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一途に思い込んだ正義の厄介さ

先だっての籾井勝人NHK新会長の記者会見での毎日新聞など一部の記者の質問のやり方は「ペテン」「マスゴミ」だとこのブログで書いた(「やっとまともなNHK会長が出てきた」http://h-h-a.org/miyazaki/?p=56)。一部新聞はしれっと批判記事を書いているが、その内幕などには触れていなかったので菅官房長官の発言をもとにしたのだが、12日の 産経「正論」欄で現代史家・秦郁彦氏が「一途に思い込んだ正義の厄介さ」と題して、さらにくわしく当日のやり取りを検証しているので、これを再録 する。最近の朝日、毎日、そして共同通信の配信を受け記事を掲載しているローカル紙の論調は本当に、どうかしている。

一途に思い込んだ正義の厄介さ

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140212/ent14021203460001-n1.htm (引用元記事)

《安倍批判の傍杖食った籾井氏》

秦郁彦氏

秦郁彦氏

「一途(いちず)に思いこんだ正義ほどやっかいなものはない」(山本夏彦)という警句を実感させる事例が、最近のマスコミ報道で目立つ。一部の全国紙が客観報道の建前をかなぐり捨て、彼らの「正義」観に合わない安倍晋三政権の批判に熱中している。

気の毒なのは、安倍シンパと見なされ、傍杖(そばづえ)を食う形でからまれた人たちだ。最大の受難者は、1月25日の就任記者会見での発言を叩(たた)かれ辞任を迫られた籾井勝人NHK新会長だろう。一連のドタバタ劇の次第を検証してみたい。

まず翌日付の朝刊から見出しを拾うと、「慰安婦〈どこの国にも〉」「韓国の補償要求〈おかしい〉」(朝日)、「秘密保護法は『(国会を)通ったこと』」(毎日)、「安倍政権寄り鮮明」(東京)などだが、裏返すと、「慰安婦がいたのは日本軍だけ」「日韓条約にこだわらず韓国へ追加補償せよ」「秘密保護法への反対を続けよ」「安倍政権は支持しない」が、3紙の主張する「正義」なのだろうか。

そこで先頭を走る朝日の解説記事を読むと、NHKのある幹部、あるプロデューサー、経営委員、閣僚、自民党幹部の計5人が、いずれも匿名で会長非難のコメントを寄せている。このうち経営委員、閣僚、自民党幹部は会長の辞任を求めた。

コメントした6人のうち何と5人が匿名という奇妙な取材記事は前代未聞で、記者の誘導に乗っての発言かと疑われても仕方あるまい。特に任免権を持った12人の経営委員は全員一致で新会長を選んでいるうえ、28日の経営委員会で「委員からは退任論こそ出なかった」(29日付朝日)とすれば、三枚舌を使う委員がいることになってしまう。

なぜかNHKも動画サイトも記者会見の全容を報じていないが、私の手許(てもと)には、臨場感あふれる逐語の質疑記録がある。それを見ると、会長はまず不偏不党、視点の多角化を軸とする放送法の趣旨を順守したいと繰り返し強調し、NHKという伝統ある組織への敬意と信頼を語っている。

《記者会見取材の方法に疑義》

次いで首都災害による放送機能の麻痺(まひ)を避けるため、耐震性が足りぬ放送センターの建て替え構想を前倒ししてでも実施したいと述べた。ところが、質疑に移ると、記者団はNHK会長の守備範囲とは言いにくい政治的イシューばかりを選び、集中砲火を浴びせる。

繰り出した論点は、憲法改正、特定秘密保護法、尖閣・竹島の領土問題、靖国参拝と合祀(ごうし)、慰安婦問題と多岐にわたった。会長はしつこく迫られても、「個人的意見は差し控えたい」「ノーコメント」とかわすが、慰安婦問題でついに引っかけられてしまう。

「会長自身はどう考えているか」という毎日の質問に「コメントを控えてはだめですか…今のモラルでは悪いことだが、戦時慰安婦はどこの国にもあった。違います?」と応じるが、「重ねて尋ねたい」と迫られ、「無言」でいると、傍らの広報局長が「ノーコメントということ。じゃ次の質問を」といったんは押さえ込む。

しかし、10分後に同じ記者が「揚げ足を取るようだが」と断りながら蒸し返した。そして、「どこの国にもとは、すべての国か」と追及し、「ドイツ、フランス…」と国名を列挙させた後は、「どこの国にもあった証拠を出せ」「ではなかった証拠はあるのか」と、売られたケンカをうっかり買う形になってしまった。

《質疑応答読めば印象逆転?》

危ないと気づいてか、会長が個人の見解だと付け加えても、「ここは会長会見の場なので」(読売)と言われ、「それなら全部取り消します」と宣言したが、手遅れだった。「言ったことは取り消せませんよ」と凄(すご)まれ、「乗せられてしまった。今後はノーコメントと言い続ければよいのか」と反問したが、誰も答えない。

最後に朝日の「靖国と慰安婦はどちらも肯定的に見える発言だったが、それを番組に反映させたいのか」「襟を正して政権との距離を取るつもり?」と意地悪な質問で会見は終わった。友人の元記者に聞くと、「失言狙いの若い記者に挑発され、老練な経営者がワナにはまるとは」と辛口評だが、NHKに届いた視聴者の反応は、「批判的意見が7500件、よく言ったという声が3500件」(NHK発表)だという。質疑の全部を読ませたら、この比率は逆転するかもしれない。

海外の反響も批判調は一部の新聞にとどまり、「(韓国)政府としては公式見解は出しておらず」(1月28日付朝日)と当て外れに終わる。そこで、3紙と野党は、標的を安倍政権が任命した2人の経営委員(作家の百田尚樹氏と哲学者の長谷川三千子氏)に切り替えた。

都知事選の応援演説や追悼文集の一部をあげつらったが、「言論の自由封殺だ」と反論され、「ガッテンいかないNHK」(2月7日付毎日夕刊)とお茶を濁して幕引きとなりそうだ。(現代史家・秦郁彦)