ハンガリー日本女性死亡事件 日本大使館の責任を問う

日本の外務省はエリート臭だけ旺盛で鼻持ちならない。表題の責任うんぬんの前にまず事件のあらましを書く。

日本女性(43)の遺体が1月29日、ハンガリーの首都ブダペスト中心部の焼け落ちたアパートで発見された。火災を通報したのは、子どもたちに会うために現地を訪れていた元夫だった。捜査当局は当初、女性のベッド上での喫煙が火災原因であることを示す痕跡があったとして、事件性はないと発表した。

しかし、女性の友人たちは、日本女性は非喫煙者だったと証言。訴えを受け、女性の権利を擁護するNGO「パテントアソシエーション」は、日本女性から2023年に法的支援を求められて連絡を取り合っていたとして、警察の結論に疑問を提起。「徹底的な捜査」を要求した。

同NGOは1日、「彼女は長年にわたり元夫から虐待を受けており、元夫を恐れていた。子どもたちを連れて生まれ故郷(日本)に帰りたがっていた。元夫はハンガリーに居住していなかったにもかかわらず、女性が子どもを連れて日本に帰ることに同意しなかった。女性は元夫から脅迫されていると何度も警察に通報していたが、取り合ってもらえなかった」と訴えた。

この後、警察の姿勢は一変する。2月3日に女性の遺体を解剖し、“暴行の形跡”を確認した。さらに事件当日の午前中に子どもたちと一緒にアパートを出た後、服を着替え、目出し帽で顔を隠して現場に戻っていたことを突き止めた。元夫はその後、女性を殺害していったん現場を離れ、再度服を着替えて現場に戻ってから緊急サービスに火災を通報していたことも監視カメラから判明した。

警察は4日、殺害容疑で元夫(43)のアイルランド人の男を逮捕したと発表した。女性と容疑者の間には、子どもが2人いる。取り調べに対し、元夫は犯行を否認、女性とは25年前に米国で出会い、2002年に結婚し、複数の国々を転々とした後、2013年にハンガリーに定住したと供述。2020年に関係が悪化し、自身はオランダに移住。こどもが2人いるが、2023年に離婚したと主張している。

調べでは、、女性は2回、警察に元夫からの被害を訴えたが、警察は「これはハンガリーでは犯罪でも何でもない。ばかげている」と取り合わなかった。女性は昨年11月には元夫から「痛みとともにゆっくりと死ねるだろう」と殺害をほのめかすメールまで受け取ったが、その時も警察は対応しなかったことも分かった。

離婚した元配偶者からの付きまとい被害の典型的なDV犯罪だったのに馬鹿げた警察の対応には現地で強い批判が起きて、パテント協会が8日に開いた追悼集会では数百人のデモ隊が当局への抗議の声を上げた。

とうとう警察は11日に、「我々の対応は誤っていた」と謝罪し、過去1年に捜査を打ち切ったDV事件の再調査を進める方針を明らかにした。ハンガリー政府の報道官も12日、SNSで、「今回の悲劇で不足している部分が数多く見つかった」とし、DV対応の改革を始めるために、警察官に研修を義務づけ、DVにより専門的に対応できるようにする対策を行うことを明らかにした。

警察に不手際があったことは明らかだが、素早く修正して幹部の処分まで行ったことはまだ救いがある。

しかし、さらに深刻なことが明らかになった。この日本人女性がブダペストにある在ハンガリー日本大使館に助けを求めていたにもかかわらず、適切に対応しなかったことが明らかになったのだ。

2月10日、同大使館は「2022年6月くらいに当館は(女性から)元配偶者との関係について相談を受けました。『もしDVがあるような場合には警察に相談するのがいい』と説明したと(記録では)なっています」と話した。

大使館から行けと言われた警察でも相手にされなかった女性は、翌2023年に元夫と離婚した。その後2024年に女性はもう一度大使館を頼っている。

「24年夏くらいにお子様の旅券(パスポート)発給についての相談を受けています。その際には、未成年者の旅券発給には共同親権者である元配偶者の同意が必要であると説明しています。その後(女性からは)お子様の旅券申請は当館にはなされていません」(大使館関係者)

何と言う薄情な対応か。(帰国に必要な子供の)パスポート発行にはDVを受けている元夫の同意をとれというのである。

日本は離婚した夫婦の一方が子を連れて国際的な移動をすることで起きる紛争への対処を定めた「ハーグ条約」の締約国である。同条約の規定を基に大使館は元夫の同意が必要だと伝えたのだが、そもそもDV被害を訴え子どもと一緒に逃げたいと考える女性が、加害者である元夫から同意を取り付けることは非現実的である。改めようとの動きはあるが、まだ成文化されていない。

在ハンガリー日本大使館のトップは小野日子(ひかりこ)大使である。菅義偉政権下の2021年から内閣広報官を務め、外務広報官も歴任した日本政府のイメージアップ広報の第一人者だ。

しかしその反応はと言うと、「今回の事件が発生して以降、大使館としてもご遺族のご支援等には当たっており、ご意向も踏まえつつできる限り丁重なご支援を行なっていきたいと考えています」と答えた。

岩屋大臣は「大変痛ましく、改めて心よりお悔やみを申し上げたい。DV被害などの相談が寄せられた際は、個別の事情や要望を踏まえて必要な支援を行っている。遺族の意向も踏まえ、引き続き、できるかぎり丁寧な対応や必要な支援を行っていきたい」。

ともども紋切り型もいいところだ。

とかく役人と言うのは自分で問題を解決するのではなく、他の部署に振り向ける癖がある。幼児虐待を受け付けた児童相談所などがほかの部署に回したり、「大丈夫だと思った」などと言って責任逃れする例がそうだ。

だいぶ前だが、ブログ子はロンドンで航空会社のBOAC(現在のBA)主催のパーティーに招かれた。私たち取材団の歓迎会のようなものだったが、招かれた日本の駐イギリス大使館一等書記官がピアノに肩肘付けてワインを傾けながら鷹揚な態度で会社側幹部などの挨拶を受けているのに腹を立て、帰国後、外務省に名前を挙げて文句を言ったことがある。まるで己が主催のようにふるまっているのが許せなかったからだ。

ハンガリー警察は非を認めて謝罪して幹部を処分した。日本大使館員も同じく処分すべきだろう。でないと殺された女性が浮かばれまい。

大使館の最大の任務は社交などではなく、邦人の保護、この一点である。

「軍艦島映像」でNHKがやっと謝罪へ

長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)を取り上げたNHK番組「緑なき島」の映像を巡り、NHKの稲葉延雄会長は30日、自民党の総務部会などの合同会議で元島民側に謝罪を検討したい考えを示した。元島民らは、この番組で使われたニセ映像が韓国で強制徴用の被害者の証拠だとして使われたと、令和2年11月以降、謝罪を求め続けたが、NHKが応じなかった。稲葉氏は韓国メディアが映像を悪用している事態にも対応していくとした。

「緑なき島」は昭和30年に放送され、今は閉山となった軍艦島での島民の暮らしぶりを伝える「風土記」的な内容だ。70年も前の放送が問題になったのは、平成27年の軍艦島の世界文化遺産登録を契機に、韓国メディアは朝鮮半島出身者が強制労働させられた証拠だと「緑なき島」の坑内とされる映像を相次いで無断使用してきた。韓国の高校の教科書にまで取り上げられていた。

坑内映像は、裸同然の採炭作業員がつるはしを振るうなど、当時の保安規定や元島民の証言と大きく食い違っている。NHKは昨年12月に東京簡裁での調停で、元島民側に対し坑内の照明に関する場面については端島炭坑内の映像であるとの確認が得られていないとし、元島民が求める謝罪には応じず、調停では「強い遺憾の意」の表明にとどめた。韓国メディアなどで映像が誤った使われ方をしている問題については、著作権の保護期間が切れていることを理由に消極的な考えを示し続けている。

これまで強弁してきたNHKがやっと過ちを認めるようになったことは喜ばしい。ブログ子は韓国で軍艦島は強制労働の地だったと騒ぎ始めた時、これはひどい、いざとなったら出るところに出ようと覚悟してきた。と言うのも、実態を少し見聞きしていたからだ。支那哲学の研究者で陸軍士官学校教授だった父は佐賀県唐津市出身だった。だから墓もブログ子の本籍地もこの地にある。長崎の軍艦島は隣の県だが、至近の距離にある。法事などで唐津に行くと従兄の何人かは軍艦島で働いたことがあり、朝鮮人とは仲良くやっていたことや、給料がすごくよかったことなどを聞き知っていた。荒唐無稽なでっち上げで事実をゆがめる韓国には我慢がならなかったからだ。

幸い憤慨し声を上げた羽島炭坑OBがたくさん出てきた。島民でつくる「真実の歴史を追求する端島島民の会」は、NHKの映像では、這うようにして作業しているが、端島炭坑は1・5メートル以上あって立って作業していたこと、映像のような裸電球ではなかったなど調べ上げ、写真の出どころは北海道の炭坑であることなどを突き付けて訂正を迫った。

それでも頑なに認めないので、会ではジャーナリストの櫻井よしこ氏が主宰する「産業労働研究会」で炭鉱の専門家らと映像の検証を繰り返し、NHK会長には面会を求め、放送倫理・番組向上機構(BPO)に苦情も申し立てたが、いずれも認められなかった。事態打開のために選んだのが、東京簡裁への調停の申し立てだった。ここで初めてNHKが歩み寄って調停が成立した。

NHKは令和3年12月に元島民側に緑なき島の映像について検証結果を報告したが、そこでも「(映像が)端島炭坑以外であるとの結論に至らなかった」としている。この見解は調停成立後も崩していない。そうした中での今回の稲葉発言だからブログ子ならずとも「やっとここまで事実関係を認めさせるところまで来たか」という思いである。

「皆さまのNHK」は公正・中立だと思われているが、なかなかどうして、とんでもないのがいる。以前このブログでも書いたが元ディレクターの池田恵理子の例を挙げよう。

「私は慰安婦問題(アジア女性戦犯法廷)番組を8本作ったが、平成8年以降、1本も通らなくなってしまった。放送が与党側に偏っている」などと自分で言っていたが、8本も作らせたNHKにも驚くが、彼女が制作した「戦犯法廷」番組の中身といえば、「国際女性法廷」なるもので、弁護人もつけずに昭和天皇を被告人として裁き、何の証拠もない「従軍慰安婦」を理由にして天皇に「有罪」を宣告するというめちゃくちゃな内容だ。

元朝日新聞編集委員、松井やよりも加わって開かれたこの裁判を傍聴した秦郁彦によれば、「天皇裕仁は……強姦と性奴隷制についての責任で有罪と認定する!」と裁判長が述べると「拍手のウェーブが広がり、鳴りやまない。総立ちになっている観衆もいる」という「法廷」だという。いやはや。

松井やよりは死んだが、池田の方はまだ健在で、東京都新宿区の早稲田大学近くのビルの2階にある100平米ほどの小さいスペースにある「女たちの戦争と平和資料館」の館長だ。壁いっぱいに慰安婦被害者10カ国・155人の顔写真が並んでいる。

やっとのことで重い腰を上げてNHKは元島民に謝罪する運びだが、この映像を利用して騒ぎまくった韓国のでたらめメディアの責任はとなると、「時効」とか「海外への責任追及はできない」とかいつも通りの言い訳の羅列である。

やりきれない。

断罪の時 N党・立花孝志とれいわ・山本太郎

オールドメディアに対する不信がピークに達し、ソーシャルメディア、すなわちSNSの存在感が大きくなったと煽り立てる向きが猖獗をきわめている。そのオールドメディアにいたブログ子としては「何を言うか。フジテレビ10時間会見でのブロガーやらフリー記者の愚昧ぶりを見よ。きちんと取材してきちんと書くというイロハも知らぬ輩と同列にするな」という思いだ。

しかし、その「オールドメディア」のだらしなさが顕著に表れている表題の2人については巷間と同意見である。


民主主義の基本である選挙制度と言うものを毀損してはばからない者をいつまで野放しにするのか。いつまで見ぬふりを続けるつもりか。司直の手が及ぶ前にメディアが立ち上がらねば、悔いを千載に残すであろう。

まずN党・立花孝志党首の方から。パワハラ疑惑を受け、兵庫県議会から不信任を議決されて失職した斎藤元彦知事は11月に奇跡の再選を果たしたが、その立役者だ。知事選にわざと立候補し「当選は目指さない。斎藤応援だ」と公言、相手候補の自宅兼事務所まで押しかけ、百条委員会の県議を脅迫するような街頭演説を行っている。明らかな選挙妨害だが、当人が候補者では手出しできない。選挙法のウラをかいた奇策である。

1月19日、斎藤知事の疑惑を究明する百条委員会の元委員である竹内英明県議が自殺した。立花党首が自宅に押しかけてくるので「家族が危険にさらされている」と訴えていた人だ。因果関係はわからないが、これで斎藤知事関係での死者は4人という異常な事態。

それなのに立花孝志党首は《竹内元県議は、昨年9月ごろから兵庫県警からの継続的な任意の取り調べを受けていました》などとXで発信。Youtubeチャンネルにも同じような内容の動画をアップし、「逮捕されるのを苦にして自殺したのでは」ということまで書き込んだ。

あまりのことに見かねたのだろう。異例なことだが、公開の場で兵庫県警本部長が「被疑者として任意の調べをしたことはないし、まして逮捕するという話はまったくございません。まったくの事実無根」と明確に否定した。

すると、あっさりYouTubeで《警察の逮捕が近づいていて、それを苦に自ら命をたったということについては間違いでございました》と謝罪したものの、《政治家をする能力がなかった人》《この程度で亡くなるんだったら、政治家、本当にやめたほうがいい》など、故人への中傷は続けるあくどさだ。

間違いを指摘されるとあっさり謝罪するか、「すりかえる」のが常套手段だ。例えば、謝罪動画を出した後もなお、「竹内県議がでっちあげをしていた」との主張をしていることについて、『報道特集』(TBS系)から、何を根拠に「でっちあげ」というのか問いただされると、「でっちあげというか僕は疑惑と言ったつもり。(竹内氏は)疑惑に対してちゃんと弁明されたらよかった」「疑惑とでっちあげとなると、ちょっと印象が違いますよね。僕でっちあげなんて言ってませんよね。疑惑ですよね」と否定する。

1月20日の自身のユーチューブで「デッチあげ」とホワイトボードに書き、発言していた事実を突きつけられると黙り込む。明確に間違いを指摘されると形ばかりの謝罪をして見せるか、言い逃れする。この手口が一貫しているのだ。

 次にれいわ新選組の山本太郎代表だ。1月24日の記者会見で、夏の参院選比例代表を巡り、当選者が任期途中で議員辞職し、次点が繰り上げ当選を繰り返す「ローテーション制度」を導入すると明らかにした。任期途中の議員辞職を確約した候補者しか公認しない方針も示した。 理由については「れいわの比例にエントリーすれば、国会議員になる可能性はかなり高まる。社会に貢献する場を提供したい」と説明した。

この党の「国会荒らし」は毎度のことだ。壇上で「茶番!」と書いたプラカードを広げたり(櫛渕万里共同代表)、
石破首相が座っている方向に向かって「さっさと辞めてもらっていいですか。いつ辞めるんですか」(大石晃子共同代)と討論の場である国会をそれこそ「茶番」にしている。埼玉県八潮市の道路陥没事故を巡り、れいわ新選組の伊藤勇樹・大阪府東大阪市議は「陥没や 国賊どもが 夢のあと」とXに投稿したり、ろくでもない所業が目立つ。

しかしこの「ローテンション制」なるものは奇策ではあるが、選挙制度の根幹をなめたものだ。憲法や公職選挙法に抵触する可能性が大である。

公職選挙法第4条において、選挙で選ばれた議員はその任期を全うすることが求められている。「れいわ」だけが勝手に3年で交代して、参議院議員に与えられている権利と待遇を他党の倍の議員が甘受するというのが許されるのか。選挙での民意が反映されない形での交代が行われることは、民主主義の原則にも反する。

憲法の趣旨にも反するだろう。「良識の府」である参議院はその職務を果たすためには、安定した任期が6年必要であるとしているのだから、その趣旨にも反する。

確かに、現行法でははっきりと違法とは言えない。それも当たり前で、国会議員の良識に期待しているからである。その裏を搔い潜るようなこの二つの党には辟易する。

中国の生成AI「DeepSeek」は使ってはならない

 中国企業が開発した生成AI「ディープシーク(DeepSeek)」が驚異的な安価で開発され、かつ最上級モデルに匹敵する性能だというので既存企業の株価を一気に下げるなど、世界的に衝撃を与えている。米NVIDIAの株価が急落、1日でトヨタ自動車の2倍分の時価総額が吹き飛んだのだから、世界は驚いた。ところが絶頂感はひと時で今では、先達技術の”盗用”であるとか、中国共産党のスパイ機能が仕組まれているとか現在ではマイナスイメージの情報であふれかえっている。

そんななか、自民党の小野寺五典政調会長は31日の衆院予算委員会で、「ディープシークに、尖閣諸島(沖縄県石垣市)が日本の領土かと尋ねたところ、『中国固有の領土だ』と事実と違う答えが返ってきた」と指摘した。

一方、オープンAIが開発した「チャットGPT」の場合は、尖閣諸島が「日本の領土であるといえる」と回答したという。「当たり前のことをねじ曲げてしまうのがディープシークだ。既に認知戦が始まっていると考えるべきだ」と強調した。

時宜を得た指摘で、やっぱりそうか、とブログ子も試してみた。生成AIの優秀性には昨年初めから啓発され自分のホームページで使っているのだ。例えば、HPで毒キノコについて書いているのだが、「ハイイロシメジの毒性について科学的解説をしてほしい」と入れると、たちどころに数十行の説明が返ってくる。いままでGoogleであちこち調べていたのが瞬時で出てくるのだからやめられない。

小野寺議員に倣って尖閣諸島の帰属について回答を求めたところ「不好意思,DeepSeek 搜索服务繁忙,请关闭联网搜索功能,或者过几分钟再试」と返ってきた。

「申し訳ございませんが、DeepSeek 検索サービスはビジー状態です。数分後にもう一度お試しください。」と言う拒否だ。早くも「学習」したらしく小野寺議員指摘のように「中国固有の領土」ではなく、繁忙理由の回答拒否である。

試しにブログ子が使っている他の生成AIでも試してみた。「ChatGPT 」では「尖閣諸島(センカクショトウ)は、現在日本が実効支配している領土です。ただし、中国と台湾も領有権を主張しており、これが外交的な争いを引き起こしています。日本では沖縄県に所属し、尖閣諸島はその一部とされています」と出た。

