寺社に油かけた男の素性

金山昌秀

金山昌秀

奈良や京都、千葉の寺社などに油のような液体がまかれた事件に絡み、米国在住で東京都内に拠点があるキリスト教系の宗教団体幹部の疑いが強くなり、千葉県警は建造物損壊容疑で逮捕状を取った。このうち、奈良県内の複数の寺社でまかれた油の成分が奈良県警の調べで一致、さらに、奈良県内の6寺社と京都の東寺、千葉の成田山新勝寺などの防犯カメラに、油をまくような不審な動きをする男が映っていていずれもレンタカーで寺の近くに宿泊した不審者情報などから男が浮かんだ。

テレビでは「NY在住の日本人医師」とされるが、神社仏閣に油をかけるなど日本人としては異常な行動ぶりで当初から大陸系の人物ではないかと噂されていたが、帰化した韓国人だった。韓国に多いキリスト教系カルト教団の教祖で、除霊のため油をまいていた。

逮捕状が出たのは、IMM(インターナショナル・マーケットプレイス・ミニストリー)というキリスト教系宣教団体を2013年に創立した金山昌秀(52)。IMMのサイトや講演会パンフレットによると、

「東京出身。17歳で主イエス・キリストと個人的に出会いクリスチャンとなる。神からのクリスチャンドクターとしての使命を受け、東京の駒場東邦高卒業後すぐに渡米しウイスコンシン大学医学部、メイヨークリニック医学部大学院チーフプレジデント婦人外科専門医課程修了、ミネアポリス市で開業医経験の後、NY子宮内膜症センターを解説。2006年以降は毎年全米で子宮内膜症不妊症分野でトップドクターのひとりとして選ばれる。現ジョンズホプキンス大学医学部客員研究員,NYマウントサイナイ医学部産婦人科臨床助教授。祈りを通して主イエスキリストによる多くの癒やしと奇跡が起き、今は世界中から子宮内膜症や難病患者が来られる。最新の高度な卓越したテクニックを持ちつつ、神の声に従い全人的な癒しをクリスチャンドクターとして世界中の患者さんに提供している。共和党議員からなる医療改革委員会の顧問でもある。ノルウエーやヨーロッパの教会からの招待で癒しの講演も開いている。2011年の東日本大震災以降は主から度々日本に遣わされ、リバイバルの働きに従事している」

このての「肩書」はどこまで本当かわからないことが多く、あとから「?」符がついてまわるものだ。本人が出自について触れているくだりがる。これは本当だろう。

「私は在日韓国人として東京で生まれました。自分は何人なのか長い間アイデンティ?ーの葛藤に苦しみました。そのような私が本当のアイデンティティーを見出したのは留学先のアメリカのことでした。自分が日本人なのか韓国人なのか、よくわからない存在でした。それから間もなく、ちょうど井戸においてイエス・キリストがサマリアの女と一対一で出会ったように、私も生けるキリストに出会い、『私達の国籍は天にある」というすべての人を包み込むスピリチュアル・アイデンティティー』を発見することができたのです」
IMMサイトでは金山氏の説教動画も公開されている。また、「IMM決起集会の報告」というページには以下のような記述がある。

「日本の霊の戦いでは、ここ2年間、立山、石鎚山などに行きましたが、先日 ”日本の君”の所に行き、主に語られた霊の戦いを終えることができました。3回目は九州、4回目の今年5月には、のろわれた城、灯台、のろいの石、怪物のいる洞窟(九州)、このような場所からのろいが出てくるのです。」

日本各地には「のろいの地」があり、彼はそこから出てくる「のろいの霊」と戦ってきた。「”日本の君”の所」という言葉が指しているのは、京都御所、あるいは皇居か。城や寺社に油をまいたのも、その一環だったというのだが、理解に苦しむ教義ではある。

新宿区の花園神社の近所にある純福音教会という、韓国の創価学会と呼ばれる新興宗教が彼が最初に行った教会でそこで開眼したという。現在、地球村教会という新興宗教の教会を経営していて、これは典型的な韓流の新興宗教だそうだ。

油のような液体がまかれる被害は今年2月、世界遺産・二条城(京都市)で最初に確認され、3月以降は東寺(同)や東大寺(奈良市)、成田山新勝寺(千葉県成田市)などで相次いだ。警察庁のまとめでは、5月7日までに14府県43カ所で確認されている。これだけ長くアメリカにいるのならグリーンカードくらいは持っているのだろうから、さっさと日本のパスポートを取り上げてしまうことだ。

繰り返す「バター不足」は農水省の畜産無策

農林水産省は、2015年度もバターが不足する見通しとなったため、10月までに約1万トンのバターを緊急輸入する。2015年度のバターの生産量は6万4800トンで、需要量を7100トン不足する見通しだからという。14年度も1万トンのバターを緊急輸入したが、国内メーカーとの調整がうまくいかず、全国で家庭用バターが不足した。数年前には北海道の酪農家が牛乳を捨てている写真が流れたばかりである。愚かなことを何度繰り返すのか。

食料自給率の面から見ても、目標(カロリーベース)を50%から45%に引き下げたばかりである。これは、民主党政権が2010年にパンや麺などに加工する米粉の生産を、約1000トンから20年度に50万トンに増やすなどの計画を立てた。兼業のコメ農家などにも補助金を一律で配る戸別所得補償制度を導入し生産を促す考えだったが、行き詰まったため下げたのだが、1万トン輸入で更に自給率達成は困難になるというのに、民主党はもちろん立案にあたった役人も誰一人として責任をとらない。

バター不足の原因は3つある。

①農水省の減産指示
2008年にもバター不足が起きたが、これは農林水産省が、国産バターが余っているからということで、2007年にバターの減産を指示したことによる。その後もバター需要が減るという予測を立て、国産バターの減産を指示し続けたが、予想に反し国内のバター需要は減らず深刻なバター不足を招いた。

②酪農家の減少

名称未設定 1円安により飼料価格が高騰し、2013年から1年で3倍にまで上昇し、さらに最近では1ドル=125円。ほとんどを豪州などからの輸入に頼っている現状では採算がとれなくなった。加えて酪農は、過酷な肉体労働であること、今後もTPPなど海外の「外圧」の影響を受けやすいことに嫌気がさした酪農家が後継者不足と相まって、高齢の酪農家が次々に廃業していること。

③乳製品の生産順位

乳製品の生産順位の問題が大きい。生乳の中で一番高く売れるのは牛乳用で、酪農家の方も真っ先に牛乳用として出荷する。だから未だに牛乳不足は生じていない。その次がヨーグルトやチーズで、余ったものがバターになるという図式である。それぞれに助成金の問題もついて回る。

バターメーカーと市場任せになっていて彼らから見て価格が安いバターは取り残される、ということである。現に2015年4月には雪印メグミルクが、バターの値上げを実行している。

とりわけ農水省が出している“チーズ補助金”の仕組みが偏りを大きくしている。「農水省は数年前から国産チーズの増産を謳い、『チーズ向け生乳供給安定対策事業』として、チーズ製造に関わる業者(乳業メーカーや酪農家)に対して、2分の1補助を始めた。また、チーズ向け生乳に対しても補助金(チーズ向け生乳に対して1リットル15.41円)が今年4月から恒常的に支給されるよう正式に制度化された。こうしたチーズ生産用に前年を大きく上回る生乳が回されていることが「バター不足」の元凶といってよいのだ。

ブログ子の大学の運動部の仲間には畜産専攻の友人が何人もいた。彼らの必須に「卒業製作」というのがあってバターやチーズ、アイスクリームからハム、ソーセージまで一からつくる。おすそ分けでお相伴したが市販のものよりはるかにうまいのである。流通させるとどうして味が落ちるのか門外漢のブログ子にはわからなかったが、バター不足の原因ははっきりわかる。役人の無能、無策である。

我が家の女性2人は、バター不足などどこ吹く風である。フランスの「エチレ」というバターがおいしいといって国産バターには見向きもしない。おかげでこのメーカーの木製のバケツ型容器が山になっていて、砂糖入れや歯ブラシ入れにまでなってあちこちにある。国産バターを食べるのはブログ子一人、食料自給率の危うさは身近である。

昨日の読売新聞に「官邸に嫌われたら、出世できない」と中堅役人のボヤキ記事があった。内閣人事局制度がスタートして全省庁のキャリアの査定を握るようになって、人事権を握る官邸の反応を役人たちが気にしているというものだが、今回の「バター不足」のような役人の失政には、官邸がキャリアといえども首を取るようにしたらどうか。

TVのスイッチを切る議員

ブログ子は国会中継をよく見る方だが、登場すると即スイッチを切る議員が何人かいる。辻元清美民主党議員、江田憲司前維新の党共同代表、志位和夫共産党委員長、福島瑞穂社民党副党首‥他にも与野党にわたるが、その理由を挙げている紙幅がないからやめるが、まあ、どなたにもわかるだろう。

その筆頭にあげた、辻元清美議員に、安倍首相が28日の衆院平和安全法制特別委員会で「早く質問しろよ」とヤジを飛ばした。陳謝しておさまったがまあそれも織り込み済みだろう。

plt15052800社民党時代「ソーリ、ソーリ」で名を売ったが、福島瑞穂党首との「女の闘い」に破れ民主党に駆け込み、福島党首から「理念より権力に近寄る方を選択する人」といわしめた。とにかくこの人はテレビに写ることと名前を売ることだけに専念していて、いつもテレビカメラに入る位置に座っていることで有名だ。

