愚かな役人が潰す「おいしい漬物」

昔から役人どもが現場も知らずに机上で法律をつくっては、文化を潰してきた。今回もまたその愚の骨頂を見る思いだ。

6月1日から改正食品衛生法で漬物製造の衛生基準が厳格化され、許可制に移行した。その結果、どうなったか。全国でおばあちゃん手作りの名物漬物が続々と廃業しているのだ。どういうことかと言うと、食中毒防止を名目に、漬物製造業には保健所からの営業許可を求めることになったのだ。許可を得るには、加工場と生活場所を区分し、汚染を防ぐ水回り設備などを備えた施設が必要になった。

もともと漬物と言うのは台所の片隅でおばあちゃんが裏の畑でとれた野菜を川の水を引き込んだ用水で洗い、手で塩もみしながら漬け込んで、近しいところにおすそ分けしするような品物である。

なのに「水回り施設をつくれ」「加工場と台所を分けろ」と強いられたのでは、零細な漬物屋はやっていけるわけがない。もともと高齢化で漬物の作り手減少していたところに設備投資を求められたのではたまったものではない。廃業を決める農家が相次ぎ、こういう農家が主に出荷していた地元の道の駅などからはおばあちゃんの名前入りの漬物が姿を消しているのだ。

特産「いぶりがっこ」などがある秋田県によると、21年時点で県内直売所で漬物を売る人は少なくとも636人いた。だが、今年2月時点で農業者の漬物製造の許可施設は179件。県は補助事業で施設整備を支援したが、廃業が少なくない。

 千葉県南房総市の道の駅三芳村鄙(ひな)の里の直売所「土のめぐみ館」はこれまで漬物出荷者は22人・団体あったが、6月からはたった5人・団体になった。

都内唯一の道の駅である東京都八王子市の「道の駅 八王子滝山」は、市内で栽培された野菜はもちろん、農家が作った漬物も大根のしょうゆ漬けやナスのごま油漬け、梅干といった地場野菜を漬け込んだ農家自慢の漬物が立ち並んでいた。それが「以前まで5戸の農家さんが作った漬物を販売していたのですが、うち2戸が食品衛生法に触れ、販売中止になった。残り3戸は、法改正前から設備投資を行い、自前の漬物製造所を続けてるが、農家全体の高齢化により漬物の販売数は、年々減少傾向にあるというのが現状です」という。

和歌山県みなべ町は南高梅で有名で梅干しづくりが盛んなところだ。若手梅農家の集団「梅ボーイズ」は廃業を考える梅農家の設備投資を支援し、全国の梅産地に梅干しの製造所を作るプロジェクトを進めている。そんな「梅ボーイズもとには、全国の梅農家から嘆きの声が多数寄せられている。

「梅干しの製造は自宅の作業場やキッチンで行なう農家が多かったため、改めて製造所を設けたとしても実際の製造方法が想像できないんだそうです。今までの方法と違いすぎてまったく見当もつかない」と今年漬け込んだ梅干しはてさぐり状態だったという。

 厚生労働省によると漬物製造業で許可を得た施設は、直近調査の23年3月末時点で5435件。法改正前の事業者数は正確な数を把握していないという。役人の頭にはこの法律でどのくらいの農家がダメージを受けるのかなどハナから計算していないのである。土台、食中毒防止のためと言うが、古来塩は消毒効果があるから、漬物による食中毒など聞いたことがない。食中毒防止など役人の発想である。

昔、山形県の漬物研究家、酒井佐和子さん(故人)を取材したことがる。「専売公社の塩では漬物はできない」と言って物議をかもした。余談だがそのとき、酒井さんに私が美味いとする「日本三大漬物」を挙げたところ「同感」と言ってもらったので披露するが、①が「北海道のにしん漬け」②が「山形・米沢のおみ漬け」③が「京都の千枚漬け」だ。いずれも疎開先、勉学地など自身の生活と密接なところだ。漬物と言うのはそれほど土地と結びつく。

そのとき、専売公社の広報は「当社の塩は99・9999%塩です」と言い張った。なるほど塩化ナトリュームとしてはそうだが、漬物は「にがり」やほかの海の恵みが相俟った塩があって初めて出来上がる。

我が家は今年も和歌山・田辺から取り寄せた南高梅で梅干しを漬け込んだ。大量の「天塩」を買ったが、日本専売公社が名前を変えた「JT」(日本たばこ産業株式会社)には見向きもしなかった。スーパーで「JT」の「食卓塩」に手を出す人が皆無になったことを見ても漬物研究家の方が正鵠を射ていたことは明らかだ。

厚生労働省が言い張る「食中毒防止」うんぬんは、後世、専売公社広報が言い募った「99・9999%塩です」と同列視されるのではないか。きっとそうなる。

コメントは受け付けていません。