17年ごろに妻が出ていった当初、週に約5日の頻度でアパートに帰宅。しかし、理玖ちゃんが亡くなる約2カ月前からは週1、2日程度しか帰らなくなったといい、帰宅時と外出時、コンビニエンスストアなどで購入した食事を1食分ずつ与えていた。「これだけでは食事が足りず、いずれ衰弱して死んでしまうという認識はあった」と供述している。.
理玖ちゃんは、大量の生活ごみが積もった6畳和室内で、布のようなものの上で見つかった。部屋の窓には目張りがしてあり、理玖ちゃんの死亡を機にアパートを離れた後も家賃を支払い続けていたのは「死体が見つからないようにするため」といい、「子供のことは1日たりとも忘れたことはありません」とも供述している。
だいぶ以前の話になるが結婚後1年足らずで離婚した娘が生まれたばかりの子供の世話を拒否、どこか施設に入れてくれと言っている、どうすればいいかと真夜中切羽詰まった声の母親から電話を受けた。男のペテン師の素顔を剥いだのがブログ子だったので頼られた。教育評論家の経験はないが、その時「放っておきなさい。我が子が母乳を求めて泣き叫んでいる時、赤子を抱き上げない母親などこの世にいませんから」と答えた。その子供はいまスチュワーデスになって空を飛んでいると聞く。
今回の事件のように、子供を置いて家を出る妻といい、死ぬとわかっていて少しの食事しか与えなかった男といい、昔の父親像、母親像とは相容れない行動で理解に苦しむ。ふた親とも未成熟なままおとなになったのだろうか。それとも人間性が変わってしまったのだろうか。ブログ子のような回答ではもはや解決できない社会になっているのだろうか。
先週このブログで孫娘たちの運動会に出かけた話を書いた。一番下は亡くなった子どもと同じ年頃の幼稚園児だ。明るくのびのびと育っている子供がいる一方でこうして無残にも死に行く子供がいる。ありがたいと思う反面、親の愛に恵まれず餓死したうえ、7年間も捨て置かれ白骨となった子供が不憫でならない。