今国会では民主党は「答弁が危なっかしい」とにらむ中谷元防衛相に質問を集中させる戦術で、この日も「ソーリ、ちょっと待って。中谷大臣に聞いてるんですから」 「ダイジン、自分の言葉でしゃべってください」「ダイジンにお聞きしているんですよ」。安倍首相が手を挙げて発言しようとすると、辻元氏が「ダメ」と制する図式が続いていた。 同時に首相に対しては「答弁が長い」として可能な限り避ける作戦に出て、委員室にストップウオッチを持ち込み「3分を超える答弁があった」と牽制するなど足を引っ張ることばかり。

加えて、この「ソーリ」おばさんは「機雷掃海を実施すれば日本はテロに巻き込まれる」などとアホな“安保論争”を公言するから安倍首相が「早くしろよ」と苛立つのもよく分かる。しかも「ソーリ」おばさんの数分前には民主党の質問者として、長島昭久元防衛副大臣が立ち、安保政策の基本方針を「おおむね首肯したい」と賛同した上「政府は広い視野で取り組んでもらいたい」とエールまで送っているのである。

安保法制を巡っては党内が分裂していて民主党はまとめられないのだが、そのまま国会に持ち込んだ形で 与野党から「同じ党の2人とは思えない」との声が漏れていたのである。テレビ中継を見ていた人の多くは、尖閣での漁船衝突事件で無様な対応をした民主党政権時代を思い出したことだろう。今も続いていたら、とゾッとするが、ルーピーやイラ管がいたら東シナ海はグレーゾーン化されていた可能性が高いのだ。

またも「おかしな判決」

東京都立高校の入学式や卒業式の国歌斉唱で起立しなかった筋金入りの元教員22人が定年になった。都教委は平成15年10月、卒業式などで国旗に向かって起立し、国歌斉唱することを義務づけ、従わない教職員は服務上の責任を負うとする通達を出した。

原告らはこれらの職務命令に従わずに戒告などの懲戒処分を受け、再雇用を申請したが不合格となった。

都教委はこんな「左巻き」は再雇用しないことにした。当たり前のことである。

ところが東京地裁(吉田徹裁判長)は25日、再雇用が定年後の生活安定を目的にし、希望者の9割以上が再雇用されていることから、「教員が再雇用を期待するのは合理的な理由がある」と言及。「不起立は不合格にするほどの違反ではない」とした。その上、ご丁寧にも、都に約5374万円(1人当たり約211万~約259万円)の支払いを命じる判決を言い渡した。

司法記者クラブで会見する原告たちと弁護団

司法記者クラブで会見する原告たちと弁護団

判決後に会見した原告団代表で元教員の泉健二さん(68)らは「都教委の行ったことはひどいものだと認めてもらった」と述べた。一方、都の中井敬三教育長は「判決は大変遺憾なことで、内容を精査して今後の対応を検討する」とコメントした。

先月、福井地裁の樋口英明裁判長が関西電力高浜3、4号機の再稼働差し止めを命じる仮処分を決定。その理由として「原発は100%の安全性、ゼロリスクでなければいけない」とした時にも「おかしな裁判官が国を滅ぼす」と、このブログで書いたばかりである。

地裁というのは時々おかしな判決が出るところではあるが、幸い、上級審で「まとも」に修正されるものである。 同様の再雇用拒否をめぐる訴訟では、1審判決が元教員への賠償を命じたが2審で逆転敗訴。23年に最高裁で敗訴が確定している。

同じような結末を迎えると思うが、それまでは22人とその支援者の「勝った、勝った」の宣伝戦が続く。うんざりである。

安らぎと癒しを与えてくれる「セラピー犬」の写真29枚

高度に訓練された犬もそうでない犬も、犬たちが持ち合わせているセラピー(安らぎと癒やし)の能力は大変なものがある。

イヌばかりでなく ネコも他のペットもそうなのだが、以下に紹介するセラピー犬として活躍する29枚の写真を見ると、何年か前に亡くなった我が家のゴールデンリトリーバー犬「エディー」や.フラットコーテッドリトリバー犬の「アナスタシア」(アーチャ)は、我々家族の方が癒やされていたことに気づくのである。

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ブログ子の馬術部の先輩で同じように馬が持っている能力に注目して「セラピー・ホース」でいろんな施設を巡回している方がいるが、その効果たるやなまじの薬など足元にも及ばないという。   以下はセラピー犬の活躍場面集。

http://izismile.com/2015/04/17/therapy_dogs_are_four_legged_miracle_workers_29_pics.html

01 リハビリセンターで病気のおばあちゃんに抱っこされるのが大好きなピーチ。

02 子供たちを助けるスーパードッグ。

03 子供たちの読書をサポートする図書館犬のミア。

04 ボストンマラソンの爆弾テロの後、患者を慰めるレトリバーのルターとルーシー。

05 ときには路上でセラピー。

06 いくつかの大学では、実家に最愛のペットを残してきた学生たちのストレスを和らげる役目の犬たちがいる。

08 兵士のPSTD(心的外傷後ストレス障害)を癒すセラピー犬。

10 体の一部を失った兵士のリハビリも、精神面からサポート。

11 アフガニスタンの戦場で兵士とキスをするセラピー犬、ゾエ。

12 高齢者たちを癒す愛らしいブルドッグ。

13 ラングレー空軍基地のモリー。

14 アメリカ・メリーランド州で非営利で行われている、必要とする人々への治療サービス。

15 忠実な犬がそばにいるだけで、心が救われることも。

16 ライト・パターソン空軍基地病院のレイシー。

17 プエルトリコの子供病院の人気者、シベリアンハスキーのメロディ。

19 ジェントル・ジャイアントとは、この犬のこと。

20 この2匹がいるおかげで、子供たちも歯医者を恐れません。

21 めったに笑わないトレチャーコリンズ症候群の女の子を笑顔にする、ゴールデンレトリバーのホーガン。

22 ザンダーは盲目のパグですが、悲しい人を見つけると第六感を発揮して励まします。

23 グラウンドゼロで、数週間もの間、愛とケアを必要とする人々を慰めた、セラピー犬のティクバとソフィ。

24 銃乱射事件に遭遇した子供たちを慰めるために、やってきたセラピー犬。

24 犬の頭をなでるだけでも、ストレスを解消してくれる効果があります。

28 バーウィン学校でセラピー犬として10年働いたKobeの引退パーティ。

29 レッドは老人ホームでお年寄リに寄り添うのが仕事。

世界は偽善者であふれている

和歌山県太地町の伝統追い込み漁で捕獲したイルカの水族館展示をめぐり、世界動物園水族館協会(WAZA、本部スイス)が内部の倫理規範に違反するとして、日本動物園水族館協会(JAZA)に改善・除名通告を行っていた問題で、JAZAは20日、都内でWAZA加盟継続の賛否を問う会員投票を行い、WAZA残留の投票が多数を占めた。

JAZAに加入しているのは動物園89、水族館63の計152施設。このうち太地町からイルカの供給を受けていたのは約30の水族館で、これらの施設は今後、追い込み漁で捕獲したイルカの入手ができないことを意味している。

太地町のイルカ漁をめぐっては、シー・シェパードをはじめとする世界の反捕鯨団体や動物愛護団体が漁師らに悪質な嫌がらせを続けている。イルカの追い込み漁は、鉄棒をカンカンとたたき、複数の漁船でイルカの群れを入り江に追い込む。どこが「残酷」なのか、わけがわからない。

太地町のイルカ追い込み漁

太地町のイルカ追い込み漁

中心となっているオーストラリア、ニュージーランドからは「撲殺」(他の方法では肉がまずくなる)で得た大量の牛肉、羊肉が輸入されているから、「安楽死」させたものしか輸入しないと通告したらいい。

いくら反論しても彼らにはわからない。和歌山県の仁坂吉伸知事は「世界中からのいじめみたいな気がする」と述べているが、そのとおり「いじめ」そのものである。アメリカ、EUはもちろん反日で便乗する韓国、中国まで加わってかさにかかって攻めている。いくら「文化」だといったところで通じない。

菅義偉官房長官は20日の記者会見で、「政府としては、水族館の展示にできるだけ影響が生じないよう、JAZAの考えも聞きながら対応を検討したい」と述べ、イルカの追い込み漁については、「科学的根拠に基づいて、国が決めた捕獲枠内で県知事の許可を得て、適切な管理下のもとに行われる持続的な漁業であると思っている。捕獲にあたっても、イルカに傷がつかないよう適切な配慮をしている」と語っているが、特段の解決策があるわけでもない。

そこでブログ子が秘策を提案したい。

ヒントは韓国の朴槿恵大統領が20日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)のボコバ事務局長との会談で、日本が目指す「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産への登録に反対する考えを伝えた際の「日本が一部施設で非人道的な強制労働が行われた歴史に目を背け、世界遺産への登録を申請した。世界遺産条約の精神に背き、不必要な対立を招く」と語ったセリフである。相変わらずのあほらしいパターンだが、その韓国に見倣うのだ。

