ロシア海軍黒海艦隊旗艦のミサイル巡洋艦「モスクワ」(約1万2500トン)がウクライナの開発した地対艦巡航ミサイル(ネプチューン)2発によって撃沈される直前の写真をウクライナ高官がオンライン上で公開した。
ロシア軍は撃沈と認めず「艦内で火災が発生、弾薬が爆発したため母港に曳航中に荒波で浸水、沈没した。乗組員は全員退避して人的損害はなし」と発表した。しかし、その後沈みゆく「モスクワ」の写真が公表されると、ことごとくウソであることが明白になってきた。
写真左側が「モスクワ」の前部。左舷喫水線近くに穴があいていることがわかる。右舷奥に放水する救助船、ヘリ格納庫が開いていること、艦橋下の救命ボートが無くなっている。
写真から読み取れることについて軍事専門家などはこう見ている。
BBCが海軍の専門家3人に動画と画像を見せて見解を求めたところ、撮影された画像は日中であることから、ウクライナが巡洋艦「モスクワ」を攻撃したと主張する日の翌日、4月14日に撮影されたもので、損傷がミサイル攻撃のものと一致するように見えるとの共通の見解を得られた。
また、画像からは海は穏やかで、ロシア側の発表のような「弾薬の爆発で艦体が損傷し、その後荒れた海が原因で沈没した」のではないことがわかる。救助艇から撮影されたとみられる3秒間の動画では、艦艇が左側に大きく傾いている。艦艇の右隣には、ロシアのものとみられるタグボート1隻が確認できる。艦艇からは黒煙が立ち上り、乾舷(船の中央部で、満載喫水線から上甲板の舷側までの高さ)の一部は大きく破損している。乾舷のほかの部分にも複数の穴が開いていて相当量の海水が流れ込んでいたことを示唆している。
船の左側の喫水線付近の損傷、左側面の煙と火災の被害、救命ボートの欠損、ヘリコプター・ベイの開いたドアなどが写っており、すでに積載のヘリが離陸したことがわかる。また、救助船が被災船の後方に見え、ジェット水流を噴射している。
「左舷の煙の跡は喫水線に近くにあるように見える。ネプチューンの特徴だと報告されているシースキミング(超低空飛行)が可能なミサイルによる損傷である事を示している」
「船の側面がかなりギザギザに内側に破裂しているのがわかる。艦内での爆発なら、内側ではなく、外側にめっきが突き出しているはずだ。これは(ミサイルの)貫通とその後に爆発があったことを示唆している。1発あるいは2発のミサイルが命中したのは間違いない」
もう一人の北大西洋条約機構(NATO)の司令官でもあった人は「大きな煙が上がったのは、ミサイル攻撃により艦内に保管されていたミサイルに穴が開き、甲板に沿って燃料が漏れて壊滅的な火災が起きたためだ。甲板が完全に変形し、船全体が燃え尽きているように見える。燃料が甲板に沿って船尾の方まで流れたのだろう」
英王立防衛安全保障研究所(RUSI)の軍事専門家、はBBCに対し、「対空砲の弾薬が積まれていた場所で火災の被害が見られる。最初の攻撃で発生した火災によって、対空砲の弾薬に火が付いたというのが、1つの有力な仮説だ」
また日本側の専門家の見方でも概ね一致する。元産経新聞ロンドン支局長、木村正人氏が香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官にインタビューしたところでも(JBpress)、同様にロシア軍完敗の解析がされている。
(以下、香田氏の見方)
ロシア側は最初、モスクワで火災が発生し弾薬が爆発したと説明したが、軍艦の特性上あり得ない話だと思った。ウクライナ側の対艦ミサイルによる攻撃だと予測できた。軍艦は基本的に武器と燃料と弾薬のかたまりで、その間に人間が寝泊まりしている。このため最大の危険物である搭載弾薬類には二重、三重の安全措置と装備が準備されている。
戦闘被害ではなく通常の状態で火災が起きた時は、弾薬庫に二酸化炭素を充満させたり、普通のビルの約50倍の密度で設置しているスプリンクラーを作動させたり、最後の手段としてミサイル区画に海水を張ったりして爆発を防ぐ仕組みになっている。
モスクワは両側に「SS-N-12(西側の識別番号)」という対艦ミサイルを8基ずつ甲板上にむき出して積んでいる。これは弾薬庫での保管とは異なるので海水の漲水などは困難であるが、火災の際には外部から大量散水して冷却するのが鉄則だ。戦闘以外の火災で爆発することは、乗員の拙劣な防火活動など極まれなケースを除きまずあり得ない。