他に使っている「Genspark」「Felo」「Gemini」「Perplexity」、いずれも同じくきちんと日本領土という回答だった。使う側からすれば正確で、書かれている内容の情報源が明示されていればどれでもいい。しかし、DeepSeekは明らかに中国政府の意向に添った回答がプログラムされている。

DeepSeekを開発したのは梁文鋒という人物だ。1985年、広東省湛江市で生まれ、浙江大学で学部と修士課程でAIを学び、「AIは必ず世界を変える」という強い確信を抱くに至った。2008年、23歳になった梁文峰と彼のクラスメートは、マクロ経済データなどを蓄積するためのチームを結成し、2023年、梁文鋒は汎用人工知能を目指してディープシークを設立した。

つまり会社設立わずか1年で世界の株価を左右するような高度の生成AIを作り上げたことになる。優秀なAIモデルは一握りの欧米企業によって独占されている。それは最先端のAIモデルを開発するには、エヌビディアが提供しているような最先端のGPUを大量に用意し、多額のコストと時間をかけてAIのトレーニングを行う必要があるためだ。

その上に、アメリカは少し前から、中国の台頭を警戒してAI開発に必要な半導体や関連技術の輸出制限を行っている。そのため中国のAI開発者は事実上、欧米のトップAI企業が開発に使用しているような、高度なGPUや開発環境を十分に利用できない。

 莫大な投資と大量の最先端のGPUを必要とするこの開発を、ディープシークは、どのように手に入れたのか。

現在言われているのは、アメリカ企業が開発しているAIモデルを使ってAIを構築したのではないか、という疑いだ。具体的にはChatGPTや、メタ社の生成AI「Llama」(ラマ)の両方から回答方法プログラムをコピーするという方法、いわゆるAIの「アウトプット(出力=回答)泥棒」の可能性だ。

蒸留(Distillation)」という手法だ。蒸留というのは一般には耳慣れない言葉だが、簡単に言うと、既存のモデルを「教師」として、質問を投げかけてはその反応を「生徒」すなわち新たに開発したいモデルに学ばせるという手法だ。その過程を酒造になぞらえて「蒸留」と呼んでいるのである。(右図はそのイメージ=読売新聞から)

世界中で入力されたデータはDeepSeekに蓄積されるわけだが、中国では企業が保有しているデータは中国政府が収集できるという悪名高い「国家情報法」がある。要するに、DeepSeekに入力した情報は中国政府に流れる可能性が高いのだ。

結論をいうと、DeepSeekは使ってはならない。と同時に大きく出遅れている日本は一刻も早く日本版の生成AIを独力で作り上げなければならない。

 

フジテレビ10時間会見に「記者」たちの枯凋を見た

フジテレビ本社22階のホールで27日夕から28日未明まで行われた史上まれにみるフルオープンの「10時間会見」。結論を先に書くが、こんな会見ならせいぜい2時間で充分。ろくでもない下司「記者」は最初から排除した方がよい。

芸能界を引退したジャニーズの中居正広(52)と女性とのトラブルにフジテレビ社員の関与が報じられた問題で、今回に先立つ17日に開かれた会見が時間限定で、質問が許されたのは全国紙やスポーツ紙が加盟する「ラジオ・テレビ記者会」所属の記者のみだった。NHKや民放各局の記者はオブザーバー参加にとどまり、質問は許されなかった、それがけしからんというので開かれたのがこの日の会見だった。

時間制限なし、フリーの記者も全員OK、と言うのだから、はじめからフジテレビ側は白旗を上げているようなものでサンドバック状態覚悟だったろう。集まったのは専門紙やインターネットチャンネル記者、フリー記者らを含め191媒体計437人。ブログ子の経験ではこんな「大記者会見」など見たことがない。これでは統制などとれるものではなかろう。

戦いすんで…まともな記者は姿を消し、残るは・・午前1時の記者会見の様子

はたして、しょっぱなから荒れた。司会者から、女性の特定につながる情報が出れば、進行役が質問を打ち切ると話があると、「それじゃ質問できないじゃないか」と怒号が飛ぶ。会場は5つほどの区画に分けられ、順番に質問者が選ばれる方式だったが、選ぶエリアを進行役が間違えると「次はこっちだろ」とがなり立てる。質問者と言うのが、またひどいもので、「フジテレビは会社ぐるみで性上納をする会社」と決めつけ、壇上のフジテレビ幹部に向かって「使い走りに話したってしょうがない」と暴言を口にする者もいた。

それでも「負い目」を抱えるフジテレビ側は平身低頭で、暴言そのものの質問にも反論しなかったから、さすます図に乗る。質問者以外の不規則発言も相次ぎ、質問者なのに延々と、自分の主張、感想、鬱憤を経営陣にぶつけるだけの者もいた。進行役の同局社員が「質問を簡潔に」と促すと、にらみつけるような視線を向ける始末。

ある者は「なぜ日本雑誌協会には会見の取材案内が来ていないのか」と”質問”というより、詰問に終始。進行役は案内を出していないことを認めた上で「不手際だった」と陳謝していたが、これなど事務方のミスの話で、会見場ではなく、裏方で始末をつける話だろう。

落語家の立川志らくが28日「X」で「フジの記者会見、何であんなに記者がブチギレて怒鳴るの?ブチギレていいのは株主と被害者の関係者だ。きちんと質問して真実を引き出すのが記者の仕事だろうが。政治家に対してもあのくらいの勢いでやってみろ。まさに正義の暴走を見せつけられた」と一部の記者たちの姿勢に疑問の声をあげていたが、もっともなことだ。

経営陣の返答に対して、怒号を飛ばすは、マイクを持っていない人間が延々と持論を主張するなど、不規則発言もやたら目立った。今後の参考にしようと見ていた企業側担当者もいるだろうが、これでは、あらかじめ「クローズドな会見」にしようと思ったはずである。

例によって東京新聞の望月衣塑子記者も存在感を発揮していた。このブログで昨年末「メディア・テロの常連たち」で紹介した人物だが、見当違いの質問を続けてマイクを離さないYouTuber、自分の身の上話を延々と語り始めるフリー記者に交じって、「なんで私を当てないの!」「もっとちゃんと答えなさい!」。壇上のフジテレビ幹部を睨みつける”雄姿”も全部を生配信したフジテレビで全国に放送されていたから、さぞかしご満悦だったことだろう。

何よりひどかったのは、彼らが追及したフジテレビの疑惑なるものの前提が崩れていたことを誰も見抜けなかったことだ。この日の記者会見でも何度も大きく取り上げられたが、同局編成幹部のA氏が中居への「性上納」に関与していたという部分だ。週刊文春電子版が、根幹に関わる報道の一部を訂正していたことを、弁護士の橋下徹氏が、同誌が続報以降の記事で「しれっと誤りを上書きしていた」と暴露していた。

昨年12月25日付の第一報の掲載ページに訂正を載せ、事件当日の会食について、「X子さんはフジ編成幹部A氏に誘われた」としていた部分を、「X子さんは中居に誘われた」「A氏がセッティングしている会の〝延長〟と認識していた」ことが判明したとし、「お詫びして訂正いたします」としていた。

週刊文春は、。訂正記事は、フジテレビの続報などを掲載している週刊文春電子版のトップページには表示されず、訂正のあった第一報の掲載ページにアクセスしないと閲覧できない仕様になっていた。

フジテレビにとって、中居氏の女性トラブルで編成幹部A氏の直接的な関与があったかどうかは、責任の大きさを左右する決定的な争点となる。27日の会見でも、関与を否定する港浩一社長に一部の記者が詰め寄り、会見場が紛糾する場面があった。偉そうに糾弾しているが、その根底が崩れていることを「勉強もせず」怒鳴っていたのである。

会見では〝トラブル〟で被害を受けたとされる女性Aさんのプライバシー侵害などに配慮。当事者同士の間に起きたことについては言及しない前提だった。テレビ中継やネット配信では、質問者から女性の実名が出た場合は必要な編集を行った上で最低10分遅れでの放送・配信のルールで行われるというルールだった。それでも、女性の本名を挙げて質問するのがいた。ひどいものだ。

 「今回のフジテレビの会見で『週刊文春によれば』という形で質問した記者がたくさんいた。自分で取材をせず、『週刊文春によれば』のひと言で済まそうとしている。本来、記者としてあり得ない。ちゃんと取材をしてから臨むべき」(社会学者の古市憲寿氏)。

 元NHKの記者だった岩田明子氏も、「私たちは新聞記事を持って、これによればと質問することが恥ずかしいとされていました。自分でちゃんと取材先に当たって、自分で得た感触でしか質問しなかった。このあたりのスキルを高めていくというか、記者の方も構えもしっかりしていかないと」と厳しく指摘した。

国際政治学者の三浦瑠麗氏がXで総括していた。「当事者女性から聞いた話をアウティングする許可を得ていない経営陣に対して、吐け、吐けと責めるショーに見えてしまうけれど、その結果フジテレビに同情が集まってもいい、というのが質問者の判断なのだろうか」

「今後、双方の当事者が積極的に話そうとしていない性に纏わるトラブルについて、憶測でワイドショー番組にできなくなったことだけは確かだと思う。そうした報道は元々放送基準に合うものではなく、週刊誌の領域にしておけばよいというのがわたしの見解です。文春によれば、文春によれば、と連呼してボードに他社報道を切り貼りするテレビ番組が一部でもなくなるとすればよいことだ、とたぶん文春自身が思っている。やるなら自分で取材してやれと」と付け加えた。

至言であろう。

こりゃダメだ!『ルー石破!』の施政演説

年明け、比較文学の大家で、東大名誉教授の畏友から「イギリス名詩選」(川本皓嗣著 岩波文庫)が送られてきた。シェークスピアから近世までのイギリス人が愛してやまない92編の名詩集だが、目で読むだけでなくネイティブが韻を拾い抑揚をつけて味わっているように、「音読み」を意識して、「二重母音」とか時代背景の解説までついた優れた著作だが、とりわけ原詩と並んでいる彼のすばらしい和訳に惹きつけられた。

長年の取材生活で数多くの英語使い、仏語使い、露語使いを見てきたが、優れた人ほど、日本語使いの名手である。ロシア語の名通訳者にして、エッセイスト・小説家である米原万里(故人)はロシア語で「こんにちは」を何というか問われて「ズロース一丁」と言えと教えた。ブログ子は露西亜語を専攻したので少しわかかるのだが、「Здравствуйте(ズドラーストヴィチェ)」は確かにこれで通じる。笑い話のようだが至言である。

名詩に浸っていい気分になったところで、ひどい悪寒に襲われた。石破首相の施政方針演説なるものを読んでしまったのだ。

「少数与党ですから野党の皆さんから『そうだよね』と言われる環境をつくっていかなければならない」などと卑屈、且つ、回りくどい「石破構文」と呼ばれる嫌な物言いには日ごろから鳥肌が立っていたが、今回の施政方針演説でもまずコチンと来たのは、「楽しい日本」を目指すというくだりだ。なんか日本をディズニランドのようにするようなイメージで国民に日本の国柄を世界にどう示すかという姿勢が感じられない。お気楽な目標に加えて、今回とりわけ目立った特徴はやたら横文字が羅列されていることだ。曰く――

「わが国の独立と平和、人々の暮らしを守り抜くためには、バランス・オブ・パワーに常に最大限の注意を払い…
合衆国の地域へのコミットメントを引き続き確保せねばなりません」

「新しい日本を創る上で、『サステナブル』で『インディペンデント』であること、すなわち持続可能で自立することを重視しなければなりません」

「リスキリングについては、GX(グリーントランスフォーメーション)、DX(デジタルトランスフォーメーション)、スタートアップ(新興企業)などの成長分野に関するスキルを重点的に支援するとともに」

「欧米のトップクラス大学の誘致によるグローバルスタートアップキャンパス構想の実現、さらには、税制による大企業とスタートアップの協業によるオープンイノベーション支援に取り組みます」

いやはや、ひどいものだ。国民の胸にグサッと刺さるどころか、バカじゃないのと反発を呼ぶのが必至の横文字羅列である。まあ歴代首相でも役人の下書きにちょっと自分の言葉を足してお茶を濁す程度のものが多いから期待はしないが、これはひどすぎる。

今に残る尾崎行雄の桂内閣弾劾演説、「彼らは玉座をもって胸壁となし詔勅をもって弾丸に代へて政敵を倒さんとするものではないか…」を見習えとまでは言わないが、国語力ゼロの石破演説は群を抜いてひどい。

2024年の衆院選で初当選した無所属の中村勇太(はやと)衆院議員=茨城7区=が、25日自身のXを更新してこの石破演説に対して、議場から「誰かがヤジで『ルー石破!』って叫んでてクスッとしてしまった」と、日本語と英語が混じった独特の「ルー語」で人気のお笑いタレント・ルー大柴にひっかけたヤジに笑ったと明かしている。さもありなん。

50有余年の新聞記者生活で、原稿を書かせて、やたら横文字を入れる者には「これをきれいな日本語に変えろ」と指導してきた。世間一般を見渡しても「出来の悪い者ほど横文字を使いたがる」ものだ。いま、断言できるが「我が国の首相はデキが悪い」。

法律、アホちゃう?

 大阪市生野区で2018年、聴覚支援学校に通う井出安優香(あゆか)さん(当時11)が重機にはねられ死亡した事故。一審では将来得られたはずの「逸失利益」を健常者の85%と算定されたため、遺族が控訴した大阪高裁(徳岡由美子裁判長)の控訴審で、20日、平均賃金の85%とした一審・大阪地裁判決を変更し、健常者と同額を認めた。

 生まれつき重い難聴があった安優香さん。小学校の「自主勉強」には毎日欠かさず参加した。通信教育で使うタブレット端末は、使い方を教わらなくても自由に使いこなしていた。事故直後、まだ意識があり手話で「あ・ゆ・か」 と名乗ったという。

母さつ美さんは、涙を拭いながら、裁判官に感謝の言葉を伝えた。「安優香の気持ちを代弁して、自然と口から出た」と記者会見で明かした。「私の不安を安優香が全部解消してくれた。できるよ、分かるよっていう姿をたくさん見せてくれました」。

安優香さんの写真を持って大阪高裁に向かう父の努さん

当たり前の判決で、大方の人は「良かった」と思うと同時に、一審の大阪地裁判決は「アホ、ちゃう?」と思ったはずだ。だが日本の裁判所ではこうした浮世離れした法律論議がいたるところで繰り返されているのが実情だ。

法的な争点から言えば、「逸失利益の算定」方法である。両親側は約6100万円を求めたのに対し、被告の運転手側は「障害があると進学や就労に困難が伴う」などとして、60%が相当だと反論していた。

23年2月の一審判決は、安優香さんには十分な学習意欲や周囲の支えがあり、難聴を補う音声アプリの普及やテクノロジーの進展といった社会の変化を踏まえれば「様々な就労可能性があった」と判断したものの、一方で「聴覚障害が労働能力を制限しうること自体は否定できない」として全労働者の平均賃金の85%が相当だと算定した。控訴審で、遺族側は全労働者の年間平均賃金を基礎とすべきだと主張した。

高裁判決では、平均賃金で逸失利益を算定することに「顕著な妨げ」となる事情はなく、減額する理由はないと結論づけた。やっとまともになったのである。

同じく、常識にそぐわない裁判が昨年末あった。シンガー・ソングライター、さだまさしが昨年12月16日産経新聞に「法律、バカじゃない?『194キロ暴走』事件、危険運転論争への疑問」と正論を述べていたが、素人の方がマトモな時がある。

(要旨)
一般道を時速194キロという尋常ならざる速度で暴走し、衝突事故を起こして相手を死亡させてしまったら当然「危険運転致死罪」が適用されると思う。弁護側の「真っ直ぐの道路を走ることが出来たのだから自動車を『制御』出来ていて、危険運転ではない」という主張は誰が聞いてもおかしい。制御出来ないから事故を起こしたのだろうに。

このニュースを聞いた僕のスタッフが思わずため息をついた。「法律、バカじゃない?」。誠に同感。裁判官、弁護人、検事、被告を乗せてその道路を時速194キロで走って見てから裁判を始めると良い。

当初この事故は「過失運転致死罪」として裁かれ、後に「危険運転致死罪」とされたが量刑は危険運転致死罪としては短い部類の懲役刑だった。一方この9月、埼玉県川口市では時速100キロ超の速度で一方通行を逆走した車が衝突事故で相手を死なせたのに、その道路の法規上の扱いからか「過失運転」で決着している。誠に法律とはややこしいもののようだ。

◇ ◇ ◇
ブログ子は地方記者時代の「名張毒ぶどう酒事件」から社会部記者時代含め、数多の事件・事故現場と裁判を見てきた。「おかしな裁判」も数多くあった。書き連ねれば本の一冊、二冊ぐらい書けるほどだ。

裁判でなく”事件”だが、四日市南署で繊維工場の女子寮で事件があった。3,4人に犯されたという。スワッ強姦事件と思ったら、何番目の男は知っている人で強姦ではないと当人が言う。記者クラブの何人かとデカ長が刑事訴訟法を広げて「研究」したこともある。

これなど、まだご愛敬だが、裁判所も弁護士も重箱の隅をほじくり返す法律論に明け暮れるよりも「常識」第一に、まっとうな判断をしてもらいたいものだ。

*タイトルは文中にある、さだまさしの「法律バカじゃない?」からもらいましたが、関西では「バカ」より「アホ」が一段と格上なのに鑑み、表題のようにしました。

今日からアメリカが認める性別は男性と女性だけだ

前回このブログの「トランプ2.0でいいこともあるぞ」を読んでいただき、同調していただいた方は快哉を叫んだのではなかろうか。

トランプ新米大統領は20日の就任演説で「きょうから連邦政府が認める性別は男性と女性だけだ」と宣言した。「ジェンダー・イデオロギーの過激主義から女性を守り、連邦政府に生物学的真実を取り戻す」と題する大統領令に署名した。

要旨は次の通り。

合衆国憲法および合衆国の法律によって大統領として私に与えられた権限により、ここに次のことを命じる。

目的。全米で、性の生物学的現実を否定するイデオローグが、男性が女性として自己認識し、女性の家庭内暴力シェルターから職場のシャワーまで、女性のための親密な単一性のスペースや活動へのアクセスを可能にするために、法的やその他の社会的に強制的な手段をますます行使するようになった。

これは間違っている。

性の生物学的現実を根絶しようとする努力は、女性から尊厳、安全、幸福を奪うことで、女性を根本的に攻撃するものだ。言語や政策から性別を抹消することは、女性だけでなく、米国のシステム全体の妥当性にも腐食的な影響を与える。

