウクライナが退く以外に、市民の死者が増えていくのを止められない。死者が増えないようにすることも指導者の大きな責任」と、太平洋戦争で降伏を拒んだ日本軍まで引き合いに出してまくし立てた。

降伏は祖国の喪失を意味する。国土と時には国語を失うことが即「亡国」であることの意味がこの2人には理解できない。テレビで見たが、西部の国境まで妻子を送り届け、涙しながらウクライナの戦場に戻る男性の姿に心打たれた。この2人には今や無意味でしかない憲法9条が刷り込まれているのだろう。、民族や国家の独立、尊厳、自由を守ること。そのために個人も命をかけて戦うことが如何に尊い行為か、いまウクライナ人に学ぶべきときである。

過剰な「安全神話」を振り回すテレビもある。元NHKで今ニュース番組「news zero」(日本テレビ系)のキャスターを努める有働由美子アナがキーウにいるジャーナリストと結んで中継していたとき、そのジャーナリストが「空襲警報が鳴っていますね。聞こえますか? これ空襲警報です」と落ち着いた様子で話すと、有働アナは「すぐに逃げてください! 中継は後でしましょう」と打ち切った。

戦争取材はジャーナリスト一番の出番である。しかし命の危険がある。現場ではそれなりの安全を確保して行動している。この場面でも「大丈夫です。そういう状況ではない」と言っていたから、安全と判断してのことだ。なのに、遥か離れた日本の感覚で「逃げましょう」では、なんのための中継か笑い草だろう。

ロシア通でなる日本維新の会の鈴木宗男参院議員は「ウクライナが東部で数機のドローンを使ったことがプーチンを挑発した。(侵攻前に)話し合いを断ったのはウクライナのゼレンスキー大統領だ。原因をつくった側にも責任がある」と主張する。戦争となると「どっちもどっちだ」という手合が出てくるものだが、一方的に9万の軍隊で侵攻してきたロシアにこの論法はなかろう。こんな人物が北方領土問題でロシア通顔されたのではたまったものではない。

元新潟県知事の米山隆一と結婚した作家の室井佑月は、「わけの分からぬ夫婦」と呼ばれるが、ロシアの核使用の可能性と福島第一原発を結びつけて「読売新聞には、ウクライナ情勢の悪化に伴うエネルギー価格高騰を受け、与野党から原子力発電所の再稼働を求める声が高まっている、と書かれていた。人はどうしてこうも愚かなんだろう」と書く。先日、東京電力管内はブラックアウト寸前までいった。原発はEUも安全・安価と舵を切った。まともに考えればそうなるべきなのに、それがわからないとは愚かな人間はこの人のほうだろう。

愚かといえばルーピー・鳩山由紀夫元首相が23日、自身のツイッターをで「ウクライナのゼレンスキー大統領が国会で演説すると言う。私は訊きたい。なぜ彼はロシアの侵攻を止める外交努力をしなかったのか。熱狂の先に平和はない。今、日本人に必要なのは、誰を支持する、しないと叫ぶことではなく冷静になることである。そして、如何にして平和を創るかに協力することである」と大言壮語した。侵略された方に何の外交努力もしなかった、とは呆れる。

ゼレンスキー大統領の演説に猛反対した珍種が2人いる。

ジャーナリストの鳥越俊太郎はツイッターで「私はゼレンスキーに国会演説のチャンスを与えるのには反対する! どんなに美しい言葉を使っても所詮紛争の一方当事者だ。台湾有事では台湾総統に国会でスピーチさせるのか?アメリカ議会でremember Pearl Harborなら日本の国会ではremember Hiroshima & Nagasakiでしょう! それ以外にはない! そこを外したら奴は単なるアホだ!」

 立憲民主党の泉健太代表は「私は日本の国民と国益を守りたい。だから国会演説の前に『首脳会談・共同声明』が絶対条件だ。演説内容もあくまで両国合意の範囲にすべき。それが当然だ」

 演説内容について事前に合意を形成すべきだとする主張には「誰かと打ち合わせてのんびりやるようなことではない。普通の国が平時に国会で演説したいと言ってるのとは、わけが違う。死に物狂いで世界に訴えているのだ」と、党内からも批判の声があがると、翌日、「演説自体に反対したわけではない」と釈明した。

2人ともわけが分からぬ点で共通している。来たるべく参院選の結果が予想される口説の途だ。

. ロシアとウクライナは「どっちもどっちだ」という、ガキの喧嘩で両成敗論をひけらかす輩もいる。
代表的なのは、れいわ新選組で「国際紛争を解決する手段として武力の行使と威嚇を永久に放棄した日本の行うべきは、ロシアとウクライナどちらの側にも立たず、あくまで中立の立場から今回の戦争の即時停戦を呼びかけ和平交渉のテーブルを提供することである」(談話)

これはまず憲法解釈が間違っている。憲法第9条に定める「戦争の放棄」は、侵略戦争の放棄を定めるもので、すべての武力行使を禁止するものではない。話し合いで解決するぐらいなら、最初から戦争は起こらない。そんなきれいごとでは、国際紛争は解決しない。しかしきれいごとで済ますのが日本のテレビだ。

『サンデー・ジャポン』(TBS系)で杉村太蔵、爆笑問題・太田光はこういう。

杉村「『ウクライナ可哀想だな』『ウクライナ頑張れ』って世論になってますよね?」「ただ、ちょっとやっぱ冷静に考えなきゃいけない。戦争をしてる片方に加担するってのが本当に日本の外交に正しいのか?」などと疑問を呈すると

太田「本当に僕もそう思う。『圧倒的な正義』ってのは無いんじゃないかってことですよね。プーチンは悪ですよ、僕らから見たらね、ただ、プーチンの中にも彼なりの正義がある」

生きるか死ぬかの戦いをしているウクライナにこのお茶の間談義である。ブログ子はかねてから、テレビのワイドショーから三百代言の弁護士と、お笑いとか芸能人のキャスター・コメンテーターを外せ、と言っている。とりわけ、ウクライナ・ロシア戦争の今は軍事記者、軍事専門家、とくに防衛省で参謀本部的部署に就いていた人物しか要らない。

3月28日の産経新聞で元官房副長官・松井孝治が語っていた。
「平和、独立、自由という価値のうちで、日本は戦争で平和を喪失した経験はあるが、独立や自由を失った歴史的記憶が(GHQの平和的な占領の短期間を除けば)ない。世界史上の多くの異民族支配と比較すれば、日本は穏やかだったといえるが、それでも日本が味わった様々な悲劇や屈辱は少なくはなかった。そのことを考えれば、国民の生命を守るとともに、民族や国家の独立、尊厳、自由を守ることがもっと重視されてしかるべきではないか」

まったく、同感である。

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