韓国もクジラを食べる「文化」をお持ちだが、この国で「偶然」捕獲されるクジラは日本の調査捕鯨の4倍以上という事実をご存知だろうか。韓国では国際取り決めを順守して、合法的な捕鯨は禁止されていて、偶然網にかかったもののみが流通している。この偶然網にかかったクジラの頭数は、2009年656頭、2010年656頭、2011年1098頭である。我が国の2012年の調査捕鯨では捕獲計画は900頭だったが、天候不良とシーシェパードの妨害行為で267頭しか獲獲できなかった。「偶然獲れた」韓国の数分の一である。

韓国ではクジラ肉の他イルカ肉も出回っていて、韓国語で鯨は「コレ」でイルカは「トルコレ」という。名前が似ているので韓国ではよく混同される。「鯨やってます」という食堂があって注文すると、すこし生臭いイルカの肉が混じったものが出てくる。(産経新聞・黒田勝弘元ソウル支局長)

日本以上にクジラとイルカを食べる韓国が、この問題で知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいる理由はこの「偶然網にかかった」クジラとイルカなのである。

イルカは伊豆半島の伊東でも穫れる。三陸海岸ではつい最近も100頭以上のイルカが打ち上げられた。和歌山県太地町でなくても「偶然」網にかかるイルカやクジラには事欠かないのである。

もうお分かりだろう。追い込み漁でなくともイルカは近海で簡単に手に入るのが日本なのである。偽善には偽善で対処すれば何も困ることはない。

いつまでも甘ったれるんじゃねえ

日本大震災の被災地について政府は、5年間の集中復興期間が切れる2016年度から、一部の事業で自治体にも負担を求める構えで、竹下復興相が先月、福島県を訪れ、関係首長に理解を求めたのに対し、内堀雅雄福島県知事や関係市町村長が猛反対している。

竹下復興相が「地元負担もありうると度々発言しているが、復興の基幹的な事業、東京電力福島第一原発事故の復興については全て国費でやらないといけない」と語り、地元負担の一部導入に理解を求めた。

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これに対し、内堀氏は11万人超が県内外で避難生活を続けている現状に触れ、「20年の東京五輪には東北が復興した姿を世界に発信したい。16年度以降の財源確保は極めて重要だ」と継続を求める主張を繰り返した。

すでに岩手、宮城両県にも地元負担を打診しているが、自治体からは「負担が大きければ、復興を断念しなければならない」「『負担』という言葉を使っただけで被災地の人々は落ち込む」などと反発する声があがった。

被災3県は16年度以降、復興事業に8兆円程度かかると主張している。一方、政府側は「緊急性が低い事業や、復興とのかかわりが薄い事業も多い」(政府関係者)として、5兆円程度が妥当なラインとみる。高台移転や堤防整備などは国が費用負担するが、内陸部の道路整備や産業振興などは、自治体にも費用負担させる方向だ .

当たり前のことなのに被災各地からは総スカンの声である。いい加減にしろと言いたい。福島県知事は代わったばかりだが前任の佐藤栄佐久知事など「自由に使える金3500億円」を要求した。たかりみたいなものである。

現地はどうなっているか。相馬市に親戚がいるので時々状況が入ってくるが、補助金、補償金づけで朝からパチンコ屋が繁盛していて、夜は一杯飲み屋の明かりが夜半まで消えることがないという。 週刊誌は「賠償金でパチンコ、高級車」の類の話が毎号賑わっている。

ブログ子がみた週刊新潮には、「金ならあんだ。東電からの補償金の600万円を全部、風俗で使ってやんべ」(中略)仮設住宅に住むというこの避難民は、結局、この日も9時間豪遊し、15万3000円を支払った。仮設住宅の駐車場にはBMWやレクサスなどの高級車が並び、2500万円~4500万円台のマンションが2カ月で完売。購入者の半分近くが避難民。総額1億5000万円を超える補償を得る所帯が200前後。「震災前の福島県民の平均年収が約300万円だから、その50年分ですよ」(県関係者)といった話が満載だった。

除染についても政府は、1~20mSVの地区を汚染状況重点調査地域に指定し、国の負担で除染を行うこととしているが、しかとした基準値があるわけでもなく東京大阪でもこれくらいの数値がでるところはいくらでもある。それを日当2万円で作業員を集め、5センチ剥いでは集積地に積み上げる。減らなければまた剥ぐという賽の河原のような意味のない作業を続けているところがゴマンとあるのだ。

「後期5年」の復興予算では、地元の負担割合を事業内容に応じて「0%」「1・7%」「2・5%」の3種類に分ける。通常の国道建設の場合には地元負担が原則3分の1程度なのに比べると、大幅に低めだ。

政府側には、11~15年度の復興事業を全額国費にしたことで、「身の丈に合わないムダな事業が生まれた」(政府関係者)との認識がある。少しでも地元が負担することで、事業が膨らむのを避ける狙いだ。ただ、被災地側は小規模な自治体を中心に負担そのものに反発している。

つまり国費におんぶにだっこを当てにしているのだ。もういいかげんにしろといいたい。 高台移転や独り暮らしをするお年寄りの見回りなど、復興の核となる事業は引き続き国が全額負担する。一方、国道などの主要インフラは事業費のうち1・7%の負担を地元に求め、その他の復興事業は2・5%とする方向だ。妥当もいいところである。

このほか三陸鉄道など利用客が減っているから採算などあてに出来ないものの、鉄路は人々の希望につながるものだから、まだまだ国費の投入が必要だろう。被災後、全国各地に「避難」して補償金で暮らし、被災地に戻ることなど考えていない人への補助は早々に打ち切るべきだ。

何でもかんでも原発のせいにして補償金を当てにするのはみっともないと知るときなのである。

◇ ◇ ◇

前回の「こまっしゃくれた15歳」に山口昌子氏からコメントが寄せられた。新聞を読んでいる方は気づかれたろうがパリ在住の前産経新聞パリ支局長である。心強い援護射撃を頂いた思いである。

こまっしゃくれた15歳

ドローンを飛ばすことになぜここまで執着するのか、よくわからない。ブログ子は知りたくもないが、そんなことより、警察官にくってかかるその屁理屈の並べ方、権利がどうの、「やめてもらえますか」を乱発するそのこまっしゃくれた物言いに胸糞がわるくなった。

15歳といえば中学生だろう。どこかの党か宗教団体の信者のような口答えぶりである。何度も「保護」されて、口頭注意した上で横浜の母親に引き渡されているのだが、すぐまたドローンを抱えて現れる。親も親だが、なにより本人の異常さが‏際立っている。少年法がどうのこうのでいくと顔写真も隠さねばならないのだろうが本人が警官とのやりとりを嬉々としてネット中継しているのだから斟酌する必要がないだろう。

6977e78e国会近くでドローンを飛ばした時のやりとりの動画をみれば異常ぶりは一目瞭然である。14日午後0時半ごろ、東京都千代田区永田町の国会議事堂前の憲政記念館の近くで、通行人から「(小型無人機)ドローンを飛ばそうとしている男がいる」と110番通報があった。警視庁麹町署員が駆けつけたところ、ドローンを地面に置き、パソコンを操作している少年(15)を発見。任意同行して事情を聞いた時のものである。
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動画サイトで「ノエル」と名乗るこの15歳は、警官に間もなくこの周辺はドローンの飛行が法律で禁止されると言われると「いまなってませんよね。(押収されたドローンを)とりあえず返してもらえますか」とくってかかり、ひったくろうとするのを阻止されると「あ、触った。なんで無理やりやるんですか、平穏にドローンを飛ばす権利はありますよね」

三社祭の方で保護された時には「拉致されています。この人達警官かどうか定かでない。警察手帳の提示を要求したが何も答えない。助けて」といった調子。

毎回、口頭注意した上で母親に引き渡されるのだが翌日にはどこかの盛り場に現れる。学校があるだろうに善光寺や川崎の事件現場、国会周辺など
に出没する。戦後教育の落とし子のような15歳である。逮捕して、自由には規律が権利には義務があることを教えたほうがよい。

朝鮮半島は狂っている

ともに-粉砕処刑された玄永哲氏(右)と張成沢氏

ともに-粉砕処刑された玄永哲氏(右)と張成沢氏

北朝鮮の玄永哲(ヒョンヨンチョル)人民武力相(国防相)(66)が4月30日頃、 金正恩第1書記により粛清されたという。玄氏は4月24、25日の朝鮮人民軍第5回訓練指導官大会で、居眠りをしているところを金第1書記に見つかった。このほか、金第1書記の命令に対して何度か口答えをするなど、不満を表明したことが理由とみられるという。

玄氏は逮捕され、平壌の姜健総合軍官学校の射撃場で、数百人の将校が見守る中、対空機関銃に加え火炎放射器まで使った残忍なものだったとの見方が出ている。金正恩第1書記の叔父、張成沢前国防委員会副委員長も万座の中で連行され13年12月に重機関銃でバラバラにされた処刑と同じく凄まじいものだったという。

普通ならこんな狂人についていく者はいなかろうから、クーデターでも起きそうだが、もはやその気力もないほど国中が疲弊しているのだろう。その意向をうけて日本にいる朝鮮総連のトップ、許宗萬(ホ・ジョンマン)議長の次男、許政道(ジョンド)容疑者(50)=東京都足立区=ら3人が逮捕された。、

