往生際が悪い!斎藤元彦兵庫県知事の「漱石枕流」

漱石枕流(そうせきちんりゅう)とは、自身の失敗や間違いを認めず、無理な言い訳をして主張を続けることを指す。西晋の孫楚が「石に枕し流れに漱ぐ」という言葉を誤って「石に漱ぎ流れに枕す」と言った。その間違いを指摘されると「石で歯を磨き、流れで耳を洗う」と強弁した故事から来ていて、夏目漱石のペンネームの由来でもある。

斎藤元彦兵庫県知事の疑惑告発文書問題で、元裁判官の弁護士らによる県の第三者委員会が公表した調査報告書は、告発者を処分した斎藤氏の対応を違法と断じ、パワハラ行為を明確に認定した。それに対して、ああだ、こうだと言い逃れる、しぶとい斎藤知事の強弁をみて、上記の故事を思い出した次第。

この知事による疑惑はいろいろあるが、一番重要なのが「公益通報者潰し」である。知事によるパワハラなど7項目の疑惑を挙げて指弾した元県幹部の男性=昨年7月死亡、当時(60)=について、片山安孝副知事(当時)らに調査を指示、さらに昨年3月、匿名の文書を独自に入手したとして、この男性を作成者と特定し、内部調査の上で停職3カ月の懲戒処分とした一件である。

この件では先に百条委の報告書が出ていた。こちらは、「告発者潰しと捉えられかねない。公益通報者保護法に違反している可能性が高い」としたが、斎藤知事は百条委の結論を「一つの見解にすぎない」と逃げていた。百条委は県議会といういわば”仲間内”の審議だからどうしても甘くなる。

それに対し、第三者委は完全な外部の組織だ。その報告書ははっきりと具体的に10件のパワハラ行為を認定したうえ、「業務上の必要な範囲での指導」と強弁してきた知事を「感情的に怒りをぶつけることは指導ではない。違法、不当なものだった」と言い切った。

第三者委の聴取に対する斎藤知事の「弁解」の数々を聞いていると、「頭がいい」と自認するこの人物の腐った論法と言うか、この人物の曲がった「人間性」が浮かんでくる。

例えば県立考古博物館を訪れた際に「約20メートル歩かされて激怒した」というパワハラ疑惑。知事の車が玄関から離れた場所までしか入れなかったのはその先が歩行者用通路だったためで、あたりまえの対処だが、斎藤知事は第三者委にこう述べたという。

「歩行者用通路が車両通行禁止であると知らされていない当時の認識の下では(中略)不適切であると考えたことは誤っていない」「自分はその認識のもとにロジ(運営)のあり方を注意し指導したものであるから、その行為は適切である」

「オレが知らなかったんだから、悪くない」という姿勢だ。こうした弁解に対して第三者委は「公用車が車止めの前で止まると事情を聞くことなく叱責した。注意・指導が必要かは、事情を聞いて初めて判断しうるものである」

県立美術館の修繕による休館に「聞いていない」と激怒した件でも、この修繕はすでに前年度の予算で決められていて、約3か月前には改めて知事に資料も送られていた。それなのに美術館を所管する教育委員会側を激しく叱責したことについて斎藤知事は「予算の細目までは熟知できないし、覚えてもいない」などと弁明したが、第三者委は「事情を聞くことなく、最初から教育長を叱責し、教育長が事情を説明しようとしても、その説明を聞こうとしなかった」と指摘した。

問題の公益通報だったかどうかについても、指弾した元県幹部の男性の文書配布についても、斎藤知事はこれまで、文書には真実相当性がなく同法の保護対象外との認識を示してきたが、第三者委は「配布先が10カ所に限られていることなどから、県政を混乱させるとの不当な意図はないと退けた。

男性の私的情報については、元総務部長が県議らに見せて回ったと昨年7月、週刊誌が報道。知事選があった昨年11月には、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志が、交流サイト(SNS)に男性の私的情報とされるデータも公開し、これが知事選で斎藤再選の大きなきっかけとなったのは衆知のことだ。

第三者委の報告書では告発文書について、報道機関などへの配布が「不正の目的」と評価できないとし公益通報に該当すると認定した。作成者の元県幹部の男性=昨年7月に死亡、当時(60)=らへの事情聴取や、告発文書を作成し配布したことを懲戒処分の理由の一つとしたことなどについては公益通報者保護法違反だとし、この部分に関する懲戒処分は「効力を有しない」とした。

「嘘八百は斎藤さんの方だった。もう辞めなきゃ」と言うのは橋下徹・元大阪府知事だ。22日昼の関西テレビの情報ニュース番組「ドっとコネクト」に出演し、今回の兵庫県の第三者委員会の調査報告を受け、斎藤

「斎藤知事は去年3月に、『告発文書は嘘八百、(告発した)元局長は公務員失格だ』などと述べ“告発つぶし”をした。パワハラやおねだりも問題ですけど、一番の問題はこの告発をした職員を“告発者つぶし”にいったこと。斎藤さんはずっと『(告発文について)事実無根だ。誹謗中傷文書だ。内部告発ではない』って言ってたのに、第三者委員会では『内部告発であった』となったわけです。嘘八百は斎藤さんの方だった。そして、この告発文書をつぶしにいってたんですよ。…ちょっと往生際悪いよ、もう辞めなきゃ」

報告書の最後には「調査を通じ、最も述べたいところ」として次のように書かれている。

「組織のトップと幹部は、自分とは違う見方もありうると複眼的な思考を行う姿勢を持つべき」「組織の幹部は、感情をコントロールし、特に公式の場では、人を傷つける発言、事態を混乱させるような発言は慎むべきということである」

「当たり前」すぎて恥ずかしいくらいの「諭し」方だが、この報告書公表から2日後になっても「まだ(報告書を)読み続けている」ととぼけたうえで「受け入れるべきところは、受け入れていく」と宣もうたものだ。

この知事の論法で言うと「受け入れるべきでないところは、受け入れない」となる。第三者委員会の報告はいわば「判決」である。死刑の判決に被告が「受け入れるべきところは、受け入れていく」と言えるのか、このべらぼうめ。

牝鶏晨す

「ひんけいあしたす」と読む。史記に「牝鶏朝する時は、其里必滅といへり」とある。牝鶏(めんどり)が雄鶏(おんどり)に先んじて鳴いて朝を知らせるようになれば世も末だという意味だ。つまり女が権勢を振るうようになれば、国や家が衰えるという。

昨今、女権が幅を利かすご時世で、表題のようなことを字にすれば袋叩きに遭いかねない。だが、ブログ子など何十年も前から「牝鶏晨す」の下で暮らしているから鷹揚なものだ。「かかあ天下で丸く収まる」と納得している。何しろ我が家は女房、娘二人に男は一人だけという構成だから下積みには慣れている。

しかし、以下で紹介する増長した「女ども」には鶏冠(とさか)が逆上する思いだ。例えば連中が掲げたプラカードにはこうある。

「男は黙れ」 
「男が産めるのうんこだけ」

サッカーなどで大活躍した「大和なでしこ」と違い、下品、下劣、不適切。とても「女性」の上品かつ嫋やかさが微塵もない.

政治的メッセージを掲げた黄色い横断幕の前で女性が、こんな言葉をラップ調で連呼したのは、「国際女性デー」に合わせ、市民団体が9日に都内で開催した集会でのことである。この集会は、安保法制廃止などを活動理念に掲げる市民団体の女性らでつくる「フェミブリッジ・アクション東京」が企画し、JR新宿駅前で行われた。

集会には社民党首の福島瑞穂(上の写真中央)や前東京都武蔵市長で立憲民主党の松下玲子、共産党の吉良佳子ら現職の国会議員も参加していた。主催者側が動画サイト「ユーチューブ」に公開した映像によれば、「男が産めるのうんこだけ」コールは、集会の最後に披露された。主催メンバーで市民活動家の菱山南帆子ら3人がマイクを手に問題のコールを連呼し、集まった参加者も声を合わせて歌ったという。

選択的夫婦別姓をテーマにした街頭スピーチでは、菱山らが同じくラップ調で「反対する人、心配ご無用。だって選択的ですよ?」「あなたの日常変わらな~い。幸せな人が増えるだけ」と言えば、登壇した福島瑞穂は「なんで私が(夫の姓に)吸収合併されなきゃならないのか? 名前が変わっても家族が壊れることはない」と自身の経験に基づく持論を叫んだ。

福島瑞穂は13日、同性婚の合法化を目指す「Marriage For All Japan—結婚の自由をすべての人に」にも参加していて、賛成なら丸印をと言われると「社民党はバリバリ〇印。いつまで待てばいいの選択的夫婦別姓と同性婚。同性婚やりましょうよ。ばりばりばり力を合わせて今国会勝負をかけましょう」と声を上げていた。

ちなみに「うんこ」側の立憲民主党の米山隆一も50歳を過ぎて作家の室井佑月と結婚したという自身の経験を披露し、「結婚しないで密会するといろいろ言われて面倒くさいが、結婚するとみんな『すごいね』といって祝福してくれる。同性同士の結婚も認めるべき」と、なんだか妙な、のろけか理屈かわからないような考え方を示した。

故人になったが照屋寛徳 が社民党大会で壇上の福島瑞穂の名前を挙げて公然と「あんたが社民党を潰した!」と指弾した。 ブログ子が付け加えるが、今は立憲民主党に脱走しているが辻元清美阿部知子など「女が」社民党を潰したのだが、いまだに当人たちにその自覚がない。

社民党は15日、全国代表者会議を都内で開き、夏の参院選比例代表で得票率2%以上と、選挙区を含め3議席以上の獲得を目指す方針を採択した。「(公選法の)政党要件がかかった崖っぷちの選挙」と位置付けた。

これまたブログ子の見立てだがとんでもない夢想の世界である。直近の政党支持率を見ると(右=15日時事通信)、「2%」どころか「0・3%」である。政党要件失うのは「ほぼ確実}という惨状である。

福島「牝鶏(ひんけい」のうざい顔を見るのも夏までである。「は~やく来い来い参院選」

ニコン、キャノンはモノづくりの原点に返れ

世界最大級のカメラショー「CP+2025」が横浜市のパシフィコ横浜で開かれた(3月2日まで)、と言っても大方の人は大して興味がないかもしれない。ブログ子もその一人だが、それを伝えるニュースの中で衝撃的なことを知った。デジタルカメラの市場シェア(ミラーレス一眼)では、ソニーが1位(33.3%)、キャノンが2位(25.7%)で以下グラフのようにニコン、富士フィルムが続いているというのだ。

ブログ子は新聞記者と言う仕事柄、カメラとは長い付き合いがある。支局に配属されるとまず蛇腹式のカメラ(パールだった)の扱いを教えられる。次いで暗室に入り、現像液と定着液の作り方、さらに引伸機で紙焼きして、電送機に巻き付けて電話線で本社に写真電送するまで叩き込まれた。本社の写真部員は大きなスピグラ(スピードグラフィック)を抱えて走り回っていたものだ。

まもなく「プロの使うカメラはニコンかキヤノン」の時代になった。「ボディーの頑丈さでニコン、レンズのよさでキヤノン」とされ、事実、最新のカメラと望遠レンズが勢ぞろいするプロ野球取材の現場では、ほかのカメラなど見たこともなかった。報道カメラマンは事故現場・事件現場にも行くので、どうしてもカメラの扱いが荒い。「ぶつけてもへこみにくい。故障しにくい」ことは重要だった。長嶋引退の時に後楽園球場で見た時数えたのだが、カメラ席に並んでいる望遠レンズはほとんどがニコンで、キヤノンはせいぜい10台に1台程度だった。

海外でも同じで、ヨーロッパに行ってもほとんど日本製のカメラが席巻していた。韓国で反日運動真っ盛りの時、日本製品不買運動デモの取材にあたる韓国報道陣のカメラがすべてニコンかキャノンだと笑い話になったほどだ。(写真右は韓国の報道陣。ほとんど日本製カメラだ)

両社とも各新聞社にメカニックがほぼ常駐していて、細かい修理とか調整に対応してくれていた。例えば、北海道・北母子里で日本最低気温41・2℃を記録したので取材に行くというとき、潤滑オイルが凍って動かなくなることがあるので油を低温に耐えるものに変え、なおカメラを保温する懐炉まで用意してくれたり重宝したものだ。

当然、ブログ子のカメラもニコンかキャノンでほかのものなど使ったこともなかったのだが、2020年ごろある出来事以来ニコンもキャノンも将来が危ういと感じた。モノづくりの原点を忘れているのではないかと思うようになった。

突然、ニコンのデジタルカメラが動かなくなったのだ。買って3年半ほどだったが、新宿のサービスセンターに持ち込んだ。ところが係は見もしないで「この機種はもう修理の受付はしていません」という。だって製造物責任法(PL法)があるでしょう、10年間は部品保存義務がそちらにあるのだし、まだ買って3年半ですよ・・・というと、「お買い上げは3年半前でもこのカメラの製造開始は5年以上前です。5年で修理受付しないことになってます」とにべもない。

新聞社で同僚だったカメラマンに相談すると、同じようなことを家内のカメラで経験したが、ダメ元でこの品番の電池を買って試してみては、と言われた。指示通りにすると、なんと動いた。単なる電池切れだったのだ。サービスセンターで電池チェッカーで即座に分かったのだろうに、と恨めしかった。

キャノンの方はプリンターで経験した。昨年買い替えたのだが、以前の同型にはついていたOCR機能(文字読み取りデジタル化する)はなくなり、プリント時に撮影年月日を入れたいとき、以前は色やフォントが選べたのに、大きすぎる文字の一色だけ、インク代も6割ほど高くなっていた。プリンター本体の価格は据え置いてインク代で儲けを出そうという戦略なのだ。

遅くなったが、ソニーがなぜ躍進したかだ。ソニーはかつて、プロ向けのプレーヤーからは目もむけられなかった。17年に発売した「α9」(写真左)は最後発からのスタートだったが、待っていたのは「すごい酷評」。撮影前の準備や撮影後の送信や編集などへの不満が相次いだ。

ただソニーのその後の対応は違った。そういう酷評を一つ一つ技術者に上げた。一方、プロに認めてもらうために必死の努力を続けた。17年8月にロンドンで開かれた世界陸上。キヤノンやニコンが従来通り競技場にデポを出したが、ソニーが拠点を構えたのは最寄り駅と競技場の間にあるホテルの一室だ。外に幟(のぼり)を立て、他社製カメラの掃除も無料で請け負うというポストカードを配ってフォトグラファーを呼び込んだ。そこで受けたプロの注文をすべて自社の開発現場に上げて改良した。

21年の東京五輪ではデポは会場内だったものの2強よりは小さかった。それが24年のパリ五輪では2強と並ぶ規模にまで成長した。五輪に集まった1600人のフォトグラファーのうち3分の1強にあたる600人がソニーのカメラを使っていた。

カメラに限らず、日本は「モノづくり」大国として成長してきた。種子島からもたらされた一丁の火縄銃から堺の鍛冶屋は寸分違わぬものを作り上げた。世界のトヨタは豊田佐吉が作った自動織機が始まりだ。「モノづくり」の要諦は使う側が求めるものを、遅滞なく作り出すことである。ニコンとキャノンはもう一度その原点に返ることが必要だ。

「愛子天皇論」「女系天皇論」を一瞬に粉砕した悠仁さまの爽やか会見

3日、秋篠宮悠仁さまが、テレビカメラの前で成年会見に臨まれた。感想はお見事!の一言。

これまで跋扈していた愛子天皇待望論、女系天皇容認論、さては国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)が「皇位継承を男系男子に限る皇室典範の改正を勧告」するなど無礼千万の数々が瞬時にして霧消した。欣快至極である。

会見の模様は下記URLクリックでYouTubeへhttps://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%82%a0%e4%bb%81%e8%a6%aa%e7%8e%8b+%e5%ae%ae%e5%86%85%e5%ba%81HP%e3%82%88%e3%82%8a&&mid=CBCADAF99652ED51096FCBCADAF99652ED51096F&FORM=VCGVRP

各テレビ局は午後のワイドショーでこの会見を放送、ブログ子もこれを見ていたのだが、一種感動に近い突き上げるものを感じた。キャスターやコメンテーターも見ていたようだが、中には女系天皇派もいたのだろうが圧倒されたような表情をしている者もいた。

成年とは言うがまだ18歳である。これまでの「二十歳成人」が繰り上げられたからで、画面からはあどけなさの残る男の子の感じが漂っていた。事前に提出された質問5問と関連質問3問に、紙などに目を落とされることなく、ご自身の言葉で答えていた。

はじめは現在、岩手県などで起きた山林火災について触れ、「被害が生じていることを案じており、被害を受けられた方々に心からお見舞い申し上げます」と話した。背筋を伸ばし、大きく口を開け、一言一言をハッキリ話すのは、相当練習を積んだのだろうがよどみなく、文句のつけようがなかった。

成年を迎えた気持ちと今後の抱負という質問には、「成年になったことはあまり感じたことはないが、これからさまざまなことを通じて実感していくのだと思う」

「(公務については)周りの方々からご助言をいただきながら一つ一つ丁寧に取り組み、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかり果たしていきたいと思っております」

また、「自身の性格について『様々な場面で緊張してしまう』と明かした。長所は『興味のあることを徹底して追求することができる』と分析する一方、短所は『時としてこだわりを持ちすぎてしまうこと』と話した」

結婚や理想の女性像については、「まだ深く考えたことはない」と、答えるにとどめた。父親の秋篠宮の「導火線の短さ(短気)」について話が及ぶと、「以前よりはいくぶんか丸くなった」と笑いをとる場面もあった。

父親の秋篠宮さまは当時、学習院大学法学部の2年生で成年会見に臨んだが、好みの女性のタイプを聞かれて新珠三千代と答え、さらに好きな歌手としてビートルズや江利チエミ、の名をあげた。知らぬこととはいえ、新聞記者の間では新珠三千代は山口組3代目、田岡一雄組長の愛人として知られていたから、ブログ子など「おい、おい大丈夫かい」と思ったものである。

その点、悠仁さまは、象徴天皇制について、「常に国民を思い国民に寄り添う姿なのではないか」。皇室のあり方についても、「天皇陛下のお考えのもと、人々の暮らしや社会の状況に目を向け続けていくことが重要であると思います」と、そつなく答えていた。

