漱石枕流(そうせきちんりゅう)とは、自身の失敗や間違いを認めず、無理な言い訳をして主張を続けることを指す。西晋の孫楚が「石に枕し流れに漱ぐ」という言葉を誤って「石に漱ぎ流れに枕す」と言った。その間違いを指摘されると「石で歯を磨き、流れで耳を洗う」と強弁した故事から来ていて、夏目漱石のペンネームの由来でもある。

斎藤元彦兵庫県知事の疑惑告発文書問題で、元裁判官の弁護士らによる県の第三者委員会が公表した調査報告書は、告発者を処分した斎藤氏の対応を違法と断じ、パワハラ行為を明確に認定した。それに対して、ああだ、こうだと言い逃れる、しぶとい斎藤知事の強弁をみて、上記の故事を思い出した次第。
この知事による疑惑はいろいろあるが、一番重要なのが「公益通報者潰し」である。知事によるパワハラなど7項目の疑惑を挙げて指弾した元県幹部の男性=昨年7月死亡、当時(60)=について、片山安孝副知事(当時)らに調査を指示、さらに昨年3月、匿名の文書を独自に入手したとして、この男性を作成者と特定し、内部調査の上で停職3カ月の懲戒処分とした一件である。

この件では先に百条委の報告書が出ていた。こちらは、「告発者潰しと捉えられかねない。公益通報者保護法に違反している可能性が高い」としたが、斎藤知事は百条委の結論を「一つの見解にすぎない」と逃げていた。百条委は県議会といういわば”仲間内”の審議だからどうしても甘くなる。
それに対し、第三者委は完全な外部の組織だ。その報告書ははっきりと具体的に10件のパワハラ行為を認定したうえ、「業務上の必要な範囲での指導」と強弁してきた知事を「感情的に怒りをぶつけることは指導ではない。違法、不当なものだった」と言い切った。
第三者委の聴取に対する斎藤知事の「弁解」の数々を聞いていると、「頭がいい」と自認するこの人物の腐った論法と言うか、この人物の曲がった「人間性」が浮かんでくる。
例えば県立考古博物館を訪れた際に「約20メートル歩かされて激怒した」というパワハラ疑惑。知事の車が玄関から離れた場所までしか入れなかったのはその先が歩行者用通路だったためで、あたりまえの対処だが、斎藤知事は第三者委にこう述べたという。
「歩行者用通路が車両通行禁止であると知らされていない当時の認識の下では(中略)不適切であると考えたことは誤っていない」「自分はその認識のもとにロジ(運営)のあり方を注意し指導したものであるから、その行為は適切である」
「オレが知らなかったんだから、悪くない」という姿勢だ。こうした弁解に対して第三者委は「公用車が車止めの前で止まると事情を聞くことなく叱責した。注意・指導が必要かは、事情を聞いて初めて判断しうるものである」
県立美術館の修繕による休館に「聞いていない」と激怒した件でも、この修繕はすでに前年度の予算で決められていて、約3か月前には改めて知事に資料も送られていた。それなのに美術館を所管する教育委員会側を激しく叱責したことについて斎藤知事は「予算の細目までは熟知できないし、覚えてもいない」などと弁明したが、第三者委は「事情を聞くことなく、最初から教育長を叱責し、教育長が事情を説明しようとしても、その説明を聞こうとしなかった」と指摘した。
問題の公益通報だったかどうかについても、指弾した元県幹部の男性の文書配布についても、斎藤知事はこれまで、文書には真実相当性がなく同法の保護対象外との認識を示してきたが、第三者委は「配布先が10カ所に限られていることなどから、県政を混乱させるとの不当な意図はないと退けた。
男性の私的情報については、元総務部長が県議らに見せて回ったと昨年7月、週刊誌が報道。知事選があった昨年11月には、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志が、交流サイト(SNS)に男性の私的情報とされるデータも公開し、これが知事選で斎藤再選の大きなきっかけとなったのは衆知のことだ。
第三者委の報告書では告発文書について、報道機関などへの配布が「不正の目的」と評価できないとし公益通報に該当すると認定した。作成者の元県幹部の男性=昨年7月に死亡、当時(60)=らへの事情聴取や、告発文書を作成し配布したことを懲戒処分の理由の一つとしたことなどについては公益通報者保護法違反だとし、この部分に関する懲戒処分は「効力を有しない」とした。
「嘘八百は斎藤さんの方だった。もう辞めなきゃ」と言うのは橋下徹・元大阪府知事だ。22日昼の関西テレビの情報ニュース番組「ドっとコネクト」に出演し、今回の兵庫県の第三者委員会の調査報告を受け、斎藤
「斎藤知事は去年3月に、『告発文書は嘘八百、(告発した)元局長は公務員失格だ』などと述べ“告発つぶし”をした。パワハラやおねだりも問題ですけど、一番の問題はこの告発をした職員を“告発者つぶし”にいったこと。斎藤さんはずっと『(告発文について)事実無根だ。誹謗中傷文書だ。内部告発ではない』って言ってたのに、第三者委員会では『内部告発であった』となったわけです。嘘八百は斎藤さんの方だった。そして、この告発文書をつぶしにいってたんですよ。…ちょっと往生際悪いよ、もう辞めなきゃ」
報告書の最後には「調査を通じ、最も述べたいところ」として次のように書かれている。
「組織のトップと幹部は、自分とは違う見方もありうると複眼的な思考を行う姿勢を持つべき」「組織の幹部は、感情をコントロールし、特に公式の場では、人を傷つける発言、事態を混乱させるような発言は慎むべきということである」
「当たり前」すぎて恥ずかしいくらいの「諭し」方だが、この報告書公表から2日後になっても「まだ(報告書を)読み続けている」ととぼけたうえで「受け入れるべきところは、受け入れていく」と宣もうたものだ。
この知事の論法で言うと「受け入れるべきでないところは、受け入れない」となる。第三者委員会の報告はいわば「判決」である。死刑の判決に被告が「受け入れるべきところは、受け入れていく」と言えるのか、このべらぼうめ。