名古屋市の河村たかし市長(74)は21日の定例会見で、市内で開かれたイベントに公務で出席した際、4人組の女性アイドルグループと撮影した写真で、右手でつくったポーズについて「(アイドルの)指のポーズをまねてサインをつくったつもりが、卑わいだと不快に感じる方がおられるということで、おわび申し上げます」と公式に謝罪した。
これだけでは何のことやらわからないと思うが、下の写真を見れば、男ならみなわかるはずだ。アフリカでも通じるとどこかで読んだ覚えがあるから世界共通の指サインなのだろう。
市内で開催された「韓国フェスティバル2022in名古屋」というイベントに出席した河村市長が、名古屋市のご当地アイドルから声をかけられ写真撮影に応じた。その際、「このサインでお願いします」と親指と人差し指を交差させた先端がハートに似た形になるポーズを指定され「ええよ」と河村氏が快諾した。
「このサイン」というのは近頃はやりの「きゅんです」ポーズというものだそう。親指と人さし指を交差させ、小さなハートマークに見立てた形にするもので、元々は韓国のアイドルがファンに対して「愛しているよ」という気持ちを伝えるために始めたポーズだとか。
リーダーがやってみせた指先をみつめて「見よう見まねで(ポーズが)できたつもりだった」のが、人差し指に添えるだけの親指が人差し指と中指の間に入る形になってしまった(市長の弁解)。
そんな「きゅんです」ポーズなど、ブログ子は知らなかった。ましてや市長が知るわけもなかろう。
世の中には笑ってすませばいいものを、ことさらに差別だ、人権だ、猥褻だと騒ぎ立てる輩がいる。一部の野党や新聞テレビがその先走りだ。今回もツイッターなどにエセ「正義漢」たちが騒ぎを大きくした。
一般には知られていなかろうが、河村たかし市長は名古屋人が愛してやまない春日一幸の秘書をしていた人物である。ブログ子は昭和43年の暮れ、御用納めが近い頃だったが議員会館の民社党の春日一幸・書記長の部屋に呼ばれた。この後、民社党委員長として野党の顔になる人物だが、このときはまだ書記長。党の顔は西村栄一委員長なのに、すでに民社党を我が物顔に仕切っていた。
事務所にはもう一人、週刊誌 「女性自身」の記者がいた。春日書記長はゲラを手に私に「明日発売で店頭に並ぶそうだ。貴君には包み隠さず 話してきたが、公になる以上、職を辞することとした。このあと記者クラブで発表します」ということだった。この問題を知っている私に仁義を切っての呼び出しだった。
2、3週間前に「春日一幸は妾を持っている」とタレ込みがあった。公明党か共産党関係者からとは察しがついた。というのも2党にとって天敵みたいな存在だった。タレ込みは本当だった。取材は普通、周りから調べて固めていくが、早い段階でご本人があっさり「さようでござる」と認めたうえ、現在七人であることも口にした。名古屋に二人、春日部に一人、東京にウン人・・・とスラスラ。数は言わなかったが、外に子どもがいることも隠さなかった。
なにより、民社党の番記者が毎日、書記長宅で行っている会見だが、その家が妾宅ときている。担当記者は そんなこととっくに承知の上なのだった。こういうことが記事になるのだろうか、考え込んでいるうちに議員会館に呼ばれたのである。
春日一幸の演説は「春日節」と呼ばれた。古今東西いろんなところからの引用に独特の抑揚を加え、演説に自己陶酔もはいる。例えば「わが民社党は、あの共産党の奴ばらをば千切っては捨て千切っては捨て・・・」といったぐあいだ。 自民党と民社党の連立 の可能性について聞かれたときだが、「それは極めて重要な質問ゆえに、ここは英語で答弁いたそう。即ち、イット、ディペンズ、 アポン、サーカマスタンセスじゃ(その時の状況次第だ)」。人を食った応答で相手を煙にまくなどお茶の子さいさいだ。
この人柄で名古屋県議から国会議員に転出する際には、反対党からも餞別が届いたほどだ。その春日一幸の秘書だったのが河村たかし市長である。名古屋人に愛されて、2009年の名古屋市長選挙で初当選して以来、出直しも含めてこれまで4回の市長選挙では、対立候補に大差をつけて当選してきた。投票締切と同時、午後8時に当選確実が報じられる。
大村秀章愛知県知事のリコール署名活動では前面に出て活動した。この知事は「あいちトリエンナーレ」実行委員会に朝日新聞論壇委員だった津田大介を招き、慰安婦像を展示したり、昭和天皇の写真を焼いたりする偏向企画に毎年8億5000万も県費を費やす愚行で有名だ。
県知事選に出れば当選すると言われるが名古屋市長に甘んじてその色気は見せない。何故か?。尾張名古屋では「知事より市長が格上」なのである。