真実に基づいて連邦政策を立てることは、科学的な調査、公共の安全、士気、そして政府自体への信頼にとって重要だ。

この不健全な道は、生物学的・科学的な用語の通常かつ長期にわたる使用と理解に対する継続的かつ意図的な攻撃によって「舗装」され、性の不変の生物学的現実を、生物学的事実から切り離された内部的で流動的で主観的な自己感覚に置き換えている。

「女性」という真の生物学的カテゴリーを無効にすることは、性に基づく機会を保護するための法律や政策を、それらを弱体化させる法律や政策に不適切に変え、長年にわたって大切にされてきた法的権利や価値観を、アイデンティティ-に基づく緻密な社会概念に置き換えることになる。

したがって、私の政権は、女性が生物学的に女性であり、男性が生物学的に男性であると認識する明確で正確な言葉と政策を用いて、女性の権利を擁護し、良心の自由を保護する。

またブログではパナマ運河への中国の侵略を書いたが、これにも明白に中国の名前を挙げて「取り戻す」と宣言した。

間もなく、われわれはメキシコ湾の名前をアメリカ湾に変える。パナマ運河(アメリカの船舶の多くはメキシコ湾を南下してパナマ運河に向かう)は、愚かにも米国がこれまでのプロジェクトに費やした金額よりも多額の資金を費やしながら、パナマ国に与えられた。私たちはこの愚かな贈り物によって、非常にひどい扱いを受けた。何よりも、中国がパナマ運河を運営している。そしてわれわれはそれを取り戻そうとしている。

何よりも、国民に伝えたいのは、今こそ歴史上最も偉大な文明の勇気と活力をもって行動すべき時だということだ。われわれはひるむことはない。子供たちを安全で健康に、そして病気のない状態に保つ。米国は再び自らを成長国家とみなすだろう。富を増やし、領土を拡大し、都市を建設し、国旗を新しい美しい地平へと掲げる国家だ。そしてわれわれは米国人宇宙飛行士を火星に送り、星条旗を立てる。

多くの人が、私がこのような歴史的な政治的カムバックを果たすことは不可能だと思っていた。しかし、ご覧のとおり、私はここにいる。国民の声は届いている。不可能なことは決してないという証拠だ。

ブログ子は高校時代、1961年のジョン・F・ケネディの就任演説に感動した。「諸君、国家が君のために何を成し得るかを問うな、君が国家のために何を成し得るかを問え」。当時出たばかりの朝日ソノラマで再生して何度も聞いたものだ。それに匹敵する力強い演説だった。

日本の政治家でこうした力強い演説をする人物を見たことがない。党利党略、世間に阿(おもね)る駄弁ばかりだ。明日からトランプをくさす日本の数多の左巻きメディアの論調が出ることだろうが、私は「トランプ2.0」に期待するところ大である。

「トランプ2.0」で良いこともあるぞ

ドナルド・トランプ氏が迎える2度目の米大統領就任式が目前だ。内外の報道は「関税の掛けあいで世界は経済混乱」とか「グリーンランドとパナマまで領土拡張欲の暴挙」とか「さあ、大変だ」と慄き、身構える論調が溢れている。はたしてそうだろうか。ブログ子は逆に「トランプ2.0に」期待するところ大である。

ここ何年か、LGBT、移民・女性・黒人などの権利擁護、夫婦別姓・・・気持ちの悪い一部の人間の声高の叫びが堂々とまかり通ってきた。

中世以降の我が国の伝統は夫婦が同じ苗字で暮らすということだった。何の不都合もなかった。それなのに立憲民主党はじめ自民党の一部が「夫婦別姓」を導入しようとしている。夫婦別姓では子供は必ず、父母のどちらかと苗字が違うことになる。結果、戸籍にはありとあらゆる苗字が飛び交い、最終的に戸籍は破壊される。「国籍証明」も「出産、死亡、婚姻」などの証明も困難になる。結果、外国から来る「なりすまし日本人」を判別できなくなる。

なのに石破首相は「夫婦が別姓になると家族が崩壊するとか、よく分からない理屈があるが、やらない理由がよく分からない」と鈍感を通り越して愚鈍な反応を繰り返してる。やってみよ。即座に自民党は壊滅することだろう。

調子に乗って、国連の女性差別撤廃委員会は昨年10月29日、わが国も締結している女性差別撤廃条約に基づいて、皇位継承資格を男系男子だけに限定する日本の皇室典範を改正して男女平等を保障するよう、日本政府に勧告する無礼を働く始末だ。

裁判所までこの流れに棹(さお)さす。「同性の伴侶を法的に認めろ」という同性婚訴訟に、憲法違反だとする高裁判決を3つも出している。同性同士の婚姻を認めていない民法や戸籍法の規定は憲法違反だとして、同性カップルが国に損害賠償を求めた訴訟では、幸福追求権を保障した憲法13条と法の下の平等を定めた憲法に違反するとの判断だ。

おかしいではないか。古来日本では、神様も時には過ちを犯すものだ、と同性愛には寛恕だった。民俗学者、折口信夫は相手を「養子」にして同性婚をはたして今も同じ墓に入っている。周りもこれを受け入れて何も問題なく過ごしている。わざわざ憲法など持ちださなくても日本では法的に何ら問題なく扱われているのである。土台、憲法作成時に「結婚は両性の同意に基づき」とあるごとく、同性婚など想定していないのは明白だ。裁判などにはなじまないことだ。

なぜこんなことになったか。上記の諸問題はすべてアメリカ民主党が左傾化した挙句持ち出してきた「グローバリズム」とか「多様性」とかから始まっている。アメリカの主要メディアはほとんど民主党一辺倒だから、こうした発信を受け取る世界各国のメディアも国際機関も、その影響を受けて「リベラル左派」に染まるからである。

一般的に「多様性」というのは、さまざまな種類や傾向があることの意であるが、リベラル左派から「人種や国籍、性別、年齢、宗教、性的指向、価値観などの違いを認め、尊重し、受け入れ、共存しよう」と言われれば、多くの人は、なるほどその通りだと頷くほかないだろう

「あらゆる価値観を認め、尊重し、受け入れ、共存しよう」というなら、攻撃的だったり、排他的、暴力的、破滅的だったりする価値観も多様性の一環として認めねばならないことを、彼らは言わない。卑近な例でいえば、10日に広島地裁で開かれた中核派活動家5人の裁判である

罪状は令和5年の平和記念式典で彼らのデモへの対応をした広島市職員に集団で暴行したとして、暴力行為法違反罪に問われたのだが、5人は裁判長に向かって「軍事法廷じゃないか!」「違法なのはお前だ!」と叫んで法廷は収拾がつかないほど混乱した。こんな連中にも「多様性」を認めろという方がおかしかろう。

「トランプ2・0」はこうしたまやかしの「多様性」を是正してくれるのではないかと言う期待がある。早くもその動きが顕在化した。

6日米マクドナルドが多様性確保に向けた目標を廃止することを明らかにした。同社はこれまで少数派の権利向上を目指す取り組み「多様性・公平性・包括性(DEI)」の目標達成を求める誓約を従業員に求めてきたが、これを廃止することにした。

また管理職に占める女性比率を45%、人種・性的少数者の比率を35%に引き上げることなどを掲げていたが、取りやめる。

米社会で多様性推進に向けた企業の取り組みに関する受け止めは変わり始めており、これまでの行き過ぎた配慮への反発が広がっている。米証券取引所ナスダックや小売り最大手ウォルマート、航空宇宙大手ボーイングなども多様性への取り組みを見直すことを決定した。

トランプはまた、グリーンランドとパナマ運河の獲得をぶち上げた。これに対しても、「アメリカ一極主義と帝国主義」とブーイングが出ているが、ブログ子は違うと思っている。

地球温暖化により北極圏航路の重要性は高まっている。1958年(昭和33年)8月8日、アメリカの世界最初の原子力潜水艦「ノーチラス」が北極点に到達した。北極航路を最初に切り開いたのはアメリカだが、現在、ロシアと中国の船舶(軍用船を含む)が北極圏を経由して、ヨーロッパとアジアを行き来するケースが激増している。

この航路上にあるのがグリーンランドで、中国はさらに、グリーンランドに3つの空港を新設または整備することをもくろみ、2019年に米国防総省に阻止されている。それでもレアアース(希土類)を採掘するための、中国の積極的な投資は続いている。

中国が狙うグリーンランドはデンマークの自治領で、防衛はデンマーク軍の統合北極圏司令部に頼っている。その構成は兵士130人、犬ぞりチーム6つ、航空機1機、ヘリコプター2機、哨戒艇7隻という簡素なもの。日本の6倍の面積を持ち、赤道の長さにも匹敵する複雑な海岸線を持つ島と周辺海域を守るには、あまりにも貧弱である。

パナマ運河は、アメリカにとって直接的な重要性がはるかに高い。なにしろアメリカ発着の貨物船の40%が利用するほか、大西洋と太平洋の間で「配置換え」をする米海軍艇のほぼ100%が通過する。

20世紀初めにアメリカの資本で建設されたパナマ運河は、長らくアメリカの管理下にあり、両岸にはいくつもの軍事施設が建設された。ところが1977年、良心的なジミー・カーター大統領が米議会の反対を押し切り、わずか1ドルの対価でパナマ政府に運河の主権を返還した。

だが今は、中国がアメリカに次ぐ運河の利用国となっている。それを反映して、パナマ政府は2017年、それまで承認していた台湾との外交関係を断絶して、中国との国交を樹立した。現在、香港の海運最大手ハチソン・ワンポアが、運河のカリブ海側玄関と太平洋側玄関に位置する港の独占的管理権を保有する。中国は米国にあてつけるように2018年12月、習近平夫妻がパナマを訪問して大統領夫妻との蜜月写真(写真右)をばらまいている。

つまり、トランプがグリーンランドとパナマ運河でやっていることは、中国が手を広げている利権獲得の触手の最先端にアメリカが関与することを宣言する安全保障策なのだ。トランプは領土拡張主義者などではなく、着々と中国への対抗策を打ち出している先見の明の持ち主なのである。

大方のメディア、識者と見解は違うが、「トランプ2・0」に期待する所以である。

今や、「週刊文春」の取材力は新聞を上回った

東京女子医科大学の女帝として長年、私腹を肥やしてきた、岩本絹子元理事長(77)がついに逮捕された。


この事件を最初にえぐり出したのは「週刊文春」である。スクープは2022年4月に始まり足掛け3年にわたる。この間、大手新聞社で追随したところは一社もない。社会部の取材力が圧倒的に落魄していることを実感している。

東京女子医大の名前に接するのは、昨年末、ここの卒業生である東京美容外科の女性医師がグアムでの解剖研修に際し、献体の前で「イエーイ!」と記念写真をSNSに挙げて非難されで以来である。このブログでも「医道 地に堕つ」とのタイトルで書いたばかりだが、ブログ子は3年前から、東京女子医大関係の裏表に関したを記事を保存して、事件の経過には注目してきた。

個人的には先輩記者が遺言でこの女子医大に献体していたことや、岩本理事長の出自が、ブログ子の本籍地である佐賀県唐津市であることも注目した理由である。

ブログ子が現役記者のころ「東京女子医大にこの人あり」、といわれた心臓外科の世界的権威として知られた榊原仟(しげる)氏の見解を何度か取材していたこともある。1968(昭和43)年 札幌医科大の和田寿郎教授が日本初の心臓移植手術をした。ドナーは、海で溺れた当時21歳の男子大学生だが、移植をめぐり、脳死判定や移植の緊急性などで疑惑が浮上し、和田教授は殺人罪などで札幌地検に告発された一件である。このため日本の移植手術は大きく出遅れたとされる。

そんなことで大量の東京女子医大の”女帝”の「切り抜き」があるのだが、読んでみると、裏付けと言い、事件のキーパーソンへの食いつきといい、文句のつけようがない完璧さなのだ。

「納戸にあった大きなスーツケースを開けたら帯封付きの札束があふれ出てきた。総額は1億5000万円。その横には金塊2キロが積み上げられていて、部屋の中はブランド品が山のようにあったのです」(捜査関係者)

その守銭奴ぶりがわかるが、彼女が私腹を肥やした金額は、こんなものではない。現在表に出ているのはまだ1億3000万円だが、それどころか数億円以上になることや、ほかの余罪が続々と出てくることは間違いない。警視庁の調べは週刊文春の完璧な取材の「後追い」になるのだろう。

そんな週刊文春の取材力を育てたのは産経新聞社会部だという。文芸春秋に40年間勤務した木俣正剛氏(現:岐阜女子大の副学長)が述懐している。

「入社した当時(1978年)の『週刊文春』は、取材力も人脈もない情けない雑誌でした。警察官にも検察官にも政治家にも直接取材ができる記者などいなくて、何か事件があると担当の新聞記者に聞いて回ります。、当時の世相は物騒でした。1974年8月30日に三菱重工爆破事件が起きました。死者8人、重軽傷者376人。この事件を完全スクープしたのが産経新聞キャップの福井惇さん(その後社会部長)です」

「特に文春編集部が頼ったのが福井社会部長でした。福井氏は、週刊誌だからと小馬鹿にしない優しい人でした。電話でお願いすると、すぐに隣にある別の電話で、その事件の担当記者を呼び出し、「俺のダチ公がよう、文春にいて、あの事件取材して困ってるんだ。手伝ってやってくれ」と、いつもの低音のかすれ声で電話してくれるのです。どれだけ助かったことか」

福井惇さんの持論は「これからはテレビの時代になるだろうが、少なくともスクープだけは新聞は負けない。新聞の未来はスクープにかかっている」というものでした。

ブログ子は福井さんが警視庁キャップの時から、のち大学教授になってからも呑み屋からいろんなパーティーまで親しく付き合ったから、その通りの人柄であることは保証する。最後に会ったのは2014年1月の彼の弟子筋の記者の葬式だったが、その10か月後福井さんも旅立った。

福井さんは「スクープだけは新聞は負けない」と言ったそうだが、残念ながら今や、新聞は週刊文春に負けている。忸怩たる思いだ。

またぞろ正月から、韓国の「旭日旗」騒ぎ

日本との関係改善を積極的に進めていた尹錫悦大統領が、非常戒厳令の失敗で「死に体」に陥ったとたん、韓国の「反日病」が息を吹き返した。

日本の漫画家の賀状に「旭日旗」が描かれているといって”偉そうにも”謝罪と反省、歴史の学習を求めてきたという。ブログ子はこの漫画に限らず手塚治以降のマンガを読まないので知らなかったが、経緯はこうだーーー

人気漫画「金色のガッシュ!!」などで知られる漫画家の雷句誠氏が5日、X(旧ツイッター)を更新してその内容を紹介した。

雷句氏は1日にⅩで新年のあいさつを行い、現在連載中の「金色のガッシュ!!2」のキャラのイラストを添付した(写真左下)。この年賀状風のイラストに韓国のガッシュファンを名乗る人物から声明文(写真右下)が届いたという。

雷句氏は「自分が描いた年賀状の背景が旭日旗を表現しているように見えるから、謝罪と絵の削除を求める声明文が来ました。声明文では謝罪や撤回を求めるものです。この年賀状のイラストは日本の読者に向けて、おめでたい雰囲気の年賀状を届けたくて描いた。ということです。韓国の方々に不快感を与えるために描いたのではありません。ハッキリと言っておきます」とイラストの意図を説明した。

その上で「この声明文に対する答えですが、もちろん旭日旗に関する表現はこれからも注意いたしますが、今回の謝罪や絵の削除といった要求には応じられません。という結論です」と回答した。

理由のひとつとして「この声明文の要求を受け入れ、絵を削除したならば、世界中で絵を描く人たち全てがこの日の出の表現が描けなくなります。長い時間をかけて作った絵も、韓国の方の一言で、削除しなければいけなくなります」と、表現の萎縮につながることを挙げた。

イラストを見れば分かる通り、こんなもので「旭日旗」と騒ぐ方が「ビョーキ」でしかない。謝罪と反省をきっぱりと拒絶したのは至極当然のことだ。

美容外科・高須クリニックの高須克弥院長(79)も1月5日、この騒動についてXで言及した。

「ゆすりたかりの言いがかりみたいw」
その後の投稿では、朝日新聞の社旗を写した写真を公開しながら「これは?」ともコメントしている。

これまでの旭日旗騒動では、日本側か早々に引っ込めるケースが多いが、今回は堂々と反論し、韓国の「反日病」をたしなめる反応ぶりで、日本もだいぶ大人になった感じだ。

ブログ子は彼らが「韓国のガッシュファンから」と名乗る声明文を見てこれは多分、誠信女子大の徐坰徳(日本読み じょ・けいとく)教授本人=写真右下=かその取り巻きだと推測した。

理由は声明文にある①旭日旗の歴史的意味を知り謝罪と釈明 ②問題作品の撤回および修正 ③歴史的事実に対する再学習ーーという文言を見てのことだ。この教授が至る所で叫んでいることと同じコピーであるからだ。

この男はありとあらゆる「旭日旗」に見えるものを探しだしてはイチャモンを付けるのを業としている。米紙やニューヨークのタイムズスクエアにある電光掲示板に反日広告を出したり、来日して松江市内の竹島資料室に一般客として入り、写真撮影をして島根県の啓発展示のイラストを無断使用して領有権を訴えるなど、ネットを使った反日活動で知られる。従軍慰安婦で国会議員にまで昇進した尹美香と同様に「強請(ゆすり)集り(たかり)」を飯の種にしている唾棄すべき輩なのである。

このブログでは再三再四、岸田前首相や外務省の甘い対韓政策を指弾してきた。韓国艦による「レーザー照射事件」では韓国軍はやったこと自体認めないで「ウソ」を通しているのに、「以後、未来志向で」といういつものカラ言辞に日韓スワップまであらゆる対韓カードをみな切ってしまった。今、韓国は大幅なドル不足に陥っている。文在寅が啖呵を切って蹴っとばした日韓スワップが復活したおかげで、何とか苦境を乗り越えられそうだと、韓国側はほくそ笑んでいることだろう。

今回の「旭日旗」漫画騒動を見てもわかる通り、この国は信義に悖る行為を常とする。年末、己が業績を顕示しようとしてか、退任前の岸田首相(当時)はわざわざ韓国詣でをしようとした(クーデターまがいで中止)、その後も岩屋毅外相が訪韓にご執心だ。

韓国や中国相手では「揉み手」して出かけるものではない。毅然と日本の国柄を示すことが何より大事だ。たかが漫画ではあるが、黙認しているとつけ上がる。反日の芽は早めに摘みとらねばならない。