皇室の最大の役目は「祈り」である。「人々の暮らしや社会の状況に目を向け続けていくことが重要」と早くも己に求められていることをきちんと理解されていることに安堵した。

悠仁さまの「帝王学」習得が進んでいないのではないかと週刊誌などが疑問を呈している。確かにこれまでは学習院院長として乃木希典、上皇さまには小泉信三がいた。いま「帝王学」を教える人がいないのは惜しまれるが、聡明さがあれば自然と身につくものだという証左がある。

ブログ子は大学で馬術部にいた。その縁ではるか先輩だが東園基文先輩の知遇を得た。現在の上皇様が日光に疎開していた時の侍従で、後年、現天皇夫妻のご成婚では掌典長として先導にあたった方だが、小泉信三が「帝王学」を教えたといっても大所を抑えた教え方で、ほとんど自分で習得するところが多かった、と述懐していたものだ。

今回の会見で余すところなく示されたように、悠仁さまは間違いなく聡明である。皇統の永続の上から言ってもほんとによかったと思う。

ゼレンスキーの服装をあざ笑った記者は「ハイヒールを履いたトランプ」議員のボーイフレンドだった

国とウクライナ大統領間の首脳会談で、ウクライナのゼレンスキー大統領に「なぜスーツを着ないのか」と指摘した記者が、「ハイヒールを履いたトランプ」と呼ばれるマージョリー・テイラー・グリーン共和党下院議員のボーイフレンドだったことが分かった。

前項で両首脳が「噴火」するきっかけを作ったのがバンス副大統領であることは書いた。しかしテレビ中継でも流れたが、もう一人火付け役がいた。「なぜスーツを着ていないのか。あなたはこの国の最高位級のオフィスにいて、スーツを着ることを拒んだ。スーツを持ってはいるのか」とからかうような口調で質問した男の声が聞こえた。

英国のテレグラフ紙はその該当記者がコチコチのトランプ一辺倒のラジオ局「リアル・アメリカズ・ボイス」のブライアン・グレン(56)だったと報じた。

「なぜスーツを着てこない」のグレン記者と「ハイヒールを履いたトランプ」議員

2020年に設立された「リアル・アメリカズ・ボイス」は、トランプ1期当時から強硬な親トランプの保守メディアだが、トランプ政権2期目で、ニューメディアやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のインフルエンサーなどのホワイトハウスへの出入りを許可したことから記者会見に出席できるようになった。

グレンは同チャンネルの代表的人物で、最近はトランプ大統領が最も好きな記者の一人に挙げられる。当日も最前列で青いスーツに金色のネクタイをして待ち構えていて上述の失礼な質問を投げかけた。

ゼレンスキー大統領は、「この戦争が終わればスーツを着る。おそらくあなたと同等のものかより上等なもの、あるいはより安いものかもしれない」と答えた。

ゼレンスキーはウクライナ戦争勃発以来、一貫して暗いカーキ色の軍服スタイルの服装を着用していてどこの国に行ってもこのスタイルを通している。当たり前で、前線で自国の兵が多数死んでいるときに、あたかも社交のごとくスーツで行く方がおかしい。世界中が理解していることだ。それでも、この日はウクライナの象徴のトルィズーブ(三つ又の剣でウクライナの国章)が左胸にプリントされた黒い長袖シャツに黒いズボン、普段よりは多少格式ばった服装だった。

グレンはなおも、ゼレンスキー大統領の服装が「我が国と大統領だけでなく米国市民に対する内面の無礼さを示している」と詰問した。

トランプはホワイトハウスに到着したゼレンスキーに「今日は随分おしゃれをして来た(you're all dressed up)」と言ったが、これはトランプがすでに苛立っていた証拠だ。

グレンのガールフレンドでこれまた極端なトランプ信者で「ハイヒールを履いたトランプ」と呼ばれるマージョリー・テイラー・グリーン共和党下院議員が、ボーイフレンドの質問に拍手を送った。 「ゼレンスキーが我が国の大統領に金を物乞いしに来る時さえスーツを着ないほど無礼だったと指摘したことが非常に誇らしい」と述べた。

トランプの最側近のイーロン・マスクもスーツではなくTシャツとMAGAの帽子姿でホワイトハウスの執務室に現われるが、二人とも、このような事実は目に入らぬようだ。

さらに言えば、チャーチル元首相は第2次世界大戦中、ワンピースの形をした「防空服」を主に着用し、1942年にルーズベルト元大統領に会うためにホワイトハウスを訪れた時も同じ服装をしていた。

ゼレンスキーはこうした「悪意ある」親トランプ派が待ち構える中、狼の檻の中に投げ込まれたのである。気の毒でならない。

これがトランプが言う『偉大な米国』の姿と言えるのか

 トランプ米大統領とウクライナのゼレンスキー大統領がワシントンで会談したものの、激しい口論になり、協議は決裂し予定されていたウクライナの希少資源に関する協定への署名も共同記者会見もキャンセルされた。その一部始終を、1日早朝のテレビ中継で見た感想が表題だ。

ご承知のとおりブログ子は、「それでもトランプでいいこともある」と書いてきた。LGBTや女権などで大声をあげてきたリベラル左派が「アメリカの性は男か女か2つだけだ」の一言で鎮静化したことを評価したからだ。しかし、今回は違う。ロシアのプーチン大統領が一方的に侵略し、為に命を懸けて戦っているウクライナという小国の大統領をワシントンに呼びつけたうえ、罵倒しこれまで続けてきた軍事支援を打ち切ると恐喝する残酷な仕打ちをテレビ中継で世界に見せつけたのだ。

土台、戦争当事国のウクライナを除外して米ロ二国で和平に持ち込むという策が許されるのかという問題がある。実は残念ながら前例がある.。1945年2月にウクライナのヤルタにアメリカ・イギリス・ソ連の3か国の首脳が集まり、第二次世界大戦の終結に向けた戦略を調整し、ヤルタ協定を結んだ。

ドイツの非軍事化、米英ソ仏による4カ国の分割占領、ソ連(ロシア)が樺太の南部と千島列島を獲得すること、国際連合の設立を戦争当事国のドイツ、日本、イタリアを省いて決めた。悲しいかな、戦争の事後処理と言うものは勝者の理論で決まるのが世界史の現実なのだ。

これに加えてトランプ独特の性格がある。ニューヨーク・タイムズによると、会談の数時間前、共和党のリンゼー・グラム上院議員がゼレンスキー大統領にこうアドバイスをしていた。

「安全保障について議論してはいけません」

 安全保障はウクライナにとって合意を得たい最大の内容だが、トランプ大統領にとっては聞きたくないものだ。切れたら何をするかわからない性格だから触れるなと言うアドバイスだった。

「招待してくれてありがとうございます。この最初の文書がウクライナにとって、子どもたちにとって、本当の安全保障への一歩になることを願っています」

 会談が始まってからわずか3分でゼレンスキーは問題の安全保障に言及し、その後も安全の確約の必要性を訴え続けた。これが、もとからウクライナ支援に否定的なトランプ大統領とバンス副大統領を刺激した。ゼレンスキーのまずかった点だと書いている。

事実、テレビを見ていたが、バンスが火付け役だった。ただし、これはゼレンスキーでなく記者からの質問に反応したものだった。ある記者が「トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領と同じ立場なのか」と尋ねた時、バンスは我慢の限界に達したのか、バンス氏はトランプ氏の外交戦略を擁護する形で割り込み、以下のような展開になった。

 【バンス】 米国には4年間にわたりプーチン氏に強硬な発言をする(バイデン)大統領がいた。平和と繁栄への道とは、外交に関与することだ。まさにトランプ氏が行っていることだ。

 【ゼレンスキー】 彼は、2014年からウクライナの東部の一部とクリミアを占領している。バイデン政権下だけではない。(この間の歴代米大統領は)オバマ、トランプ、バイデン、そしてまたトランプ氏だ。今、トランプ氏がプーチンを止めてくれるであろうことを神に感謝したい。ただ、14年には彼を止めてくれる人はいなかった。ウクライナ領を奪い、人を殺した。

 【トランプ】 14年に私はここにいなかった。

 【ゼレンスキー】 そうだが、14年から22年まで、前線で人々が死んでいく状況は同じだった。彼(プーチン氏)を止める人はいなかった。我々は彼とも多くの対話を行った。私もあなたのように取引を行い、19年に仏独の首脳を交えて停戦の協定に署名した。全員が私に「彼は決してもう戦争をしない」と言ったが、彼は停戦を破り、私たちの国民を殺し、捕虜の交換にも応じなかった。

 【バンス】 私が言っている外交とは、あなたの国が破壊されるのを止めることだ。この大統領執務室にやってきて、米国のメディアの前でそのような訴えをするのは失礼だ。ウクライナは人手が足りず、徴集兵を前線に駆り出している。トランプ氏がこの紛争を終わらせようとしていることに感謝するべきだ。

 【ゼレンスキー】 あなたはウクライナに来て、我々が抱えている問題を実際に見たことがあるのか。一度来たらいい。

 【トランプ】 我々がどう感じるか言われる筋合いはない。我々は問題を解決しようとしているのだ。あなたは我々に指図する立場にない。あなたは今、非常に悪い状況にある。切ることができるカード(切り札)を持っていない。

 【ゼレンスキー】 私はカードで遊んでいるわけではない。大統領、私はとても真剣だ。私は戦時下の大統領だ。

 【トランプ】 あなたはカードで遊んでいるのだ。数百万人の命と第3次世界大戦(が起きる可能性)を賭けてギャンブルをしている。第3次世界大戦を賭けたギャンブルだ。そしてあなたがやっていることは、米国に対して非常に失礼だ。

 【ゼレンスキー】私は米国に敬意を払ってる。

 【バンス】あなたは一度でも「ありがとう」と言ったか。

 【ゼレンスキー】何度も。

 【バンス】違う。この会談で言ったか。

 【ゼレンスキー】今日も言った。今日も言った。

◇ ◇ ◇

画面を見ていて、あまりの切なさに溜息が出た。日本でも鈴木宗男以下プーチンに肩入れする人間はわんさといる。もちろんトランプとバンスにもいるだろう。だが、みな外野の、いわば他人事の人間だ。父親や兄や友人を失い家を失い、現実に血を流して戦っているのはウクライナ人であることを忘れている。ウクライナ兵の戦死者4万6000人、数万人が行方不明だ。(これに倍する戦死者を出しているのがロシアであるが)

その、「部外者」たちは少しはウクライナに敬意を払ったらどうか。アメリカは最大のウクライナ支援国である。いや「だった」。
それがいまは軍事援助を打ち切る算段をしているという。政権が変わったから仕方がないとはいえ、ロシアとイスラエルに肩入れ、自分勝手なトランプ外交には今や世界が眉ひそめている。

◇ ◇ ◇

話は変わるが、今回の報道の中で一番感心したのはCNNである。米国とウクライナの首脳会談が声を荒らげ破局に突き進む中でプレス全員が前方に注目している中でただ一人、後方に控えて目頭を押さえ、悲しみにうなだれているマルカロワ駐米ウクライナ大使(女性)の姿を追っていた。

マルカロワ大使は両首脳が激しく衝突すると驚いたように手で口を覆い、額に手を当てる姿を見せた。眉間を押さえ頭を深く下げたまま首を振ったりもした。大使を直接見守ったCNNの記者は自身のXアカウントにこの場面を投稿し、1日で照会数が100万回を超えた。

長い新聞記者生活で会得したことだが、たいていの記者やカメラマンは事件事故の現場やインタビューで真っ先に、真ん前に出て行くものだ。10人いたら9人までがそうだ。最初に配属される地方記者だとカメラマンも兼ねているから真ん前に出て行くが、やがて気づく。一枚の写真で全体像を伝えるためにはカメラは後方から全景を撮った方がいいのだと。

Xアカウントに投稿したこの記者(Kaitlan Collins)はその残り1人に該当する秀でた存在だと思う。自国が追い込まれた悲劇的な会談の全体像を見事に表現しているではないか。もし、自分が上司だったら間違いなく賞を出していただろう。

最後にもう一つ。いつもの手口「トランプでよかった」式にいうのだが、これでプーチンがこれまで恫喝してきた「核使用をためらわない」という言葉が使えなくなった。NATOはじめ世界に対して核使用をチラつかせてきた常套句が、もう使えなくなった。何しろ、トランプが身内に入ったのだから。これは、今回の首脳会談破綻の最大の成果ではないか。

これが米大統領が発信する動画とは…

世界中がトランプに振り回されて成す術を知らない。それでもブログ子は「いいこともある」と書いた。LGBTや多様性を振りかざして暴れていたリベラル左派が「アメリカの性は男か女かの二つだけだ」とのトランプの宣言以来、すっかりおとなしくなったのは、顕著な「功績」である。

しかし今回トランプ自身が公表した動画にはあきれるばかりだ。

トランプ米大統領は26日、自身の交流サイト(SNS)アカウントに、パレスチナ自治区ガザが豪華なビーチリゾートに変貌した様子を描いたイメージ動画を投稿した。

下記クリックでトランプの動画へ
https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/114068387897265338


人工知能(AI)で生成された約30秒の動画では、廃虚となったガザからトンネルを抜けると近代的な高層ビルやマンションが立ち並ぶリゾート地が出現。アップテンポのダンス音楽とともに、金色の巨大トランプ像や、空から降り注ぐ紙幣に大喜びする子供、「トランプ・ガザ」の看板を掲げたカジノ風の建物などが次々と映し出される。

ほかにも、プールサイドで日光浴する海水パンツ姿のトランプ氏とイスラエルのネタニヤフ首相や、満面の笑みで食べ物をほおばる大富豪のイーロン・マスク氏が登場。イスラム原理主義組織ハマスのメンバーに擬したとみられるひげの男性がベリーダンサーの格好で踊ったり、トランプ氏が酒場で女性と踊ったりする戯画的な表現が盛り込まれている。

トランプは今月4日、イスラエルとハマスの停戦に関連し、すべてのガザ住民をエジプトやヨルダンなどの第三国へ移住させた上で、ガザを米国が「所有」し不動産開発を行う構想を発表し、ガザを「中東のリビエラ」にすると語った。

ブログ子は「トランプ不動産屋」の”冗談”だろうと思っていた。東日本大震災や能登大地震で見られたように、住民が見る影もなく荒れ果てた土地に立ち、「それでも何とかこの地で復興を果たしたい」と語るように、人間が故郷に対して持つ本能は、そんな「強制移住」にはなじまないと思うからだ。どんな人でも同じ気持ちであろう。

ところがトランプは今回の動画で、自身が思い描くガザの「未来予想図」の一端を表現して見せた。本気なのだ。あきれてものが言えない。

このところ、「ゼレンスキーの支持率は4%だ」とか、「ゼレンスキーは独裁者だ」とか、「ウクライナでの戦争の責任はウクライナにある」とか、「そもそも(ウクライナは戦争を)始めるべきではなかった。取引できたはずだ」として、ゼレンスキー大統領批判をトランプは繰り返している。全部プーチンが広言してきたフェイクである。「4%」など素人が見てもウソなのは分かる。

ブログ子はまだ少しトランプに期待するところがあって、これらプーチンの虚言に乗るのも、これまでアメリカの支援に胡坐をかいていたNATO諸国を目覚めさせる作戦だと思っている。どうか、そうあってほしい。

長野の「日本一高いガソリン代」は組合の犯罪行為

公正取引委員会は18日、長野県北信地域でガソリン価格を不正に調整するカルテルを結んでいた疑いがあるとして独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で県石油商業組合に立ち入り検査を行った。

同市内のGSでのカルテル疑惑を巡っては、組合に加盟する同市内の複数系列のGSが店頭価格をそろえるため、値上げ幅や値下げ幅を事前調整している疑いがあるとする一部報道があり、県は今月6日、組合側に対して全県の事業者を対象に、2週間以内をメドに事実関係の調査を依頼していた。公取委は早期に調査に入ることで実態解明を図る方針だ。

ブログ子はやっと公取が動いたか、という思いだ。長野県のガソリン代はあきれるほど高い。ずっと日本一を続けている。輸送コストを理由に沖縄や北海道は他より高いのはわかるが、そこを差し置いて長野県だけ図抜けて高いのだ。ブログ子の山墅は長野県南牧村にある。東京を出るとき満タンにしてなるべく給油はしないのだが、長逗留の時にはそうもいかなくなる。その時はわざわざ山梨県まで10数キロ走って行く。長野よりリッター当たり5~10円は安い。地元の人もそうしているから皆が知ってのことだ。

不思議なのはセルフのスタンドまで全GSが同一料金の看板を掲げていることだ。セルフなら他より3,4円は安いのは常識だが、ここでは見事に高値に統一されている。ブログ子がいるのは東信地区なのだが、実際にセルフに入ってみると、支払金額は2円/Lほど引いてある。商売なら安い金額を表示するはずなのが他スタンドと横並びなのは組合の談合に違いないと思い、昨年公取委に通報したのだが、あまりやる気がないような応対で事実まったく動かなくてがっかりした。今回も一部の地元紙報道で動いたというから、しぶしぶ腰を上げたのだろう。

今回の手入れは北信地域の談合だが、なに県石油商業組合は全県で支配しているのは間違いない。メディアが行った関係者への取材でも、組合からの指示でガソリン価格の値上げや値下げの幅を事前に取り決め、店頭表示価格を示し合せていることが分かっている。

 「来週の何曜日から、いくら値段が上がります、下がりますという連絡が回ってくるんです」。県内のGSに勤務する男性は取材にこう語った。

「電話連絡があり、『協力しないとわかってますよね?』みたいな話ではありました。うちは小さいところなので従わざるを得ないんですけれども」と語り、価格を揃えるよう強いられていたことを明かした。

さらに衝撃的なのは、吊るしあげまでやる悪質さだ。関係者は「価格を揃えていないと組合の事務所に呼び出されて、揃えるよう求められた業者もいる」と証言。

「『どうなってんだ』と、『和を乱すのか』というみたいな感じで、詰められるというか、半分脅迫ですよね。組合の事務所に呼びつけて、『みんなの前で謝れ』」と、激しく責め立てられるという。