平成22年9月27日、制裁で輸入が禁止されている北朝鮮産のマツタケ約1800キロ(輸入申告価格約450万円)を中国産と偽り、中国経由で不正に輸入したとしている。

マツタケでほそぼそと資金稼ぎとは物悲しいが、ここまで追い詰められていれば拉致被害者の調査など政治がらみでまともにするわけもない。返事など期待できないだろう。もはや制裁を強化して北朝鮮の崩壊を進めるしかない。

北が北なら南の韓国もひどいものだ。安倍晋三首相が米議会で行った演説はなかなかのものでスタンディングオーベイション14回という大受けだったが、韓国ではこれが面白くない。韓国に詫びる言葉がなかったと、なんと韓国国会は糾弾する決議を全会一致で採択した。

いわゆる従軍慰安婦問題について「人身売買の犠牲」と表現したことを取り上げ、「本質をぼかしている」と主張。さらに、「侵略や植民地支配、慰安婦問題に触れなかった」と反発した。集団的自衛権の限定的な行使を盛り込んだ新たな安全保障法制の整備や首相の靖国神社参拝についても批判した。

当然、官房長官は「同盟国に対して非礼である」と不快感を露わにしたが、国民は不快を通り越して嫌韓がまたもや増幅された。

ブログ子は嫌韓ではなく「棄韓論」である。なにも独断ではなく、筑波大学大学院教授の古田博司氏がいっていることで「韓国に対しては『助けない、教えない、関わらない』を『非韓三原則』にして日本への甘えを断ち切ることが肝要」との説に頷くものである。

助けてもロクなことがないから。教えても感謝せず、むしろ「ちゃんと教えない」などと難癖をつけてさらに要求してくる。造船、自動車、繊維、鉄鋼すべての分野でこれである。新日鉄がポスコ相手に技術を盗んだとして東京地裁に提訴している一件が良い例である。間もなく判決が出るだろうが、軍事部門でもでたらめでアメリカが渡した戦闘機のブラックボックスを勝手にあけてもとに戻せずアメリカを怒らせた。

今年中に日本からオーストラリアに「こくりゅう」型最新鋭潜水艦が「共同開発」の名のもとに引き渡される協定が成立する。日本の潜水艦は、水の抵抗を減らす技術や静粛性、ステルス性能、空気を使わず発電し、長期間の潜水を可能にするシステムなど、各国の防衛関係者が一目置く。

韓国では対北朝鮮をにらみ潜水艦の建造に力を入れているが、反日のお国柄で欲しいとは口が裂けても言えない。ドイツの独HDW社が設計した「214級」(約1800トン)をライセンス生産という形で建造、運用している。18年までに計9隻を建造する計画で、1番艦の「孫元一」は2006年に進水し、現在4番艦まで完成している。3番艦にはわざわざ伊藤博文を暗殺した「安重根」の名がつけられたほどだ。

4隻完成と言いたいが実は1隻も活動していない。エンジン不調、浸水、本来ならエリートであるはずの潜水艦乗組員への志願も、劣悪な職場環境を嫌って減っているという。欠陥だらけの上、乗り手もいない潜水艦隊である。

サムソンもおかしくなってきた、ヒュンダイ自動車も低迷、造船業界も世界一の座を明け渡した。パク大統領は沈没したセウォル号を110億円掛けて引き上げると約束したが、イタリア頼りで約束の1年後にはまず引き上げられない。費用も倍以上膨らむだろう。そのうち打ち切り話になるのではないか。

経団連の榊原定征会長(東レ会長)ら韓国訪問団が、1日朴槿恵大統領と会談したが、朴大統領は、慰安婦をはじめとする歴史認識問題で日本側の「真摯な提案」に対する期待感を示した上で、「韓国側も環境を整備していきたい」と述べたという。歴史認識と切り離して経済交渉を行うと折れてきた。

要するに北と同じで南も沈没を待てば良いのである。

安倍首相 米議会演説全文

plt15043000アメリカの上下両院議会議員を前にした安倍首相の演説全文を読んだ。よく練られた素晴らしい演説だった。日本ならちょっと恥ずかしいほどの、ジョークやジェスチャー、会場にグアム島でのかっての敵同士が握手するという演出も交えての45分間、スタンディング・オーベイション10数回というのもうなずける。

バイデン米副大統領は「アジア諸国に共感を示したことに最も好感を持った。首相は日本側の責任を非常に明確にした」と評価した。モンデール元駐日米大使も、「Aプラス(最高評価)だ」と強調。首相が28日のオバマ米大統領との共同記者会見で、慰安婦問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話を継承するとしたことを「謝罪」ととらえた。

ブログ子は戦後飢えた日本人に届いた援助物資、ララ物資に触れた下りに深く共鳴した。説明しないと最早わからないだろうが、「腹を空かせ、病に苦しむ日本の子供たちを救おう」と、食料品や医薬品さらには日用品などの膨大な救援物資が「ララ物資」あるいは「ケア物資」として海外のNGOの手により届けられ、1946年から1952年までの間に、1,400万人以上、即ち当時の日本人の6人に1人の割合でその恩恵を受けたと言われる。(LARA ; Licensed Agencies for Relief in Asia:アジア救援公認団体)が提供していた。脱脂粉乳は美味しくはなかったがこれで日本は餓死からまぬがれたものだ。

一方、わざわざ議場に李容洙という従軍慰安婦を連れてきて場外で在米韓国人と謝罪せよデモをしたマイク・ホンダ下院議員は、「首相が慰安婦に対する旧日本軍の組織的な残虐行為の責任から逃れ続けようとしていることは、衝撃的で恥ずべきことだ。演説では謝罪もしなかった」と主張した。韓国の主要各紙は韓国側が期待していた「侵略」「植民地支配」への謝罪がなかったなどとして批判した。

中央日報は「米国に謝罪した安倍、慰安婦には言及もせず」との見出しを掲げ、「米国には最大限の礼を尽くして哀悼を表しながら、日本のために犠牲になった隣国の国民への哀悼はなかった」と非難した。

東亜日報は「歴史への謝罪を無視した安倍、米議会の拍手は免罪符にはならない」との社説を掲載、「十分な謝罪がないまま、(日本が)戦犯国家の札を外して、世界平和の責任を果たす役割を担うことに賛成できない」と主張した。

いつもながらの「愚かな人たち」だがこの演説を読めば、彼らがなかったと騒ぐ「謝罪」や「歴史認識」も十分文脈に染み渡っていることがわかる。それがわからないと言うのは国語力と歴史認識と教養がないからである。わかるように安倍首相演説の全文を掲示する。(原文は英語なので産経新聞の訳文から=見出しも)

原文(英語)に興味ある方は下記URLに。

http://www.mofa.go.jp/na/na1/us/page4e_000241.html

◇ ◇ ◇

「希望の同盟へ」   安倍晋三首相の米上下両院合同会議演説

 ■はじめに

議長、副大統領、上院議員、下院議員の皆様、ゲストと、すべての皆様、1957年6月、日本の総理大臣としてこの演台に立った私の祖父、岸信介は、次のように述べて演説を始めました。

「日本が、世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」

以来58年、このたびは上下両院合同会議に日本国総理として初めてお話しする機会を与えられましたことを、光栄に存じます。お招きに、感謝申し上げます。申し上げたいことはたくさんあります。

でも、「フィリバスター」(注=議事進行妨害)をする意図、能力ともに、ありません。

皆様を前にして胸中を去来しますのは、日本が大使としてお迎えした偉大な議会人のお名前です。

マイク・マンスフィールド、ウォルター・モンデール、トム・フォーリー、そしてハワード・ベイカー。民主主義の輝くチャンピオンを大使として送ってくださいましたことを、日本国民を代表して、感謝申し上げます。

キャロライン・ケネディ大使も、米国民主主義の伝統を体現する方です。大使の活躍に、感謝申し上げます。

私ども、残念に思いますのは、ダニエル・イノウエ上院議員がこの場においでにならないことです。日系アメリカ人の栄誉とその達成を、一身に象徴された方でした。

■アメリカと私

私個人とアメリカとの出会いは、カリフォルニアで過ごした学生時代にさかのぼります。家に住まわせてくれたのは、キャサリン・デル-フランシア夫人。寡婦でした。亡くした夫のことを、いつもこう言いました、「ゲイリー・クーパーより男前だったのよ」と。心から信じていたようです。

ギャラリーに、私の妻、昭恵がいます。彼女が日ごろ、私のことをどう言っているのかはあえて聞かないことにします。

デル-フランシア夫人のイタリア料理は、世界一。彼女の明るさと親切は、たくさんの人をひきつけました。その人たちがなんと多様なこと。「アメリカは、すごい国だ」。驚いたものです。

のち、鉄鋼メーカーに就職した私は、ニューヨーク勤務の機会を与えられました。 上下関係にとらわれない実力主義。地位や長幼の差に関わりなく意見を戦わせ、正しい見方なら躊躇(ちゅうちょ)なく採用する。

--この文化に毒されたのか、やがて政治家になったら、先輩大物議員たちに、アベは生意気だと随分言われました。

■アメリカ民主主義と日本

私の名字ですが、「エイブ」(注=エイブラハム・リンカーン大統領の愛称)ではありません。アメリカの方に時たまそう呼ばれると、悪い気はしません。民主政治の基礎を、日本人は、近代化を始めてこのかた、ゲティズバーグ演説の有名な一節に求めてきたからです。

