プーチンのアネクドート①

 ロシアにはアネクドート(анекдо́тと呼ばれる、政治小話の伝統がある。ロシア語では滑稽な小話全般を指す。本来この言葉はギリシャ語のアネクドトス(anekdotos)に由来し「公にされなかったもの」の意で英語のアネクドート(anecdote)も同源だ。

権力を嘲笑し、生活の不満を皮肉るアネクドートは、ロシア人には必須のものだ。ブログ子は大学でロシア文学を専攻したので当然自然に耳に入ってきた。新聞記者になって、東京・狸穴のソ連大使館の広報部長らと付き合うようになったが彼らもまたアネクドートを駆使していた。

大胆なことに、自国政府の批判をネタにしたものでもアネクドートなら許されるのである。例えばこんなものだ。

≪ソ連の軍需工場で、3人の労働者が秘密警察に逮捕された。
 一人は時間より30分早く出勤したために、スパイの疑いで。
 一人は時間より30分遅く出勤したために、サボタージュの疑いで。
 一人は時間通りに出勤したために、外国製腕時計を不正に入手した疑いで≫

怒るかと思うと、さにあらず。広報部長は銀座のバーで「ワッハハ」と笑ってウイスキーをストレートでグイッと一気飲みしたものである。

時は下って、ロシアになり、プーチン大統領が平然とウクライナ侵攻をやらかした。いまロシアからはおびただしい数のアネクドートが伝えられている。ロシアの一般市民の一つの「意志」の表れだと思っていい。そのうち、プーチンに関したものを拾い上げて、適宜紹介して行きたい。

◇ ◇ ◇

≪プーチンが国民への演説の場でこう語った。
「戦争など恐れることはない。なぜなら、愛国的ロシア人は皆、死んだら絶対に天国へ行けるのだから!」

 その演説を聞いた天国側は、NATOへの加盟を申請した。≫

 ≪プーチン大統領が突然発作に襲われ、10年間意識を失った。病院で目が覚めた大統領は一人でモスクワのバーに出掛け、バーテンダーに尋ねた。

「クリミアは今もわれわれのものなのか」
「その通りです」
「ドンバスもそうか」
「もちろんです。キエフもです」

「それは良かった。……ところで、勘定はいくらだ?」
「100フリブナ(ウクライナ通貨)です」≫

 プーチンは2013年、当時のリュドミラ夫人と離婚した。現在は、新体操の五輪金メダリスト、アリーナ・カバエワが愛人ともいわれている。以下は少しロシア語に通じている必要があるアネクドートだが。

 ≪プーチン大統領とリュドミラ夫人の離婚が公表された。
 報道官は、「リュドミラ夫人には、住宅とクルマが与えられる」と発表した。
 プーチン大統領には、クリミアとドンバス地方が与えられる。

 ロシアによるクリミア併合後、カバエワが友人にこぼした。
「私は3月8日の国際婦人デーのプレゼントにクレム(кремクリーム)を頼んだだけなのに、彼はクルィム(крымクリミア)と勘違いしたようだわ。これではもう、カリャスカ(коляска乳母車)は頼めない」≫

 カリャスカはアリャスカ(Аляскаアラスカ)のかけ言葉である。帝政ロシアは19世紀半ば、英仏両国とクリミア戦争を戦い、敗れたものの、クリミアを死守した。しかし、戦費の急増で財政赤字に陥り、1867年、当時領土だったアラスカを720万ドル(現在のレートで約11億34000万円)でアメリカに売却した。 資源の宝庫、アラスカのこの売却は「世紀の愚行」と教科書にも書かれ、ロシア人のトラウマとなっている。

プーチン大統領自身も記者会見やテレビ対話で好んでアネクドートを口にしている。1昨年10月、内外の専門家を集めて行う「バルダイ会議」でこんなアネクドートを披露した。

 ≪ドイツ人一家の会話――。
 息子「パパ、なんでこんなに寒いの」
 父「ロシアがウクライナを攻撃したので、ロシアに制裁を科したからだ」
 息子「なぜ制裁したの」
 父「ロシアを苦しめるためだ」

 息子「僕たちはロシア人なの?」≫

≪ロシア人1億4千万人が一斉に亡くなり、天国に送られた。
 天国の管理人が「これほど人が多いと、群衆をまとめる指導者が必要だ。誰がいいか」と尋ねると、群衆から「プーチン、プーチン」のシュプレヒコールが沸き上がった。

 管理人が言った。
「プーチンはここにはいない。彼は地獄に送られたはずだ」≫

≪ プーチン大統領が占星術師に占ってもらった。

「1年後の今、私はどこにいるか?」
「あなたはキエフにいます。戦争は終わり、あなたの乗る車の周辺は歓声を上げる市民であふれています」
「私も彼らに手を振っているのか」

「それはできません。棺(ひつぎ)は密閉されています」≫

≪ プーチン大統領が占星術師に占ってもらった。

「私はいつ死ぬのか?」
「あなたはウクライナの祝日に死ぬことになります」

「祝日はいつだ」
「あなたの命日がウクライナの祝日です」≫

≪ 夜中の3時、ロシア大統領公邸で執事がプーチン大統領を起こした。

「夜分に失礼します。ウクライナ側が降伏について大統領と交渉したいそうです」
「遂にきたか。電話を回してくれ」

「それには及びません。武装したウクライナ兵がドアの外で待っています」≫

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