県石油商業組合の悪質さは組合に非加入のGSまで圧力を掛けていたことだ。非加入の「JAながの」と「JAグリーン長野」にも電話連絡をしていた。両社とも「担当部署に連絡があった」と認めたものの「ただ情報として聞いただけ」とか「回答を差し控える」とか、おびえた様子で、いかに組合の態度が脅迫に近いものだったか示している。

手入れを受けた後の組合の態度も実に悪い。林一修専務理事は「組合企業の価格自体を把握しておらず、事前に決めることはあり得ない」と関与を否定するふてぶてしさだ。「県全域の会員企業やガソリンスタンドを対象に価格調整の事実があったかどうかを調査する」ととぼけたうえ、県への調査回答期日を引き延ばすは、県や公取との誤認があるといってごてたり、いまだに放置している。

さらに言うのだが、この低劣な組合も県も国もクルマとガソリンに「集(たか)り」過ぎだ。世界でも例を見ない過重負担を強いている。今回のガソリン高はトリガー条項廃止のために起きた。トリガー条項と言うのは、ガソリン1リットルあたりの価格が連続する3か月の平均で160円を超えたら、自動的にガソリン税のうち上乗せ分25.1円が引き下げられる。さも、減税の恩恵のようにいうが、とんでもない、国の「集り」部分なのである。

 ガソリンは本体価格だけではなく、石油石炭税・ガソリン税(本来の税率分)・ガソリン税の暫定税率・消費税といった様々な税金がかかっている。現在のガソリン税の金額は1リットル53.8円である。本来のガソリン税(28.7円)に暫定的に25.1円が加算されていたもので、かねてから国民を始め、自動車産業からも「廃止」を求める要望があった。

2024年12月に自由民主党、公明党、そして国民民主党の幹事長会談で「ガソリン減税(ガソリンの暫定税率の廃止)」について合意されたものの、あくまでも「協議を進める」ことに留まっており、2025年を通して廃止の方法や時期の議論を重ねていくというのんびりした話にとどまっている。

EV化が進めばガソリン頼りも減るのだが、我が山墅のように寒冷地ではバッテリー劣化の問題があって進む目途はない。高値に胡坐をかく長野県の石油組合は許せないが、いつまでも続く国の「ガソリン集り」も許せない。

近代最高の「歌詠み」 美智子上皇后さま

 上皇后美智子さまが昭和、平成の時代に詠まれ、未発表だった466首を収めた歌集「ゆふすげ」の発行部数が10万部を突破したと、版元の岩波書店が2月14日発表した。 岩波書店によると、1月15日の刊行直後から大きな反響が寄せられ、短期間で異例の発行部数となった。このさきベストセラーになるだろう。

 歌集は1968~2018年の作を収録。阪神大震災や東日本大震災の被災地に思いを寄せた歌や、家族への気持ちを表した歌など、悲しみや喜び、共感などが繊細に豊かに詠まれている。

さもありなん、と思うと同時に、俳句などと比べて嗜む人がはるかに少ないにもかかわらず、 美智子上皇后さまの和歌にこれほど惹きつけられる人がいたことに、日本の文化水準の高さをみた思いだ。

《ひとところ狭霧(さぎり)流るる静けさに夕すげは梅雨の季(とき)を咲きつぐ》(昭和50年)
《母の亡く父病むゆふべ共にありし日のごと黄すげの花は咲き満つ》(平成9年)

亡き母親と、病に伏した父親を思い詠まれた御歌(みうた)には、かつての両親との記憶を呼び起こす花としてキスゲが登場する。歌集の本体表紙と帯には、親交の深かった画家の故・安野光雅さんが描いたユウスゲがあしらわれた

《幾度(いくたび)も御手(おんて)に触るれば頷きてこの夜は御所に御寝(ぎょしん)し給ふ》(平成15年)

前立腺がんの手術で入院し、一時退院された上皇さまを静かに見守られているときの作だろう。寄り添い、支え合われるご夫妻の日常が浮かぶ。

《汝(なれ)を子と持ちたる幸(さち)を胸深く今日君が手にゆだねむとする》(平成17年)

「清子内親王の結婚を祝ふ」と添えられたお歌には、娘を送り出す一人の母親としての深い感慨がにじむ。

《被災地に手向(たむ)くと摘みしかの日より水仙の香は悲しみを呼ぶ》(平成9年)

平成7年、阪神大震災で被災した神戸市長田区の菅原市場を上皇さまとともに訪れ、皇居で摘んだ水仙を供えられた上皇后さま。その2年後に詠まれたお歌からは、「震災を『決して忘れてはならない』という強いメッセージが伝わってくる。他にも世界の紛争や戦争、北朝鮮による拉致被害者を詠んだお歌も収録されているようだ。皇室に連綿として流れるものは「祈り」である。

歌を詠むことは、古来、皇室の伝統である。一般家庭から皇室に入った上皇后は、才能もあったであろうが、現在の歌道を極めるまでは相当の研鑚を積れたことだろう。祈りと言い、歌道といい、民間から皇室に入られた美智子さまが、確(しか)とこの伝統を受け継がれているのだ。

《まなこ閉(と)ざしひたすら楽したのし君のリンゴ食(は)みいます音(おと)を聞きつつ》(昭和51年)

 皇太子時代の上皇さまとのひとときを、のびやかにうたった一首だ。美智子さまの歌が素晴らしいのは、自然詠に秀でていること、古語である大和言葉を駆使されることなどいろいろあるが、最大のものは己が「五感」で表現することだと、ブログ子は思っている。例えばこの一首だ。

《いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏(あうら)思へばかなし》

終戦六十年に当たる平成17年6月、両陛下はサイパン島に慰霊の旅に出られた。絶望的な戦況の中でアメリカ兵からの投降勧告、説得に応じず、島の果てのバンザイクリフ( Banzai Cliff)から80㍍下の海に身を投じた女性たちのことを思われてお詠みになった。ご自分で断崖に立たれた足裏の皮膚感覚で当時の女性たちへ思いを馳せる、素晴らしい感性で、当時身を投げる姿を映画で知っているブログ子は涙が噴き出た覚えがある。

《かの時に我がとらざりし分去(わかさ)れの片への道はいづこいきけむ》

お二人がテニスで出会った軽井沢。その追分の地に、今も「分去れの碑」がある。京都へ向かう中山道と、越後へ通じる北国街道の分岐点に旅人同士が、ここで別れを惜しみ、涙とともに袂[たもとを分けて旅を続けたといわれる。この碑に立ったとき、悩んだ末に民間から皇室に入る道を選んだ時の心境を詠まれた。

昭和34年4月10日、ご成婚の馬車パレードのテレビ中継を桜満開の山形県米沢市の母の実家で見た。北大の入学式に向かう途中だった。戦後50年が過ぎた年のお歌だが、その「取りし片への道」のおかげで素晴らしい御歌に接することができる。

間違いなく戦後、いや近代最高の歌人だと思う。

「外国人の高額医療費制度タダ乗り」を許すな

国民民主党の玉木雄一郎代表(役職停止中)が15日、自身のX(旧ツイッター)でコメントした。曰く、

「外国人やその扶養家族が、わずか90日の滞在で数千万円相当の高額療養費制度を受けられる現在の仕組みは、より厳格な適用となるよう、制度を見直すべきです。現役世代が苦労して支払う社会保険料は、原則、日本人の病気や怪我のために使われるべきです」

さらに読売テレビ「ウェークアップ」に出演し「外国人が日本の高額医療費制度で、数万円払ったら1億6000万の治療を受けられるっていうのはね、日本の納税者の、あるいは社会保険料を払ってる人の感覚からすると許せない」とも発言した。

よく言ってくれた。ブログ子はその高額医療費制度のおかげですい臓がんの手術を受けた一人だが、かねてから「許せない」と憤激していた。

6年前になるが、がん研有明病院で「すい臓がん。ステージ2」と診断された。「即、膵頭部切除手術が必要で1週間後にやります。費用は120万円ほどかかります」と言われた。

日本の癌治療の最先端を行くのは築地の「国立がん研究センター中央病院」と、この「がん研有明病院」だと聞いていた。そこでの宣告だから迷う余地はないと思ったものの、120万円はきついなと考えていたら「高額医療費助成制度がありますよ」と言われ安心した。12月7日から年を跨いで45日ほど入院したが、支払いは12万円ほどで済んだ。ありがたかった。その後知人からがん手術の相談を受けると「日本にはいい制度があるよ。民間のがん保険など入る必要はないくらいだ」と言っている。

「膵がんの3年生存率は18・8%」と言われている。すい臓がんだけ特段に治癒率が低いので、それなりに覚悟はしていたが、昨年主治医から「寛解どころか完治です」と言われ今年6年目になる。この優れた病院と他国に例を見ない日本の高額医療費制度のおかげである。

ところが、この制度に便乗して外国から日本の先端医療と高額医療費補助制度を目当てにやってくるのが増加の一途なのだ。

日本の基幹病院はどこも多言語対応をしているが、がん研有明病院は特に多い。診療科の入り口には日本語と英語に並んでロシア語、ハングル、中国語、なんと5か国語表記の親切さである。これらの国の人間はいずれも自国の医療を信用していないという共通点がある。だから一衣帯水の地の医療先進国を頼ってくる。

ブログ子はCTの定期検査があるので定期的に通院しているので、その現場を時々目にする。ウクライナ戦争以来の制裁でさすがにロシア人は見かけなくなったものの、中国人と韓国人はいまだに多い。会計に並んでいた時2回目撃したがいずれも中国人だった。2人とも通訳を従えていて、なにか大声で訴えていた。対応する病院側も中国語に対応する係が出てきたから、普段慣れしているのだろう。

日本の高額医療費制度は近隣諸国にいいように悪用されている。玉木代表が言う「数万円払ったら1億6000万の治療を受けられる」のは事実である。現行制度では、住民票が作成され、3カ月以上の在留期間を有する外国人は、国民健康保険などに加入した上で、同制度の適用を受けられる。わずか3か月ほどの日本滞在で医療費助成制度を利用できるので、滞在中のホテルなどの宿泊費とセットで、医療目的ツアーを売り出している中韓の旅行会社もあると聞く。

政府は膨張する医療費を削減するため、高額療養費の自己負担限度額の引き上げを検討している。高額な治療薬を使わざるを得ない患者らの強い反発を受け、福岡資麿厚生労働相は、長期の治療が必要な患者の負担増を緩やかにするなど修正する方針を示しているが、何を言うか。日本の患者の自己負担限度額の引き上げより先に、まずこの馬鹿げた制度を悪用している中国人と韓国人を放り出すことが先だろう。トランプだったら、即実行したことだろう。

石破茂首相以下、このところの中韓外交は大甘である。いまだに処理水を「汚染水」と言い募り、輸入禁止措置を撤回しない。フカヒレ、ナマコ、ホヤ、アワビ…中韓ともこれなしでは高級料理店が成り立たない。困るのは自分たちだからほっとけばよいのに何かと中韓に出かけては握手して帰ってくる。

ボケた自民党と公明党、呆けた野党は頼りにならない。国民民主党の玉木雄一郎代表よ、「外国人の高額医療費制度タダ乗り排除」、この一点で突き進め!!

ハンガリー日本女性死亡事件 日本大使館の責任を問う

日本の外務省はエリート臭だけ旺盛で鼻持ちならない。表題の責任うんぬんの前にまず事件のあらましを書く。

日本女性(43)の遺体が1月29日、ハンガリーの首都ブダペスト中心部の焼け落ちたアパートで発見された。火災を通報したのは、子どもたちに会うために現地を訪れていた元夫だった。捜査当局は当初、女性のベッド上での喫煙が火災原因であることを示す痕跡があったとして、事件性はないと発表した。

しかし、女性の友人たちは、日本女性は非喫煙者だったと証言。訴えを受け、女性の権利を擁護するNGO「パテントアソシエーション」は、日本女性から2023年に法的支援を求められて連絡を取り合っていたとして、警察の結論に疑問を提起。「徹底的な捜査」を要求した。

同NGOは1日、「彼女は長年にわたり元夫から虐待を受けており、元夫を恐れていた。子どもたちを連れて生まれ故郷(日本)に帰りたがっていた。元夫はハンガリーに居住していなかったにもかかわらず、女性が子どもを連れて日本に帰ることに同意しなかった。女性は元夫から脅迫されていると何度も警察に通報していたが、取り合ってもらえなかった」と訴えた。

この後、警察の姿勢は一変する。2月3日に女性の遺体を解剖し、“暴行の形跡”を確認した。さらに事件当日の午前中に子どもたちと一緒にアパートを出た後、服を着替え、目出し帽で顔を隠して現場に戻っていたことを突き止めた。元夫はその後、女性を殺害していったん現場を離れ、再度服を着替えて現場に戻ってから緊急サービスに火災を通報していたことも監視カメラから判明した。

警察は4日、殺害容疑で元夫(43)のアイルランド人の男を逮捕したと発表した。女性と容疑者の間には、子どもが2人いる。取り調べに対し、元夫は犯行を否認、女性とは25年前に米国で出会い、2002年に結婚し、複数の国々を転々とした後、2013年にハンガリーに定住したと供述。2020年に関係が悪化し、自身はオランダに移住。こどもが2人いるが、2023年に離婚したと主張している。

調べでは、、女性は2回、警察に元夫からの被害を訴えたが、警察は「これはハンガリーでは犯罪でも何でもない。ばかげている」と取り合わなかった。女性は昨年11月には元夫から「痛みとともにゆっくりと死ねるだろう」と殺害をほのめかすメールまで受け取ったが、その時も警察は対応しなかったことも分かった。

離婚した元配偶者からの付きまとい被害の典型的なDV犯罪だったのに馬鹿げた警察の対応には現地で強い批判が起きて、パテント協会が8日に開いた追悼集会では数百人のデモ隊が当局への抗議の声を上げた。

とうとう警察は11日に、「我々の対応は誤っていた」と謝罪し、過去1年に捜査を打ち切ったDV事件の再調査を進める方針を明らかにした。ハンガリー政府の報道官も12日、SNSで、「今回の悲劇で不足している部分が数多く見つかった」とし、DV対応の改革を始めるために、警察官に研修を義務づけ、DVにより専門的に対応できるようにする対策を行うことを明らかにした。

警察に不手際があったことは明らかだが、素早く修正して幹部の処分まで行ったことはまだ救いがある。

しかし、さらに深刻なことが明らかになった。この日本人女性がブダペストにある在ハンガリー日本大使館に助けを求めていたにもかかわらず、適切に対応しなかったことが明らかになったのだ。

2月10日、同大使館は「2022年6月くらいに当館は(女性から)元配偶者との関係について相談を受けました。『もしDVがあるような場合には警察に相談するのがいい』と説明したと(記録では)なっています」と話した。

大使館から行けと言われた警察でも相手にされなかった女性は、翌2023年に元夫と離婚した。その後2024年に女性はもう一度大使館を頼っている。

「24年夏くらいにお子様の旅券(パスポート)発給についての相談を受けています。その際には、未成年者の旅券発給には共同親権者である元配偶者の同意が必要であると説明しています。その後(女性からは)お子様の旅券申請は当館にはなされていません」(大使館関係者)

何と言う薄情な対応か。(帰国に必要な子供の)パスポート発行にはDVを受けている元夫の同意をとれというのである。

日本は離婚した夫婦の一方が子を連れて国際的な移動をすることで起きる紛争への対処を定めた「ハーグ条約」の締約国である。同条約の規定を基に大使館は元夫の同意が必要だと伝えたのだが、そもそもDV被害を訴え子どもと一緒に逃げたいと考える女性が、加害者である元夫から同意を取り付けることは非現実的である。改めようとの動きはあるが、まだ成文化されていない。

在ハンガリー日本大使館のトップは小野日子(ひかりこ)大使である。菅義偉政権下の2021年から内閣広報官を務め、外務広報官も歴任した日本政府のイメージアップ広報の第一人者だ。

しかしその反応はと言うと、「今回の事件が発生して以降、大使館としてもご遺族のご支援等には当たっており、ご意向も踏まえつつできる限り丁重なご支援を行なっていきたいと考えています」と答えた。

岩屋大臣は「大変痛ましく、改めて心よりお悔やみを申し上げたい。DV被害などの相談が寄せられた際は、個別の事情や要望を踏まえて必要な支援を行っている。遺族の意向も踏まえ、引き続き、できるかぎり丁寧な対応や必要な支援を行っていきたい」。

ともども紋切り型もいいところだ。

とかく役人と言うのは自分で問題を解決するのではなく、他の部署に振り向ける癖がある。幼児虐待を受け付けた児童相談所などがほかの部署に回したり、「大丈夫だと思った」などと言って責任逃れする例がそうだ。

だいぶ前だが、ブログ子はロンドンで航空会社のBOAC(現在のBA)主催のパーティーに招かれた。私たち取材団の歓迎会のようなものだったが、招かれた日本の駐イギリス大使館一等書記官がピアノに肩肘付けてワインを傾けながら鷹揚な態度で会社側幹部などの挨拶を受けているのに腹を立て、帰国後、外務省に名前を挙げて文句を言ったことがある。まるで己が主催のようにふるまっているのが許せなかったからだ。

ハンガリー警察は非を認めて謝罪して幹部を処分した。日本大使館員も同じく処分すべきだろう。でないと殺された女性が浮かばれまい。

大使館の最大の任務は社交などではなく、邦人の保護、この一点である。

「軍艦島映像」でNHKがやっと謝罪へ

長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)を取り上げたNHK番組「緑なき島」の映像を巡り、NHKの稲葉延雄会長は30日、自民党の総務部会などの合同会議で元島民側に謝罪を検討したい考えを示した。元島民らは、この番組で使われたニセ映像が韓国で強制徴用の被害者の証拠だとして使われたと、令和2年11月以降、謝罪を求め続けたが、NHKが応じなかった。稲葉氏は韓国メディアが映像を悪用している事態にも対応していくとした。

「緑なき島」は昭和30年に放送され、今は閉山となった軍艦島での島民の暮らしぶりを伝える「風土記」的な内容だ。70年も前の放送が問題になったのは、平成27年の軍艦島の世界文化遺産登録を契機に、韓国メディアは朝鮮半島出身者が強制労働させられた証拠だと「緑なき島」の坑内とされる映像を相次いで無断使用してきた。韓国の高校の教科書にまで取り上げられていた。