農民大工の息子が大統領になれる--、そういう国があることは、19世紀後半の日本を、民主主義に開眼させました。

日本にとって、アメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした。出会いは150年以上前にさかのぼり、年季を経ています。

■第二次大戦メモリアル

先刻私は、第二次大戦メモリアルを訪れました。神殿を思わせる、静謐(せいひつ)な場所でした。耳朶(じだ)を打つのは、噴水の、水の砕ける音ばかり。

一角にフリーダム・ウォールというものがあって、壁面には金色の、4000個を超す星が埋め込まれている。

その星一つ、ひとつが、斃(たお)れた兵士100人分の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。

金色(こんじき)の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません。しかしそこには、さもなければ幸福な人生を送っただろうアメリカの若者の、痛み、悲しみが宿っている。家族への愛も。

真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海…、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。

歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷(もくとう)を捧(ささ)げました。

親愛なる、友人の皆さん、日本国と、日本国民を代表し、先の戦争に斃れた米国の人々の魂に、深い一礼を捧げます。とこしえの、哀悼を捧げます。

■かつての敵、今日の友

安倍晋三首相の演説で紹介され、握手を交わす新藤義孝前総務相(左端)とスノーデン元米海兵隊中将

安倍晋三首相の演説で紹介され、握手を交わす新藤義孝前総務相(左端)とスノーデン元米海兵隊中将

みなさま、いまギャラリーに、ローレンス・スノーデン海兵隊中将がお座りです。70年前の2月、23歳の海兵隊大尉として中隊を率い、硫黄島に上陸した方です。近年、中将は、硫黄島で開く日米合同の慰霊祭にしばしば参加してこられました。こう、仰っています。

「硫黄島には、勝利を祝うため行ったのではない、行っているのでもない。その厳かなる目的は、双方の戦死者を追悼し、栄誉を称(たた)えることだ」

もうおひとかた、中将の隣にいるのは、新藤義孝国会議員。かつて私の内閣で閣僚を務めた方ですが、この方のお祖父さんこそ、勇猛がいまに伝わる栗林忠道大将・硫黄島守備隊司令官でした。

これを歴史の奇跡と呼ばずして、何をそう呼ぶべきでしょう。

熾烈(しれつ)に戦い合った敵は、心の紐帯(ちゅうたい)が結ぶ友になりました。スノーデン中将、和解の努力を尊く思います。ほんとうに、ありがとうございました。

■アメリカと戦後日本

戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。

アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。自らに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は、誇りに思います。

焦土と化した日本に、子供たちの飲むミルク、身につけるセーターが、毎月毎月、米国の市民から届きました。ヤギも、2036頭、やってきました。

米国が自らの市場を開け放ち、世界経済に自由を求めて育てた戦後経済システムによって、最も早くから、最大の便益を得たのは、日本です。下って1980年代以降、韓国が、台湾が、ASEAN諸国が、やがて中国が勃興します。今度は日本も、資本と、技術を献身的に注ぎ、彼らの成長を支えました。一方米国で、日本は外国勢として2位、英国に次ぐ数の雇用を作り出しました。

■環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)

こうして米国が、次いで日本が育てたものは、繁栄です。そして繁栄こそは、平和の苗床です。

日本と米国がリードし、生い立ちの異なるアジア太平洋諸国に、いかなる国の恣意(しい)的な思惑にも左右されない、フェアで、ダイナミックで、持続可能な市場をつくりあげなければなりません。

太平洋の市場では、知的財産がフリーライドされてはなりません。過酷な労働や、環境への負荷も見逃すわけにはいかない。

許さずしてこそ、自由、民主主義、法の支配、私たちが奉じる共通の価値を、世界に広め、根づかせていくことができます。

その営為こそが、TPPにほかなりません。

しかもTPPには、単なる経済的利益を超えた、長期的な、安全保障上の大きな意義があることを、忘れてはなりません。

経済規模で、世界の4割、貿易量で、世界の3分の1を占める一円に、私たちの子や、孫のために、永続的な「平和と繁栄の地域」をつくりあげていかなければなりません。

日米間の交渉は、出口がすぐそこに見えています。米国と、日本のリーダーシップで、TPPを一緒に成し遂げましょう。

■強い日本へ、改革あるのみ

実は…、今だから言えることがあります。

20年以上前、GATT(注=関税および貿易に関する一般協定)農業分野交渉の頃です。血気盛んな若手議員だった私は、農業の開放に反対の立場をとり、農家の代表と一緒に、国会前で抗議活動をしました。

ところがこの20年、日本の農業は衰えました。農民の平均年齢は10歳上がり、いまや66歳を超えました。

日本の農業は、岐路にある。生き残るには、今、変わらなければなりません。

私たちは、長年続いた農業政策の大改革に立ち向かっています。60年も変わらずにきた農業協同組合の仕組みを、抜本的に改めます。

世界標準にのっとって、コーポレート・ガバナンスを強めました。医療・エネルギーなどの分野で、岩盤のように固い規制を、私自身が槍(やり)の穂先となりこじあけてきました。

人口減少を反転させるには、何でもやるつもりです。女性に力をつけ、もっと活躍してもらうため、古くからの慣習を改めようとしています。

日本はいま、「クォンタム・リープ(量子的飛躍)」のさなかにあります。

親愛なる、上院、下院議員の皆様、どうぞ、日本へ来て、改革の精神と速度を取り戻した新しい日本を見てください。

日本は、どんな改革からも逃げません。ただ前だけを見て構造改革を進める。この道のほか、道なし。確信しています。

■戦後世界の平和と、日本の選択

親愛なる、同僚の皆様、戦後世界の平和と安全は、アメリカのリーダーシップなくして、ありえませんでした。省みて私が心から良かったと思うのは、かつての日本が、明確な道を選んだことです。その道こそは、冒頭、祖父の言葉にあったとおり、米国と組み、西側世界の一員となる選択にほかなりませんでした。

日本は、米国、そして志を共にする民主主義諸国とともに、最後には冷戦に勝利しました。この道が、日本を成長させ、繁栄させました。そして今も、この道しかありません。

■地域における同盟のミッション

私たちは、アジア太平洋地域の平和と安全のため、米国の「リバランス」を支持します。徹頭徹尾支持するということを、ここに明言します。

日本は豪州、インドと、戦略的な関係を深めました。ASEANの国々や韓国と、多面にわたる協力を深めていきます。日米同盟を基軸とし、これらの仲間が加わると、私たちの地域は格段に安定します。

日本は、将来における戦略的拠点の一つとして期待されるグアム基地整備事業に、28億ドルまで資金協力を実施します。

アジアの海について、私がいう3つの原則をここで強調させてください。

第1に、国家が何か主張をするときは、国際法にもとづいてなすこと。第2に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。そして第3に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること。

太平洋から、インド洋にかけての広い海を、自由で、法の支配が貫徹する平和の海にしなければなりません。そのためにこそ、日米同盟を強くしなくてはなりません。私たちには、その責任があります。

日本は今、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう。戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます。

ここで皆様にご報告したいことがあります。一昨日、ケリー国務長官、カーター国防長官は、私たちの岸田外相、中谷防衛相と会って、協議をしました。今申し上げた法整備を前提として、日米がその持てる力をよく合わせられるようにする仕組みができました。一層確実な平和を築くのに必要な枠組みです。 それこそが、日米防衛協力の新しいガイドラインにほかなりません。昨日、オバマ大統領と私は、その意義について、互いに認め合いました。皆様、私たちは、真に歴史的な文書に、合意をしたのです。

■日本が掲げる新しい旗

1990年代初め、日本の自衛隊は、ペルシャ湾で機雷の掃海に当たりました。後、インド洋では、テロリストや武器の流れを断つ洋上作戦を、10年にわたって支援しました。その間、5万人にのぼる自衛隊員が、人道支援や平和維持活動に従事しました。カンボジア、ゴラン高原、イラク、ハイチや南スーダンといった国や、地域においてです。

これら実績をもとに、日本は、世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たしていく。そう決意しています。そのために必要な法案の成立を、この夏までに、必ず実現します。

国家安全保障に加え、人間の安全保障を確かにしなくてはならないというのが、日本の不動の信念です。

人間一人ひとりに、教育の機会を保障し、医療を提供し、自立する機会を与えなければなりません。紛争下、常に傷ついたのは、女性でした。私たちの時代にこそ、女性の人権が侵されない世の中を実現しなくてはいけません。

自衛隊員が積み重ねてきた実績と、援助関係者たちがたゆまず続けた努力と、その両方の蓄積は、いまや私たちに、新しい自己像を与えてくれました。 いまや私たちが掲げるバナーは、「国際協調主義にもとづく、積極的平和主義」という旗です。

繰り返しましょう、「国際協調主義にもとづく、積極的平和主義」こそは、日本の将来を導く旗印となります。

テロリズム、感染症、自然災害や、気候変動--。日米同盟は、これら新たな問題に対し、ともに立ち向かう時代を迎えました。日米同盟は、米国史全体の、4分の1以上に及ぶ期間続いた堅牢(けんろう)さを備え、深い信頼と、友情に結ばれた同盟です。自由世界第1、第2の民主主義大国を結ぶ同盟に、この先とも、新たな理由付けは全く無用です。