鉄は国家なり

日本製鉄によるUSスチール買収はバイデン米大統領が3日に買収禁止を命じて頓挫した。

ブログ子は中高校時代から「鉄は国家なり」という言葉を教えられてきた。だから、逆にUSスチールが日本製鉄の買収を仕掛けてきたら、日本でも「国内で所有、運営される強力な鉄鋼産業は国家安全保障の優先事項であり、強靭な供給網にとって欠かすことができない。国内に鉄鋼の生産能力を保有し、そこで働く労働者がいなければ、米国は弱く不安定化する」と言ったバイデンと同じ理由を挙げて反対運動が起きたであろうことは、容易に想像できる。

だが、今回のケースは違う。「鉄は国家安全保障の優先事項である」と言う点はバイデンの言うとおりである。その次に挙げている「国内に鉄鋼の生産能力を保有し、そこで働く労働者がいなければ、米国は弱く不安定化する」のくだりに、「中国を利することになる」と入れればわかるが、競争力を失って大量の失業者を抱えることになるのは米国なのである。

何よりも実態を知っているUSスチールのデビッド・ブリット最高経営責任者(CEO)が「恥ずべき腐敗したものだ。組合員とは無縁の労働組合幹部に政治的見返りを与える一方、我が社の将来と労働者、我が国の国家安全保障を傷つけた」と痛烈に批判する声明を発表したことを見てもわかる。

 ブリットCEOはさらに続けて「経済や国家安全保障上の同盟国である日本を侮辱し、アメリカの競争力を危険にさらした。中国共産党幹部は北京の街頭で小躍りしている」として、バイデン氏の命令が中国を利する行為だと主張。「私たちと会うことすら拒否した」とバイデン氏を名指しで非難し、買収はUSスチールや米国にとって最善の選択であると改めて主張し「バイデン氏の政治腐敗と戦うつもりだ」として、命令撤回を求めていく考えを示した。

「鉄は国家なり」という言葉はドイツを武力統一したプロイセン王国・ドイツ帝国の首相のビスマルクの演説に由来している。日本では1901年に初代首相の伊藤博文が官営八幡製鉄所の火入れ式で初めて使用した。鉄は強度が高く、耐久性があり、加工が容易なため、多くの産業で使われてきた。

伊豆にある韮山反射炉を見てもわかるように、日本は早くも江戸幕末から鉄と取り組んできた。反射炉とは、金属を溶かし大砲などを鋳造するための溶解炉だが、この技術あって、日清・日露戦役など多くの戦争で勝利に貢献したのは日本の鉄工業あってのことだった。

戦後も日本の鋼板技術は世界一を誇ってきた。鋼板は厚板と薄板とに大別されるが、前者は大型船舶の造船に、後者はプレスして自動車のボディーをつくるのに欠かせない。日本の鉄鋼業は数多くの特許技術を含み、他国の追随を許さなかった。

現在、造船業と自動車産業で世界のシェアをほぼ独占しているのは韓国と中国であるが、その技術はみな日本から得たものだ。

韓国の鉄鋼業は、ゼロから日本からの技術移転を受けて発展してきた。日本の鉄鋼メーカー(特に新日鉄や住友金属)から「ポスコ(POSCO)」に日本の技術を丸ごと移転したものだ。何か所もの高炉建設まで建設してあげた。日本の金と技術を与えて完成したのだが、その韓国たるや、何をしたか。単なる出稼ぎなのに「新日鉄は韓国人を徴用工としてただ働きさせた」と補償を求める始末。近世でこれほどの「恩知らず国家」は珍しい。

そのまた上を行くのが中国である。中国の鉄鋼業はソ連から多くの技術援助を受けて発展してきたが、ソ連の技術水準は低かった。日本と韓国の技術も取り入れる必要に迫られた。1970年代~1980年代: 改革開放政策が進む中で、「日本と韓国の技術を取り入れて」というと聞こえはいいが、ほとんどは「盗んで」現在の隆盛に至っている。

世界の鉄鋼市場は、景気低迷で内需がしぼむ中でも平気で過剰生産を続ける中国の輸出拡大が市況を荒らしている。市場原理も何もあったものではない。共産主義の破綻が世界中で明白になった中で鄧小平が「一国二制度」というまやかしをもちこんだためだ。政治は共産党の一党独裁、共産主義は使い物にならないから経済は資本主義という「怪物」は巨大な国家予算を好きなように使えるから、経済原則など無視して補助金、交付金、関税・・・みな動員して市場独占をはかる。独占したところで好きなように世界中を牛耳る。「悪貨は良貨を駆逐する」は経済学の基本だが、こんな国にいいように資本主義を利用されたのでは、正義も何もあったものではない。

アメリカの鉄鋼業は今や疲弊を通り越して破綻の寸前にある。日本の鉄鋼業は右肩下がりではあるがまだ先端技術を保持していて中国や韓国に対抗できる力がある。「大よく小を呑む」ではなく、同盟国で、信頼関係がある日本とアメリカが協力すれば、中国の市場独占を阻むことができるのだ、今なら。何より「盗人猛々しい」国に「一矢報いる」という大義名分がある。

買収できなかった場合、日鉄はUSスチールに5億6500万ドル(約890億円)の違約金を支払う契約となっている。日鉄は米政府の命令が法令違反に当たるとして、米政府を提訴する方針だが、トランプ次期大統領もこの買収には反対だから、至難の業である。

日本の鉄鋼業は韓国にほぼタダ取りされ、それがまた中国に盗まれ、最後に習近平が高笑い・・・

こんな不条理は許されない!!

沖縄県民斯ク戦ヘリ

陸上自衛隊第15旅団(那覇)は今年元日から、公式ホームページ(HP)をリニューアルし、昨年10月末から掲載を見合わせていた沖縄戦司令官の辞世の句を再び掲載した。

ブログ子はこのニュースを快哉とともに受け止め、自衛隊は今後も沖縄の「マスゴミ」に惑わされることなく、前を向いて進まれんことを希求する。

いつものように、産経新聞にしか掲載されなかったので、これまでの概略を書く。

先の大戦末期の沖縄戦で旧日本軍を率いた牛島満司令官が沖縄の再興を願って詠んだ辞世の句が第15旅団のHPに掲載されたのだが、地元メディアの報道をきっかけに、一部の市民団体などから「自衛隊による旧日本軍の美化」といった反発が出て、自衛隊側はいったん引っ込めていた。

沖縄戦では、日米約20万人が戦死し、沖縄県民の4人に1人が犠牲になった。日本側の指揮をとった牛島満(うしじま・みつる)中将は、1945年6月22日(23日)に摩文仁岳中腹の司令部壕内で自決して組織的戦闘が終結したのだが、この時、祖国の復興を願って辞世の句を残した。

《秋待たで 枯れ行く島の 青草は 皇国の春に 甦らなむ》

この辞世の句は平成30年から旅団の沿革を紹介するページに掲載された。沖縄が本土復帰を果たした昭和47年、旅団の前身にあたる臨時第1混成群の初代群長を務めた沖縄出身の桑江良逢(りょうほう)氏の訓示とともに、この辞世の句を残した、その歴史的資料として示していた。

ただ、掲載から約6年が経過した昨年6月になって、地元紙が疑問視する報道をすると、県内の一部識者らが「県民を犠牲にした日本軍と自衛隊のつながりを示し、美化するような内容」などといっせいに批判し始めた。

「陸自HPリニューアル 日本軍との連続性を絶て」(琉球新報社説)
「陸自HPに牛島司令官の句 極めて不適切 削除せよ(沖縄タイムス社説)

沖縄タイムスなどは陸自大宮駐屯地の第32普通科連隊が、「大東亜戦争最大の激戦地硫黄島」と書いたといっては文句をつけ、陸自幹部や宮古島駐屯地の幹部らが制服を着て神社に集団参拝したといっては非難する、いわばこの種のクレーマーとしての常連で、ほっとけばいいものを、防衛省は「誤解を招いた」として「大東亜戦争」などの語を削除したりするものだから、つけあがる。今回のように毅然とした対応をとれば、おのずと淘汰されるものだ。

細かいようだが、復活した辞世の句は、

《秋を待たで 枯れ行く島の青草は 御国の春に よみがえらなむ》

と掲載されている。「皇国」の言葉への反感を考慮したものだろうが、無用である。最初に書かれた「臨時第1混成群史」に掲載された記述に合わせた、というが、この時代は「皇国」が普通だったはずだ。「秋待たで」が「秋を待たで」と修正されているが、これも和歌の作法では「秋待たで」であろう。

ブログ子は読むたびに胸ふさがれる文章が二つある。一つは靖国神社で展示されている特攻隊員の遺書であり、もう一つは1945年6月、沖縄の地下に掘られた洞穴で、海軍司令官の大田実海軍中将が自決直前に海軍次官にあてた電文である。

「沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ 賜ランコトヲ」

その通り、政府は昭和24年から「沖縄振興特別措置法」(通称 おきしん)を毎年3000億円交付している。本土では誰一人反対ないが、沖縄メディアは米軍基地の維持に「ほとんど」持っていかれていると増額を毎年のように要求している。

ブログ子は沖縄には復帰直前の米軍施政下からこれまで10数回訪れている。取材内容が政治的なことだったせいもあるが、どちらかと言えば沖縄タイムス的な言辞を弄する人の方が多かった。対して東京で出会った沖縄人は故郷「琉球」への想いは強いが、左翼に傾く故郷を憂える人が、多かった。

その一人、沖縄出身の女性音楽家「金井さん」は沖縄で音楽会を開くも東京の住まいから帰るそぶりは一切なかった。「知念」氏は警察庁のキャリア官僚で神奈川県警刑事部長の時仲良くなり、佐賀県警本部長のとき、我が家の出自が佐賀県唐津なので虹の松原で松露まんじゅうを食べなさいとアドバイスしたものだが、九州からもう少し先の沖縄にはあまり行かなかった。あれはきっと、故郷に跋扈する左翼嫌いのせいだろうと思う。

彼ら「沖縄左翼」がまだ自分が日本人だと思うのなら、ぜひに上述の「沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ」を熟読玩味されんことを願う。

カーター元米大統領死去。ブログ子が指しで会話した思い出

米国のジミー・カーター元大統領が29日、ジョージア州の自宅で家族に見守られながら亡くなった。100歳は大統領経験者として史上最高齢だった。

バイデン大統領が「言葉ではなく、行動で評価される人生を送った」と、国葬で送るというのは、同じ民主党だから当然として、 何事も人を貶すトランプ次期大統領が、「哲学的にも政治的にも全く意見が合わなかったが、彼が国を愛し、敬意を払っていることも知っていた。米国をより良い地にするために懸命に取り組み、そのことに最高の敬意を表する」と述べるほど惜しまれての他界は珍しい。

カーター氏は77~81年の在任中、冷戦中だったソ連との緊張緩和に努めたほか、退任後も世界各地で紛争調停などに取り組み、2002年にノーベル平和賞を受賞した。ブログ子は、自分のホームページで「ノーベル平和賞と文学賞はいらない」と書いているほど、平和賞の価値を認めないが、カーター氏だけは別である

ジョージア州知事を経て、1976年の大統領選で民主党候補として勝利した。並みの大統領と見られていたが、「人権外交」を掲げ、78年9月、エジプトとイスラエルの両首脳を大統領山荘キャンプ・デービッドに招き、和平協定「キャンプ・デービッド合意」を仲介し、歴史的な成果を上げた。

 また、ソ連との核軍縮にも力を入れ、79年6月にはソ連の指導者ブレジネフ共産党書記長との間で、戦略兵器の運搬手段総数を米ソ対等にするなどとした第2次戦略兵器制限条約(SALT2)に調印した。在任中には中国との国交正常化も実現させた。

 79年に起きたイラン革命後の米大使館人質事件では、イランと国交断絶したうえで人質救出作戦を決行したが、失敗に終わり批判を浴び再選を目指した80年大統領選で共和党のロナルド・レーガンに敗れた。

退任後はカーター・センターを設立し、精力的な活動でアフリカやアジア、中東、中米など世界各地で民主主義の推進や紛争調停に尽力した。84年には米大統領経験者として初めて被爆地・広島を訪問し、広島平和記念資料館を見学した。94年には北朝鮮が核開発を加速させ、米韓との対立が高まる中で平壌を訪問。当時の最高指導者だった 金日成キムイルソン 主席と直接交渉の末、危機を回避した。立派なものである。

私はカーターさんと立ち話ながら一言二言談笑して握手したことがある。 彼が引退した直後、アメリカ南部、ジョージア州の州都アトランタでのことだった。といっても政治的な話や取材の上でといったことではない。 「あなたの大事な美女をお借りしますよ」(カーター)「日本からのプレゼントです」(私)というやりとりをした。 思わせぶりにみえるがこういうことだ。 

アトランタは①映画「風と共に去りぬ」の舞台であり、作者マーガレット・ミッチェルの誕生の地。 ②郊外の花崗岩の崖に大統領など南北戦争の英雄が彫られたレリーフがある。③コカコーラの発祥の地。 この三つがすべてで、あとなにもないところだ。マスコミに身を置いていたら忘れてはならない、 世界最大のテレビネットワーク、CNNの本社もあるではないかといわれそうだが、知ったのは帰国した後の話である。 私はその夏、取材に訪れていた。

映画にちなんで、毎年「ミス・スカーレット・オハラ」コンテストが開かれていると聞いて、その年選ばれた美女とホテルのロビーで会っていた。彼女はこのあとの撮影用に、ヴィヴィアン・リーが 映画から抜け出たような、大きな裾のドレスを着ていた。

一方、アメリカの大統領は引退すると郷里にその名前を冠した図書館をつくるのが恒例だという。そのオープニングのためにやってきたカーターさん一行と私が同じホテルだった。リムジンが何台も並び大勢のシークレットサービス に取り囲まれてエレベーターから降りてきたところで、私と”デート”している派手な美女が目に付いた。同行しているカメラマンへのサービスで、(私抜きで)美女と前大統領が並んだ何枚かの写真を撮ったときの会話が上のやり取りである。

ついでにいうと、彼女と撮影がてら訪れたジョージア州で1番人気の観光名所、ストーンマウンテン・パークで南北戦争以前のログハウスを見たのが、八ケ岳に山小舎を建てた時、ログハウスにこだわる理由になった。大昔の建て物なのにまだ人が住めるほどだった。この経験から、八ケ岳の風雪に耐えられるのはログハウスしかないと直感した。大正解で、周りの 山荘はリニューアルなどかなりの手入れ工事 をしている中で、37年たったいまにいたるも大工がはいったことがない。

 カーター氏は2015年8月に肝臓がんの摘出手術を受けた後、がんが脳に転移していることが判明し、入退院を繰り返していた。23年2月には余命を家族と過ごすとして、自宅でのホスピスケアに移行することを公表していた。

ブログ子もその肝臓の隣の膵臓がんの切除手術を受けた。「3年生存率18・8%」と言われてたが、この12月で生存5年目になる。カーターさんの100歳までは数年あり、とても無理だが、なんだか近しい人が亡くなった思いである。

皆さん、よいお年を!!

医道 地に堕つ

東京美容外科の黒田あいみ・医師がSNSに投稿したろくでもない内容を見た。医師という職業に要求される最低限の倫理観も持ち合わせていない「外道」である。

この人は東京美容外科・沖縄院院長を務める医師だ。トライアスロンでの日本代表経験もあるとかで、「アスリート医師」として書籍も発売している。波紋を広げているのは、彼女が12月2日に公開したブログだ。「いざ解剖研修@グアム!→打ち上げ☆」とのタイトルで、グアムでの解剖研修に際し、解剖の様子を撮影した写真などを公開していた。

そのなかで「今回は fresh cadaver (新鮮な遺体)で勉強をしにきていて」とし、解剖の様子を複数の写真を交えて伝えた。解剖が行われている様子を背景に、複数の医師らで並んだ記念撮影では、笑顔でピースをしている。

 中には、「頭部がたくさん並んでるよ」として、献体の頭部がずらりと並んだ写真に絵文字付きのコメントをつけた投稿もあった。解剖中の献体の頭部の画像もあり、おおむねモザイク加工がされていたものの、一部は加工が外れたまま公開されているものもあった。

 一連の投稿にはランチに食べたというピザやサンドイッチの写真も並び、「いや~~~朝から晩までの解剖は本当に疲れました」「もうぐったりでした」などと絵文字混じりにつづっていた。

これに対し同じく美容クリニックを開業する高須克弥院長(79)がX(旧ツイッター)で「南無阿弥陀仏。 馬鹿医者め! クズ」「馬鹿医者ども(怒)」「怒」などと記述。さらに「僕の時代の医学部解剖実習での作法は、献体してくださった方に黙祷のあとお顔をしっかりと観察して記憶することでした」と書き、この女性医師を非難した。

ホリエモンこと堀江貴文も、「これは本当にひどくて、SNS慣れしてないって(本人が言っている)のも嘘でめちゃくちゃこれまでも似非科学な発信している。一般レベルでも明らかにやっちゃダメなことを晒してしまった。ほんと医師免許返上するのをお勧めするレベル」と断罪している。まったく同感である。

学生時代医学部にいる友人の下宿を訪ねた折、机の上に広げた油紙の上で肘から先を切断した腕にメスを入れて解剖している姿に仰天したことがある。「神経の細部を切開して観察している」という。献体をそんな私物扱いしていいのかどうか、きっと今でもダメなのだと思うが、神経と言うのは針金のように細いと思っていたが、うどんほどの太さであることをその時知った。

ブログ子の新聞記者時代の同僚で遺言で東京女子医大に献体した人物がいる。今回の問題を起こした女医が出た医科大である。2年先輩ながら久しく同期生のように親しくしていた。彼は女好きだったので、故にほかの医大への献体でなく女子医大にしたのかと冷やかされたものである。1年後、遺体は返されてきたが、きれいに縫合されていたという。

人は見かけによらないものだと、感心して自分も献体の遺言でも残そうかと思っていたが、この女医のように、解剖台の前で「イエーイ!」と記念写真撮られるのはまっぴらごめんだと断念した。

ブログ子は今日年賀状を書き終えて投函したが、宛名に医者が多い。全体の1割強になる。叔父が娘4人すべて医師に嫁がせたのと、その子弟がほぼ全員(6人)勤務医か開業医になっているためである。概ねまともだが、フェラーリだかのスポーツカーを乗り回しているのが1人、「患者のほとんどは治らないけど、リハビリなどで儲けが見込める」とお台場で整形外科医院を開業している「医は算術」系が1人、いる。気に食わないのでここ数年会いもしていないで賀状だけだ。