坑内映像は、裸同然の採炭作業員がつるはしを振るうなど、当時の保安規定や元島民の証言と大きく食い違っている。NHKは昨年12月に東京簡裁での調停で、元島民側に対し坑内の照明に関する場面については端島炭坑内の映像であるとの確認が得られていないとし、元島民が求める謝罪には応じず、調停では「強い遺憾の意」の表明にとどめた。韓国メディアなどで映像が誤った使われ方をしている問題については、著作権の保護期間が切れていることを理由に消極的な考えを示し続けている。

これまで強弁してきたNHKがやっと過ちを認めるようになったことは喜ばしい。ブログ子は韓国で軍艦島は強制労働の地だったと騒ぎ始めた時、これはひどい、いざとなったら出るところに出ようと覚悟してきた。と言うのも、実態を少し見聞きしていたからだ。支那哲学の研究者で陸軍士官学校教授だった父は佐賀県唐津市出身だった。だから墓もブログ子の本籍地もこの地にある。長崎の軍艦島は隣の県だが、至近の距離にある。法事などで唐津に行くと従兄の何人かは軍艦島で働いたことがあり、朝鮮人とは仲良くやっていたことや、給料がすごくよかったことなどを聞き知っていた。荒唐無稽なでっち上げで事実をゆがめる韓国には我慢がならなかったからだ。

幸い憤慨し声を上げた羽島炭坑OBがたくさん出てきた。島民でつくる「真実の歴史を追求する端島島民の会」は、NHKの映像では、這うようにして作業しているが、端島炭坑は1・5メートル以上あって立って作業していたこと、映像のような裸電球ではなかったなど調べ上げ、写真の出どころは北海道の炭坑であることなどを突き付けて訂正を迫った。

それでも頑なに認めないので、会ではジャーナリストの櫻井よしこ氏が主宰する「産業労働研究会」で炭鉱の専門家らと映像の検証を繰り返し、NHK会長には面会を求め、放送倫理・番組向上機構(BPO)に苦情も申し立てたが、いずれも認められなかった。事態打開のために選んだのが、東京簡裁への調停の申し立てだった。ここで初めてNHKが歩み寄って調停が成立した。

NHKは令和3年12月に元島民側に緑なき島の映像について検証結果を報告したが、そこでも「(映像が)端島炭坑以外であるとの結論に至らなかった」としている。この見解は調停成立後も崩していない。そうした中での今回の稲葉発言だからブログ子ならずとも「やっとここまで事実関係を認めさせるところまで来たか」という思いである。

「皆さまのNHK」は公正・中立だと思われているが、なかなかどうして、とんでもないのがいる。以前このブログでも書いたが元ディレクターの池田恵理子の例を挙げよう。

「私は慰安婦問題(アジア女性戦犯法廷)番組を8本作ったが、平成8年以降、1本も通らなくなってしまった。放送が与党側に偏っている」などと自分で言っていたが、8本も作らせたNHKにも驚くが、彼女が制作した「戦犯法廷」番組の中身といえば、「国際女性法廷」なるもので、弁護人もつけずに昭和天皇を被告人として裁き、何の証拠もない「従軍慰安婦」を理由にして天皇に「有罪」を宣告するというめちゃくちゃな内容だ。

元朝日新聞編集委員、松井やよりも加わって開かれたこの裁判を傍聴した秦郁彦によれば、「天皇裕仁は……強姦と性奴隷制についての責任で有罪と認定する!」と裁判長が述べると「拍手のウェーブが広がり、鳴りやまない。総立ちになっている観衆もいる」という「法廷」だという。いやはや。

松井やよりは死んだが、池田の方はまだ健在で、東京都新宿区の早稲田大学近くのビルの2階にある100平米ほどの小さいスペースにある「女たちの戦争と平和資料館」の館長だ。壁いっぱいに慰安婦被害者10カ国・155人の顔写真が並んでいる。

やっとのことで重い腰を上げてNHKは元島民に謝罪する運びだが、この映像を利用して騒ぎまくった韓国のでたらめメディアの責任はとなると、「時効」とか「海外への責任追及はできない」とかいつも通りの言い訳の羅列である。

やりきれない。

断罪の時 N党・立花孝志とれいわ・山本太郎

オールドメディアに対する不信がピークに達し、ソーシャルメディア、すなわちSNSの存在感が大きくなったと煽り立てる向きが猖獗をきわめている。そのオールドメディアにいたブログ子としては「何を言うか。フジテレビ10時間会見でのブロガーやらフリー記者の愚昧ぶりを見よ。きちんと取材してきちんと書くというイロハも知らぬ輩と同列にするな」という思いだ。

しかし、その「オールドメディア」のだらしなさが顕著に表れている表題の2人については巷間と同意見である。


民主主義の基本である選挙制度と言うものを毀損してはばからない者をいつまで野放しにするのか。いつまで見ぬふりを続けるつもりか。司直の手が及ぶ前にメディアが立ち上がらねば、悔いを千載に残すであろう。

まずN党・立花孝志党首の方から。パワハラ疑惑を受け、兵庫県議会から不信任を議決されて失職した斎藤元彦知事は11月に奇跡の再選を果たしたが、その立役者だ。知事選にわざと立候補し「当選は目指さない。斎藤応援だ」と公言、相手候補の自宅兼事務所まで押しかけ、百条委員会の県議を脅迫するような街頭演説を行っている。明らかな選挙妨害だが、当人が候補者では手出しできない。選挙法のウラをかいた奇策である。

1月19日、斎藤知事の疑惑を究明する百条委員会の元委員である竹内英明県議が自殺した。立花党首が自宅に押しかけてくるので「家族が危険にさらされている」と訴えていた人だ。因果関係はわからないが、これで斎藤知事関係での死者は4人という異常な事態。

それなのに立花孝志党首は《竹内元県議は、昨年9月ごろから兵庫県警からの継続的な任意の取り調べを受けていました》などとXで発信。Youtubeチャンネルにも同じような内容の動画をアップし、「逮捕されるのを苦にして自殺したのでは」ということまで書き込んだ。

あまりのことに見かねたのだろう。異例なことだが、公開の場で兵庫県警本部長が「被疑者として任意の調べをしたことはないし、まして逮捕するという話はまったくございません。まったくの事実無根」と明確に否定した。

すると、あっさりYouTubeで《警察の逮捕が近づいていて、それを苦に自ら命をたったということについては間違いでございました》と謝罪したものの、《政治家をする能力がなかった人》《この程度で亡くなるんだったら、政治家、本当にやめたほうがいい》など、故人への中傷は続けるあくどさだ。

間違いを指摘されるとあっさり謝罪するか、「すりかえる」のが常套手段だ。例えば、謝罪動画を出した後もなお、「竹内県議がでっちあげをしていた」との主張をしていることについて、『報道特集』(TBS系)から、何を根拠に「でっちあげ」というのか問いただされると、「でっちあげというか僕は疑惑と言ったつもり。(竹内氏は)疑惑に対してちゃんと弁明されたらよかった」「疑惑とでっちあげとなると、ちょっと印象が違いますよね。僕でっちあげなんて言ってませんよね。疑惑ですよね」と否定する。

1月20日の自身のユーチューブで「デッチあげ」とホワイトボードに書き、発言していた事実を突きつけられると黙り込む。明確に間違いを指摘されると形ばかりの謝罪をして見せるか、言い逃れする。この手口が一貫しているのだ。

 次にれいわ新選組の山本太郎代表だ。1月24日の記者会見で、夏の参院選比例代表を巡り、当選者が任期途中で議員辞職し、次点が繰り上げ当選を繰り返す「ローテーション制度」を導入すると明らかにした。任期途中の議員辞職を確約した候補者しか公認しない方針も示した。 理由については「れいわの比例にエントリーすれば、国会議員になる可能性はかなり高まる。社会に貢献する場を提供したい」と説明した。

この党の「国会荒らし」は毎度のことだ。壇上で「茶番!」と書いたプラカードを広げたり(櫛渕万里共同代表)、
石破首相が座っている方向に向かって「さっさと辞めてもらっていいですか。いつ辞めるんですか」(大石晃子共同代)と討論の場である国会をそれこそ「茶番」にしている。埼玉県八潮市の道路陥没事故を巡り、れいわ新選組の伊藤勇樹・大阪府東大阪市議は「陥没や 国賊どもが 夢のあと」とXに投稿したり、ろくでもない所業が目立つ。

しかしこの「ローテンション制」なるものは奇策ではあるが、選挙制度の根幹をなめたものだ。憲法や公職選挙法に抵触する可能性が大である。

公職選挙法第4条において、選挙で選ばれた議員はその任期を全うすることが求められている。「れいわ」だけが勝手に3年で交代して、参議院議員に与えられている権利と待遇を他党の倍の議員が甘受するというのが許されるのか。選挙での民意が反映されない形での交代が行われることは、民主主義の原則にも反する。

憲法の趣旨にも反するだろう。「良識の府」である参議院はその職務を果たすためには、安定した任期が6年必要であるとしているのだから、その趣旨にも反する。

確かに、現行法でははっきりと違法とは言えない。それも当たり前で、国会議員の良識に期待しているからである。その裏を搔い潜るようなこの二つの党には辟易する。

中国の生成AI「DeepSeek」は使ってはならない

 中国企業が開発した生成AI「ディープシーク(DeepSeek)」が驚異的な安価で開発され、かつ最上級モデルに匹敵する性能だというので既存企業の株価を一気に下げるなど、世界的に衝撃を与えている。米NVIDIAの株価が急落、1日でトヨタ自動車の2倍分の時価総額が吹き飛んだのだから、世界は驚いた。ところが絶頂感はひと時で今では、先達技術の”盗用”であるとか、中国共産党のスパイ機能が仕組まれているとか現在ではマイナスイメージの情報であふれかえっている。

そんななか、自民党の小野寺五典政調会長は31日の衆院予算委員会で、「ディープシークに、尖閣諸島(沖縄県石垣市)が日本の領土かと尋ねたところ、『中国固有の領土だ』と事実と違う答えが返ってきた」と指摘した。

一方、オープンAIが開発した「チャットGPT」の場合は、尖閣諸島が「日本の領土であるといえる」と回答したという。「当たり前のことをねじ曲げてしまうのがディープシークだ。既に認知戦が始まっていると考えるべきだ」と強調した。

時宜を得た指摘で、やっぱりそうか、とブログ子も試してみた。生成AIの優秀性には昨年初めから啓発され自分のホームページで使っているのだ。例えば、HPで毒キノコについて書いているのだが、「ハイイロシメジの毒性について科学的解説をしてほしい」と入れると、たちどころに数十行の説明が返ってくる。いままでGoogleであちこち調べていたのが瞬時で出てくるのだからやめられない。

小野寺議員に倣って尖閣諸島の帰属について回答を求めたところ「不好意思,DeepSeek 搜索服务繁忙,请关闭联网搜索功能,或者过几分钟再试」と返ってきた。

「申し訳ございませんが、DeepSeek 検索サービスはビジー状態です。数分後にもう一度お試しください。」と言う拒否だ。早くも「学習」したらしく小野寺議員指摘のように「中国固有の領土」ではなく、繁忙理由の回答拒否である。

試しにブログ子が使っている他の生成AIでも試してみた。「ChatGPT 」では「尖閣諸島(センカクショトウ)は、現在日本が実効支配している領土です。ただし、中国と台湾も領有権を主張しており、これが外交的な争いを引き起こしています。日本では沖縄県に所属し、尖閣諸島はその一部とされています」と出た。

他に使っている「Genspark」「Felo」「Gemini」「Perplexity」、いずれも同じくきちんと日本領土という回答だった。使う側からすれば正確で、書かれている内容の情報源が明示されていればどれでもいい。しかし、DeepSeekは明らかに中国政府の意向に添った回答がプログラムされている。

DeepSeekを開発したのは梁文鋒という人物だ。1985年、広東省湛江市で生まれ、浙江大学で学部と修士課程でAIを学び、「AIは必ず世界を変える」という強い確信を抱くに至った。2008年、23歳になった梁文峰と彼のクラスメートは、マクロ経済データなどを蓄積するためのチームを結成し、2023年、梁文鋒は汎用人工知能を目指してディープシークを設立した。

つまり会社設立わずか1年で世界の株価を左右するような高度の生成AIを作り上げたことになる。優秀なAIモデルは一握りの欧米企業によって独占されている。それは最先端のAIモデルを開発するには、エヌビディアが提供しているような最先端のGPUを大量に用意し、多額のコストと時間をかけてAIのトレーニングを行う必要があるためだ。

その上に、アメリカは少し前から、中国の台頭を警戒してAI開発に必要な半導体や関連技術の輸出制限を行っている。そのため中国のAI開発者は事実上、欧米のトップAI企業が開発に使用しているような、高度なGPUや開発環境を十分に利用できない。

 莫大な投資と大量の最先端のGPUを必要とするこの開発を、ディープシークは、どのように手に入れたのか。

現在言われているのは、アメリカ企業が開発しているAIモデルを使ってAIを構築したのではないか、という疑いだ。具体的にはChatGPTや、メタ社の生成AI「Llama」(ラマ)の両方から回答方法プログラムをコピーするという方法、いわゆるAIの「アウトプット(出力=回答)泥棒」の可能性だ。

蒸留(Distillation)」という手法だ。蒸留というのは一般には耳慣れない言葉だが、簡単に言うと、既存のモデルを「教師」として、質問を投げかけてはその反応を「生徒」すなわち新たに開発したいモデルに学ばせるという手法だ。その過程を酒造になぞらえて「蒸留」と呼んでいるのである。(右図はそのイメージ=読売新聞から)

世界中で入力されたデータはDeepSeekに蓄積されるわけだが、中国では企業が保有しているデータは中国政府が収集できるという悪名高い「国家情報法」がある。要するに、DeepSeekに入力した情報は中国政府に流れる可能性が高いのだ。

結論をいうと、DeepSeekは使ってはならない。と同時に大きく出遅れている日本は一刻も早く日本版の生成AIを独力で作り上げなければならない。

 

フジテレビ10時間会見に「記者」たちの枯凋を見た

フジテレビ本社22階のホールで27日夕から28日未明まで行われた史上まれにみるフルオープンの「10時間会見」。結論を先に書くが、こんな会見ならせいぜい2時間で充分。ろくでもない下司「記者」は最初から排除した方がよい。

芸能界を引退したジャニーズの中居正広(52)と女性とのトラブルにフジテレビ社員の関与が報じられた問題で、今回に先立つ17日に開かれた会見が時間限定で、質問が許されたのは全国紙やスポーツ紙が加盟する「ラジオ・テレビ記者会」所属の記者のみだった。NHKや民放各局の記者はオブザーバー参加にとどまり、質問は許されなかった、それがけしからんというので開かれたのがこの日の会見だった。

時間制限なし、フリーの記者も全員OK、と言うのだから、はじめからフジテレビ側は白旗を上げているようなものでサンドバック状態覚悟だったろう。集まったのは専門紙やインターネットチャンネル記者、フリー記者らを含め191媒体計437人。ブログ子の経験ではこんな「大記者会見」など見たことがない。これでは統制などとれるものではなかろう。

戦いすんで…まともな記者は姿を消し、残るは・・午前1時の記者会見の様子

はたして、しょっぱなから荒れた。司会者から、女性の特定につながる情報が出れば、進行役が質問を打ち切ると話があると、「それじゃ質問できないじゃないか」と怒号が飛ぶ。会場は5つほどの区画に分けられ、順番に質問者が選ばれる方式だったが、選ぶエリアを進行役が間違えると「次はこっちだろ」とがなり立てる。質問者と言うのが、またひどいもので、「フジテレビは会社ぐるみで性上納をする会社」と決めつけ、壇上のフジテレビ幹部に向かって「使い走りに話したってしょうがない」と暴言を口にする者もいた。

それでも「負い目」を抱えるフジテレビ側は平身低頭で、暴言そのものの質問にも反論しなかったから、さすます図に乗る。質問者以外の不規則発言も相次ぎ、質問者なのに延々と、自分の主張、感想、鬱憤を経営陣にぶつけるだけの者もいた。進行役の同局社員が「質問を簡潔に」と促すと、にらみつけるような視線を向ける始末。

ある者は「なぜ日本雑誌協会には会見の取材案内が来ていないのか」と”質問”というより、詰問に終始。進行役は案内を出していないことを認めた上で「不手際だった」と陳謝していたが、これなど事務方のミスの話で、会見場ではなく、裏方で始末をつける話だろう。

落語家の立川志らくが28日「X」で「フジの記者会見、何であんなに記者がブチギレて怒鳴るの?ブチギレていいのは株主と被害者の関係者だ。きちんと質問して真実を引き出すのが記者の仕事だろうが。政治家に対してもあのくらいの勢いでやってみろ。まさに正義の暴走を見せつけられた」と一部の記者たちの姿勢に疑問の声をあげていたが、もっともなことだ。

経営陣の返答に対して、怒号を飛ばすは、マイクを持っていない人間が延々と持論を主張するなど、不規則発言もやたら目立った。今後の参考にしようと見ていた企業側担当者もいるだろうが、これでは、あらかじめ「クローズドな会見」にしようと思ったはずである。

例によって東京新聞の望月衣塑子記者も存在感を発揮していた。このブログで昨年末「メディア・テロの常連たち」で紹介した人物だが、見当違いの質問を続けてマイクを離さないYouTuber、自分の身の上話を延々と語り始めるフリー記者に交じって、「なんで私を当てないの!」「もっとちゃんと答えなさい!」。壇上のフジテレビ幹部を睨みつける”雄姿”も全部を生配信したフジテレビで全国に放送されていたから、さぞかしご満悦だったことだろう。

何よりひどかったのは、彼らが追及したフジテレビの疑惑なるものの前提が崩れていたことを誰も見抜けなかったことだ。この日の記者会見でも何度も大きく取り上げられたが、同局編成幹部のA氏が中居への「性上納」に関与していたという部分だ。週刊文春電子版が、根幹に関わる報道の一部を訂正していたことを、弁護士の橋下徹氏が、同誌が続報以降の記事で「しれっと誤りを上書きしていた」と暴露していた。

