安倍晋三は偉かった(その2)

もしトランプが大統領に返り咲いたら…という「もしトラ」の心配が言われ出したのは新年早々だった。初戦のアイオワ州党員集会、第2戦のニューハンプシャー州予備選で勝利し2月24日には、対立候補のニッキー・ヘイリー元国連大使(52)の地元であるサウスカロライナ州で予備選が開かれるが、世論調査ではトランプ氏が大きくリードしている。

対する民主党の現職、バイデン氏だが、経済政策や中東政策が不評で人気は低迷。さらに現職のフランス大統領をマクロン氏ではなく、30年も前に退任したミッテラン氏と言い間違えるは、パレスチナ自治区ガザへの人道支援物資搬入に向けて外交努力を尽くしていると語る中で、エジプトのシシ大統領が「イスラエルとの国境を開けたがらなかった」と言おうとして、「メキシコのシシ大統領(ロペスオブラドール大統領)」と語るなどかねて心配されていた認知症の症候が止まらない。若年層や黒人、中南米系の支持離れも指摘されて「もしトラ」どころか「ほぼトラ」が真実味を帯びてきた。

ブログ子も「ほぼトラ」によりもたらされるであろう、世界を相手にしたトランプの「卓袱台(ちゃぶたい)返し」を心配する一人だ。その第一はウクライナ戦争からの撤退である。トランプは大統領在任中から、欧州が応分の国防費を負担せず、米国が欧州防衛のコストを一方的に背負わされていると不満を漏らしていた。「トランプはウクライナを捨ててロシアのプーチンと手を握る。在欧米軍も減らすだろう」という恐怖がいま欧州を覆っている。プーチン大統領が国連憲章や国際法規を踏みにじり、力で奪い取った領土をロシア領と認めるという最悪の結果もトランプならやりかねない。

イスラエル・パレスチナ戦争も様変わりする。アラブ諸国とイスラエルの和解(2020年の「アブラハム合意」)が彼の自慢の種だったから、パレスチナは黙らせられ、ガザ全土にイスラエル支配が及ぶかもしれない。中東諸国は強権主義のトランプとは相性がいいから、人道よりも石油権益が優先するアメリカの行動に同調するだろう。

プーチンと同じく習近平もトランプ復権を歓迎する一人という論調もあるが果たしてそうか。2018年にトランプは、知的財産権の侵害を理由に中国からの輸入品の一部に4度にわたる制裁関税を課すなど、習近平体制と対立した。トランプは4日、米FOXニュースのインタビューで、「対中60%関税」について問われ、「それ以上になるかもしれない」と答えている。彼は選挙公約で、米国に雇用と富を取り戻し、中国など他国への依存を解消する「トランプ相互貿易法」を掲げている。そうなると中国の株価暴落や不動産不況など経済悪化に拍車がかかる恐れがある。彼なら中国の対米貿易黒字の半減と引き換えに、台湾をソデにすることもぐらいやりかねない。現に、台湾ではこのようなシナリオが恐れられている。 
 
一番大事な日本への影響である。在任中「日本は日米安保にただ乗りしている。もっとカネを出せ」と言った。「日本がカネを出さなければ米軍は引く」とまで脅し文句をかけてきた。しかし安倍首相からゴルフカートの上で、日本は十分以上にカネを払っていることを縷々説得され、珍しく納得した。

さきに 日鉄は、USスチールを今年6~9月に買収を完了させる計画を発表した。「鉄は国家なり」の箴言を思い出させ、なんとか成功させたいものだが、トランプは早くも1月31日に「即座に阻止する。絶対にだ」と強くアピールした。日本政府の後押しが待たれるところだが岸田首相は、この件について一言のコメントもない。ブログ子ならずとも「ああ、安倍首相在りせば…」とため息が出るばかりである。

1月29日、産経ワシントン駐在客員特派員・古森義久の「返り咲きをねらうトランプ氏の対日政策は危険か」という記事を読んだ。ブログ子は彼がロンドン支局長時代から知っているが、骨の髄から共和党びいきである。その彼がトランプ陣営の政策研究機関「アメリカ第一政策研究所(AFPI)」の構想として次のように書いている。

このシンクタンクのアジア部門に問うたところ、対日政策に関する文書を明示してくれた。「米日同盟は21世紀の米国第一外交政策の成功の基礎を築く」と題する同文書はこれからの米国のアジア政策では日本との軍事同盟が不可欠と強調し、米国への巨大な脅威である中国の軍事攻勢に対して日米同盟は重要な抑止策だと明記されている。

その上で、日本が安倍晋三元首相の政権下で対米同盟を強化し、岸田政権もその路線を継いだことに感謝している。要するに、日米同盟の破棄どころか堅持と強化なのである。トランプ氏が次期政権を担う場合の対日政策を占う有力な資料だろう。

トランプ前政権による日本との同盟重視は明白だった。日米関係の歴史でもトランプ・安倍時代は最も堅固で緊密な同盟の絆を築いた。トランプ氏が就任前の選挙戦で述べていた日米同盟の片務性への不満も、日本側が軍事寄与を増して防衛協力を強めることへの期待だった。就任後は尖閣防衛をはじめ、現実の同盟強化策を次々と打ち出した。

日本への友好という点でのトランプ氏の実績は北朝鮮による日本人拉致事件解決への協力だった。国連総会演説での「優しい日本人少女の解放」の訴えから、金正恩氏への直接の要求、さらには被害者家族たちとの度々の会談と、日本側の当事者たちは決して忘れないと感謝を絶やさない。

最後に古森特派員は「トランプ氏が国際課題に背を向ける孤立主義者だと断じる向きにはトランプ前政権こそが歴代米政権の政策を変え、中国の無法な膨張への厳しい抑止策をとった事実を挙げておこう。」と結んでいる。

要するにトランプの政策は安倍晋三時代に築き上げたものを踏襲するというのだが、果たしてそうか。日鉄のUSスチール買収計画に対する「即座に阻止する」という言動を見ても、「アメリカ・ファースト」そのものである。

ブログ子個人としてはトランプになってよさそうなのは、アメリカはもちろん中国、欧州を席巻しているEV(電気自動車)一本やりの風潮が変わることである。ブログ子はEV車ブームには眉唾である。トヨタが欧米のように全面的なEVシフトなどせずせいぜいハイブリッドどまりでいまだにエンジン車をつくり続けていることに喝采している。理由はEV車が弱い寒冷地である八ケ岳にいることや標高1800メートルまで上がり下りする馬力の点だがそれは措く。

「私がホワイトハウスに戻ったら、いんちきジョー(バイデン大統領)による『電気自動車(EV)オシ』を終わらせる」と明言しているのがトランプである。そうなれば、日本の基幹産業である自動車産業には強い追い風となる。

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それにしても安倍晋三は偉かったとつくづく思う。功績として挙げられるのは集団的自衛権の見直しとか、平和安全法制の整備とかがあるが、あの難物のトランプ相手にゴルフ相手をして肩を抱きかかえての信頼関係を築き、G7では激論の中でメルケル独首相やジョンソン英首相の間に割って入り共同声明作成にこぎつけた場面は、まさに世界をリードする日本の姿だった。

「トランプさんと話せたのは安倍さんだけだったね」と言われる今、つくづく惜しい人材を失ったものだと思う。

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