偏見を承知で言うのだが、今回の女医のような美容整形医は「医者であって医者でない」と思っている。「医者の一段下、美容師の一段上」くらいである。

医者と言うのは人の命と相対(あいたい)する聖職である。しかるに美容整形なる分野は命とは向き合わない。JRの車両広告で見ると、美容整形分野と言うのは瞼を二重にしたり、脱毛したり、シリコンを鼻や乳房に入れる「見栄えをよくするだけ」の医業である。美容整形の先陣を切る韓国人の女性を見るとどれもみな同じ顔をしている。あんなものが医学とはおこがましい、と思う。

ところが、その美容整形医にまっしぐらに走る医学生が激増しているという。医師免許を得てから研修医を終えて各専門に進むのだが、内科、外科・・・見向きもせずまっすぐ美容整形医に進む者が増えているという。これを「直美(ちょくび)」というそうだ。

理由は報酬だ。医師のなり立ては年収800万円くらいだが、美容整形医は初めから2000万円くらいもらえるという。

厚生労働省によると、美容外科に従事する医師は2012年には444人だったが、22年には1247人と2.8倍に増加。20~30代が約半数を占める。一方、外科は同じ期間に2万8055人から2万7634人へと微減した。

 美容外科の診療所も急増している。同省によると、23年10月時点で美容外科を掲げる診療所数は2016施設で、20年10月時点の1404施設から約4割増えた。増加率は43診療科目の中で最も高かった。一方、小児科は1020施設(5.4%)、外科は632施設(5.1%)減った。

 背景には、最近の若手がワーク・ライフ・バランスを重視し、激務を避ける傾向がある。美容医療を手掛けるクリニックは1年目から年収2000万円を得られるケースもある。美容医療は残業も少ないとされる。厚労省の若手医師への調査では、外科を選択しなかった理由として「ワーク・ライフ・バランスの確保が困難」とした割合が最も高かった。

なんと「志」の低いことか。ブログ子の時代新聞記者の初任給は「2万2000円」だった。他と比べても高いものではなかったが、金額のことなど歯牙にもかけないのが普通だった。

医道、地に堕つ。

読売のドン「ナベツネ」の剛腕を隣の新聞社から見ていた

読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡辺恒雄氏が肺炎で98歳で亡くなった。その絶大な影響力は政界からプロ野球界、はては大相撲まで及ぶ。その深い懐の内容については連日のメディアをご覧いただくとして、ブログ子は東京・大手町にある読売新聞社の隣にある産経新聞社からその剛腕ぶりをまぶしく拝見していた。その一端を披歴する。

第2次中曽根内閣のときだったが、各新聞社と も組閣の予想を掲載するのが恒例だった。私も政治部記者と相談しながら予想閣僚名簿を作った。現在では派閥解消が叫ばれて難しいが、このときは各派閥から推薦名簿が出るので比較的推測ができた。

当日になって首相にいろいろな思惑が出てポストが横滑りすることはあるが、入閣者の名前はそう外れないものである。それでも、夕刻発表された名簿では小紙のずばりは4、5人といったところだった。だが、この日の読売新聞朝刊掲載の予想は発表と完璧に同じだった。驚いて、なぜそんなことが できたのか調べた。そうしたら中曽根首相のそばに座って白紙に組閣名簿を書いていったのはナベツネで中曽根首相はフンフンと言っていただけだというのだった。

知られていないがナベツネはコワモテだけの人ではない。読売の副社長時代くらいだったが、月に一回だったか季節ごとだったか、読売の競争紙含めて各新聞社、民放、NHK…とマス コミを縦断して女性記者ばかりを、集め、彼女たちが好むフランス料理店などに招待していた。正式な名称は忘れたが「ナベツネを囲む会」のようなものを主催してメディア各紙の女性記者の意見を丁寧に聞いていたものである。現在はパリにいるが、わが新聞社の女性記者も招かれていた。当然、ナベツネ擁護派でいまだに悪口など書かない。

新聞の斜陽が始まったころだから今から20年ほど前になるか、産経が全国紙で初めて夕刊廃止の先鞭をつけたことがあった。業界用語でいう、「セット割れ」(読者から夕刊を切られる)が急増して、産経の東京本社では実に7割がセット割れに。やむなく夕刊を廃止した(大阪は今も存続)。夕刊の収入(広告料と購読料)が記者、営業担当者らの人件費や設備費、材料費などの発行コストを下回ったためのやむを得ない処置だった。

この時、日本新聞協会長だったのがナベツネで、副会長だった産経社長を鶴の一言でクビにしたものである。今では朝日、毎日、地方紙、ブロック紙みな夕刊廃止の流れで、読売だけ「朝夕刊セット」を固持しているが時間の問題だろう。ナベツネ死去で一気に早まるのであろう。

そのナベツネ氏が文芸春秋の『 私の大往生 』(文春新書)という企画で
■もし生まれ変われるとしたら? という問いにこう答えている。

 それはもう、当然新聞記者ですよ。 もう一度駆け出しから、現場の記者をやりたいね。

ブログ子も自分の人生を振り返って、新聞記者と言う「天職」を得て幸せだったと思っている。テレビに「ジャーナリスト」を名乗る人士は数多いるが、取材もせず、書きもしない「ジャーナリスト」(もとは新聞記者の謂)などまがいものであると断言し、「生涯一新聞記者」を貫いたナベツネ氏に万感の共鳴を惜しまないものである。

またも負けたか八連隊…非常戒厳令で露呈した「弱い韓国軍」

ブログ子は戦後育ちだが「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊(くれんたい)」という悪ガキが使う悪態を知っている。陸軍第8連隊は大阪、第9連隊は京都に連隊本部があって、ともに連戦連敗の弱い兵隊という意味である。実際はそうでもなかったらしいが、大阪の商人気質と京都人の「いけず」文化を揶揄して言い得ている。

なぜこんな古いことを思い出したかというと、今回の尹錫悦大統領の非常戒厳で投入された韓国軍の行動をみてのことだ。先の朝鮮戦争では韓国軍は前線でろくに戦いもせず、あっという間に朝鮮半島南端の釜山まで追い詰められた。次に有事があれば、また同じことになるに違いないと確信した。

今回、出動命令を受けたのは、陸軍特殊戦司令部隷下の第707特殊任務団、第1空輸特殊戦旅団、首都防衛司令部隷下の軍事警察任務隊など約300人。北朝鮮の情報収集を担当する国軍情報司令部の要員も含まれていた。投入された第707特殊任務団は米軍特殊部隊の「デルタフォース」に相当する精鋭部隊だ。斬首作戦が発動されると、北朝鮮に侵入して金正恩を暗殺する任務が与えられているといわれる。

尹大統領が12日の談話で、「死傷者が出ないように安全と事故防止に万全を期すよう、兵士ではなく下士官以上の精鋭だけを移動した」と述べたように、韓国軍最強の部隊編成だった。

最高指揮官である大統領が出した特別戒厳令である。実際の命令は戒厳司令官(陸軍参謀総長)が発出するものの、命令一下一糸乱れず今回の目標である①国会の封鎖、②野党議員の拘束――の2つを実行するのが軍隊の使命である。ところが、その両方ともに失敗している。

テレビ映像で流れた国会の様子を見ると、バリケードで立てこもる国会議員と政党・国会関係者の激しい抗議で、議員らから「戒厳解除後お前たちの責任を追及する」と詰め寄られて、右往左往する軍隊の姿が全世界に流された。吊るしあげられて塩垂れて涙を流して謝罪しているような兵の姿もあった。

 この背景には、特殊戦司令官による「絶対に兵士に実弾を持たせるな」「国民の安全が最優先で絶対に被害がおきないことを作戦の重点とする」との指示があったことが明かされた。つまり、司令官は最高刑が「死刑」の抗命罪となる危険を冒したくなかったのだ。自分の判断で議員ら民間人との衝突を回避したのだ。

 国会に尹大統領の弾劾訴追案が提出され、それを支持する世論が高まると、氏名などが秘密指定されている第707特殊任務団団長のキム・ヒョンテ大佐がメディアの前に現れて、「部隊員は金龍顕前国防相に利用された被害者だ」「隊員に罪はない。あるなら、無能な指揮官の指示に従った罪だけだ。いかなる法的責任も私が負う」と涙を流して陳謝した。

隊員に罪はないなど当たり前のことである。2・26事件では失敗した近衛連隊の将校は従容として銃殺刑に処せられたが、反乱兵だった5代目柳家小さんなど何事もなくその後高座に復帰している。

 涙を流す大佐に、多くの韓国メディアはこの模様を好意的に取り上げた。極左の半グレ新聞、いや「ハンギョレ新聞」から少しまともな朝鮮日報まで「権力者の軍隊から国民の軍隊に変わった」と良心に従った指揮官とたたえる始末だ。

韓国でも基本法で、「軍人は、職務を遂行するとき、上官の職務上の命令に従わなければならない」と記されている。だが、韓国では「非常戒厳で出動しても抗命した者は無罪でよい」という意見がまかり通っているのである。韓国軍では命令があっても、それぞれの判断で従わずとも許されるというのであれば、もはや軍隊は存在理由を失う。その矛盾に誰も気付かないようだ。

このブログで、韓国海軍駆逐艦による、海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射事件で韓国軍はいまだに謝りもせず事実も認めていないのに日韓スワップ協定復活など対韓カードをみな解除している愚を書いた。韓国軍は平気で嘘をつく。世界の軍隊は「言い逃れ」はするが「嘘をつく」ことはないものだ。この事件などひょっとするとレーダー係の兵士個人がたまたま虫の居所が悪くて「戦闘行為」であるレーダー照射をやらかしたのかもしれない、韓国軍は軍隊としてあり得ない行為を恥じてのだんまりだったか、と同情した。

上で釜山に追い詰められた韓国軍の話を書いた。この戦闘でただ一人踏みとどまった軍人がいる。白善燁(日本読み はくぜんよう)准将だ。

「ここで我々が負ければ、祖国を失うことになるのだ。釜山を失えば、もう我が民族の行くべき所はない。我々にはもう退がる所はないのだ。だから死んでもここを守らなければならない。はるばる地球の裏側から我々を助けに来てくれた米軍が、我々を信じて谷底で戦っているではないか。信頼してくれている友軍を裏切ることが韓国人にできようか。いまから私が先頭に立って突撃し陣地を奪回する。貴官らは私の後ろに続け。もし私が退がるようなことがあれば、誰でも私を撃て。さあ行こう! 」

韓国では長く「朝鮮戦争の英雄」として称賛された人物だが、日本統治下で日本軍人として戦った経歴を進歩派からは親日派として批判された。死後英雄として国立ソウル顕忠院に埋葬されることになっていたが、政権交代後の文在寅政権は、2020年7月10日、99歳で亡くなると、一段低い大田顕忠院に埋葬した。

いちいち命令は正当かと疑い、命令に従うことで犯罪者にされるかもしれないと、任務遂行を躊躇するような韓国軍に北朝鮮を凌駕する力があるとは思えない。

この人物、凶暴につき・・・メディア・テロの常連たち

 国民民主党の榛葉賀津也幹事長は13日の定例会見で、一部のフリーランス記者を会見に「出入り禁止」としたことについて、(彼らは)「何度注意しても、恣意(しい)的に(ルールを)破って暴言をはく。これが本当にメディアといえるのか」と述べた。

さらに続けて「報道の自由は極めて大事です。厳しい質問でも、メディアのみなさんが質問してくださるので、我々の思いを発信していただける。報道の自由はある意味、民主主義の一丁目一番地だ。しかし(彼らの言動は)、言論の自由ではなくて、完全に妨害。同僚のメディアのみなさんを公然と批判する。報道の自由の前に、ルールがあるはずです。何度注意しても恣意的にそれを破って暴言をはく。これが本当にメディアといえるのか」と、疑問を呈した。

ブログ子は、まったく同感である。よくぞ言ってくれた、と思う。本来はメディ界一致して、日本新聞協会あたりが前面に出てきて処分せねばならないところだが、「取材の自由」を盾に、暴れる彼らにほとんど無力である。

こう書いたところで一般の人には何のことかわからないだろうから、ブログ子は彼らの実名と写真を挙げて指弾することにした。

3人の実名を挙げて一連の暴挙の内容を暴いている記事が夕刊フジにあるので少し長いが引用する。書いているのはフリーランスの安積明子氏だ。余談だがブログ子は夕刊フジの創刊時から参加して編集幹部も務めた。

(前略)
フリーランスの横田一氏が、榛葉会見の「出入り禁止」を受けたという。横田氏は2017年、衆院選で躍進が見込まれた「希望の党」を率いる小池百合子東京都知事に、安全保障論や憲法改正で溝のある〝リベラル系〟候補者の合流に応じるか問いかけ、「排除します」との応答を引き出した。その後も、さまざまな会見で詰め寄る姿で知られている。

先月1日の榛葉会見でも、横田氏は国会の首相指名について、「(立憲民主党の)『野田(佳彦)』と書いて政権交代を果たすべき」と迫った。

榛葉氏は「参院は自公が(過半数の)149議席。衆院で政権交代しても法律は1本も通らない」と応じたが、横田氏は同じ質問を続けた。見かねたフリーカメラマンが「ここは質問するところ。一問一答にさせろ」と注意すると、横田氏は「黙れ」と強く反発した。

その横田氏が6日、東京新聞の望月衣塑子氏らが配信する動画番組で「出入り禁止」を明かし、国民民主党の政策批判など、持論を展開した。

図らずも、番組では夕刊フジや筆者も〝紹介〟された。

6日の榛葉会見での筆者の質問と、榛葉氏の回答が音声で流れると、望月氏は「安積さん。何なのこの質問。ひどいね」と声をあげ、横田氏も筆者について、「『夕刊フジ』なんかに書いている権力寄りの印象が強い方で『すり寄りタイプ』の記者」と応じた。

望月氏は、筆者について、番組で共演する元朝日新聞記者の尾形聡彦氏に「尾形さんが質問したときに『私も聞きたいの!』と言った人。妨害だった」「自分は途中で帰っちゃった」とも語った。

この経緯を解説したい。

尾形氏は先月12日の玉木氏の記者会見で質問を重ね、20分超マイクを離さなかった。筆者は「一問一答」を求めたが、「私も聞きたい」とは言っていない。中座したのは、通常30分程度の会見が1時間にもおよび、次の取材予定が迫っていたからだ。

望月、尾形両氏のユーチューブチャンネルの紹介には、「さまざまな問題をきちんと当事者に取材し、記者会見で忖度も躊躇もなく質問し、ニュースの本質を読み解いてお伝えします」とある。

記者はそれぞれ問題意識を持って会見に臨むが、他の記者の質疑応答は望月氏らにとっては「取材妨害」にあたるのか。(政治ジャーナリスト・安積明子)

3人の名前が出そろったところで、個々に身上書をめくってみるーーー

横田一
上述の記事の中で出てくるようにフリーの記者が入れるところに出てきてはもっぱら執拗なヤジを飛ばす。東京工大卒と言う以外に経歴はあまりわかっていない。1990年ノンフィクション朝日ジャーナル大賞受賞ということからわかるように左翼言動をもっぱらにし、高市早苗氏の会見で「森友再調査しないんですか」「森友再調査について一言」「…忖度しているせいですか」「聞こえてんでしょ」など、で57秒間、叫び続けた。記者の間からも「ルールを守れ」という罵声が浴びせられた。

望月衣塑子

この人物はもう全国区で「会見あらし女」として有名だろう。与野党問わず現われる。例えば今夏の都知事選で蓮舫氏の出馬会見では「「東京新聞の望月です。いくつかお聞きします。まあ、神宮外苑の再開発ですね、昨年亡くなる直前、声が出せない状態で、文化庁長官や小池都知事に坂本龍一さんがもう一度見直してほしいと手紙を送られました。その時に小池さんは記者会見でしたっけね、・・・」

“演説”は実に3分を超えた。最初は”味方”の記者として、神妙な面持ちでメモを取っていた蓮舫氏だったが、後半は長すぎる質問に思わず苦笑するほど。他の記者たちは、ただ時がすぎるのをじっと耐えていたが、この日は“1社1人まで”の縛りがあった。彼女が東京新聞を代表して先に質問してしまったため、用意していた質問ができなくなったことに東京新聞政治部は怒った。「スタンドプレーはいい加減にしてくれ」と本人に伝えたほどだ。
 
尾形聡彦

元朝日新聞社の新聞記者。特派員として米国のシリコンバレー、ホワイトハウスで主に取材。国際報道部デスク、サンフランシスコ支局長などを歴任したのち、2022年6月に退社し、オンラインメディア「Arc Times」を立ち上げた。

Arc Timesには上述の望月依塑子記者がメインキャスターとして出演しているが、会見場では2人並んで座り、かわるがわる質問し、マイクを握って他社に渡さないという手口。

例えば、NHKから国民を守る党(NHK党)が11月29日、都内で定例記者会見を開いた際だが、2人で約40分間を消費したところで、しびれを切らした立花氏が「じゃあ、これうちの会見なんで、そっちの番組やってるんでしょ。呼んでくれたら行きますよ。他の人たちの都合のために、あなたたち2人が来て、自分たち、カメラ回してるんでしょ。少なくとも営利目的でしょ。だから、行ってあげるよ。俺が1人で行くから、待ってよ。他の人もいるんだから」とついに質問を打ち切ろうとした。

 それでも「あと、1、2問だけ聞かせて下さい」と継続する尾形氏に、立花氏は「あなたたちがお金稼ぐ場所じゃないんですよ」と通告。それでも話す尾形氏に「聞けないの?じゃあ、もう帰って。出てって。ここの管理権はこっちにあるんだから」とついに、立ち上がり「帰れ!何度も言ってるじゃないか。回答してるだろ。何分かかるんだよ、君の質問に。他の人たちの時間を確保するために、1時間でも2時間でも君のチャンネルに行ってやるって言ってんだから、待てよ!2時間くらい」と怒鳴った。

時代に取り残された歳末風物詩

2024年の「今年の漢字」は「金」に決まった。12日午後、ブログ子はちょうどテレビ中継を見ていたが世界遺産・清水寺ので森清範貫主が 「金」の一字を揮毫していたが、草書の崩し字だったので部首の「(ひとがしら)」の右側がなかったので何という字かわからなかった。

案の定、「ちょっとピンと来ない」と拍子抜けする人が多かったという。この行事は、公益財団法人「日本漢字能力検定協会」が毎年公募しており、今年で30回目。応募総数22万1971票の中で「金」が最多の1万2148票(5・47%)だった。パリ五輪での日本選手の活躍を受けてのことだようだが、たった5%ほどで今年の漢字が「金」か、と違和感を持たれても仕方がない。何より、2000年以降「金」が今年の漢字に選ばれたのは5度目である。どこが「今年の漢字」か、と言いたくもなる。