昨年12月25日付の第一報の掲載ページに訂正を載せ、事件当日の会食について、「X子さんはフジ編成幹部A氏に誘われた」としていた部分を、「X子さんは中居に誘われた」「A氏がセッティングしている会の〝延長〟と認識していた」ことが判明したとし、「お詫びして訂正いたします」としていた。

週刊文春は、。訂正記事は、フジテレビの続報などを掲載している週刊文春電子版のトップページには表示されず、訂正のあった第一報の掲載ページにアクセスしないと閲覧できない仕様になっていた。

フジテレビにとって、中居氏の女性トラブルで編成幹部A氏の直接的な関与があったかどうかは、責任の大きさを左右する決定的な争点となる。27日の会見でも、関与を否定する港浩一社長に一部の記者が詰め寄り、会見場が紛糾する場面があった。偉そうに糾弾しているが、その根底が崩れていることを「勉強もせず」怒鳴っていたのである。

会見では〝トラブル〟で被害を受けたとされる女性Aさんのプライバシー侵害などに配慮。当事者同士の間に起きたことについては言及しない前提だった。テレビ中継やネット配信では、質問者から女性の実名が出た場合は必要な編集を行った上で最低10分遅れでの放送・配信のルールで行われるというルールだった。それでも、女性の本名を挙げて質問するのがいた。ひどいものだ。

 「今回のフジテレビの会見で『週刊文春によれば』という形で質問した記者がたくさんいた。自分で取材をせず、『週刊文春によれば』のひと言で済まそうとしている。本来、記者としてあり得ない。ちゃんと取材をしてから臨むべき」(社会学者の古市憲寿氏)。

 元NHKの記者だった岩田明子氏も、「私たちは新聞記事を持って、これによればと質問することが恥ずかしいとされていました。自分でちゃんと取材先に当たって、自分で得た感触でしか質問しなかった。このあたりのスキルを高めていくというか、記者の方も構えもしっかりしていかないと」と厳しく指摘した。

国際政治学者の三浦瑠麗氏がXで総括していた。「当事者女性から聞いた話をアウティングする許可を得ていない経営陣に対して、吐け、吐けと責めるショーに見えてしまうけれど、その結果フジテレビに同情が集まってもいい、というのが質問者の判断なのだろうか」

「今後、双方の当事者が積極的に話そうとしていない性に纏わるトラブルについて、憶測でワイドショー番組にできなくなったことだけは確かだと思う。そうした報道は元々放送基準に合うものではなく、週刊誌の領域にしておけばよいというのがわたしの見解です。文春によれば、文春によれば、と連呼してボードに他社報道を切り貼りするテレビ番組が一部でもなくなるとすればよいことだ、とたぶん文春自身が思っている。やるなら自分で取材してやれと」と付け加えた。

至言であろう。

こりゃダメだ!『ルー石破!』の施政演説

年明け、比較文学の大家で、東大名誉教授の畏友から「イギリス名詩選」(川本皓嗣著 岩波文庫)が送られてきた。シェークスピアから近世までのイギリス人が愛してやまない92編の名詩集だが、目で読むだけでなくネイティブが韻を拾い抑揚をつけて味わっているように、「音読み」を意識して、「二重母音」とか時代背景の解説までついた優れた著作だが、とりわけ原詩と並んでいる彼のすばらしい和訳に惹きつけられた。

長年の取材生活で数多くの英語使い、仏語使い、露語使いを見てきたが、優れた人ほど、日本語使いの名手である。ロシア語の名通訳者にして、エッセイスト・小説家である米原万里(故人)はロシア語で「こんにちは」を何というか問われて「ズロース一丁」と言えと教えた。ブログ子は露西亜語を専攻したので少しわかかるのだが、「Здравствуйте(ズドラーストヴィチェ)」は確かにこれで通じる。笑い話のようだが至言である。

名詩に浸っていい気分になったところで、ひどい悪寒に襲われた。石破首相の施政方針演説なるものを読んでしまったのだ。

「少数与党ですから野党の皆さんから『そうだよね』と言われる環境をつくっていかなければならない」などと卑屈、且つ、回りくどい「石破構文」と呼ばれる嫌な物言いには日ごろから鳥肌が立っていたが、今回の施政方針演説でもまずコチンと来たのは、「楽しい日本」を目指すというくだりだ。なんか日本をディズニランドのようにするようなイメージで国民に日本の国柄を世界にどう示すかという姿勢が感じられない。お気楽な目標に加えて、今回とりわけ目立った特徴はやたら横文字が羅列されていることだ。曰く――

「わが国の独立と平和、人々の暮らしを守り抜くためには、バランス・オブ・パワーに常に最大限の注意を払い…
合衆国の地域へのコミットメントを引き続き確保せねばなりません」

「新しい日本を創る上で、『サステナブル』で『インディペンデント』であること、すなわち持続可能で自立することを重視しなければなりません」

「リスキリングについては、GX(グリーントランスフォーメーション)、DX(デジタルトランスフォーメーション)、スタートアップ(新興企業)などの成長分野に関するスキルを重点的に支援するとともに」

「欧米のトップクラス大学の誘致によるグローバルスタートアップキャンパス構想の実現、さらには、税制による大企業とスタートアップの協業によるオープンイノベーション支援に取り組みます」

いやはや、ひどいものだ。国民の胸にグサッと刺さるどころか、バカじゃないのと反発を呼ぶのが必至の横文字羅列である。まあ歴代首相でも役人の下書きにちょっと自分の言葉を足してお茶を濁す程度のものが多いから期待はしないが、これはひどすぎる。

今に残る尾崎行雄の桂内閣弾劾演説、「彼らは玉座をもって胸壁となし詔勅をもって弾丸に代へて政敵を倒さんとするものではないか…」を見習えとまでは言わないが、国語力ゼロの石破演説は群を抜いてひどい。

2024年の衆院選で初当選した無所属の中村勇太(はやと)衆院議員=茨城7区=が、25日自身のXを更新してこの石破演説に対して、議場から「誰かがヤジで『ルー石破!』って叫んでてクスッとしてしまった」と、日本語と英語が混じった独特の「ルー語」で人気のお笑いタレント・ルー大柴にひっかけたヤジに笑ったと明かしている。さもありなん。

50有余年の新聞記者生活で、原稿を書かせて、やたら横文字を入れる者には「これをきれいな日本語に変えろ」と指導してきた。世間一般を見渡しても「出来の悪い者ほど横文字を使いたがる」ものだ。いま、断言できるが「我が国の首相はデキが悪い」。

法律、アホちゃう?

 大阪市生野区で2018年、聴覚支援学校に通う井出安優香(あゆか)さん(当時11)が重機にはねられ死亡した事故。一審では将来得られたはずの「逸失利益」を健常者の85%と算定されたため、遺族が控訴した大阪高裁(徳岡由美子裁判長)の控訴審で、20日、平均賃金の85%とした一審・大阪地裁判決を変更し、健常者と同額を認めた。

 生まれつき重い難聴があった安優香さん。小学校の「自主勉強」には毎日欠かさず参加した。通信教育で使うタブレット端末は、使い方を教わらなくても自由に使いこなしていた。事故直後、まだ意識があり手話で「あ・ゆ・か」 と名乗ったという。

母さつ美さんは、涙を拭いながら、裁判官に感謝の言葉を伝えた。「安優香の気持ちを代弁して、自然と口から出た」と記者会見で明かした。「私の不安を安優香が全部解消してくれた。できるよ、分かるよっていう姿をたくさん見せてくれました」。

安優香さんの写真を持って大阪高裁に向かう父の努さん

当たり前の判決で、大方の人は「良かった」と思うと同時に、一審の大阪地裁判決は「アホ、ちゃう?」と思ったはずだ。だが日本の裁判所ではこうした浮世離れした法律論議がいたるところで繰り返されているのが実情だ。

法的な争点から言えば、「逸失利益の算定」方法である。両親側は約6100万円を求めたのに対し、被告の運転手側は「障害があると進学や就労に困難が伴う」などとして、60%が相当だと反論していた。

23年2月の一審判決は、安優香さんには十分な学習意欲や周囲の支えがあり、難聴を補う音声アプリの普及やテクノロジーの進展といった社会の変化を踏まえれば「様々な就労可能性があった」と判断したものの、一方で「聴覚障害が労働能力を制限しうること自体は否定できない」として全労働者の平均賃金の85%が相当だと算定した。控訴審で、遺族側は全労働者の年間平均賃金を基礎とすべきだと主張した。

高裁判決では、平均賃金で逸失利益を算定することに「顕著な妨げ」となる事情はなく、減額する理由はないと結論づけた。やっとまともになったのである。

同じく、常識にそぐわない裁判が昨年末あった。シンガー・ソングライター、さだまさしが昨年12月16日産経新聞に「法律、バカじゃない?『194キロ暴走』事件、危険運転論争への疑問」と正論を述べていたが、素人の方がマトモな時がある。

(要旨)
一般道を時速194キロという尋常ならざる速度で暴走し、衝突事故を起こして相手を死亡させてしまったら当然「危険運転致死罪」が適用されると思う。弁護側の「真っ直ぐの道路を走ることが出来たのだから自動車を『制御』出来ていて、危険運転ではない」という主張は誰が聞いてもおかしい。制御出来ないから事故を起こしたのだろうに。

このニュースを聞いた僕のスタッフが思わずため息をついた。「法律、バカじゃない?」。誠に同感。裁判官、弁護人、検事、被告を乗せてその道路を時速194キロで走って見てから裁判を始めると良い。

当初この事故は「過失運転致死罪」として裁かれ、後に「危険運転致死罪」とされたが量刑は危険運転致死罪としては短い部類の懲役刑だった。一方この9月、埼玉県川口市では時速100キロ超の速度で一方通行を逆走した車が衝突事故で相手を死なせたのに、その道路の法規上の扱いからか「過失運転」で決着している。誠に法律とはややこしいもののようだ。

◇ ◇ ◇
ブログ子は地方記者時代の「名張毒ぶどう酒事件」から社会部記者時代含め、数多の事件・事故現場と裁判を見てきた。「おかしな裁判」も数多くあった。書き連ねれば本の一冊、二冊ぐらい書けるほどだ。

裁判でなく”事件”だが、四日市南署で繊維工場の女子寮で事件があった。3,4人に犯されたという。スワッ強姦事件と思ったら、何番目の男は知っている人で強姦ではないと当人が言う。記者クラブの何人かとデカ長が刑事訴訟法を広げて「研究」したこともある。

これなど、まだご愛敬だが、裁判所も弁護士も重箱の隅をほじくり返す法律論に明け暮れるよりも「常識」第一に、まっとうな判断をしてもらいたいものだ。

*タイトルは文中にある、さだまさしの「法律バカじゃない?」からもらいましたが、関西では「バカ」より「アホ」が一段と格上なのに鑑み、表題のようにしました。

今日からアメリカが認める性別は男性と女性だけだ

前回このブログの「トランプ2.0でいいこともあるぞ」を読んでいただき、同調していただいた方は快哉を叫んだのではなかろうか。

トランプ新米大統領は20日の就任演説で「きょうから連邦政府が認める性別は男性と女性だけだ」と宣言した。「ジェンダー・イデオロギーの過激主義から女性を守り、連邦政府に生物学的真実を取り戻す」と題する大統領令に署名した。

要旨は次の通り。

合衆国憲法および合衆国の法律によって大統領として私に与えられた権限により、ここに次のことを命じる。

目的。全米で、性の生物学的現実を否定するイデオローグが、男性が女性として自己認識し、女性の家庭内暴力シェルターから職場のシャワーまで、女性のための親密な単一性のスペースや活動へのアクセスを可能にするために、法的やその他の社会的に強制的な手段をますます行使するようになった。

これは間違っている。

性の生物学的現実を根絶しようとする努力は、女性から尊厳、安全、幸福を奪うことで、女性を根本的に攻撃するものだ。言語や政策から性別を抹消することは、女性だけでなく、米国のシステム全体の妥当性にも腐食的な影響を与える。

真実に基づいて連邦政策を立てることは、科学的な調査、公共の安全、士気、そして政府自体への信頼にとって重要だ。

この不健全な道は、生物学的・科学的な用語の通常かつ長期にわたる使用と理解に対する継続的かつ意図的な攻撃によって「舗装」され、性の不変の生物学的現実を、生物学的事実から切り離された内部的で流動的で主観的な自己感覚に置き換えている。

「女性」という真の生物学的カテゴリーを無効にすることは、性に基づく機会を保護するための法律や政策を、それらを弱体化させる法律や政策に不適切に変え、長年にわたって大切にされてきた法的権利や価値観を、アイデンティティ-に基づく緻密な社会概念に置き換えることになる。

したがって、私の政権は、女性が生物学的に女性であり、男性が生物学的に男性であると認識する明確で正確な言葉と政策を用いて、女性の権利を擁護し、良心の自由を保護する。

またブログではパナマ運河への中国の侵略を書いたが、これにも明白に中国の名前を挙げて「取り戻す」と宣言した。

間もなく、われわれはメキシコ湾の名前をアメリカ湾に変える。パナマ運河(アメリカの船舶の多くはメキシコ湾を南下してパナマ運河に向かう)は、愚かにも米国がこれまでのプロジェクトに費やした金額よりも多額の資金を費やしながら、パナマ国に与えられた。私たちはこの愚かな贈り物によって、非常にひどい扱いを受けた。何よりも、中国がパナマ運河を運営している。そしてわれわれはそれを取り戻そうとしている。

何よりも、国民に伝えたいのは、今こそ歴史上最も偉大な文明の勇気と活力をもって行動すべき時だということだ。われわれはひるむことはない。子供たちを安全で健康に、そして病気のない状態に保つ。米国は再び自らを成長国家とみなすだろう。富を増やし、領土を拡大し、都市を建設し、国旗を新しい美しい地平へと掲げる国家だ。そしてわれわれは米国人宇宙飛行士を火星に送り、星条旗を立てる。

多くの人が、私がこのような歴史的な政治的カムバックを果たすことは不可能だと思っていた。しかし、ご覧のとおり、私はここにいる。国民の声は届いている。不可能なことは決してないという証拠だ。

ブログ子は高校時代、1961年のジョン・F・ケネディの就任演説に感動した。「諸君、国家が君のために何を成し得るかを問うな、君が国家のために何を成し得るかを問え」。当時出たばかりの朝日ソノラマで再生して何度も聞いたものだ。それに匹敵する力強い演説だった。

日本の政治家でこうした力強い演説をする人物を見たことがない。党利党略、世間に阿(おもね)る駄弁ばかりだ。明日からトランプをくさす日本の数多の左巻きメディアの論調が出ることだろうが、私は「トランプ2.0」に期待するところ大である。

「トランプ2.0」で良いこともあるぞ

ドナルド・トランプ氏が迎える2度目の米大統領就任式が目前だ。内外の報道は「関税の掛けあいで世界は経済混乱」とか「グリーンランドとパナマまで領土拡張欲の暴挙」とか「さあ、大変だ」と慄き、身構える論調が溢れている。はたしてそうだろうか。ブログ子は逆に「トランプ2.0に」期待するところ大である。

ここ何年か、LGBT、移民・女性・黒人などの権利擁護、夫婦別姓・・・気持ちの悪い一部の人間の声高の叫びが堂々とまかり通ってきた。

中世以降の我が国の伝統は夫婦が同じ苗字で暮らすということだった。何の不都合もなかった。それなのに立憲民主党はじめ自民党の一部が「夫婦別姓」を導入しようとしている。夫婦別姓では子供は必ず、父母のどちらかと苗字が違うことになる。結果、戸籍にはありとあらゆる苗字が飛び交い、最終的に戸籍は破壊される。「国籍証明」も「出産、死亡、婚姻」などの証明も困難になる。結果、外国から来る「なりすまし日本人」を判別できなくなる。

なのに石破首相は「夫婦が別姓になると家族が崩壊するとか、よく分からない理屈があるが、やらない理由がよく分からない」と鈍感を通り越して愚鈍な反応を繰り返してる。やってみよ。即座に自民党は壊滅することだろう。

調子に乗って、国連の女性差別撤廃委員会は昨年10月29日、わが国も締結している女性差別撤廃条約に基づいて、皇位継承資格を男系男子だけに限定する日本の皇室典範を改正して男女平等を保障するよう、日本政府に勧告する無礼を働く始末だ。

裁判所までこの流れに棹(さお)さす。「同性の伴侶を法的に認めろ」という同性婚訴訟に、憲法違反だとする高裁判決を3つも出している。同性同士の婚姻を認めていない民法や戸籍法の規定は憲法違反だとして、同性カップルが国に損害賠償を求めた訴訟では、幸福追求権を保障した憲法13条と法の下の平等を定めた憲法に違反するとの判断だ。

おかしいではないか。古来日本では、神様も時には過ちを犯すものだ、と同性愛には寛恕だった。民俗学者、折口信夫は相手を「養子」にして同性婚をはたして今も同じ墓に入っている。周りもこれを受け入れて何も問題なく過ごしている。わざわざ憲法など持ちださなくても日本では法的に何ら問題なく扱われているのである。土台、憲法作成時に「結婚は両性の同意に基づき」とあるごとく、同性婚など想定していないのは明白だ。裁判などにはなじまないことだ。

なぜこんなことになったか。上記の諸問題はすべてアメリカ民主党が左傾化した挙句持ち出してきた「グローバリズム」とか「多様性」とかから始まっている。アメリカの主要メディアはほとんど民主党一辺倒だから、こうした発信を受け取る世界各国のメディアも国際機関も、その影響を受けて「リベラル左派」に染まるからである。

一般的に「多様性」というのは、さまざまな種類や傾向があることの意であるが、リベラル左派から「人種や国籍、性別、年齢、宗教、性的指向、価値観などの違いを認め、尊重し、受け入れ、共存しよう」と言われれば、多くの人は、なるほどその通りだと頷くほかないだろう

「あらゆる価値観を認め、尊重し、受け入れ、共存しよう」というなら、攻撃的だったり、排他的、暴力的、破滅的だったりする価値観も多様性の一環として認めねばならないことを、彼らは言わない。卑近な例でいえば、10日に広島地裁で開かれた中核派活動家5人の裁判である