それは常に、法の支配、人権、そして自由を尊ぶ、価値観を共にする結びつきです。

■未来への希望

まだ高校生だったとき、ラジオから流れてきたキャロル・キングの曲に、私は心を揺さぶられました。

「落ち込んだとき、困ったとき、…目を閉じて、私を思って。私は行く。あなたのもとに。たとえそれが、あなたにとっていちばん暗い、そんな夜でも、明るくするために」

2011年3月11日、日本に、いちばん暗い夜がきました。日本の東北地方を、地震と津波、原発の事故が襲ったのです。

そして、そのときでした。米軍は、未曽有の規模で救難作戦を展開してくれました。

本当にたくさんの米国人の皆さんが、東北の子供たちに、支援の手を差し伸べてくれました。

私たちには、トモダチがいました。

被災した人々と、一緒に涙を流してくれた。そしてなにものにもかえられない、大切なものを与えてくれた。

--希望、です。

米国が世界に与える最良の資産、それは、昔も、今も、将来も、希望であった、希望である、希望でなくてはなりません。

米国国民を代表する皆様。私たちの同盟を、「希望の同盟」と呼びましょう。アメリカと日本、力を合わせ、世界をもっとはるかに良い場所にしていこうではありませんか。

希望の同盟--。一緒でなら、きっとできます。

ありがとうございました。

鬼畜にも劣る

 出来損ないの千葉の「18歳」について書いたばかりだが、この出来損ないの「両親」には心底、こちらが殺意を抱くほどである。

皆川朋美

皆川朋美

皆川忍

皆川忍

東京都足立区で2年前から行方不明になっている男児を虐待し死亡させたなどとして警視庁捜査1課は28日、いずれも無職で父親の皆川忍容疑者(31)と妻の朋美容疑者(28)を監禁致死と死体遺棄容疑で逮捕した。

逮捕容疑は、足立区入谷2の自宅アパートで2012年12月から約3カ月間、次男の玲空斗(りくと)君(当時3歳)をうさぎ用のかごで監禁。かごは中から開けられないようにしており、食事も2、3日に1回しか与えていなかったという。口にタオルをまくなどの暴行を加えて窒息死させ、遺体を段ボール箱に入れて同区千住の荒川に捨てたとしている。

その上夫婦は玲空斗君を監禁し死なせたとされる時期から1年3カ月後の14年6月、死亡を隠し児童手当や生活保護費計約43万円をだまし取ったとして詐欺容疑で逮捕されており、調べに「次男の死亡を届け出ると受給額が減ってしまうので届け出なかった」と供述した。

皆川忍容疑者(31)は足立区内のホストクラブで働いていたことがあり、客として店に来た朋美容疑者(28)と知り合って結婚した。次男の玲空斗君は3人目の子で、他に未就学児4人も含めて現在6人の子がおり、忍容疑者は定職についておらず家計は苦しかったという。

玲空斗君を含めて、7人の子をもうけていた夫婦なのに、なぜ玲空斗君が狙われたのか。忍容疑者は2014年10月、当時3歳の次女を虐待した容疑でも逮捕されたが、朋美容疑者は「玲空斗と次女は他の子供より言うことを聞かなかった」と供述している。

忍容疑者らは12年3月、埼玉県草加市から足立区に転居。児童相談所は乳幼児が多い家庭として、夫婦を見守り対象にしていた。児相は「玲空斗君が所在不明」との情報を得る14年5月までに11回家庭訪問したが、玲空斗君を確認できたのは2回だけで、死亡したとされる前月の13年2月が最後だった。夫婦は児相が来るとぬいぐるみで居るかのように見せかけて追い返していた。

◇ ◇ ◇

千葉の「18歳」も被害者はホストクラブ通いで100万円の借金を作っていた、こちらの夫婦はホストクラブで知り合って一緒になった。ホストクラブなどというのは社会の「あぶく」みたいなもので、働く男も、通う女ももとからまともな人間とは言いがたいのだが、生活保護を受け、なおかつ児童手当欲しさにたくさん子どもを生んでいたフシもある。

ブログ子はかつて在日韓国人が多い大阪・生野区を取材担当地区として持ったことがある。生活保護世帯が群を抜いて多い。その他の地区でも在日外国人の生活保護世帯は一般の日本人世帯より何倍も多い。しかも児童手当欲しさに海外に居るといって虚偽の水増し人数を申告、多額の手当をせしめる輩が後を絶たない。審査が甘い欠点が利用されている。

手厚い社会福祉の美名のもとに、働かないで生活保護や児童手当で食べている者が増えているのである。本当に必要な母子家庭もあるのだから、支給対象者を厳格に審査する制度がいる。不届き者を排除しないと社会が腐っていく。

またも残忍「18歳」の凶行

野口さん千葉県船橋市の職業不詳、野口愛永さん(18)が車で連れ去られ行方不明となっている事件で、千葉県警に監禁容疑で逮捕された住所不定、無職中野翔太容疑者(20)と住所不定、無職、井出裕輝容疑者(20)、殺しを依頼した野口さんの同級生のアルバイトの少女(18)、現場にいたという鉄筋工の少年(16)=東京都葛飾区=の5人には驚かされることばかりである。

井出裕輝

中野翔太容疑者

中野翔太容疑者

4人の逮捕容疑は、19日午後10時過ぎ、千葉市中央区の路上で野口さんを車の後部座席に乗せて連れ去り、芝山町の遺体発見場所まで約3時間にわたって車内に監禁した疑い。野口さんは頭部を何かで何重にも巻かれており、関係者によると、事件の数日前には遺体発見現場に穴が掘られていた。井出容疑者と、成田市に実家がある中野容疑者には現場の土地勘があったとみられる。

ネットに出回っている主犯格の18歳少女

ネットに出回っている主犯格の18歳少女

警察発表ではまだ監禁容疑だけだが、ネットでは事ここに至るまでのろくでもない経過がぶちまけられている。18歳少女の名前は「湯△成美」といい。野口愛永さんとはかつて同じ高校に通う同級生で幼なじみでか仲がよかった。ところが野口愛永さんがホストクラブに通うようになってからはその関係が急変。「シャンパンタワーで100万円使っていた」ということまで発覚。ホストの気を引くためグラスをタワーのように積み上げて上から高給シャンパンを注ぐという遊びだが、 後先考えず派手に遊び、店に借金をするようになり、支払いをするためにさらに周囲からお金を借りていた。そのうちの1人が「「湯△成美」だった。

借りていたのはお金だけではなかったようで野口愛永さんが夜の店で働く際の身分証明書として卒業アルバムの写真までも借りていた。金の返済や卒業アルバムの写真の返却を求めるも応じてもらえず さらに連絡すらも取れなくなったことで激怒。男2人に始末を頼んだのが事件の発端だという。

遺体が発見されたのは成田空港から東に約100メートル離れた畑。捜査関係者によると、遺体は深さ1メートルほどの場所にあおむけに埋められており、頭部は粘着テープのようなもので何重にも巻かれていた。死因は窒息死で、驚くのはどうやら生き埋めにされたらしいことが、その後連中がLINEでやりとりした内容から明らかになっている。

川崎市川崎区の多摩川河川敷で同区の中学1年、上村(うえむら)遼太さん(13)の刺殺体が見つかった事件で、2月末、神奈川県警川崎署捜査本部に殺人容疑で逮捕された、リーダーとみられる定時制の高校生(18)ら少年3人(いずれも在日韓国人) の事件では、冬の多摩川で泳がせた上カッターナイフで首を切るという残忍さで世間を震え上がらせた。河川敷には今なお「かみそん」(上村君のニックネーム)を悼む人たちの花束が絶えないそうだが、このときもどうしてそんな残酷なことが18歳にできるのか考えさせられた。

27日テレビ朝日のアフタヌーンショーに出てきた精神科医、香山リカ女史らが18歳でホスト狂いしたり、生き埋めにする凶行について、「同年輩ばかりで先輩がいなかったことで一気に歯止めがかからなくなった」と、解説して学校関係者を責めていた。それは筋違いというものだろう。日教組は確かに狂っているが、こんな悪ガキどもまで教育のせいにするのは気の毒というものだ。本人の気質によるところが大半であろう。

こんな「18歳」にもまもなく選挙権を与えるという。与えるのは仕方ないとして、出来損ないの「18歳」は選挙権を剥奪する法律も同時に施行してもらいたいものだ。

おかしな裁判官が国を滅ぼす

九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働差し止めを求めた仮処分申請を鹿児島地裁は22日却下した。科学技術に「ゼロリスク」は不可能であり、現在想定される最大限のリスクを織り込んだ対策で十分だとするもので、至極妥当な決定である。反対派の弁護士たちは「不当判決」「我々は屈しない」と不平を並べていた。

そこで問題になるのが、8日前原発反対派弁護士連中が「歴史的決定」「司法は生きていた」とビラを振り回していた福井地裁の再稼働差し止めを命じる仮処分決定である。関西電力高浜3、4号機(福井県高浜町)について、鹿児島と共通の争点であるにもかかわらずまるで異なる判断を示した。