話は変わるが、ブログ子は新聞社時代「長いレンジで物事を観察できる記者」を大事にしてきた。事件・事故から政局にいたるまで、今目の前で起きていることを追いかける記者はいくらでもいる。社会変化の観察者としての新聞記者にはもう一つ、年単位、10年単位で変化している事象に目を向ける記者が必要だと思っている。

新宿の何でもない一軒の家から10年間定点観測した写真で町の景色の変化を追ったカメラマンや、現在でも使えそうだが、「遺憾」を多用する政治家の過去の事例を丹念に拾い上げて「虚言」と同異義語であることを暴いた記者には部長賞や局長賞をどんどん出した。

その「長いレンジで物事を観察」した場合、上述の「今年の漢字」ばかりでなく、もはや有名無実化している歳末風物詩の如何に多いことか。

【芥川賞・直木賞】
歳末恒例の芥川賞・直木賞の候補作が12日発表された、芥川賞5作品、直木賞5作品の候補者を見ても一人として知らない。以前は(といっても平成以前だが)文芸担当デスクにそれぞれ上位ランクの3作品ずつを取り寄せて読んでいたものだ。今回数年前までさかのぼって受賞者を見たがみなそれきり「消えた」作者ばかりだ。

芥川賞の選考基準に「新しい文体をつくった」というものがある。選考委員に谷崎潤一郎とか伊藤整とかいずれも「文章読本」を書いている作家がいて、なるほどと思わせたものだが、今は選考委員自体がどこがいいのかわからないのがほとんどだ。

文藝春秋の営業政策が露骨に出ていて、女性とかお笑い出身とか話題作りが見え見えで面白くない。何より年2回も選考会はいらない。

【ボジョレーヌーボー】
毎年11月になると繰り広げられるボジョレーヌーボーについては、以前このブログで書いた。ワインとは言えない即成熟成法で作り、フランスでは一本300円ほどの安酒を日本で3000円以上で売る商法を指弾した。コロナと不作で2022年は、一番入れ込んでいるサントリーは輸入量を約6割減にした。以後毎年右肩下がりで輸入減が続いている。

【新語・流行語大賞】
今年話題になった言葉を発表する「現代用語の基礎知識選 2024ユーキャン新語・流行語大賞」が12月2日発表され、年間大賞に「ふてほど」が選ばれた。「ふてほど」とは、俳優の阿部サダヲ主演のTBS金曜ドラマ「不適切にもほどがある!」の略だという。ブログ子は当然何のことかわからなかった。しかし、”通”の方々にとってもあまりなじみがなかったらしく、SNSを中心に疑問の声が多数あげられた。

大手自動車メーカーの認証不正、パーティー券収入の収支報告書不記載など、2024年は政財界とも不適切事案が目白押しであったが、TBSに忖度したのかどうか、選定理由がもう一つわからない。そういえば、昨年何が選ばれたか誰も覚えていなかろうから、これも、もうお役御免のイベントだ。

【レコード大賞】
大みそかのビッグイベントとして『日本レコード大賞』がある。略称は「レコ大」(レコたい)。主催は公益社団法人日本作曲家協会、後援はTBSだ。

ブログ子は新聞社の編集幹部として少なからず関与していたことがある。この賞はスポーツ紙を含む各新聞社の記者が中心となって決定する。我が新聞社ではスポーツ紙、夕刊紙などがあって合わせて4,5票持っていた。一方、系列のラジオ局や音楽出版関係企業などがいくつもあったから、季節になると「これこれの曲をなんとか」という依頼で席が温まる暇もないくらいだった。

1970年代から1980年代にかけて、テレビにおける歌番組の隆盛と共に最盛期を迎えた。しかし、上で白状したようにレコード会社や事務所の力関係により受賞者が決まっているという指摘が公然と起こり非難が多く寄せられ始めた。1990年代になると受賞そのものを辞退する有力アーティスト(福山雅治、ジャニーズ事務所所属歌手)が増えるようになり、賞の権威は大きく低下した。

ここ3,4年の受賞曲を娘や孫にぶつけても「ああ、あれね、私は韓流ポップ」と反応はにぶい。

【紅白歌合戦】
とどめはやっぱりこれだろう。ブログ子はここ5,6年まったく紅白を見なくなった。7時のニュースをみたあと何と読むのかわからない今風の女の子が出てくるとベッドに入ることが多い。

検索で今年の出場歌手と言うのを見たが、知っているのは石川さゆり、郷ひろみ、福山雅治、天童よしみ、坂本冬美の5人だけであとはチンプンカンプンだ。

子供の頃、白黒テレビの前に家族全員が座り、みかんを食べながらテレビに見入ったものだが、現在は娘も孫もスマホをいじっている。

◇ ◇ ◇

要するにすべての歳末の風物詩がなくなったのだ。年末、大みそかに家族全員がそろってテレビの前に座り(主婦だけはおせち料理づくりで台所からちょくちょく見る程度だが)、みかんを食べながら一年を締めくくっていた、あの光景が姿を消した。

どこのメディアでもいいが、「長いレンジで物事を観察できる記者」がいれば、2024年の今こそ、文化史的に大きな曲がり角だったことを証明してもらいたいものだ。

また反日男、「李在明」の登場という悪夢

韓国の尹錫悦(日本語読みイン・シャクエツ)大統領の暴挙は、自ら、「反米・親中派」の左翼勢力に政権を手渡す道を開いてしまった。

3日夜、閣議の手続きも経ないまま、「非常戒厳令の宣布」を宣言したものの、国会が全会一致で「戒厳令解除決議」を採択したため、政権は宣布から6時間後には「戒厳令解除」を議決せざるを得なかった。

支持率13%にまで落ちた7日午前、国民向けの談話を発表し、「国民に不安を与え、心から謝罪する。私の任期を含め、どう政局を安定させるかは党に任せる」とも発言し、弾劾の代替策として一部で提起されている任期短縮案に同意する意向を示唆した。

しかし、事態はそんなことで済むものか。大統領弾劾が確実な視野に入った。ろくでもない「文在寅」が引っ込んで、少しマシな「尹錫悦」になったと安堵したのもつかの間、朝鮮半島南部に「赤い政権・李在明(日本語読みリ・ザイメイ)」が発足する段取りとは、ため息が出るような惨事である。

そこで問題になるのは岸田文雄。前首相と林芳正・前外相コンビによるゆるゆるの対韓外交である。

このブログでも何度か指摘してきた。「韓国にしてやられた日本外交の無惨」(http://h-h-a.org/miyazaki/?p=4539)では、「徴用工」をめぐる訴訟で日本企業に賠償支払いを命じた韓国最高裁判決に基づき、原告側に日本企業の資金が支払われた問題を、「韓国『』レーダー照射事件』で妥協は禍根を100年残す」(http://h-h-a.org/miyazaki/?p=4395)では、韓国海軍駆逐艦による、海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射事件に絡み、岸田文雄政権は事件のケジメも付けずに、なし崩しで事態収拾を図った愚挙について書いた。

韓国政府は原告側への支払いは財団が、つまり、韓国側だけの拠出で支払いを済ませると言いながら約束を破り、日立造船が出した供託金約670万円全額を原告側に渡した。ただの出稼ぎにすぎないのに徴用だと言い張る韓国側の歪曲した歴史認識を追認したのだ。

自衛隊艦船に戦闘行為を意味するレーダー照射事件を起こした韓国軍の嘘八百に厳重に向き合うことなく、うやむやにしたまま、握手して、ついには文在寅が「もう、日本になど世話にならない」と足で砂掛けるように破棄した日韓スワップ協定まで復活させた。

韓国含めて南北朝鮮の体質は醜い。まずこの国には信義というものがない。平気で嘘をつく。歴史を己の都合よいように改竄する。慰安婦はいたが従軍慰安婦などと言うものはいなかったのに、「強制だ」と言い張って強請(ゆすり)集(たか)りを繰り返した慰安婦団体を率いた尹美香など、己のスーパーの支払いまでせしめた金で支払っていたのも驚きだが、そんな女を国会議員にまでする国民性にもあきれる。

そんな韓国相手に日本側はどう対処したか。林芳正外相(当時)は、形だけで痛くもかゆくもない「遺憾砲」を繰り返すだけ。岸田首相(当時)は「これからは未来志向で行く」といういつもの韓国側の虚言を真に受けて、つぎつぎ手綱を緩めてきた。

裏切りを常とする韓国相手にはトランプ流に「ディール」(取引)で対峙するしかない。韓国相手ではスワップ協定以外にも7つ8つの「打ち手」がある。例えば半導体材料や自動車部品の輸出を向こうの出方次第で絞るなどだ。

なのに、岸田外交は「打ち手」を洗いざらいみな差し出してしまっている。来年、李在明が出てきたら、文在寅同様に反日に舵を切るのは間違いない。その時、「切るカード」が何もないのだ。

韓国はもはや「死に体」大統領。日本も石破「死に体」首相。涙が出るような年の瀬である。

斎藤兵庫県知事とPR会社の女社長は公選法違反である

兵庫県知事選でまさかの再選を果たした斎藤元彦知事(47)と、この選挙戦で広報・PRに関わった株式会社merchu(メルチュ)の折田楓社長(33)の行動が公選法違反にあたるのではないか、と問題視されている。

ブログ子は当初から個人的関心をもって見ていた。というのも、同じような知事選で同じような広報・PRに携わったことがあるからだ。

関係者は亡くなったり引退したりしていて、迷惑が及ぶこともないので実名で書くが、ブログ子は静岡県知事を4期務めた石川嘉延知事の選挙で影の指揮をとった。1993年7月の知事選の数か月前だったが、新聞社で4,5年後輩が辞めて起こしたPR会社に呼び出された。引き合わされた人物が出した名刺には「自治省総務部長・石川嘉延」とあった。今度の知事選に出ようと思うので力を貸してほしい、という。

ブログ子はそれ以前に静岡支局長をしていた。斉藤滋与史知事や林省吾総務部長(のちに大阪府副知事、総務省事務次官)と親しく、ゴルフや呑み屋を一緒にしていたのを聞き知って、人脈の面から一助を乞いたいと呼び出された。この時は東京に戻っていたが、2人とは年に一度は県主催の宴席で一緒になるし、斉藤知事が3期目を目指していることを知っていたので、裏切るようなことはしない、と断わった。

ところが運命と言うのはわからないもので、斉藤知事は選挙直前に体調不良で突然3期目を断念した。そこでブログ子に再度声がかかったのだ。選挙まであと4か月ほどだったが、シンボルカラーを「黄色」にしたり(石川知事はこれが気に入って4期すべて黄色のネクタイで通した)、県での人脈をたどったり、公約をつくったりと、今回のmerchu社長と同じようなことをしたものである。

ただ、違うのは公職選挙法と言うものをmerchu社長よりよく読んでいたことだろう。

公職選挙法では資金力を持つ一部の金持ちだけが有利にならないよう多くの規制がある。選挙カーの台数、ポスターやビラ、ハガキなどの枚数、看板のサイズなど、驚くほど細かい。

「買収」に関しては、有権者に対し、①金品や財産上の利益、②職務の供与、③食事などの接待・供応を禁じている。運動員に対して報酬を渡せばもちろん、その約束や申込みがあっただけで成立するという厳しいものだ。
さらに「選挙が行われる自治体と特別の利益を伴う契約の当事者は、選挙に関して寄附をしてはならない」という「特定寄附の禁止」項目もある。犯せば、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、および公民権停止だ。

ブログ子は、静岡県知事戦が始まると同時に一切表には出なかった。たいていのことは公選法に抵触するからだ。しかるに、PR会社merchuの折田楓社長はSNSのnoteで、斎藤氏に任されて広報活動全般を担当したと主張。選挙期間中は四六時中、SNSの管理や発信を行い、街頭演説の中継なども行ったなどと選挙戦の裏側をことこまかに書き込んだものである。

公選法と言うものを知っていたら絶対にしないことだが、自己顕示欲が強い人なのだろう、のちのち証拠となるような内実をすべてバラすという過ちを犯した。公になるや本人は雲隠れしたままだ。

代わって、斎藤氏の代理人(弁護士)はPR会社から送られた請求書に基づき、ポスターや公約スライドの制作など5項目に計71万5千円を支払ったと説明。「(ポスター代などは)政治活動や立候補の準備行為として対価の支払いは法で認められている」とし、5項目以外の代表の活動は「個人による無償ボランティアだ」と強調した。

だがこれは珍妙な話である。例えばそのポスターだが、選挙運動用ポスター(個人演説会告知用ポスターを含む)のデザインは公費負担で済むのだ。公費負担で済むところを、斎藤陣営はわざわざ「自腹」を切ったことになる。現にこれまで選挙でポスター代をの自腹を切った候補など1人もいない。斎藤陣営が公職選挙法をまったく理解していないのではないか、と疑いの目を向けられても仕方ない。(元静岡新聞編集幹部の小林 一哉氏)の指摘)

3日県選挙管理委員会は、斎藤氏側の選挙運動費用の収支報告書を公開した。支出の中で選挙運動費用として、PR会社が請求した5項目のうちメインビジュアル企画・制作(10万円)やチラシデザイン制作(15万円)などの4項目については税込みでの記載があり、支払先はいずれも「さいとう元彦後援会」と記されていた。件の「公約スライド制作」は記載がなかった。

日本大法学部の安野修右専任講師は「報告書に記載しないのであれば、その費用が選挙運動と切り離されていることを明確に説明すべきだ。支出先が後援会となっている点も不可解で、選挙に関連してなされた支出は実際の請負業者の名義を記載しなければ選挙費用の公明性は確保できない」と指摘している。

一連の問題では、大学教授と弁護士が斎藤氏と経営者の女性の行為は公選法違反(買収、被買収)に当たるとして、神戸地検、兵庫県警に告発状を出している。

上述のような、ブログ子の体験的選挙運動を顧みての感想だが、立件されるであろう。

愚かな国の反日病を嗤う

世界文化遺産「佐渡島の金山」の労働者追悼式を、韓国政府代表の朴喆熙駐日大使らがボイコットして別な場所で韓国人だけ集まって追悼式を挙げた。日本政府代表として追悼式に参列した生稲晃子外務政務官が靖国神社に参拝していたからだという。

靖国参拝のどこが悪いのか、反日病に取り付かれたアホな国のアホな所業と嗤っていたが、急転直下面白い展開になった。理由にした生稲政務官の靖国参拝自体が共同通信のウソ記事だったことが判明したのだ。

共同通信は、2022年8月15日に生稲氏が靖国神社を参拝したとする記事を当時配信したほか、今月になっても、式典に出席する生稲氏が靖国神社に参拝していたとしつこく報じた。だが、生稲氏は実際には参拝しておらず、同社は25日、事実確認が不十分だったとして訂正し、同社の水谷亨社長が26日、「日韓関係に影響を与えたことを遺憾に思う」と謝罪した。

共同通信は「真っ赤か」なメディアである。地方紙がこれまたほとんど「真っ赤か」なのは社説まで「真っ赤か」なものを配信するからである。ブログ子が新人時代赴任した三重県では、郷土紙の伊勢新聞の労組委員長まで東京から「配信」していた。彼とはよく酒を飲んだがほとんど原稿は書けない男だった。今に至るも体質は変わっていないから、こんな与太記事も平気で流す。

その与太記事を受けて、韓国外務省は25日、追悼式の不参加決定と独自の追悼行事実施について「歴史に関して日本側と妥協しないという確固たる意志の表現だ」と居丈高にほざいていたが、その振り上げたこぶしの理由が「虚報」だったことがはっきりしたのだから、さぞかし困ったことだろう。

だが、謝ったりはしないのがこの国の体質だ。文在寅(日本読み ブン・ザイコ)政権下の2018年12月20日に発生したレーダー照射事件は日本海の能登半島沖で、海自のP1哨戒機に、韓国海軍の駆逐艦「クァンゲト・デワン」級が攻撃を意図する火器管制レーダー(射撃指揮システムで使用されるレーダー)を照射した。これがどれだけ大変な戦闘行動かはすこし軍事のことがわかる人間なら.ひっくり返って驚く事案だ。

尹錫悦(日本読み イン・シャクエツ)大統領になって、一転、日本に融和政策をとり始めたが、レーダー照射事件についてはいまだに謝罪もなくうやむやである。軍部が強硬なためだ。佐渡の件でもこれと同じ態度をとるのだろう。共同の誤報だと判明した27日の新聞を見ても開き直り一途だ。

【ソウル時事】「日本の追悼の辞の内容などが世界文化遺産登録時に合意した水準に至らなかったことが重要な考慮事項だ」と韓国外務省報道官は26日の定例会見でこう強調。生稲氏出席とは別の理由を取り上げ、追悼式に参加しなかったことを正当化した。

 生稲氏が2022年8月15日に靖国神社を参拝したと報じた記事が誤りだったとする共同通信社の訂正報道について、報道官は「承知している」と述べるにとどめ、式への不参加には「諸般の事情」があったと強調した。ただ、「韓日両国の利益に合致する関係の発展に向けて努力を続けていく」と表明。追悼式は毎年開催する予定で、来年に向けて日本と協議していく考えを示した。

◇ ◇ ◇

挙句、報道官は「この問題がこれ以上不必要な対立に飛び火せず、個別の事案として管理できるよう緊密に意思疎通することも(日本側に)要請した」という。レーダー事件と同じセリフだ。

 さんざ揚げ足取りにつとめた韓国メディアは、生稲氏の追悼式でのあいさつに「強制労働に関連する表現がなかった」と非難の矛先を移し、靖国神社を巡っては共同通信が報道を訂正したと一行で伝えるだけ。

革新系最大野党「共に民主党」の幹部も26日の会議冒頭で、生稲氏に触れず、歴史問題を念頭に「追悼式での日本の行動は(世界遺産登録時の)合意破棄に当たり、外交的挑発と言える」と主張し、「対日屈辱外交だ」と尹錫悦政権を攻撃した。

やれやれ、なんと難儀な国であることか。この国では「反省」とか「謝罪」と言うのは、相手に要求しても、己は持ち合わせていないのである。

中谷元・防衛相は年内訪韓の予定だ。平成14年の終戦の日に現職の防衛庁長官だった中谷氏は靖国神社を参拝している。韓国が、 生稲晃子外務政務官に向けたボイコットと整合性をとるなら、韓国政府は早々に招請をとりやめるべきだろう。できるのか?
その程度の国なのだ。