罪状は令和5年の平和記念式典で彼らのデモへの対応をした広島市職員に集団で暴行したとして、暴力行為法違反罪に問われたのだが、5人は裁判長に向かって「軍事法廷じゃないか!」「違法なのはお前だ!」と叫んで法廷は収拾がつかないほど混乱した。こんな連中にも「多様性」を認めろという方がおかしかろう。

「トランプ2・0」はこうしたまやかしの「多様性」を是正してくれるのではないかと言う期待がある。早くもその動きが顕在化した。

6日米マクドナルドが多様性確保に向けた目標を廃止することを明らかにした。同社はこれまで少数派の権利向上を目指す取り組み「多様性・公平性・包括性(DEI)」の目標達成を求める誓約を従業員に求めてきたが、これを廃止することにした。

また管理職に占める女性比率を45%、人種・性的少数者の比率を35%に引き上げることなどを掲げていたが、取りやめる。

米社会で多様性推進に向けた企業の取り組みに関する受け止めは変わり始めており、これまでの行き過ぎた配慮への反発が広がっている。米証券取引所ナスダックや小売り最大手ウォルマート、航空宇宙大手ボーイングなども多様性への取り組みを見直すことを決定した。

トランプはまた、グリーンランドとパナマ運河の獲得をぶち上げた。これに対しても、「アメリカ一極主義と帝国主義」とブーイングが出ているが、ブログ子は違うと思っている。

地球温暖化により北極圏航路の重要性は高まっている。1958年(昭和33年)8月8日、アメリカの世界最初の原子力潜水艦「ノーチラス」が北極点に到達した。北極航路を最初に切り開いたのはアメリカだが、現在、ロシアと中国の船舶(軍用船を含む)が北極圏を経由して、ヨーロッパとアジアを行き来するケースが激増している。

この航路上にあるのがグリーンランドで、中国はさらに、グリーンランドに3つの空港を新設または整備することをもくろみ、2019年に米国防総省に阻止されている。それでもレアアース(希土類)を採掘するための、中国の積極的な投資は続いている。

中国が狙うグリーンランドはデンマークの自治領で、防衛はデンマーク軍の統合北極圏司令部に頼っている。その構成は兵士130人、犬ぞりチーム6つ、航空機1機、ヘリコプター2機、哨戒艇7隻という簡素なもの。日本の6倍の面積を持ち、赤道の長さにも匹敵する複雑な海岸線を持つ島と周辺海域を守るには、あまりにも貧弱である。

パナマ運河は、アメリカにとって直接的な重要性がはるかに高い。なにしろアメリカ発着の貨物船の40%が利用するほか、大西洋と太平洋の間で「配置換え」をする米海軍艇のほぼ100%が通過する。

20世紀初めにアメリカの資本で建設されたパナマ運河は、長らくアメリカの管理下にあり、両岸にはいくつもの軍事施設が建設された。ところが1977年、良心的なジミー・カーター大統領が米議会の反対を押し切り、わずか1ドルの対価でパナマ政府に運河の主権を返還した。

だが今は、中国がアメリカに次ぐ運河の利用国となっている。それを反映して、パナマ政府は2017年、それまで承認していた台湾との外交関係を断絶して、中国との国交を樹立した。現在、香港の海運最大手ハチソン・ワンポアが、運河のカリブ海側玄関と太平洋側玄関に位置する港の独占的管理権を保有する。中国は米国にあてつけるように2018年12月、習近平夫妻がパナマを訪問して大統領夫妻との蜜月写真(写真右)をばらまいている。

つまり、トランプがグリーンランドとパナマ運河でやっていることは、中国が手を広げている利権獲得の触手の最先端にアメリカが関与することを宣言する安全保障策なのだ。トランプは領土拡張主義者などではなく、着々と中国への対抗策を打ち出している先見の明の持ち主なのである。

大方のメディア、識者と見解は違うが、「トランプ2・0」に期待する所以である。

今や、「週刊文春」の取材力は新聞を上回った

東京女子医科大学の女帝として長年、私腹を肥やしてきた、岩本絹子元理事長(77)がついに逮捕された。


この事件を最初にえぐり出したのは「週刊文春」である。スクープは2022年4月に始まり足掛け3年にわたる。この間、大手新聞社で追随したところは一社もない。社会部の取材力が圧倒的に落魄していることを実感している。

東京女子医大の名前に接するのは、昨年末、ここの卒業生である東京美容外科の女性医師がグアムでの解剖研修に際し、献体の前で「イエーイ!」と記念写真をSNSに挙げて非難されで以来である。このブログでも「医道 地に堕つ」とのタイトルで書いたばかりだが、ブログ子は3年前から、東京女子医大関係の裏表に関したを記事を保存して、事件の経過には注目してきた。

個人的には先輩記者が遺言でこの女子医大に献体していたことや、岩本理事長の出自が、ブログ子の本籍地である佐賀県唐津市であることも注目した理由である。

ブログ子が現役記者のころ「東京女子医大にこの人あり」、といわれた心臓外科の世界的権威として知られた榊原仟(しげる)氏の見解を何度か取材していたこともある。1968(昭和43)年 札幌医科大の和田寿郎教授が日本初の心臓移植手術をした。ドナーは、海で溺れた当時21歳の男子大学生だが、移植をめぐり、脳死判定や移植の緊急性などで疑惑が浮上し、和田教授は殺人罪などで札幌地検に告発された一件である。このため日本の移植手術は大きく出遅れたとされる。

そんなことで大量の東京女子医大の”女帝”の「切り抜き」があるのだが、読んでみると、裏付けと言い、事件のキーパーソンへの食いつきといい、文句のつけようがない完璧さなのだ。

「納戸にあった大きなスーツケースを開けたら帯封付きの札束があふれ出てきた。総額は1億5000万円。その横には金塊2キロが積み上げられていて、部屋の中はブランド品が山のようにあったのです」(捜査関係者)

その守銭奴ぶりがわかるが、彼女が私腹を肥やした金額は、こんなものではない。現在表に出ているのはまだ1億3000万円だが、それどころか数億円以上になることや、ほかの余罪が続々と出てくることは間違いない。警視庁の調べは週刊文春の完璧な取材の「後追い」になるのだろう。

そんな週刊文春の取材力を育てたのは産経新聞社会部だという。文芸春秋に40年間勤務した木俣正剛氏(現:岐阜女子大の副学長)が述懐している。

「入社した当時(1978年)の『週刊文春』は、取材力も人脈もない情けない雑誌でした。警察官にも検察官にも政治家にも直接取材ができる記者などいなくて、何か事件があると担当の新聞記者に聞いて回ります。、当時の世相は物騒でした。1974年8月30日に三菱重工爆破事件が起きました。死者8人、重軽傷者376人。この事件を完全スクープしたのが産経新聞キャップの福井惇さん(その後社会部長)です」

「特に文春編集部が頼ったのが福井社会部長でした。福井氏は、週刊誌だからと小馬鹿にしない優しい人でした。電話でお願いすると、すぐに隣にある別の電話で、その事件の担当記者を呼び出し、「俺のダチ公がよう、文春にいて、あの事件取材して困ってるんだ。手伝ってやってくれ」と、いつもの低音のかすれ声で電話してくれるのです。どれだけ助かったことか」

福井惇さんの持論は「これからはテレビの時代になるだろうが、少なくともスクープだけは新聞は負けない。新聞の未来はスクープにかかっている」というものでした。

ブログ子は福井さんが警視庁キャップの時から、のち大学教授になってからも呑み屋からいろんなパーティーまで親しく付き合ったから、その通りの人柄であることは保証する。最後に会ったのは2014年1月の彼の弟子筋の記者の葬式だったが、その10か月後福井さんも旅立った。

福井さんは「スクープだけは新聞は負けない」と言ったそうだが、残念ながら今や、新聞は週刊文春に負けている。忸怩たる思いだ。

またぞろ正月から、韓国の「旭日旗」騒ぎ

日本との関係改善を積極的に進めていた尹錫悦大統領が、非常戒厳令の失敗で「死に体」に陥ったとたん、韓国の「反日病」が息を吹き返した。

日本の漫画家の賀状に「旭日旗」が描かれているといって”偉そうにも”謝罪と反省、歴史の学習を求めてきたという。ブログ子はこの漫画に限らず手塚治以降のマンガを読まないので知らなかったが、経緯はこうだーーー

人気漫画「金色のガッシュ!!」などで知られる漫画家の雷句誠氏が5日、X(旧ツイッター)を更新してその内容を紹介した。

雷句氏は1日にⅩで新年のあいさつを行い、現在連載中の「金色のガッシュ!!2」のキャラのイラストを添付した(写真左下)。この年賀状風のイラストに韓国のガッシュファンを名乗る人物から声明文(写真右下)が届いたという。

雷句氏は「自分が描いた年賀状の背景が旭日旗を表現しているように見えるから、謝罪と絵の削除を求める声明文が来ました。声明文では謝罪や撤回を求めるものです。この年賀状のイラストは日本の読者に向けて、おめでたい雰囲気の年賀状を届けたくて描いた。ということです。韓国の方々に不快感を与えるために描いたのではありません。ハッキリと言っておきます」とイラストの意図を説明した。

その上で「この声明文に対する答えですが、もちろん旭日旗に関する表現はこれからも注意いたしますが、今回の謝罪や絵の削除といった要求には応じられません。という結論です」と回答した。

理由のひとつとして「この声明文の要求を受け入れ、絵を削除したならば、世界中で絵を描く人たち全てがこの日の出の表現が描けなくなります。長い時間をかけて作った絵も、韓国の方の一言で、削除しなければいけなくなります」と、表現の萎縮につながることを挙げた。

イラストを見れば分かる通り、こんなもので「旭日旗」と騒ぐ方が「ビョーキ」でしかない。謝罪と反省をきっぱりと拒絶したのは至極当然のことだ。

美容外科・高須クリニックの高須克弥院長(79)も1月5日、この騒動についてXで言及した。

「ゆすりたかりの言いがかりみたいw」
その後の投稿では、朝日新聞の社旗を写した写真を公開しながら「これは?」ともコメントしている。

これまでの旭日旗騒動では、日本側か早々に引っ込めるケースが多いが、今回は堂々と反論し、韓国の「反日病」をたしなめる反応ぶりで、日本もだいぶ大人になった感じだ。

ブログ子は彼らが「韓国のガッシュファンから」と名乗る声明文を見てこれは多分、誠信女子大の徐坰徳(日本読み じょ・けいとく)教授本人=写真右下=かその取り巻きだと推測した。

理由は声明文にある①旭日旗の歴史的意味を知り謝罪と釈明 ②問題作品の撤回および修正 ③歴史的事実に対する再学習ーーという文言を見てのことだ。この教授が至る所で叫んでいることと同じコピーであるからだ。

この男はありとあらゆる「旭日旗」に見えるものを探しだしてはイチャモンを付けるのを業としている。米紙やニューヨークのタイムズスクエアにある電光掲示板に反日広告を出したり、来日して松江市内の竹島資料室に一般客として入り、写真撮影をして島根県の啓発展示のイラストを無断使用して領有権を訴えるなど、ネットを使った反日活動で知られる。従軍慰安婦で国会議員にまで昇進した尹美香と同様に「強請(ゆすり)集り(たかり)」を飯の種にしている唾棄すべき輩なのである。

このブログでは再三再四、岸田前首相や外務省の甘い対韓政策を指弾してきた。韓国艦による「レーザー照射事件」では韓国軍はやったこと自体認めないで「ウソ」を通しているのに、「以後、未来志向で」といういつものカラ言辞に日韓スワップまであらゆる対韓カードをみな切ってしまった。今、韓国は大幅なドル不足に陥っている。文在寅が啖呵を切って蹴っとばした日韓スワップが復活したおかげで、何とか苦境を乗り越えられそうだと、韓国側はほくそ笑んでいることだろう。

今回の「旭日旗」漫画騒動を見てもわかる通り、この国は信義に悖る行為を常とする。年末、己が業績を顕示しようとしてか、退任前の岸田首相(当時)はわざわざ韓国詣でをしようとした(クーデターまがいで中止)、その後も岩屋毅外相が訪韓にご執心だ。

韓国や中国相手では「揉み手」して出かけるものではない。毅然と日本の国柄を示すことが何より大事だ。たかが漫画ではあるが、黙認しているとつけ上がる。反日の芽は早めに摘みとらねばならない。

鉄は国家なり

日本製鉄によるUSスチール買収はバイデン米大統領が3日に買収禁止を命じて頓挫した。

ブログ子は中高校時代から「鉄は国家なり」という言葉を教えられてきた。だから、逆にUSスチールが日本製鉄の買収を仕掛けてきたら、日本でも「国内で所有、運営される強力な鉄鋼産業は国家安全保障の優先事項であり、強靭な供給網にとって欠かすことができない。国内に鉄鋼の生産能力を保有し、そこで働く労働者がいなければ、米国は弱く不安定化する」と言ったバイデンと同じ理由を挙げて反対運動が起きたであろうことは、容易に想像できる。

だが、今回のケースは違う。「鉄は国家安全保障の優先事項である」と言う点はバイデンの言うとおりである。その次に挙げている「国内に鉄鋼の生産能力を保有し、そこで働く労働者がいなければ、米国は弱く不安定化する」のくだりに、「中国を利することになる」と入れればわかるが、競争力を失って大量の失業者を抱えることになるのは米国なのである。

何よりも実態を知っているUSスチールのデビッド・ブリット最高経営責任者(CEO)が「恥ずべき腐敗したものだ。組合員とは無縁の労働組合幹部に政治的見返りを与える一方、我が社の将来と労働者、我が国の国家安全保障を傷つけた」と痛烈に批判する声明を発表したことを見てもわかる。

 ブリットCEOはさらに続けて「経済や国家安全保障上の同盟国である日本を侮辱し、アメリカの競争力を危険にさらした。中国共産党幹部は北京の街頭で小躍りしている」として、バイデン氏の命令が中国を利する行為だと主張。「私たちと会うことすら拒否した」とバイデン氏を名指しで非難し、買収はUSスチールや米国にとって最善の選択であると改めて主張し「バイデン氏の政治腐敗と戦うつもりだ」として、命令撤回を求めていく考えを示した。

「鉄は国家なり」という言葉はドイツを武力統一したプロイセン王国・ドイツ帝国の首相のビスマルクの演説に由来している。日本では1901年に初代首相の伊藤博文が官営八幡製鉄所の火入れ式で初めて使用した。鉄は強度が高く、耐久性があり、加工が容易なため、多くの産業で使われてきた。

伊豆にある韮山反射炉を見てもわかるように、日本は早くも江戸幕末から鉄と取り組んできた。反射炉とは、金属を溶かし大砲などを鋳造するための溶解炉だが、この技術あって、日清・日露戦役など多くの戦争で勝利に貢献したのは日本の鉄工業あってのことだった。

戦後も日本の鋼板技術は世界一を誇ってきた。鋼板は厚板と薄板とに大別されるが、前者は大型船舶の造船に、後者はプレスして自動車のボディーをつくるのに欠かせない。日本の鉄鋼業は数多くの特許技術を含み、他国の追随を許さなかった。

現在、造船業と自動車産業で世界のシェアをほぼ独占しているのは韓国と中国であるが、その技術はみな日本から得たものだ。

韓国の鉄鋼業は、ゼロから日本からの技術移転を受けて発展してきた。日本の鉄鋼メーカー(特に新日鉄や住友金属)から「ポスコ(POSCO)」に日本の技術を丸ごと移転したものだ。何か所もの高炉建設まで建設してあげた。日本の金と技術を与えて完成したのだが、その韓国たるや、何をしたか。単なる出稼ぎなのに「新日鉄は韓国人を徴用工としてただ働きさせた」と補償を求める始末。近世でこれほどの「恩知らず国家」は珍しい。

そのまた上を行くのが中国である。中国の鉄鋼業はソ連から多くの技術援助を受けて発展してきたが、ソ連の技術水準は低かった。日本と韓国の技術も取り入れる必要に迫られた。1970年代~1980年代: 改革開放政策が進む中で、「日本と韓国の技術を取り入れて」というと聞こえはいいが、ほとんどは「盗んで」現在の隆盛に至っている。

世界の鉄鋼市場は、景気低迷で内需がしぼむ中でも平気で過剰生産を続ける中国の輸出拡大が市況を荒らしている。市場原理も何もあったものではない。共産主義の破綻が世界中で明白になった中で鄧小平が「一国二制度」というまやかしをもちこんだためだ。政治は共産党の一党独裁、共産主義は使い物にならないから経済は資本主義という「怪物」は巨大な国家予算を好きなように使えるから、経済原則など無視して補助金、交付金、関税・・・みな動員して市場独占をはかる。独占したところで好きなように世界中を牛耳る。「悪貨は良貨を駆逐する」は経済学の基本だが、こんな国にいいように資本主義を利用されたのでは、正義も何もあったものではない。

アメリカの鉄鋼業は今や疲弊を通り越して破綻の寸前にある。日本の鉄鋼業は右肩下がりではあるがまだ先端技術を保持していて中国や韓国に対抗できる力がある。「大よく小を呑む」ではなく、同盟国で、信頼関係がある日本とアメリカが協力すれば、中国の市場独占を阻むことができるのだ、今なら。何より「盗人猛々しい」国に「一矢報いる」という大義名分がある。

買収できなかった場合、日鉄はUSスチールに5億6500万ドル(約890億円)の違約金を支払う契約となっている。日鉄は米政府の命令が法令違反に当たるとして、米政府を提訴する方針だが、トランプ次期大統領もこの買収には反対だから、至難の業である。

日本の鉄鋼業は韓国にほぼタダ取りされ、それがまた中国に盗まれ、最後に習近平が高笑い・・・

こんな不条理は許されない!!