樋口英明裁判長

樋口英明裁判長

このトンチンカンな判断をしたのは福井地裁の樋口英明裁判長である。彼が関西電力高浜3、4号機の再稼働差し止めを命じる仮処分を決定した理由は原子力規制委の新規制基準を「基準には、適合していれば万が一にも深刻な災害が起きないという厳格さが求められる」というのである。100%の安全性、ゼロリスクでなければいけないというのだ。裁判官は浮世離れした人種とはいえ、あまりに非現実的ではないか。100%、あるいはゼロは科学的ではない。だからあらゆる危険性を想定し、安全対策に手を尽くすのである。

あまりの判断に和歌山県の仁坂吉伸知事は「大飯も高浜も判断がおかしい」と疑問を呈した。「生存権のリスクをゼロにしろと言うのなら(より死亡事故の確率が高い)自動車の差し止め請求ができてしまう。なぜ原発だけ絶対になるのか。原発のリスクをあんなに極大化するなら、別のリスクはもっとある。電気代がかさんで企業が倒れたら誰が責任をとってくれるのか」と述べた。もっともな言である。

鹿児島地裁決定は、科学技術に一定の不確実性が存在するとの前提に立ち、原発の危険性が社会通念上無視できる程度か否かを検討している。高浜と川内では原発周辺の断層や火山の状況に違いがあり、住民側の主張に異なる部分も多い中、共通の争点は基準地震動(想定される最大の揺れ)の妥当性だった。福井地裁決定が「理論面で信頼性を失っている」としたのに対し、今回の決定は「(基準地震動の)策定方法は合理的」との見解を示し、住民側の主張を「曲解」と断じ、「基準は不合理ではない」とした。胸のつかえが取れるような内容だ。

樋口裁判長は大飯原発訴訟でも昨年の5月に「運転再開差し止め」を命じており、法曹関係者の間ではこれが原因で4月1日付で「名古屋家庭裁判所」に左遷されたとの見方がもっぱらだ。本来なら新任地に行っている所、引き継ぎの関係から職務代行が認められ14日にこれ幸いと「にっくき原発の再稼働など認めぬ」決定を下したのだろう。

下級裁判所の裁判官についての人事権は最高裁判所がもっている。最高裁判所の意向や判例に反する判決を出すとその裁判官は最高裁判所から差別的処遇(昇進拒否・左遷など)を受けるケースが多い。最高裁も「札付き裁判官」と見ているのだろう。ブログ子は青法協(共産党の傘下にある青年法律家協会)メンバーではないかと思っている。

このところトラブル続きのテレビ朝日の報道ステーション・古舘伊知郎など福井地裁の決定に大はしゃぎしてこの裁判官を持ち上げていたが、福島原発の事故原因を意図的に「地震」にしようとしている発言が多い。衆知のように地震による8メートル余の津波で電源が喪失したのである。だからどこも津波対策を強化している。地震となると「活断層」自体の定義も定まらぬ中で「ゼロリスク」など砂上の楼閣である。

原発ZEROを叫ぶのはいいが、日本列島はいまや火力発電が「9割!」である。石油石炭の輸入でどんどん電気代が上がる。日本と違って危なっかしい原発を韓国と中国は世界に輸出しようとしている現実も少しは見たほうがよい。

テレビ局は「過払い金返還」CMをやめろ

テレビのチャンネルを回すとネットショッピングと、過払い金返還のCMばかりである。特にアフタヌーンショーなど午後のワイドショーに多い。BSでは未だに韓流ドラマを垂れ流している。

能なしプロデューサーには、ニュースともう少し真っ当に向き合ったらどうかといいたいが制作費がかからず金が入る番組作りから足を洗うことはないだろう。

imagesORMMKB0Q中でも過払い金返還のCMは悪質である。狙い撃ちにあっているお茶の間の主婦や定年後家に居るおやじさんたちには全く関係ないものだ。サラ金などで多重債務を負い自己破産したような人たちだけに発生するものである。出回っている多重債務者リストに引っかからないような人をテレビCMで引っ掛けようとする下司な試みなのである。

images7TKU4MTQこうしたCMが多くなった理由は右のグラフと関係する。法律が変わって、サラ金などの多重債務者に救済措置とししてべらぼうな利息に対しては払い過ぎた分が戻されるようになり、返還訴訟が2009年をピークに激増した。お陰でサラ金経営は一気に不振となり有名どころも消え、駅前のサラ金看板もかなり姿を消して社会浄化につながった。

訴訟件数は2010年から一気に下り坂になって本来ならこんなCMはなくなるところなのだが、司法試験合格者を増やしたおかげで弁護士が増えすぎた。実際は地方都市では弁護士空白地帯が多くて、まだまだ足りないのだが、みな大都市に集中しすぎているだけである。仕事の取り合いで収入が少なくなった弁護士、司法書士がこの過払い金返還に目をつけた。

広告会社とテレビ局がこれに協力して大量のテレビCMを流しているのである。2月24日、消費者金融への過払い金返還請求を扱う弁護士や司法書士法人を顧客に持つ広告会社「DSC」(東京都渋谷区)が、約5億2千万円の法人所得を隠して法人税約1億3千万円を脱税したとして、東京国税局が同社と児嶋勝・前社長(44)を法人税法違反容疑で東京地検に告発した。

DSCは、全国で開かれた多重債務を整理する無料相談会の広告を担当。会場に集まった債務者の相談を受けた弁護士法人などから広告代を受け取っていた。昨年8月時点で全国約1千の弁護士、司法書士法人などと契約。設立10年で売上高が100億円を超えるなど、業績が急伸していた。

1社で1000の弁護士、司法書士と契約して100億円。それほど儲かるCMである。だから止められないのだが、グラフを見たらわかるようにもう仕事の旨味はなくなってきている。流される多量のCMを見ていると、TV局のさもしい根性を見ているようで不愉快だ。早々に過払い金CMはやめろ。

町挙げて警察犬「ゼウス」を送別

アメリカ東部コネチカット州の小さな町リッジフィールドで先週15日、盛大な送別のセレモニーが行われた。この日の主人公は11歳のジャーマンシェパード犬の「ゼウス号」(Zeus)。

彼は2006年から2014年までリッジフィールド警察に勤務、初年度に10ポンドのマリファナを発見したのに続きい250件の麻薬犯追跡と50件の容疑者追跡に功績を上げた。しかし重度の退行性股関節疾患を患い昨年引退した。

同僚の警官と最後のパトロールに出発するゼウス号

同僚の警官と最後のパトロールに出発するゼウス号

この日半旗と黒い縁取りのリボンで飾られた警察署を出発、長年の相棒だった警察官が押す特製の手押し車の乗り、全署員が整列して敬礼するなかを進み、沿道ではたくさんの市民が拍手で見送った。

全警察官が整列して見送った

全警察官が整列して見送った

行列は彼が安楽死するリッジ フィールド獣医診療所までつづき、彼はそこで英雄死した。

◇ ◇ ◇

犬たちの献身的な働きをみるとしんみりしてしまうブログ子が大衆紙「デイリー・メイル」で見つけた記事である。安楽死という言葉に日本では抵抗があるかもしれない。コーネル大学獣医学部の調査ではアメリカで犬、猫の死因のトップは「安楽死」である。病気などで苦しますよりは・・・という考え方が定着していて、人畜を問わず、それが人道的だと考えている国柄である。

我が家ではともに暮らした犬たちはずべて最後まで身近に看取って、安楽死など他人事と思っていたが3年前フラットコーテッド・リトリバー犬「アナスタシア」(アーチャ)の癌がCTスキャンで多臓器に移転していることがわかり、知り合いの動物病院で安楽死を勧められた時は家内ともども慟哭した。

医者に殺される時代

名称未設定 1川崎市の聖マリアンナ医科大病院で発覚した、「精神保健指定医」の不正取得問題。指定医は、重い精神疾患患者を強制的に入院させるかどうか判断するなど、大きな権限が与えられ、診療報酬も優遇される。その資格を取るために11人の若手医師は、コピペで患者のリポートを提出していた。医師は既に100人の患者の強制入院に関わっていた。

このニュースで20年ほど前この医科大を取材した時のことを思い出した。医師免許を取得するための国家試験で聖マリアンナ医科大の合格率が40何%だったか、全国で最低というので問題になった。国立大医学部の平均合格率が95%くらいだったから明らかな学力不足だ。

学生は医者の子弟が多くて勉強しないのが多いこともあるが、はじめから授業についていけないレベルの者がいることが問題とされたが、ある学内関係者のコメントが印象に残っている。「今は教授や医局長などは国立大医学部から来ているからいいが、ここの卒業生が現場の多数を占めるようになたときが怖い」というのだ。

その大学の藤が丘にある附属病院に、4,5年前、義姉が入院した。糖尿で傷口が塞がリにくいというので他の病院で足の手術が難しいと言われていたものが、ここでは気楽に手術を引き受けたので件の取材を思い出した。案の定途中で他の病院に転院した。

群大医学部の謝罪会見

群大医学部の謝罪会見

群馬大学医学部の不祥事はひどいものだ。同病院第二外科では、腹腔鏡を使う高難度の肝臓手術で8人が死亡したほか、開腹手術でも2009年度以降10人の死亡が明らかになっている。死亡した患者は、いずれも同じ40歳代の男性医師が執刀した。