SNSごときに振り回されてどうする

24日の名古屋市長選では、河村たかし前市長から後継候補に指名された広沢一郎氏(60)が当選した。自民、立憲民主、国民民主、公明の与野党4党が推薦し、加えて大村秀章愛知県知事まで応援これつとめた元参院議員、大塚耕平(65を)を圧倒的票差で下した。

民社党時代の春日一幸に始まり、その秘書だった河村たかしと、連綿と続く名古屋人挙げての「愛されキャラクター」「選挙モンスター」の謂(い)われはこのブログで書いたが、その通りの結果だった。

それでも、当選した広沢一郎は、「SNSの力が大きかった」という。知名度不足を補うためユーチューバーによる動画配信に河村氏とも共演し(写真右)「減税を拡大させる。消費に回れば経済が活発になる」と訴え続けた。「ネット越しで何千、何万の方にご覧いただいた。日に日に再生回数が増えた」とネットの力を述懐した。

ブログ子も驚いたが、11月17日投開票の兵庫県知事選では、不祥事で失職したはずの斎藤元彦前知事が予想を覆して再選を果たした。これもSNSの力が大きかったと一部の人たちは分析している。

曰くーー
・YouTubeで530万人超の登録者数を誇るオリエンタルラジオ・中田敦彦氏が斎藤氏について取り上げたパワハラなどへの疑問を取り上げた動画の再生数は200万回を超え、選挙戦にも大きな影響を与えた。

・投票直前の11月14日、兵庫県内29市のうち22市の市長が、稲村氏への支持を表明した。SNSで情報を入手している人たちは少なからず、「既得権益層が斎藤氏の改革を妨害している」と受け取ったようで、この表明は裏目に出た。

・政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏が出馬しつつ、斎藤氏へ援護射撃を行った。立花氏は街頭演説を行うのみならず、YouTubeやXで斎藤氏の疑惑を否定したり、百条委の県議を批判したりした。

こうしたSNSがいわば独り行脚を続けるうちに「パワハラやおねだり疑惑は、県庁守旧派が改革派の知事を潰すために捏造した」といった根拠不明の風説が、SNSを通じて拡散され、流れが変わり始めた。斎藤本人も街頭演説で「メディアの報道は本当に正しかったのか」と語り掛け、聴衆から「そうだ!」の掛け声がかかるようになった。「メディアに攻撃されてもたった一人で旧態依然たる県庁組織や既成政党に立ち向かう男」という「物語」がつくり上げられて大きな流れになった。

日本では今年7月の東京都知事選で石丸伸二候補がSNSを駆使して善戦したことで、選挙におけるSNSの重要性がにわかにクローズアップされた。アメリカの大統領選ではSNSでトランプ支持者が「MAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)」と叫びまわって大差で民主党を下した。このところ東西を問わずSNSが政治の必須アイテムとされる報道が怒涛の如く押し寄せている。

はたしてそうか。斎藤元彦前知事が「逆境」を跳ね返して県庁に戻ってきたというので、これまで批判してきたテレビのコメンテーター、前明石市長の泉房穂や元宮崎県知事の東国原英夫が手のひら返しで謝罪しているが、これなど滑稽な寸劇でしかない。

斎藤知事の暴挙を最初に県の公益通報窓口に通告した県西播磨県民局長だった男性(60)に対し、調査結果を待たずに翌月に懲戒処分とした件では、知事は人事課に「処分できるか」と持ち掛けている。為に男性は7月に自殺している。人が一人死んでいるのだ。疑惑は残ったまま「見事な返り咲き」で済ませられることではなかろう。

よくしたもので、SNSに助けられた人は今SNSに足をすくわれつつある。県知事選に際し、広報やSNS戦略を任されたとするPR会社の女社長が、トクトクと自慢話をインターネット投稿プラットフォーム『note』に投稿したのだ。

「私が発案した『#さいとう元知事がんばれ』というハッシュタグが広まり、多くの人がそのハッシュタグを拡散した。SNSなどのデジタルツール活用の戦略が当たった」と自慢話や県庁での会議にPR会社として出席していたこと、その戦略の描いた図面などもSNSに投稿し、知事とのツーショット(写真右)も公開した。会社として請け負ったなら公職選挙法違反を自白したも同然。今後、司直の手が及ぶのは必至だ。

なにかともてはやされるSNSだが、ブログ子は、ツイッター(現在X)だろうが、TikTok(ティックトック)だろうが、インスタグラムだろうが、ハナから相手にしていない。たかだか2,3行でどれだけの情報が発信できるというのか。LINEは使うがこれは孫たちが写真を送ってきたり「誕生日おめでとう」などとの他愛ないメッセージに返信するためだ。

新聞記者生活が長かったから、まともな情報を発信するには2,3行ではまともな情報など伝えられないことを知っている。ジャーナリストを名乗る人は多いが、なら、取材してウラをとって自分の手で原稿を書くものだ。コピーして、SNSに「いいね」ボタンをピッと押すだけでいっぱしの情報を発信しているつもりの人種など外道もいいとこだ。gあ、
アメリカの大統領選、兵庫のパワハラ知事、名古屋の市長選・・・流れたというSNSの内容を読んでみると、誤報、虚報、意図的な誘導のオンパレードである。

まともな人はこんなものに惑わされてはならない。

今朝の産経の外電に「いいね」をポチッと押したくなるニュースがあった。

オーストラリアのアルバニージー政権は16歳未満の交流サイト(SNS)の利用を禁止する法案を議会に提出した。年内に可決される見通し。暴力や自殺、いじめなど「有害な投稿」から子供を守るのが目的で、運営企業にアカウント作成の際の厳格な年齢確認を義務付けている。16歳未満による接続を防ぐための「合理的な措置」を取らなかった場合、最大4950万豪ドル(約50億円)の制裁金を科す。

日本もさらに広げて、虚偽を広めたSNS投稿者には厳罰を科してもらいたい。

北の富士と千代の富士は猛烈に仲が悪かった

11月はよく人が死ぬもので、このブログで訃報を書くのはこれで連続3回目になるが、大相撲で優勝10回という輝かしい記録を誇る第52代横綱北の富士が亡くなった。九重部屋を引き継いでからは千代の富士、北勝海の二人の横綱を育て上げた。関取が一人もいない部屋も珍しくないのに、輝かしい相撲人生だ。

ブログ子はそれほど相撲に精通しているわけでなく、家内の方が連日テレビで序二段あたりから見ていて、最近の相撲取りの名前など教えてもらっているほどなのだが、一時期、部屋でちゃんこを食べるは、横綱の誕生日のパーティーに呼ばれるは、正面溜りの砂かぶりに座るは、なまじの「通」より、入り浸っていた。それで表題のようなことをおのずと知っていた。

ブログ子を相撲に誘ってくれたのはジャーディン・マセソンのトップだったイギリス人だ。この会社は教科書の歴史で出てくる東インド会社に始まる大英帝国の系譜に連なるビッグ企業で、今では日本法人になって社長がいるようだが、当時は極東支配人とか東京支配人とかいう肩書だったが、日本暮らしが長く、その間に大の相撲びいきになった人だった。

取材で知り合って、なぜか気が合って相撲取りがよくいく浅草の「どぜう」屋に連れて行ってくれたりしていた。彼が権利を持っている、溜り席に座った時など、正面に座る親方のすぐそばで、親方の裾を踏みそうな最前列だった。若い衆が来たらお包みを千円渡してくれ、脱いだ靴は座布団の下に置け…こまごまとした作法をイギリス人から教えられたものである。

その彼が毎年千代の富士の誕生日の11月に原宿のバーでパーティーを開催していて、そこにブログ子も招かれて出かけたのであるが、主賓は千代の富士で、その親方が付き添いの北の富士という関係なのだが、軽妙なおしゃべりと言い物腰と言い、人の輪ができる北の富士が主賓のような会だった。

ジャーディン・マセソンの主な扱いは洋酒である。シャンパンの王様「モエ・エ・シャンドン」で乾杯した後、ブランデーの「ヘネシー」や「スコッチ」のシングルモルトなど、よりどりみどりで飲むのだが、現・元「横綱」2人の酒量のすごいこと。瓶1本が30分足らずでなくなるくらいだった。

千代の富士はたまに笑い顔を見せるが無表情か仏頂面が多かった。そのとき件のジャーディン・マセソンがそのわけを教えてくれたのが表題のようなことだった。

彼が言うには、現・横綱である千代の富士の稼ぎのかなりの分を親方の北の富士がピンハネするからだという。角界ではそんなこと当たり前なのだが、千代の富士はどうにも我慢が出来なかったらしい。

北の富士は北海道旭川出身となっているが、正確には美幌町である。ブログ子は学生時代に屈斜路湖から便乗したトラックの荷台に乗って美幌峠を超えた際、折からの寒さで凍傷になったことがある。トラックの持ち主である美幌町の商店主の家に運び込まれてガンガン燃えるストーブで事なきを得た。「その家、俺の親戚のナントカじゃないのかなあ」とひとしきり美幌町の話をしたものである。

谷川俊太郎が死んだ どこの新聞も書けない名詩を紹介しよう

谷川俊太郎が13日、死去した。92歳。死因は老衰だという。なんという素晴らしい死に方だろう。

哲学者、谷川徹三の一人息子だが、大学へ進学する意志はなく、独自の詩の世界を切り開いてきた。散文詩や、日本語の音韻性に着目した斬新なひらがな詩、はてはラジオドラマ、スヌーピーで知られる米漫画「ピーナッツ」の翻訳、アニメ「鉄腕アトム」の歌詞まで手掛けた。私生活では、劇作家の岸田國士の長女・岸田衿子、俳優の大久保知子、絵本作家の佐野洋子と3度の結婚と離婚を経験した。実に人間らしい生き方をしてきた人が、「92歳」「老衰」という素晴らし死に方で去った。見事と言うほかない。

ブログ子は平易にして明澄な彼の多くの詩を愛読してきたが、気づくのは「死」をテーマにした作品が実に多いことだ。かねがね本人も『僕は早く死にたいの。死ぬのが楽しみ』と言っていたほどだから、絶えず「死」を見つめ続けてきた達人なのである。

◆ ◆ ◆

『 ふくらはぎ 』 

俺がおととい死んだので
友だちが黒い服を着こんで集まってきた
驚いたことにおいおい泣いているあいつは
生前俺が電話にも出なかった男
まっ白なベンツに乗ってやってきた

俺はおとつい死んだのに
世界は滅びる気配もない
坊主の袈裟はきらきらと冬の陽に輝いて
隣家の小五は俺のパソコンをいたずらしてる
おや線香ってこんなにいい匂いだったのか

俺はおとつい死んだから
もう今日に何の意味もない
おかげで意味じゃないものがよく分る
もっとしつこく触っておけばよかったなあ
あのひとのふくらはぎに

『詩を贈ろうとすることは』より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後にユニークな一作を紹介する。ここ数日、彼の偉大な詩作についてメディアで触れられるだろうが、絶対に掲載されないであろうゆえに取り上げる。

◆ ◆ ◆

 なんでもおまんこ 』  

なんでもおまんこなんだよ
あっちに見えてるうぶ毛の生えた丘だってそうだよ
やれたらやりてえんだよ
おれ空に背がとどくほどでっかくなれねえかな
すっぱだかの巨人だよ
でもそうなったら空とやっちゃうかもしれねえな
空だって色っぽいよお
晴れてたって曇ってたってぞくぞくするぜ
空なんか抱いたらおれすぐいっちゃうよ
どうにかしてくれよ
そこに咲いてるその花とだってやりてえよ
形があれに似てるなんてそんなせこい話じゃねえよ
花ん中へ入っていきたくってしょうがねえよ
あれだけ入れるんじゃねえよお
ちっこくなってからだごとぐりぐり入っていくんだよお
どこ行くと思う?
わかるはずねえだろそんなこと
蜂がうらやましいよお
ああたまんねえ
風が吹いてくるよお
風とはもうやってるも同然だよ
頼みもしないのにさわってくるんだ
そよそよそよそようまいんだよさわりかたが
女なんかめじゃねえよお
ああ毛が立っちゃう
どうしてくれるんだよお
おれのからだ
おれの気持ち
溶けてなくなっちゃいそうだよ
おれ地面掘るよ
土の匂いだよ
水もじゅくじゅく湧いてくるよ
おれに土かけてくれよお
草も葉っぱも虫もいっしょくたによお
でもこれじゃまるで死んだみたいだなあ
笑っちゃうよ
おれ死にてえのかなあ

久しぶりに見た「薨去」の文字に思う

三笠宮崇仁(たかひと)親王妃百合子殿下が薨去(こうきょ)された。一貫して「薨去」を通したのは産経だけで、他の中央紙は「逝去」が主流だったが、この尊称語をみて久しぶりに「皇室語」に翻弄された現役記者時代のことを思い出した。いずれも敬語で苦労したものだ。

社会部記者をしていると皇室関係の記事を書く機会がたびたび出てくる。入社してすぐ、津支局に配属になったが、ここで「火星ちゃん」つまり常陸宮さまが華子さんと新婚旅行で伊勢志摩に来られた時の記事を書かされた。社会部になってからはその姉にあたる池田厚子さんを、東京に来てからも、その妹の島津貴子さんの記事を書いた。”おスタちゃん”の愛称で親しまれ結婚の際「私の選んだ人を見て頂戴」との発言が流行語になった方だが、お会いしたのは彼女が東京プリンスホテル内のショッピングモール「ピサ」に就職したあとだったので、話はもっぱらファッションのことだった。

私が原稿を書くと長くなる。さすがに「・・・殿下に置かせられては」という時代錯誤は犯さないものの、動詞や名詞にやたら「お」をつけるは「された」という動詞を使うのだ。困り果てて先輩の宮内庁担当に見てもらったら、ざくざくと三分の一ほど削ってくれた。「二重敬語はいらない」「ワンセンテンスに一つ敬語があればいい」など教わった。

三笠宮百合子さまの長男、寛仁親王殿下とは札幌で毎晩のようにバーを渡り歩いた。ブログ子は当時札幌オリンピックの取材チームのキャップで殿下は札幌組織委員会の職員という立場だった。我が新聞社の報道部長が学習院出で皇室担当したので、いろいろ皇族とは付き合いがあり、その部下である私に”お守り”が命ぜられた。夕方、大通公園に近い事務局に殿下を迎えに行き、札幌のそこそこのバーをハシゴしてレミーマルタンのボトルをキープするという”仕事”だった。

互いに東京に戻ってから電話がかかってきて、お礼に一献、ということで青山通りの青山一丁目交差点そばの宮邸に行った。後にも先にも初めて見たが玄関は普通の家の2階まではあるという高い扉で驚いた。そのとき広間で母親の三笠宮百合子さまからお礼の言葉をいただいたのだがあまり覚えていない。

その後、昭和天皇のご不例の折りには編集幹部をしていた。わが社では[A号作戦」と称していたが「その時」に備えて取材、紙面づくり、号外など万全の用意をして24時間待機していた。外出する際も、当時出たばかりの携帯電話をわきに置いていた。今と違って縦横30センチ、厚さ10センチもあろうかと言う発電機並みの大きいものでタクシーの運転手が、それが電話ですか、と驚くほどだった。

この時は中央紙、地方紙、テレビすべて「崩御」で横並びだったが、直前に朝日新聞は「逝去」でいくらしい、という話が伝わった。ひごろ皇室に批判的な新聞でさもありなんと思えたが、今となっては真偽のほどはわからない。

話が長くなったが、ここで苦労するのが敬語である。その前に、「諡(おくりな)」と言うものを知っておかねばならない。上で「昭和天皇」と書いたが、生前には使えない。「諡号」(しごう)ともいうが、帝王などの貴人の死後に奉る言葉なのである。そのうえで「崩御」「薨御」「薨去」「卒去」「逝去」「死去」といろいろ使い分けなければならない。

「崩御」(ほうぎょ)は、「天皇・皇后・皇太后・太皇太后」が亡くなったときに使う。

「薨御」(こうぎょ)は、「親王・女院・摂政・関白・大臣」などに。。

「薨去」(こうきょ)は、「皇族または三位以上の貴人」に使う。「三位(さんみ)」は、「正三位」「従三位」の勲位がある人。「皇太子妃が薨去された」のように使う。「薨御」とほとんど同じで今回の三笠宮百合子さまの例のように今はこの「薨去」が主流。

「卒去」(そっきょ)=「しゅっきょ」が正式で、「そっきょ」は慣用読み=は、「身分のある人の死」を意味する言葉で、四位(しい)・五位(ごい)や無位の皇族(王や王女など)の死に対して使われるが、現在はほとんど使われていない。

「逝去」(せいきょ)は、死去の尊敬語で目上の人に使う言葉で身内に対しては使わない。今回の訃報ではほとんどの新聞、テレビはこの言葉で伝えた。中には「ご逝去」「逝去された」としたメディアもあるが、これは敬語表現が2つ重なっている「二重敬語)で、文法上は誤っているのだが、電報の例文にはれっきとして載っていて、現実には一般的になっている。

「死去」は、家族、親族など身内や社内の人が亡くなった場合に使い、場合によっては「亡くなる」「永眠」「他界」 などと使う。

虚構の地震学説で原発を止める東大地震研一派に鉄槌を

原子力規制委員会は13日の定例会合で、日本原子力発電が再稼働を目指す敦賀原子力発電所2号機(福井県)について、原発の安全対策を定めた「新規制基準」に適合していないとする審査書を正式決定した。新規制基準を満たさない原発は運転が認められず、敦賀2号機は2012年の規制委発足後初めて「不合格」の原発となった。

審査では、原子炉建屋の北側約300メートルにある「K断層」が問題になった。原電は掘削調査の結果などから「K断層は活断層ではなく、原子炉建屋直下にも延びていない」と主張したが、規制委の審査チームは「活動性、連続性とも否定できない」と強弁して、反対意見を押し切って最終決定した。

「産業のコメ」である日本の電力は危機的な状況にある。クリーンな原子力発電に頼るべきなのだが、福島原発事故以降、核アレルギー論者の跋扈で原発はみな止まっている。脱炭素時代に逆らって石炭や石油を燃やし、家庭は毎年跳ね上がる電気代に悲鳴を上げている。国家の危機に瀕しているとき、愚かな地震学者どもの偏った学説で原発が止まるのは、もはや犯罪である。

今回も「不合格」の根拠になったのは「活断層」である。世界のトップクラスと自称する日本の地震学の権威がいうのだから信用する人もいるだろうが、内実はあほらしいほどいい加減なのである。