沖縄県民斯ク戦ヘリ

陸上自衛隊第15旅団(那覇)は今年元日から、公式ホームページ(HP)をリニューアルし、昨年10月末から掲載を見合わせていた沖縄戦司令官の辞世の句を再び掲載した。

ブログ子はこのニュースを快哉とともに受け止め、自衛隊は今後も沖縄の「マスゴミ」に惑わされることなく、前を向いて進まれんことを希求する。

いつものように、産経新聞にしか掲載されなかったので、これまでの概略を書く。

先の大戦末期の沖縄戦で旧日本軍を率いた牛島満司令官が沖縄の再興を願って詠んだ辞世の句が第15旅団のHPに掲載されたのだが、地元メディアの報道をきっかけに、一部の市民団体などから「自衛隊による旧日本軍の美化」といった反発が出て、自衛隊側はいったん引っ込めていた。

沖縄戦では、日米約20万人が戦死し、沖縄県民の4人に1人が犠牲になった。日本側の指揮をとった牛島満(うしじま・みつる)中将は、1945年6月22日(23日)に摩文仁岳中腹の司令部壕内で自決して組織的戦闘が終結したのだが、この時、祖国の復興を願って辞世の句を残した。

《秋待たで 枯れ行く島の 青草は 皇国の春に 甦らなむ》

この辞世の句は平成30年から旅団の沿革を紹介するページに掲載された。沖縄が本土復帰を果たした昭和47年、旅団の前身にあたる臨時第1混成群の初代群長を務めた沖縄出身の桑江良逢(りょうほう)氏の訓示とともに、この辞世の句を残した、その歴史的資料として示していた。

ただ、掲載から約6年が経過した昨年6月になって、地元紙が疑問視する報道をすると、県内の一部識者らが「県民を犠牲にした日本軍と自衛隊のつながりを示し、美化するような内容」などといっせいに批判し始めた。

「陸自HPリニューアル 日本軍との連続性を絶て」(琉球新報社説)
「陸自HPに牛島司令官の句 極めて不適切 削除せよ(沖縄タイムス社説)

沖縄タイムスなどは陸自大宮駐屯地の第32普通科連隊が、「大東亜戦争最大の激戦地硫黄島」と書いたといっては文句をつけ、陸自幹部や宮古島駐屯地の幹部らが制服を着て神社に集団参拝したといっては非難する、いわばこの種のクレーマーとしての常連で、ほっとけばいいものを、防衛省は「誤解を招いた」として「大東亜戦争」などの語を削除したりするものだから、つけあがる。今回のように毅然とした対応をとれば、おのずと淘汰されるものだ。

細かいようだが、復活した辞世の句は、

《秋を待たで 枯れ行く島の青草は 御国の春に よみがえらなむ》

と掲載されている。「皇国」の言葉への反感を考慮したものだろうが、無用である。最初に書かれた「臨時第1混成群史」に掲載された記述に合わせた、というが、この時代は「皇国」が普通だったはずだ。「秋待たで」が「秋を待たで」と修正されているが、これも和歌の作法では「秋待たで」であろう。

ブログ子は読むたびに胸ふさがれる文章が二つある。一つは靖国神社で展示されている特攻隊員の遺書であり、もう一つは1945年6月、沖縄の地下に掘られた洞穴で、海軍司令官の大田実海軍中将が自決直前に海軍次官にあてた電文である。

「沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ 賜ランコトヲ」

その通り、政府は昭和24年から「沖縄振興特別措置法」(通称 おきしん)を毎年3000億円交付している。本土では誰一人反対ないが、沖縄メディアは米軍基地の維持に「ほとんど」持っていかれていると増額を毎年のように要求している。

ブログ子は沖縄には復帰直前の米軍施政下からこれまで10数回訪れている。取材内容が政治的なことだったせいもあるが、どちらかと言えば沖縄タイムス的な言辞を弄する人の方が多かった。対して東京で出会った沖縄人は故郷「琉球」への想いは強いが、左翼に傾く故郷を憂える人が、多かった。

その一人、沖縄出身の女性音楽家「金井さん」は沖縄で音楽会を開くも東京の住まいから帰るそぶりは一切なかった。「知念」氏は警察庁のキャリア官僚で神奈川県警刑事部長の時仲良くなり、佐賀県警本部長のとき、我が家の出自が佐賀県唐津なので虹の松原で松露まんじゅうを食べなさいとアドバイスしたものだが、九州からもう少し先の沖縄にはあまり行かなかった。あれはきっと、故郷に跋扈する左翼嫌いのせいだろうと思う。

彼ら「沖縄左翼」がまだ自分が日本人だと思うのなら、ぜひに上述の「沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ」を熟読玩味されんことを願う。

カーター元米大統領死去。ブログ子が指しで会話した思い出

米国のジミー・カーター元大統領が29日、ジョージア州の自宅で家族に見守られながら亡くなった。100歳は大統領経験者として史上最高齢だった。

バイデン大統領が「言葉ではなく、行動で評価される人生を送った」と、国葬で送るというのは、同じ民主党だから当然として、 何事も人を貶すトランプ次期大統領が、「哲学的にも政治的にも全く意見が合わなかったが、彼が国を愛し、敬意を払っていることも知っていた。米国をより良い地にするために懸命に取り組み、そのことに最高の敬意を表する」と述べるほど惜しまれての他界は珍しい。

カーター氏は77~81年の在任中、冷戦中だったソ連との緊張緩和に努めたほか、退任後も世界各地で紛争調停などに取り組み、2002年にノーベル平和賞を受賞した。ブログ子は、自分のホームページで「ノーベル平和賞と文学賞はいらない」と書いているほど、平和賞の価値を認めないが、カーター氏だけは別である

ジョージア州知事を経て、1976年の大統領選で民主党候補として勝利した。並みの大統領と見られていたが、「人権外交」を掲げ、78年9月、エジプトとイスラエルの両首脳を大統領山荘キャンプ・デービッドに招き、和平協定「キャンプ・デービッド合意」を仲介し、歴史的な成果を上げた。

 また、ソ連との核軍縮にも力を入れ、79年6月にはソ連の指導者ブレジネフ共産党書記長との間で、戦略兵器の運搬手段総数を米ソ対等にするなどとした第2次戦略兵器制限条約(SALT2)に調印した。在任中には中国との国交正常化も実現させた。

 79年に起きたイラン革命後の米大使館人質事件では、イランと国交断絶したうえで人質救出作戦を決行したが、失敗に終わり批判を浴び再選を目指した80年大統領選で共和党のロナルド・レーガンに敗れた。

退任後はカーター・センターを設立し、精力的な活動でアフリカやアジア、中東、中米など世界各地で民主主義の推進や紛争調停に尽力した。84年には米大統領経験者として初めて被爆地・広島を訪問し、広島平和記念資料館を見学した。94年には北朝鮮が核開発を加速させ、米韓との対立が高まる中で平壌を訪問。当時の最高指導者だった 金日成キムイルソン 主席と直接交渉の末、危機を回避した。立派なものである。

私はカーターさんと立ち話ながら一言二言談笑して握手したことがある。 彼が引退した直後、アメリカ南部、ジョージア州の州都アトランタでのことだった。といっても政治的な話や取材の上でといったことではない。 「あなたの大事な美女をお借りしますよ」(カーター)「日本からのプレゼントです」(私)というやりとりをした。 思わせぶりにみえるがこういうことだ。 

アトランタは①映画「風と共に去りぬ」の舞台であり、作者マーガレット・ミッチェルの誕生の地。 ②郊外の花崗岩の崖に大統領など南北戦争の英雄が彫られたレリーフがある。③コカコーラの発祥の地。 この三つがすべてで、あとなにもないところだ。マスコミに身を置いていたら忘れてはならない、 世界最大のテレビネットワーク、CNNの本社もあるではないかといわれそうだが、知ったのは帰国した後の話である。 私はその夏、取材に訪れていた。

映画にちなんで、毎年「ミス・スカーレット・オハラ」コンテストが開かれていると聞いて、その年選ばれた美女とホテルのロビーで会っていた。彼女はこのあとの撮影用に、ヴィヴィアン・リーが 映画から抜け出たような、大きな裾のドレスを着ていた。

一方、アメリカの大統領は引退すると郷里にその名前を冠した図書館をつくるのが恒例だという。そのオープニングのためにやってきたカーターさん一行と私が同じホテルだった。リムジンが何台も並び大勢のシークレットサービス に取り囲まれてエレベーターから降りてきたところで、私と”デート”している派手な美女が目に付いた。同行しているカメラマンへのサービスで、(私抜きで)美女と前大統領が並んだ何枚かの写真を撮ったときの会話が上のやり取りである。

ついでにいうと、彼女と撮影がてら訪れたジョージア州で1番人気の観光名所、ストーンマウンテン・パークで南北戦争以前のログハウスを見たのが、八ケ岳に山小舎を建てた時、ログハウスにこだわる理由になった。大昔の建て物なのにまだ人が住めるほどだった。この経験から、八ケ岳の風雪に耐えられるのはログハウスしかないと直感した。大正解で、周りの 山荘はリニューアルなどかなりの手入れ工事 をしている中で、37年たったいまにいたるも大工がはいったことがない。

 カーター氏は2015年8月に肝臓がんの摘出手術を受けた後、がんが脳に転移していることが判明し、入退院を繰り返していた。23年2月には余命を家族と過ごすとして、自宅でのホスピスケアに移行することを公表していた。

ブログ子もその肝臓の隣の膵臓がんの切除手術を受けた。「3年生存率18・8%」と言われてたが、この12月で生存5年目になる。カーターさんの100歳までは数年あり、とても無理だが、なんだか近しい人が亡くなった思いである。

皆さん、よいお年を!!

医道 地に堕つ

東京美容外科の黒田あいみ・医師がSNSに投稿したろくでもない内容を見た。医師という職業に要求される最低限の倫理観も持ち合わせていない「外道」である。

この人は東京美容外科・沖縄院院長を務める医師だ。トライアスロンでの日本代表経験もあるとかで、「アスリート医師」として書籍も発売している。波紋を広げているのは、彼女が12月2日に公開したブログだ。「いざ解剖研修@グアム!→打ち上げ☆」とのタイトルで、グアムでの解剖研修に際し、解剖の様子を撮影した写真などを公開していた。

そのなかで「今回は fresh cadaver (新鮮な遺体)で勉強をしにきていて」とし、解剖の様子を複数の写真を交えて伝えた。解剖が行われている様子を背景に、複数の医師らで並んだ記念撮影では、笑顔でピースをしている。

 中には、「頭部がたくさん並んでるよ」として、献体の頭部がずらりと並んだ写真に絵文字付きのコメントをつけた投稿もあった。解剖中の献体の頭部の画像もあり、おおむねモザイク加工がされていたものの、一部は加工が外れたまま公開されているものもあった。

 一連の投稿にはランチに食べたというピザやサンドイッチの写真も並び、「いや~~~朝から晩までの解剖は本当に疲れました」「もうぐったりでした」などと絵文字混じりにつづっていた。

これに対し同じく美容クリニックを開業する高須克弥院長(79)がX(旧ツイッター)で「南無阿弥陀仏。 馬鹿医者め! クズ」「馬鹿医者ども(怒)」「怒」などと記述。さらに「僕の時代の医学部解剖実習での作法は、献体してくださった方に黙祷のあとお顔をしっかりと観察して記憶することでした」と書き、この女性医師を非難した。

ホリエモンこと堀江貴文も、「これは本当にひどくて、SNS慣れしてないって(本人が言っている)のも嘘でめちゃくちゃこれまでも似非科学な発信している。一般レベルでも明らかにやっちゃダメなことを晒してしまった。ほんと医師免許返上するのをお勧めするレベル」と断罪している。まったく同感である。

学生時代医学部にいる友人の下宿を訪ねた折、机の上に広げた油紙の上で肘から先を切断した腕にメスを入れて解剖している姿に仰天したことがある。「神経の細部を切開して観察している」という。献体をそんな私物扱いしていいのかどうか、きっと今でもダメなのだと思うが、神経と言うのは針金のように細いと思っていたが、うどんほどの太さであることをその時知った。

ブログ子の新聞記者時代の同僚で遺言で東京女子医大に献体した人物がいる。今回の問題を起こした女医が出た医科大である。2年先輩ながら久しく同期生のように親しくしていた。彼は女好きだったので、故にほかの医大への献体でなく女子医大にしたのかと冷やかされたものである。1年後、遺体は返されてきたが、きれいに縫合されていたという。

人は見かけによらないものだと、感心して自分も献体の遺言でも残そうかと思っていたが、この女医のように、解剖台の前で「イエーイ!」と記念写真撮られるのはまっぴらごめんだと断念した。

ブログ子は今日年賀状を書き終えて投函したが、宛名に医者が多い。全体の1割強になる。叔父が娘4人すべて医師に嫁がせたのと、その子弟がほぼ全員(6人)勤務医か開業医になっているためである。概ねまともだが、フェラーリだかのスポーツカーを乗り回しているのが1人、「患者のほとんどは治らないけど、リハビリなどで儲けが見込める」とお台場で整形外科医院を開業している「医は算術」系が1人、いる。気に食わないのでここ数年会いもしていないで賀状だけだ。

偏見を承知で言うのだが、今回の女医のような美容整形医は「医者であって医者でない」と思っている。「医者の一段下、美容師の一段上」くらいである。

医者と言うのは人の命と相対(あいたい)する聖職である。しかるに美容整形なる分野は命とは向き合わない。JRの車両広告で見ると、美容整形分野と言うのは瞼を二重にしたり、脱毛したり、シリコンを鼻や乳房に入れる「見栄えをよくするだけ」の医業である。美容整形の先陣を切る韓国人の女性を見るとどれもみな同じ顔をしている。あんなものが医学とはおこがましい、と思う。

ところが、その美容整形医にまっしぐらに走る医学生が激増しているという。医師免許を得てから研修医を終えて各専門に進むのだが、内科、外科・・・見向きもせずまっすぐ美容整形医に進む者が増えているという。これを「直美(ちょくび)」というそうだ。

理由は報酬だ。医師のなり立ては年収800万円くらいだが、美容整形医は初めから2000万円くらいもらえるという。

厚生労働省によると、美容外科に従事する医師は2012年には444人だったが、22年には1247人と2.8倍に増加。20~30代が約半数を占める。一方、外科は同じ期間に2万8055人から2万7634人へと微減した。

 美容外科の診療所も急増している。同省によると、23年10月時点で美容外科を掲げる診療所数は2016施設で、20年10月時点の1404施設から約4割増えた。増加率は43診療科目の中で最も高かった。一方、小児科は1020施設(5.4%)、外科は632施設(5.1%)減った。

 背景には、最近の若手がワーク・ライフ・バランスを重視し、激務を避ける傾向がある。美容医療を手掛けるクリニックは1年目から年収2000万円を得られるケースもある。美容医療は残業も少ないとされる。厚労省の若手医師への調査では、外科を選択しなかった理由として「ワーク・ライフ・バランスの確保が困難」とした割合が最も高かった。

なんと「志」の低いことか。ブログ子の時代新聞記者の初任給は「2万2000円」だった。他と比べても高いものではなかったが、金額のことなど歯牙にもかけないのが普通だった。

医道、地に堕つ。

読売のドン「ナベツネ」の剛腕を隣の新聞社から見ていた

読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡辺恒雄氏が肺炎で98歳で亡くなった。その絶大な影響力は政界からプロ野球界、はては大相撲まで及ぶ。その深い懐の内容については連日のメディアをご覧いただくとして、ブログ子は東京・大手町にある読売新聞社の隣にある産経新聞社からその剛腕ぶりをまぶしく拝見していた。その一端を披歴する。

第2次中曽根内閣のときだったが、各新聞社と も組閣の予想を掲載するのが恒例だった。私も政治部記者と相談しながら予想閣僚名簿を作った。現在では派閥解消が叫ばれて難しいが、このときは各派閥から推薦名簿が出るので比較的推測ができた。

当日になって首相にいろいろな思惑が出てポストが横滑りすることはあるが、入閣者の名前はそう外れないものである。それでも、夕刻発表された名簿では小紙のずばりは4、5人といったところだった。だが、この日の読売新聞朝刊掲載の予想は発表と完璧に同じだった。驚いて、なぜそんなことが できたのか調べた。そうしたら中曽根首相のそばに座って白紙に組閣名簿を書いていったのはナベツネで中曽根首相はフンフンと言っていただけだというのだった。

知られていないがナベツネはコワモテだけの人ではない。読売の副社長時代くらいだったが、月に一回だったか季節ごとだったか、読売の競争紙含めて各新聞社、民放、NHK…とマス コミを縦断して女性記者ばかりを、集め、彼女たちが好むフランス料理店などに招待していた。正式な名称は忘れたが「ナベツネを囲む会」のようなものを主催してメディア各紙の女性記者の意見を丁寧に聞いていたものである。現在はパリにいるが、わが新聞社の女性記者も招かれていた。当然、ナベツネ擁護派でいまだに悪口など書かない。

新聞の斜陽が始まったころだから今から20年ほど前になるか、産経が全国紙で初めて夕刊廃止の先鞭をつけたことがあった。業界用語でいう、「セット割れ」(読者から夕刊を切られる)が急増して、産経の東京本社では実に7割がセット割れに。やむなく夕刊を廃止した(大阪は今も存続)。夕刊の収入(広告料と購読料)が記者、営業担当者らの人件費や設備費、材料費などの発行コストを下回ったためのやむを得ない処置だった。

この時、日本新聞協会長だったのがナベツネで、副会長だった産経社長を鶴の一言でクビにしたものである。今では朝日、毎日、地方紙、ブロック紙みな夕刊廃止の流れで、読売だけ「朝夕刊セット」を固持しているが時間の問題だろう。ナベツネ死去で一気に早まるのであろう。

そのナベツネ氏が文芸春秋の『 私の大往生 』(文春新書)という企画で
■もし生まれ変われるとしたら? という問いにこう答えている。

 それはもう、当然新聞記者ですよ。 もう一度駆け出しから、現場の記者をやりたいね。

ブログ子も自分の人生を振り返って、新聞記者と言う「天職」を得て幸せだったと思っている。テレビに「ジャーナリスト」を名乗る人士は数多いるが、取材もせず、書きもしない「ジャーナリスト」(もとは新聞記者の謂)などまがいものであると断言し、「生涯一新聞記者」を貫いたナベツネ氏に万感の共鳴を惜しまないものである。

またも負けたか八連隊…非常戒厳令で露呈した「弱い韓国軍」

ブログ子は戦後育ちだが「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊(くれんたい)」という悪ガキが使う悪態を知っている。陸軍第8連隊は大阪、第9連隊は京都に連隊本部があって、ともに連戦連敗の弱い兵隊という意味である。実際はそうでもなかったらしいが、大阪の商人気質と京都人の「いけず」文化を揶揄して言い得ている。

