オレは「釜ヶ崎のアラン・ドロン」と言われた男

アラン・ドロン、俳優引退へ フランスが誇る美男の代名詞

天下のアラン・ドロンも81歳か。


【5月10日 AFP】「史上最高の美男俳優」の一人と称されるフランスの人気俳優アラン・ドロン(Alain Delon、81)が9日、間もなく俳優業から引退すると宣言した。
 ドロンはAFPの取材に対し、最後に映画と舞台作品にそれぞれ1本ずつ出演してから引退する意向を表明。「この歳だし、ここまで俳優としてやってこれたし、もう終わりにする。(中略)人生の終わりではないが、キャリアの終わりだ」と述べた。

◇◇◇

何を隠そう。ブログ子はその昔、「アラン・ドロン」と言われた男である。哀しいかな、その前に「釜ヶ崎の」とつくところが無念だが。その顚末は「釜が崎のアラン・ドロンや」で詳述した。

かいつまんで説明すると昭和40年初め、大阪の新聞社で「南回り」をしていた。住吉、阿倍野、西成など7つの警察を担当してあけても暮れてもこの七つの警察を回っていた。拠点は西成警察で、今は立派に建て替えられているようだが、当時は緩い階段であぶれた労働者が座り込んでたむろしていた。新今宮の駅を降りて西成署まで歩くのだが、泥酔して道端脇に寝ている女労務者の裾をめくってないがしかの金銭を要求する輩がいた。

西成署に行くとたむろししているのが新人記者にあだ名をつける。「朝日のインポ〇〇」とか「おかまの」とか見もしないでろくなあだ名ではない。それを知っていたから、「おまえどこの社や」といわれたとき、「△△社のアラン・ドロンや」と名乗った。面白いやつだとアラン・ドロンが認められたが、残念ながらその前に「釜ヶ崎の」というのがついていた。

 新聞社に原稿を電話送稿するとき「釜ヶ崎のアラン・ドロンですが」と名乗ると、交換手と社会部の女性記者が笑い転げた。あとで知ったが野坂昭如が近くにいたようで、後年新宿・ゴールデン街で本人から明かされた。取材は明日襲撃されるパチンコ屋の名前を「教授」から聞き出すことと左翼の「梶大輔」の消息を割り出すことだった。

まあ、そんなわけでアラン・ドロンには思い入れがあるのだが最近では、若い娘に「それなに?」と言われるようになって悲嘆をかこっていた。本人が引退だというのであるから、ブログ子も「アラン・ドロン」とはお別れである。あれから50年以上たつ。

コメントは受け付けていません。