「活断層」の悪夢はあの 「悪夢の民主党政権」 に始まった。3・11の東電福島事故で菅直人は日本のエネルギーの3割を担う 原発 を即座に止めた。次に動かすには、 「原発施設の下に 5万年前まで活動した断層がないこと」 を 設置許可基準 とした。それを審査するために 原子力規制委を新設したが、実態は再稼働させないための菅直人の直轄組織で、基準はいつしか 「13万年まで」 に改められ、菅直人がさらに、少しでも不明があれば 「40万年前までの疎明も必要とする」 に変えた。

ブログ子は高校時代に地学をとった。何万年間、噴火がない富士山は「休火山」、それ以上ない八ケ岳などは「死火山」、いま動いている浅間山などは「活火山」と教えられた。40億年を超える地球の歴史の中では「5万年」も「13万年」も一瞬である。現在では、死火山、休火山とも使われない。

現在、地震学者の主流になっているのにプレートテクトニクス理論がある。地球の表面はいくつものプレートに覆われており、対流しているマントルに乗って水平に動いているとする。日本は太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレート、北米プレートの4つがせめぎあっているというものだが、当時の授業では「最近、こういう理論が出ている」と教わったものである。

まして地震学などさらに「浅い」ものだが、東大地震研究所を中心とする地震学者はこれを「金蔓(かねづる」に変えた。地震は予知できると称して国から予算を何百億円も取った。さらに規制委に東大地震研の島崎邦彦教授らが入って牛耳ってきた。東電福島事故の原因は津波により浸水して冷却用電源が切れたことによるのだが、彼らは「東電福島事故は津波ではなく地震のせいだ」 と言い張って、今回の敦賀原発同様、「原発の下に活断層があればすべてアウト」にしてきた。

まともな学説ならまだしも、その研究たるや、笑い種である。立川断層の調査で東大地震研の佐藤比呂志教授が 「白く長い活断層 」を発見して大騒ぎになったが、掘ってみたら実は埋まったコンクリート電柱 だった。

彼ら東大地震研を中心とする「地震屋」の暗躍ぶりは櫻井よしこが、週刊新潮9月12日号「『南海トラフ70%』の嘘と島崎邦彦氏」として書いている。

(要約)

今年の新潮ドキュメント賞受賞作『南海トラフ地震の真実』(小沢慧一著、東京新聞)には驚いた。読み進む内に、わが国に巣食う無責任な学者・研究者たちへの猛烈な憤りが湧いてきた。彼らが専門性の壁のうしろに隠れて、根拠のない非科学的な論理を展開し、危機へのわが国の対応を歪め、日本社会と多くの国民に害をなしているからである。

政府の地震調査委員会が「30年以内、確率70%」と公表し、度々警告している中で過日「南海トラフ地震臨時情報」が発出されたのは記憶に新しい。だが、真実は、70%説は「水増しがされ」た数字で、多くの地震学者は「『信頼できない』と考えて」いるというのだ。

小沢氏の取材のきっかけは、名古屋大学教授(地殻変動学)の鷺谷威(さぎやたけし)氏から以下のような驚くべきことを告げられた。

▽南海トラフだけ、他の地震とは別の手法で数値を予測している。あれを科学と言ってはいけない。▽他の地域と同じ方法で計算すれば地震発生率は20%程度にまで落ちる。

何ということだ。70%説は科学とは呼べない手法で割り出されたというのだ。そんな信用できない説がなぜ政府見解となったのか。

地震調査委員会では他の地域同様、全国統一の計算方法から算出した「20%程度」という確率を発表する案も検討されたそうだ。しかし委員会の上層部に伝えると、大反対が巻き起こったという。「80%という数字を出せば、防災対策もそこに焦点が絞られ」、政府予算も確保される。だが、確率が下げられると予算が取りにくくなる、というのが主な理由だった。

こうして鷺谷氏が「科学者の良心に照らして言えば、危機感をあおるだけ」と語った「30年以内」「70%の発生確率」が最終結論となった。

読み進む内に私の目は島崎邦彦という地震学者の名前に吸い寄せられた。2012年、民主党政権の菅直人首相が設置した原子力規制委員会の委員長代理に就任した人物だ。規制委は島崎氏らの非科学の極致を行く思考によってまともな原子力行政を代々、不可能にしているのが現状だと言ってよい。

氏は政府の地震調査研究推進本部(地震本部)で2012年まで17年間にわたって長期評価部会の部会長も務めており、そのキャリアは氏が日本における地震学の権威として認められていることを示している。だがこの島崎氏が、少なからぬ地震学者から「信用できない」と批判されている学説を打ち出した。巨大地震発生の確率を予測する「時間予測モデル」である。内容を著書から抜粋する。

「地震は海側のプレートが沈み込むことによってひずみが溜まり、限界点に達すると陸側のプレートが跳ね上がり、激しい揺れを起こす。地震後も、海側のプレートは変わらず沈み込み運動を続け、ひずみを溜めて限界に達するとまた跳ね上がる。このサイクルに要する時間を割り出せるとして提案されたのが時間予測モデルだ」

つまり、プレートの跳ね上がりで大きなひずみが解放されて、大地震が発生したあと、その分のひずみを蓄積する時間によって次の地震発生の時期が予想できるという説だ。

同モデルの根拠の一つとなったのが江戸時代に起きた安政地震直後の土佐室津港(現在の高知県室戸市)の水位の変化である。古文書には「1854年11月4日、海面が荒れ、翌5日、海水面の高さが1.2メートルほど低くなった」との旨、書かれている。

だが、計測の手法についての詳細はない。海底の岩盤を基準にして計ったと思われること、江戸時代なので縄に重りをつけたり、竹の棒を使ったりしたと思われることなどから、かなり大雑把な数字だと京大防災研究所所長の橋本学氏は述べている。

「元々古文書の数値なんて、誰も確度が高いとは思っていませんよ。だから、誤差の補正をしてから使う。島崎論文ではそういうことをせず、現代の技術で測量した数値のように使っているんです。要するに当てにならないということです」

政府の防災対策は、島崎氏の好い加減な論文に基づいて南海トラフ地震が30年の内に70%の確率で発生するという前提でなされているのだ。

小沢氏は島崎氏に取材を申し込んだ。だが島崎氏は応じない。島崎氏は時間予測モデルを提唱した当事者で、それを基に「30年、70%」の確率を採用した責任者の一人だ。説明する責任があると、小沢氏が詰め寄った時、こう答えた。

「いやいや、論文を書いたら、それはもう僕のものではないですよ。それをどう料理しようとみなさん次第です」

こうして最後まで島崎氏は「ノーコメント」を貫いたそうだ。島崎氏の非科学的な論文から現在の南海トラフの発生確率が決定された。それが他の学者から全く非科学的だと指摘されているのである。国の防災、国民の命にかかわることだ。島崎氏に学者の良心があるなら説明も修正もするだろう。けれど、氏は非科学的であるだけでなく、説明責任も果たさない。無責任学者なのだ。

島崎氏が委員長代理を務めた原子力規制委員会は、当初から現在まで非科学の極致を行き、活断層を巡る議論で福井県の敦賀原発2号機の再稼働を認めない判断を下したばかりだ。その他の原発においても規制委の非科学的判断が再稼働を遅らせ、災害対策と同様にわが国のエネルギー政策を歪め続けている。

いいかげんにしろ! 政界下ネタ暴露

 国民民主党・玉木雄一郎代表が11日、一部週刊誌で報じられた女性との密会について会見を行い、「今朝、報道された内容については、概ね事実です。謝罪しても許されるものではないと思っておりますが、謝罪を続けたいと思います」と謝罪した。同日、首班指名を控えていた中、指名および代表の継続については「仲間の意見を聞きたい」と述べ、また議員としては活動を継続したい意向を明かした。報道陣から妻への思いについて聞かれると、「日本一夫のために地元を守ってくれる妻。一生謝罪を続けたい」と目に涙を浮かべて頭を下げた。

またか、と怒髪天を衝く思いである。怒りの相手はこれを報じた写真週刊誌「FLASH」である。得意げに特ダネづらして、国民民主党が自民党相手に突き崩そうとしている『103万円の壁』にひっかっけて「“理性の壁”も引き上げたほうがよさそうだ。」と文末を結ぶゲスな手口も気に食わない。

ここ数年「週刊文春」に始まった、政治家の不倫や「路チュー」を追いかけまわす週刊誌、女性誌、写真週刊誌は後を絶たない。もちろん、金に汚く、女の尻を追いかけることに精を出す昨今の政治家が悪いのだが、ブログ子が愛読する山本夏彦翁の格言「汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼす」に倣えば、「助平は国を滅ぼさないが、正義ヅラは国を滅ぼす」である。

今の下衆(ゲス)メディアに聞かせてやりたいが、一昔前まで政界では「臍(ヘソ)下三寸人格なし」という言葉があって、男女間の下世話な話など書かない「矜持」を持ち合わせていた。

今回、玉木代表の話の舞台になったのは、彼の地元である香川県高松市だが、この地には同じ「臍下三寸」で勇名を馳せたものの、政治活動は微動だにしなかった大先輩がいる。

現在の盤石の「55年体制」のスタートとなった「自由民主党」結党に動いた三木武吉の「メカケ談義」が美談として残っている。戦後まもなく、郷里の高松から衆議院選挙に立った三木を、対立候補が立会演説会で「ある有力な候補者は、あろうことか東京で長年にわたってつくったメカケ三人を連れて郷里に帰り、小豆島に一緒に住まわせている。かかる 不義不道徳な輩を、わが香川県より選出すれば、県の名折れであり恥辱である」と攻撃した。

これを聞いて登壇した三木は、「私はたしかに有力な候補者である。無力な候補者は、私がメカケを三人も連れて帰ったといっているが、物事は正確でなければいけないので訂正しておきますが、女の数は三人ではありません。五人であります。故郷を飛び出し以来、いろいろな事情から多くの女との関係ができました。そのかかわりを持っ た女たちは、いずれも年をとっていわば今は廃馬であります。けれども、彼女たちが私を頼る限り、私の都合で捨て去ることはできません。この人々を養うことは 、私の義務だと思っております。それも三人じゃない、五人です」

満場笑いに包まれ、以後圧勝し、メカケのことなど問題にもならなかった。

三木武吉はヤジられても強かったがヤジるのもうまかった。戦前、戦後の名ヤジとして今に至るも語り継がれているのが、三木武吉の「だるま発言」だ。大正9年1月、 原敬(はら・たかし)内閣が海軍拡張に乗り出したときの予算説明で、その風貌から「だるま蔵相」の異名を持つ高橋是清(のち首相)が「この計画のため陸海軍は ともに難きを忍んで長期の計画とし、陸軍は10年、海軍は8年」と言ったとたん、議場から「だるまは9年!」と三木のヤジが飛んだ。

ブログ子もメカケ取材をしたことがある。以前、このブログで「選挙モンスター『河村たかし』の影に『春日一幸』で書いたことだが、再録する。

昭和43年の暮れ、御用納めが近い頃だったが議員会館の民社党の春日一幸・書記長の部屋に呼ばれた。事務所にはもう一人、週刊誌、 「女性自身」の記者がいた。春日書記長はゲラを手に私に「明日発売で店頭に並ぶそうだ。あなたには包み隠さず 話してきたが、公になる以上職を辞することとした。このあと記者クラブで発表します」ということだった。

2、3週間前に「春日一幸は妾を持っている」とタレ込みがあった。取材は普通、周りから調べて固めていくが、早い段階でご本人があっさり「さようでござ る」と認めたうえ、現在七人であることも口にした。名古屋に二人、春日部に一人、東京にウン人・・・とスラスラ。数は言わなかったが、外に子どもがいることも隠さなかった。これ以上調べる必要もないくらいだ。なにより、民社党の番記者が毎日、書記長宅で行っている会見だが、その家が妾宅ときている。民社党担当記者は そんなこととっくに承知の上なのだった。

タレ込みは本当だった。取材は普通、周りから調べて固めていくが、早い段階でご本人があっさり「さようでござ る」と認めたうえ、現在七人であることも口にした。名古屋に二人、春日部に一人、東京にウン人・・・とスラスラ。数は言わなかったが、外に子どもがいることも隠さなかった。これ以上調べる必要もないくらいだ。なにより、民社党の番記者が毎日、書記長宅で行っている会見だが、その家が妾宅ときている。民社党担当記者は そんなこととっくに承知の上なのだった。

東京からも地元の名古屋からも離れて、なんで「春日部」なのか。語 呂合わせとしか思えない場所である。他の女性もみなそこそこのおトシであることから、戦争未亡人の面倒を見ているのではない かとも思えた。そうなるとなんだか美談のようでもある。こんな話が記事になるのだろうか、考え込んでしまった。迷っているうちに、議員会館に呼ばれたのである。

 愛人を囲った政治家を挙げれば枚挙にいとまがない。鳩山一郎、佐藤栄作、吉田茂、岸信介、大野伴睦、犬養健、田中角栄、船田中、 石田博英、宇野宗佑、田村元、橋本龍太郎、石原慎太郎、小沢一郎、森喜朗、山崎拓、中川秀直・・・。第44代衆院議長を務めた西武グループの創業者である堤康次郎など、子供が100人以上いたという。誰一人としてメディアで公然と暴き立てられた者はいない。

最近は女性議員の不倫も週刊誌のターゲットになっている。故中川昭一の妻・中川郁子の同僚との路チュー始め、元スピードの今井絵理子と地方議員との不倫、三原じゅん子がどうしたとか、山尾志桜里(立憲民主、国民民主と渡り歩き現在は菅野志桜里で弁護士活動)がトシ下の弁護士と不倫してたとか、まさに国会も「男女平等」のこの道である。

当時のマスコミが持っていた「矜持」と言うものを、今の週刊誌に求めるのは「無いものねだり」なのだろうか。

「トランプ大接戦」と虚報を流した日米メディアの責任

共和党のドナルド・トランプ前大統領は民主党のカマラ・ハリス副大統領に圧勝した。トランプは開票過程で一貫してハリスに明確な差をつけ、激戦州も次々に制して早い段階で「当確」が出た。9日、最後まで勝敗が決まっていなかった西部アリゾナ州でも勝利を確実にし、全州の勝敗が確定した。

選挙人全538人のうちトランプ氏が312人を獲得し、民主党のハリス副大統領は226人にとどまった。アリゾナは激戦7州の一つに挙げられ、トランプ氏は7州全てで勝利した。(共同)そこで問題になるのが、「史上まれに見る大接戦」と”虚報”を流し続けた日米メディアの責任である。

ブログ子はテネシー州ナッシュビルに女性牧場主の知己がいる。義兄がここでタイヤメーカーの社長をしていたのでゴルフや馬に乗るためよく行っていたせいだが、彼女は「流れ込んでいる移民問題はもはや危険段階だ」と早くからトランプ優位を伝えていた。ただ、この地は「風と共に去りぬ」の舞台で、南軍の拠点だったことからわかるように、共和党の岩盤である。上流白人層の意見ととらえていた。

だから、「大接戦」になるという報道の方を信じていた。日米の主要メディアからトランプに対して「民主主義の敵」とか「ヒトラー」「ウソつき」という激しい言葉を浴びせ、カマラ・ハリス本人もトランプへ汚い言葉で個人攻撃しても、さもありなん、と受け止めた。

だがトランプに投票した七千数百万の米国民の意思は圧倒的だった。結果が示すのは、日米メディアは終始「ウソ」を流してきたということだ。ハリスがトランプに対して互角か、互角以上に健闘しているかのように報じてきた主流派メディアによる恣意的な印象操作だったのだ。この際、なぜそうなったのかはきちんと分析して、報道する責任があるだろうに、日米ともいまだになんの反省報道がない。

アメリカの主要メディアは日本と違って「中立」を装わない。ニューヨークタイムズ、ワシントンポスト…みな、骨の髄まで民主党一辺倒である。例えば、投票直前の10月23日、ロサンゼルス・タイムズの編集委員が辞任を表明した。理由は「同紙のオーナーからハリスを支持するという編集側の決定が阻止されたことへの抗議だ」という具合。

アメリカメディアは「接戦」ではないことは事前調査で分かっていたはずである。だから、危機感を煽って民主党への票を掘り起こすべく、「接戦」報道をしたのではないかという疑念がぬぐえない。一方、日本のメディアだが、どこの新聞社の特派員も事前調査する金も力も持ち合わせないし、政界に食い込めていないから、これら主要紙の「丸写し」を常とする。NHKも、金はあるだろうが3,4年で異動するサラリーマンだから右へ倣えである。これを機に、「NYタイムズは…」とか「ワシントンポストによると…」というお決まりのニュースを見直すいい機会だ。

トランプ勝利の第一要因は上述したように、リベラル左翼と化した民主党がすすめた「移民に甘く、過激なLGBDや女権、環境問題への肩入れが過ぎる」ことへの嫌悪感だが、第二の要因は「SNS」(ソーシャル・ネットワーク)の使い方でトランプ陣営の方が上手を行ったことが挙げられる。

前回の大統領選挙では、SNSでのトランプ側の情報発信は厳しく制限された。トランプ自身がTwitterから排除されて、情報発信できなかった。今回は、イーロン・マスクがそのTwitterを買収して、Xに切り替えた。そればかりかトランプ陣営に巨額の献金をして選挙活動を支えた。これにより、トランプはXでの情報発信が自由になったばかりか、主流派メディアが隠している情報がXで簡単にわかるようになった。

例えば、最終盤でトランプがマクドナルドでバイトをしている映像が話題になったが、これはハリスが高校生の時にマクドナルドでバイトしていたというウソを拡散するための手段だった。ハリスは上流階級の出身で、バイトなどとは無縁の生活をしてきたのだが、庶民派ぶってウソをついていた。だが、反トランプの主流派メディアはこうしたハリスに関するマイナス面を報じなかった。Xでトランプのパフォーマンスが流れて、ハリスの裏側が知れ渡ったのだ。

イーロン・マスクは移民問題を持ち出し「トランプが勝たなければ、この選挙が民主的な最後の選挙になる。激戦州に不法移民を大量に入れて、彼らに選挙権を与えれば、激戦州を民主党の州に変えることができる。そういうことをさせないためには、どうしてもトランプに勝たせなければならない」と訴えて共感を生んだ。

トランプの勝利は移民問題への危機感だったといって間違いない。これは明日の日本の問題でもある。身近に川口のクルド人問題があるが、そもそも、中東の「国を持たない民族」がなぜ、いつの間にか日本に何千人と入ってきたのか。移民に甘い国と知って陸続とやってきたのを誰も問題視しなかったからではないか。トランプの勝利を聞くとき、日本も他山の石として、移民問題を真剣に考えるべきである。