「福島第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田昌郎所長の命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していた」とする朝日の記事(5月20日付)について、朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」は12日、「報道内容に重大な誤りがあった」「公正で正確な報道姿勢に欠けた」などとして、同社が該当記事の取り消しをしたことを「妥当」とする見解を発表した。見解では、報道後に批判が広がったにもかかわらず、危機感がないまま迅速に対応しなかった結果、同社が信頼を失ったと結論付けた。
その第三者委員会の見解というのを読んだ。あきれることに、取材チーム数人のうち記者2人しか調書を読んでいなかった。しかも掲載前に編集局内から何度も「命令違反」とすることへの疑問が出されていた。編集幹部や当番編集長が調書の閲覧を求めても、担当次長は「情報源が明らかになるので避けたい」と断っていた。8月18日付で産経新聞が朝日とまったく解釈が異なる吉田調書の内容を報じて初めて、編集幹部が調書を読み込んだという。
第三者委員会は、報道の基本である裏付け取材を怠ったことや、記者2人しか調書を読んでいないなどチェックのずさんさを指摘したものの、なぜ記者が事実に反する「ストーリー(物語)」を仕立てたのか、調査ではその理由や経緯が十分に明らかになっていない。記者が調書を誤読した理由について、「記者が原発事故の取材に関して自負があった」「2人だけでの仕事にこだわり、他からの意見を受け付けない姿勢が見られた」と経緯を記述するのみだ。
たった2人の記者が吉田調書のどこを読んでのことかわからないが、まず「所員の9割に当たる約650人が吉田氏の命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退した」というストーリーと見出しを先に作り、あとは都合の良いところだけを切り貼りしてでっち上げたのである。呆れた新聞記者がいたものである。当時の菅直人首相が怒鳴り散らすなかで毅然として陣頭指揮した故・吉田昌郎所長はサムライと呼ばれていた大人物である。それをこの2人はでたらめな記事で貶めたのである。
ブログ子は40余年間の新聞記者生活で朝日の大阪、名古屋、東京本社に多くの友人、知己がいる。記者というのは出先が多いので自社より他社の記者との交友が多いからだが、かねてから朝日には感心することが多かった。中央紙などは県版は支局からの原稿をそのまま通すのが普通だが、朝日は検証部門があり、チェックしていた。朝日は「左」、産経は「右」と片付けられることが多い。昔、朝日東京本社で右翼の巨頭がピストル自殺した事件があった。当然他の右翼の動きや談話を取ることになるのだが、めぼしい右翼に連絡をつけまで産経が1時間かかるところ朝日は20分でコメントを取るというような経験をした。「左」と言われるが、朝日には右翼の大物と普段から連絡を取っている記者を「飼っている」余裕があるのである。
だから「従軍慰安婦」で吉田清治という詐話師の話に基づくでたらめな記事を32年間も垂れ流して、韓国・中国にさんざ利用されたあと、やっと16本全てを取り消したり、今回の「福島原発で650人が署長の命令に反して撤退した」という記事を取り消したりしている現在の朝日の体質が信じられない思いである。
なにより、こうしたミスリードがほんの2,3人の記者の恣意的な行動で引き起こされていることが驚きだ。あれほど社内で校閲と検証に厳しかった朝日の中でこうしたでたらめ原稿が社内をまかり通っている現実に、ただただ「朝日はいったいどうしたことか」と思うのである。過去には伊藤律会見記、カメラマンによるサンゴ礁傷付け写真、など朝日には歴史的「誤報」があるが、それに負けるとも劣らない「大誤報」が今年一年で2つも起きた。体質がどうかしているのである。
「誤報」と書いた。朝日も盛んにそういうが、実際は誤報などよりはるかにひどい「虚報」であり、悪質な「デマ」である。書いた記者や編集幹部の処分は今月発表するというが、私なら書いた記者2人は「懲戒解雇」である。一方、32年も放置した挙句、書いた記者は定年退社して地方の大学に潜り込んでいるため、今となっては責任も問われない。「従軍慰安婦」がらみの記者の処分は世論に任せるしかなかろう。