逆に、対艦ミサイルの命中による被害の際は、このような安全機構の全部または一部が作動不能となり、その結果、搭載ミサイルや弾薬の誘爆に至ることが多い。12時間後にモスクワが沈没したことを考えると、ミサイルの誘爆と二次被害による船体の破損がもたらした浸水という事態の公算が高く、ほぼ確実にウクライナの対艦ミサイルによる攻撃だ。
ウクライナ海軍は2月24日にロシア軍の攻撃が始まった時に大型の戦闘艦をすべて自沈させた。軍港を占領された場合、ロシア軍が自国の戦闘艦を無傷で使う事態を阻止するためであった。これによりロシア軍は労せず黒海の制海権を獲得した。ロシア海軍がいまやっている任務は二つある。一つはウクライナ南東部の陸上戦闘を支援するための艦砲射撃とウクライナの地上目標に軍艦から巡航ミサイルを撃ち込む対地作戦だ。
もう一つの任務は輸送だ。首都キーウ(キエフ)や北西部の作戦が上手くいかなかった理由の一つに、橋を破壊されたり、途中で待ち伏せ攻撃をされたりしてロジスティックラインをウクライナに切られたことがある。
10トントラックで1万トンの燃料を運ぼうとすると1000台いる。海上輸送ならクリミアから一気に半日で運べる。しかも制海権をとっているから陸上のようなウクライナ軍の妨害がない。キーウ撤退以後の主正面となり戦闘が日々激化している南東部の戦線ではロジの支援ルートとして陸上に加えて海上が安全に使えた。
しかし今回陸上から対艦ミサイルが撃たれ、モスクワが撃沈されたことで、ロシア軍としてはウクライナ軍の対艦攻撃能力を無力化する必要に迫られている。そのあとでないと安心して海上輸送できない。このことが陸上戦闘に相当大きな影響を与える。
ロシアの目論見は大きく崩れた。いくらいい装備で訓練が行き届いていても燃料、弾薬、食料がないと軍隊は戦えない。その流れが悪くなる。モスクワ撃沈は軽視できないというレベル以上の影響を与える。
巡航ミサイル防衛は対空戦の中で一番難しい。ロシア海軍からすると黒海にはそれほど強敵はいないので、黒海艦隊の装備も一世代前、訓練の程度も、乗員の戦闘に際しての心構えも十分ではなかったのではないか。
これはロシア海軍の杜撰さ、甘さによるところが大きい。敵国の海岸に近づく時は陸上発射型の対艦ミサイルが非常に大きな脅威になるので、まず入念な事前攻撃により対艦ミサイルや対空ミサイルのような主防衛システムを潰してから近づくのが鉄則である。
それをしなかったのは、ウクライナ軍の能力をなめてかかったか、そういう情報がなかったか、あるいは作戦の基本ができていなかったかだ。アメリカのやり方できちんと訓練をしている日本や西側の標準から言うと、そんな作戦は立てない。
4月に入ってから軍事作戦を統括する総司令官をようやく任命したのには驚愕した。陸軍だけでも15万から20万人という大部隊を動かすのに1人の総大将もいないというのは近代戦では考えられない。
ロシア軍がウクライナ軍をなめきって、そもそも総司令官はいらないと考えていたのか、そこは不明であり、このことのみでロシア軍を過小評価するつもりはないが、ウクライナ侵略戦争に投入されたロシア軍は近代戦を戦う資格さえないと言われても反論さえできない。
サイバー攻撃で最初にウクライナ軍の神経系を断ち切って戦闘意欲のないウクライナ兵をロシア軍の量で一気に蹴散らせば100時間で終わると高を括って戦争を始めたのか、とさえ思わざるを得ない。
失敗の条件はすべてそろっていた。「キーウ作戦でロシア軍は2割の被害を受けた」と米国防総省が発表した。これは「2割しか損害を受けていない」ではなく「2割も損害を受けた」と理解すべき事態である。キーウや北西部の戦いの問題点は少しも改善されていない。
2014年はウクライナ軍の準備が全くできていなくて赤子の手をひねるようにクリミアを併合できたが、今回はNATOもウクライナ軍も、短く見て昨年秋から、長く見ると14年以降、準備していた。
それに対して総大将も置かずに戦争を始めるとは、ロシア軍は近代戦を理解していないというか、杜撰としか言いようがない。プーチン大統領は対独戦勝記念日の5月9日までに決着をつけたいと考えているようだが、無理だろう。