ブログ子は1ドル360円の固定相場の時代ロンドンに出張した。本来の目的は英仏が共同開発した超音速旅客機「コンコルド」の取材だったが、日本はまだ貧しく、新聞社も同じで記事1本だけというのは許されず、背広の語源になったロンドンのウエストエンドの小さい通り、セビルロー(Savile Row)をほっつき歩いてここで修行する日本人仕立屋や、パリで豆腐屋を始めた男、スイスの登山列車など盛りたくさんの企画を出して認められた。
背広を仕立てるほどの余裕はなかったので、唯一バーバリーのレインコートを買い込んで得意になっていた。その後タイヤメーカーのロンドン支店長を務める義兄からショッキングなことを聞かされた、「飛行機に乗るとエコノミークラスまではバーバリー(Burberry)だが、ビジネスシートやファーストクラスあたりとなると見かけるのは、まずアクアスキュータム(Aquascutum)のコートばかりだ」というのだ。二度目のロンドン行きでは円は変動相場制に移っていて1ドル=200円前後でかなり使い手が出てきた。アクアスキュータムに加えてブレザーや ウェッジウッドまで買い込んだ。まだ12進法で「1ポンド=20シリング、1シリング=12ペンス」でやっていたのだから気づいても良さそうなものだが、注文の時10進法ばりに「カップ&ソーサー5セット」とやってしまった。今は結婚した長女のところに行っているが、本来6個入の容器の空いた1つには紙が詰め込まれていた。
アクアスキュータムはロンドンの中心地リージェント通りにある。ロンドン万国博覧会のあった1851年に、仕立て人ジョン・エマリーが創業した。ブランド名の由来はラテン語で「水」を表すaquaと「楯」を表すscutumの2語を組み合わせた造語で「防水」を意味する。クリミア戦争時にイギリス軍が将校用のコートにこの防水布で作ったコートを採用したことからトレンチ(塹壕)コートは有名になった。
ブログ子は長く肩ベルトは階級章を着けるところだと思っていたが、本来手榴弾を挟みこむためのものだと知った。それほど軍用の名残なのだが、これ一つでブラックタイの場所にも行ける重宝さが、男の憧れをかきたてたのだと思う。もちろん1897年以来王室御用達というブランド力もあるが。
これまた日本企業のレナウンが1990年に買収、カナダ産アクアスキュータムなんていうのも現れて有り難味は薄れたのだが、2012年4月17日、アクアスキュータムは会社更生を決断し、破産管財人による法的管理の手続きに入った。現在、管財人が新たなスポンサー企業を探しているところだという。
そんな次第で我が家では両社のコートが4,5着ぶら下がっているのだが、ほとんど着ることがない。ともに決定的な欠点があるのだ。それは裏地が弱くて数年で破け始める。修理するところもあるようだが、こういうところを日本企業らしくがっちりした布地で頑丈につくったらもう少し先があったのではないかと思う。