なぜこんな古いことを思い出したかというと、今回の尹錫悦大統領の非常戒厳で投入された韓国軍の行動をみてのことだ。先の朝鮮戦争では韓国軍は前線でろくに戦いもせず、あっという間に朝鮮半島南端の釜山まで追い詰められた。次に有事があれば、また同じことになるに違いないと確信した。

今回、出動命令を受けたのは、陸軍特殊戦司令部隷下の第707特殊任務団、第1空輸特殊戦旅団、首都防衛司令部隷下の軍事警察任務隊など約300人。北朝鮮の情報収集を担当する国軍情報司令部の要員も含まれていた。投入された第707特殊任務団は米軍特殊部隊の「デルタフォース」に相当する精鋭部隊だ。斬首作戦が発動されると、北朝鮮に侵入して金正恩を暗殺する任務が与えられているといわれる。

尹大統領が12日の談話で、「死傷者が出ないように安全と事故防止に万全を期すよう、兵士ではなく下士官以上の精鋭だけを移動した」と述べたように、韓国軍最強の部隊編成だった。

最高指揮官である大統領が出した特別戒厳令である。実際の命令は戒厳司令官(陸軍参謀総長)が発出するものの、命令一下一糸乱れず今回の目標である①国会の封鎖、②野党議員の拘束――の2つを実行するのが軍隊の使命である。ところが、その両方ともに失敗している。

テレビ映像で流れた国会の様子を見ると、バリケードで立てこもる国会議員と政党・国会関係者の激しい抗議で、議員らから「戒厳解除後お前たちの責任を追及する」と詰め寄られて、右往左往する軍隊の姿が全世界に流された。吊るしあげられて塩垂れて涙を流して謝罪しているような兵の姿もあった。

 この背景には、特殊戦司令官による「絶対に兵士に実弾を持たせるな」「国民の安全が最優先で絶対に被害がおきないことを作戦の重点とする」との指示があったことが明かされた。つまり、司令官は最高刑が「死刑」の抗命罪となる危険を冒したくなかったのだ。自分の判断で議員ら民間人との衝突を回避したのだ。

 国会に尹大統領の弾劾訴追案が提出され、それを支持する世論が高まると、氏名などが秘密指定されている第707特殊任務団団長のキム・ヒョンテ大佐がメディアの前に現れて、「部隊員は金龍顕前国防相に利用された被害者だ」「隊員に罪はない。あるなら、無能な指揮官の指示に従った罪だけだ。いかなる法的責任も私が負う」と涙を流して陳謝した。

隊員に罪はないなど当たり前のことである。2・26事件では失敗した近衛連隊の将校は従容として銃殺刑に処せられたが、反乱兵だった5代目柳家小さんなど何事もなくその後高座に復帰している。

 涙を流す大佐に、多くの韓国メディアはこの模様を好意的に取り上げた。極左の半グレ新聞、いや「ハンギョレ新聞」から少しまともな朝鮮日報まで「権力者の軍隊から国民の軍隊に変わった」と良心に従った指揮官とたたえる始末だ。

韓国でも基本法で、「軍人は、職務を遂行するとき、上官の職務上の命令に従わなければならない」と記されている。だが、韓国では「非常戒厳で出動しても抗命した者は無罪でよい」という意見がまかり通っているのである。韓国軍では命令があっても、それぞれの判断で従わずとも許されるというのであれば、もはや軍隊は存在理由を失う。その矛盾に誰も気付かないようだ。

このブログで、韓国海軍駆逐艦による、海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射事件で韓国軍はいまだに謝りもせず事実も認めていないのに日韓スワップ協定復活など対韓カードをみな解除している愚を書いた。韓国軍は平気で嘘をつく。世界の軍隊は「言い逃れ」はするが「嘘をつく」ことはないものだ。この事件などひょっとするとレーダー係の兵士個人がたまたま虫の居所が悪くて「戦闘行為」であるレーダー照射をやらかしたのかもしれない、韓国軍は軍隊としてあり得ない行為を恥じてのだんまりだったか、と同情した。

上で釜山に追い詰められた韓国軍の話を書いた。この戦闘でただ一人踏みとどまった軍人がいる。白善燁(日本読み はくぜんよう)准将だ。

「ここで我々が負ければ、祖国を失うことになるのだ。釜山を失えば、もう我が民族の行くべき所はない。我々にはもう退がる所はないのだ。だから死んでもここを守らなければならない。はるばる地球の裏側から我々を助けに来てくれた米軍が、我々を信じて谷底で戦っているではないか。信頼してくれている友軍を裏切ることが韓国人にできようか。いまから私が先頭に立って突撃し陣地を奪回する。貴官らは私の後ろに続け。もし私が退がるようなことがあれば、誰でも私を撃て。さあ行こう! 」

韓国では長く「朝鮮戦争の英雄」として称賛された人物だが、日本統治下で日本軍人として戦った経歴を進歩派からは親日派として批判された。死後英雄として国立ソウル顕忠院に埋葬されることになっていたが、政権交代後の文在寅政権は、2020年7月10日、99歳で亡くなると、一段低い大田顕忠院に埋葬した。

いちいち命令は正当かと疑い、命令に従うことで犯罪者にされるかもしれないと、任務遂行を躊躇するような韓国軍に北朝鮮を凌駕する力があるとは思えない。

この人物、凶暴につき・・・メディア・テロの常連たち

 国民民主党の榛葉賀津也幹事長は13日の定例会見で、一部のフリーランス記者を会見に「出入り禁止」としたことについて、(彼らは)「何度注意しても、恣意(しい)的に(ルールを)破って暴言をはく。これが本当にメディアといえるのか」と述べた。

さらに続けて「報道の自由は極めて大事です。厳しい質問でも、メディアのみなさんが質問してくださるので、我々の思いを発信していただける。報道の自由はある意味、民主主義の一丁目一番地だ。しかし(彼らの言動は)、言論の自由ではなくて、完全に妨害。同僚のメディアのみなさんを公然と批判する。報道の自由の前に、ルールがあるはずです。何度注意しても恣意的にそれを破って暴言をはく。これが本当にメディアといえるのか」と、疑問を呈した。

ブログ子は、まったく同感である。よくぞ言ってくれた、と思う。本来はメディ界一致して、日本新聞協会あたりが前面に出てきて処分せねばならないところだが、「取材の自由」を盾に、暴れる彼らにほとんど無力である。

こう書いたところで一般の人には何のことかわからないだろうから、ブログ子は彼らの実名と写真を挙げて指弾することにした。

3人の実名を挙げて一連の暴挙の内容を暴いている記事が夕刊フジにあるので少し長いが引用する。書いているのはフリーランスの安積明子氏だ。余談だがブログ子は夕刊フジの創刊時から参加して編集幹部も務めた。

(前略)
フリーランスの横田一氏が、榛葉会見の「出入り禁止」を受けたという。横田氏は2017年、衆院選で躍進が見込まれた「希望の党」を率いる小池百合子東京都知事に、安全保障論や憲法改正で溝のある〝リベラル系〟候補者の合流に応じるか問いかけ、「排除します」との応答を引き出した。その後も、さまざまな会見で詰め寄る姿で知られている。

先月1日の榛葉会見でも、横田氏は国会の首相指名について、「(立憲民主党の)『野田(佳彦)』と書いて政権交代を果たすべき」と迫った。

榛葉氏は「参院は自公が(過半数の)149議席。衆院で政権交代しても法律は1本も通らない」と応じたが、横田氏は同じ質問を続けた。見かねたフリーカメラマンが「ここは質問するところ。一問一答にさせろ」と注意すると、横田氏は「黙れ」と強く反発した。

その横田氏が6日、東京新聞の望月衣塑子氏らが配信する動画番組で「出入り禁止」を明かし、国民民主党の政策批判など、持論を展開した。

図らずも、番組では夕刊フジや筆者も〝紹介〟された。

6日の榛葉会見での筆者の質問と、榛葉氏の回答が音声で流れると、望月氏は「安積さん。何なのこの質問。ひどいね」と声をあげ、横田氏も筆者について、「『夕刊フジ』なんかに書いている権力寄りの印象が強い方で『すり寄りタイプ』の記者」と応じた。

望月氏は、筆者について、番組で共演する元朝日新聞記者の尾形聡彦氏に「尾形さんが質問したときに『私も聞きたいの!』と言った人。妨害だった」「自分は途中で帰っちゃった」とも語った。

この経緯を解説したい。

尾形氏は先月12日の玉木氏の記者会見で質問を重ね、20分超マイクを離さなかった。筆者は「一問一答」を求めたが、「私も聞きたい」とは言っていない。中座したのは、通常30分程度の会見が1時間にもおよび、次の取材予定が迫っていたからだ。

望月、尾形両氏のユーチューブチャンネルの紹介には、「さまざまな問題をきちんと当事者に取材し、記者会見で忖度も躊躇もなく質問し、ニュースの本質を読み解いてお伝えします」とある。

記者はそれぞれ問題意識を持って会見に臨むが、他の記者の質疑応答は望月氏らにとっては「取材妨害」にあたるのか。(政治ジャーナリスト・安積明子)

3人の名前が出そろったところで、個々に身上書をめくってみるーーー

横田一
上述の記事の中で出てくるようにフリーの記者が入れるところに出てきてはもっぱら執拗なヤジを飛ばす。東京工大卒と言う以外に経歴はあまりわかっていない。1990年ノンフィクション朝日ジャーナル大賞受賞ということからわかるように左翼言動をもっぱらにし、高市早苗氏の会見で「森友再調査しないんですか」「森友再調査について一言」「…忖度しているせいですか」「聞こえてんでしょ」など、で57秒間、叫び続けた。記者の間からも「ルールを守れ」という罵声が浴びせられた。

望月衣塑子

この人物はもう全国区で「会見あらし女」として有名だろう。与野党問わず現われる。例えば今夏の都知事選で蓮舫氏の出馬会見では「「東京新聞の望月です。いくつかお聞きします。まあ、神宮外苑の再開発ですね、昨年亡くなる直前、声が出せない状態で、文化庁長官や小池都知事に坂本龍一さんがもう一度見直してほしいと手紙を送られました。その時に小池さんは記者会見でしたっけね、・・・」

“演説”は実に3分を超えた。最初は”味方”の記者として、神妙な面持ちでメモを取っていた蓮舫氏だったが、後半は長すぎる質問に思わず苦笑するほど。他の記者たちは、ただ時がすぎるのをじっと耐えていたが、この日は“1社1人まで”の縛りがあった。彼女が東京新聞を代表して先に質問してしまったため、用意していた質問ができなくなったことに東京新聞政治部は怒った。「スタンドプレーはいい加減にしてくれ」と本人に伝えたほどだ。
 
尾形聡彦

元朝日新聞社の新聞記者。特派員として米国のシリコンバレー、ホワイトハウスで主に取材。国際報道部デスク、サンフランシスコ支局長などを歴任したのち、2022年6月に退社し、オンラインメディア「Arc Times」を立ち上げた。

Arc Timesには上述の望月依塑子記者がメインキャスターとして出演しているが、会見場では2人並んで座り、かわるがわる質問し、マイクを握って他社に渡さないという手口。

例えば、NHKから国民を守る党(NHK党)が11月29日、都内で定例記者会見を開いた際だが、2人で約40分間を消費したところで、しびれを切らした立花氏が「じゃあ、これうちの会見なんで、そっちの番組やってるんでしょ。呼んでくれたら行きますよ。他の人たちの都合のために、あなたたち2人が来て、自分たち、カメラ回してるんでしょ。少なくとも営利目的でしょ。だから、行ってあげるよ。俺が1人で行くから、待ってよ。他の人もいるんだから」とついに質問を打ち切ろうとした。

 それでも「あと、1、2問だけ聞かせて下さい」と継続する尾形氏に、立花氏は「あなたたちがお金稼ぐ場所じゃないんですよ」と通告。それでも話す尾形氏に「聞けないの?じゃあ、もう帰って。出てって。ここの管理権はこっちにあるんだから」とついに、立ち上がり「帰れ!何度も言ってるじゃないか。回答してるだろ。何分かかるんだよ、君の質問に。他の人たちの時間を確保するために、1時間でも2時間でも君のチャンネルに行ってやるって言ってんだから、待てよ!2時間くらい」と怒鳴った。

時代に取り残された歳末風物詩

2024年の「今年の漢字」は「金」に決まった。12日午後、ブログ子はちょうどテレビ中継を見ていたが世界遺産・清水寺ので森清範貫主が 「金」の一字を揮毫していたが、草書の崩し字だったので部首の「(ひとがしら)」の右側がなかったので何という字かわからなかった。

案の定、「ちょっとピンと来ない」と拍子抜けする人が多かったという。この行事は、公益財団法人「日本漢字能力検定協会」が毎年公募しており、今年で30回目。応募総数22万1971票の中で「金」が最多の1万2148票(5・47%)だった。パリ五輪での日本選手の活躍を受けてのことだようだが、たった5%ほどで今年の漢字が「金」か、と違和感を持たれても仕方がない。何より、2000年以降「金」が今年の漢字に選ばれたのは5度目である。どこが「今年の漢字」か、と言いたくもなる。

話は変わるが、ブログ子は新聞社時代「長いレンジで物事を観察できる記者」を大事にしてきた。事件・事故から政局にいたるまで、今目の前で起きていることを追いかける記者はいくらでもいる。社会変化の観察者としての新聞記者にはもう一つ、年単位、10年単位で変化している事象に目を向ける記者が必要だと思っている。

新宿の何でもない一軒の家から10年間定点観測した写真で町の景色の変化を追ったカメラマンや、現在でも使えそうだが、「遺憾」を多用する政治家の過去の事例を丹念に拾い上げて「虚言」と同異義語であることを暴いた記者には部長賞や局長賞をどんどん出した。

その「長いレンジで物事を観察」した場合、上述の「今年の漢字」ばかりでなく、もはや有名無実化している歳末風物詩の如何に多いことか。

【芥川賞・直木賞】
歳末恒例の芥川賞・直木賞の候補作が12日発表された、芥川賞5作品、直木賞5作品の候補者を見ても一人として知らない。以前は(といっても平成以前だが)文芸担当デスクにそれぞれ上位ランクの3作品ずつを取り寄せて読んでいたものだ。今回数年前までさかのぼって受賞者を見たがみなそれきり「消えた」作者ばかりだ。

芥川賞の選考基準に「新しい文体をつくった」というものがある。選考委員に谷崎潤一郎とか伊藤整とかいずれも「文章読本」を書いている作家がいて、なるほどと思わせたものだが、今は選考委員自体がどこがいいのかわからないのがほとんどだ。

文藝春秋の営業政策が露骨に出ていて、女性とかお笑い出身とか話題作りが見え見えで面白くない。何より年2回も選考会はいらない。

【ボジョレーヌーボー】
毎年11月になると繰り広げられるボジョレーヌーボーについては、以前このブログで書いた。ワインとは言えない即成熟成法で作り、フランスでは一本300円ほどの安酒を日本で3000円以上で売る商法を指弾した。コロナと不作で2022年は、一番入れ込んでいるサントリーは輸入量を約6割減にした。以後毎年右肩下がりで輸入減が続いている。

【新語・流行語大賞】
今年話題になった言葉を発表する「現代用語の基礎知識選 2024ユーキャン新語・流行語大賞」が12月2日発表され、年間大賞に「ふてほど」が選ばれた。「ふてほど」とは、俳優の阿部サダヲ主演のTBS金曜ドラマ「不適切にもほどがある!」の略だという。ブログ子は当然何のことかわからなかった。しかし、”通”の方々にとってもあまりなじみがなかったらしく、SNSを中心に疑問の声が多数あげられた。

大手自動車メーカーの認証不正、パーティー券収入の収支報告書不記載など、2024年は政財界とも不適切事案が目白押しであったが、TBSに忖度したのかどうか、選定理由がもう一つわからない。そういえば、昨年何が選ばれたか誰も覚えていなかろうから、これも、もうお役御免のイベントだ。

【レコード大賞】
大みそかのビッグイベントとして『日本レコード大賞』がある。略称は「レコ大」(レコたい)。主催は公益社団法人日本作曲家協会、後援はTBSだ。

ブログ子は新聞社の編集幹部として少なからず関与していたことがある。この賞はスポーツ紙を含む各新聞社の記者が中心となって決定する。我が新聞社ではスポーツ紙、夕刊紙などがあって合わせて4,5票持っていた。一方、系列のラジオ局や音楽出版関係企業などがいくつもあったから、季節になると「これこれの曲をなんとか」という依頼で席が温まる暇もないくらいだった。

1970年代から1980年代にかけて、テレビにおける歌番組の隆盛と共に最盛期を迎えた。しかし、上で白状したようにレコード会社や事務所の力関係により受賞者が決まっているという指摘が公然と起こり非難が多く寄せられ始めた。1990年代になると受賞そのものを辞退する有力アーティスト(福山雅治、ジャニーズ事務所所属歌手)が増えるようになり、賞の権威は大きく低下した。

ここ3,4年の受賞曲を娘や孫にぶつけても「ああ、あれね、私は韓流ポップ」と反応はにぶい。

【紅白歌合戦】
とどめはやっぱりこれだろう。ブログ子はここ5,6年まったく紅白を見なくなった。7時のニュースをみたあと何と読むのかわからない今風の女の子が出てくるとベッドに入ることが多い。

検索で今年の出場歌手と言うのを見たが、知っているのは石川さゆり、郷ひろみ、福山雅治、天童よしみ、坂本冬美の5人だけであとはチンプンカンプンだ。

子供の頃、白黒テレビの前に家族全員が座り、みかんを食べながらテレビに見入ったものだが、現在は娘も孫もスマホをいじっている。

◇ ◇ ◇

要するにすべての歳末の風物詩がなくなったのだ。年末、大みそかに家族全員がそろってテレビの前に座り(主婦だけはおせち料理づくりで台所からちょくちょく見る程度だが)、みかんを食べながら一年を締めくくっていた、あの光景が姿を消した。

どこのメディアでもいいが、「長いレンジで物事を観察できる記者」がいれば、2024年の今こそ、文化史的に大きな曲がり角だったことを証明してもらいたいものだ。