特に問題となっているのは、10年9月に胆管細胞がんと診断され胆管や肝臓を切除する手術を受けた後、容体が急変して3日目に死亡した患者。患者の死亡から10日後、切除した肝臓の一部を病院で検査したところ、がんではなく良性のできものだったことが確認された。

執刀医は、この検査結果を遺族に報告しなかった。そのうえ、同年11月に自ら作成した診断書にはすでにがんではないと判明していたにも関わらず「胆管細胞がん」と当初の診断名を記入した。虚偽の病名を記載したことになる。、日本肝胆膵(かんたんすい)外科学会が実施した腹腔鏡手術の全国調査で、肝臓の手術で、手術後90日以内の死亡率の平均は、4年間で0.49%だったが、群馬大学病院の死亡率は8.6%。平均の17倍以上という異常な死亡率である。。

週刊誌では「殺しのライセンス」を持った医者と揶揄されている。3月末で退職したが、医師免許は取り消されたわけではないので、どこかの病院に潜り込むことは可能である。そこでまた「殺しのライセンス」を行使されたのではたまったものではない。はっきり名前を出すべきだろう。第2外科、須納瀬豊助教(45)である。

この人物が功を焦ったのは学内の対抗心だという。群大医学部には第1と第2の外科があるが、互いに絶交状態。第1は東大教授などへの転身を目指すエリート集団で旧帝大医学部出身者で固められている。一方第2の方は群大医学部出身者などの落ちこぼれ集団で、須納瀬助教は2007年に助教になったが対抗心から無理な手術を数多く手がけたのではないか(週刊新潮)という。監督責任があった第2外科を統括していた教授も小腸が専門で肝臓は門外漢。任せきりだった。

同病院は同科教授の診療科長としての業務を停止、執刀医については「医師の適格性に疑問がある」として一切の診療行為を禁止していたから、行き場を失って退職届を出したのは上述のとおりである。

東京女子医科大学病院で5年前心臓の手術を受けた男の子が急死した。2014年2月、首に出来た腫瘍を取る手術をした2歳の男の子が4日後死亡した。調べると、安静を保つために使われる全身麻酔剤プロポフォールが大量投与されていた。呼吸不全を起こす副作用があり、大人でも、1週間を超えて投与しないことになっているプロポフォール。医師はそうした危険を認識しないまま、男の子には2か月近く投与した。プロポフォール不正投与で同病院では63人中12人が死亡した。

4月17日、日本肝移植研究会は神戸国際フロンティアメディカルセンター(院長=田中紘一・京大名誉教授)に対し、、「生体肝移植をするには体制が不十分。整備できるまで移植を停止すべきだ」と提言した。この病院は、神戸市の医療産業都市構想の一環として去年11月に設立されたばかりの病院だが、積極的に生体肝移植を行い、患者はインドネシアなど海外からも受け入れている。

生体肝移植は、患者の肝臓を取り出し、健康な臓器提供者(ドナー)の肝臓の一部を切り取って移植するもの。この病院では 昨年12月~今年3月に移植を受けた胆道閉鎖症などの患者7人中4人が死亡している。生体肝移植の死亡率としては他より非常に高いが、田中紘一院長は、「亡くなったのはいずれも手術前の状態が悪く治療を尽くしたが助からなかった患者で、ミスがあったとは考えていない。死亡率については、まだ患者数が少なく正確なデータとは言えないと思う」と今月に入って、問題視される中さらにもう一人の手術を行った。
医者に殺される時代になったのである。

 

おかしな国だよ韓国は

安部首相と面会後、官邸で記者会見する加藤達也・前産経ソウル支局長

安部首相と面会後、官邸で記者会見する加藤達也・前産経ソウル支局長

韓国政府は14日、朴槿恵大統領への名誉毀損で在宅起訴された産経新聞の加藤達也前ソウル支局長に対する出国禁止措置を8カ月ぶりに解除した。

国際社会から人道的問題として批判が陸続として出ていたし、日本の外務省は、韓国との二国間関係を紹介する同省のホームページ(HP)で、これまで使っていた「基本的な価値を共有する」との文言を削除した。アメリカもたまりかねて度外れた反日運動に強い懸念を表明するなど韓国がじわじわと追い詰められての決定だ。

それが証拠に産経新聞ソウル支局によると、出国禁止措置の解除に向けて、動きがあったのは13日午前。ソウル中央地検側から弁護人に電話がかかってきた。「公判への出廷を誓約する文書を産経新聞社と加藤氏から出してもらえないか-」。これは当初から産経本社も加藤前支局長も何度も確約していることであり、言わずもがなのことでメンツ第一の韓国側が形式を踏んだだけのこと。そして14日午前10時、地検側から弁護人に「解除」の連絡が入った。

即、その日のうちに帰国した加藤達也前支局長は翌15日午前、首相官邸で安部首相と面会した。首相は、「裁判が続くようなので今後も体に気をつけて」とねぎらいの言葉を掛けた。加藤氏からは首相に対して、「様々な発言を韓国、あるいは国際社会に対して発信し、励ましてくださったことにお礼を申し上げた」という。

首相との面会のニュースをブログ子は歯医者に行く途中の神田の駅前でワンセグで聞いた。ちょうど加藤記者としばしば飲んでいたバー「R 」のそばであった。この日の新聞で往復書簡を交わして側面から支援してきた外交評論家、佐藤優氏が書いていたが、

「今回の問題で産経新聞は組織として、しっかり筋を通し、加藤達也前支局長はジャーナリストとしての矜持を持って対応した。日本政府も外交問題として韓国政府に抗議した。日本の報道機関も左右関係なく、メディア全体の問題として考えて報道し、日本のメディアの健全性を示した。日本全体の勝利といってもいいだろう。

出国禁止措置が解除されてもマイナスを減らしたに過ぎず、無理に在宅起訴などをしたというマイナスは残っている。韓国政府は自国の権力を示すために、日本、そして産経新聞になら何をしてもいいというように加藤前支局長を在宅起訴した。今後の裁判で加藤前支局長が正々堂々と主張することで裁かれるのは、韓国の病理だ。今回の在宅起訴や出国禁止措置は『韓国版国策捜査』で、大統領制の中で忖度政治が行われた構造的な問題としてみるべきだ。」

遺影をかかげて行進する遺族。沈船引き上げを約束したがさて・・・

遺影をかかげて行進する遺族。沈船引き上げを約束したがさて・・・

そのとおりだと思う。それにしても韓国という国は病気としか思えない。きょう4月16日で300人以上の死者・行方不明者を出した旅客船セウォル(Sewol)号沈没事件から1年になる。遺族からの強い抗議をうけ、朴槿恵大統領は、船体の引き揚げを約束した。これがどれほど難しいことか、また自国では高度なサルベージ技術を持ち合わせていないことも考えた素振りはない。はっきり行って隣の日本はその技術を持っている。でも反日で、日本を外してイタリアなどに発注するのだという。現在100億円と見積もられる費用は資材をヨーロッパから運ぶからへたすれば倍額かかるかもしれないそうだ。

発生の時も妙だった。いち早く現場に集められたのは数台のクレーン船である。日本の海上保安官の特殊救難隊、「海猿」ならさっさと潜って閉じ込められた人を潜水して救出にあたっていたことだろうに。クレーン船の出番は沈みかけた船体にワイヤーを掛けて空気溜まりをつくって「浮かしておく」のに使うのかと思ったが、いつまでたってもそうした素振りは全く見られなかった。結局クレーン船は活躍することもなくどこかに消えた。なにもかもちぐはぐなのである。

遺族らはセウォル号船体の引き揚げと独立機関による事故の真相究明を政府に求めている。295人の死亡が確認されたが、9人が依然として行方不明のまま、昨年11月に打ち切られた。日本なら考えられない稚拙さである。この国では何でもかんでも曖昧のうちに捨て置かれるのだ。

日本にサルベージの依頼が来なかったのはむしろ幸いかもしれない。長年、朝鮮半島の歴史や政治を研究してきた筑波大学大学院教授の古田博司氏は「韓国に対しては『助けない、教えない、関わらない』を『非韓三原則』にして日本への甘えを断ち切ることが肝要」と説く。

助けても教えても恩を仇で返すのが彼の国の性格で、関わらないのが日本のためになるという。教えても感謝せず、むしろ「ちゃんと教えない」などと難癖をつけてさらに要求してくるのは従軍慰安婦騒動を見てもわかるが、船体引き揚げなども同様で、先行きは危なっかしいものである。沈船引き揚げというのは難しいものである。大統領命令でもおいそれとはできるものではない。まあ、お手並み拝見である。

ロンドンの大泥棒にうなる

イギリス映画「マダムと泥棒」(1955)はブログ子が今でも思い出し笑いする傑作泥棒コメディーである。

老婦人が営む下宿に五人の男たちが部屋を借りる。彼らは楽団員でここで練習をさせてほしいというが、実は現金輸送車を狙う強盗団。お節介な老婦人に邪魔されながらも彼らは大金をせしめる。ところが仲間割れをして次々消される。最後に残った一人が片付けた相棒を鉄橋の上から貨物列車に投げ落とす。ニンマリする男の頭上に突然信号機の腕木が・・・。残された大金を警察に届け出た老婦人は署員に相手にされず、そうですかそうですかそれは好きに使って下さいなと言われて立ち去るおばあちゃん。

Hatton-Garden1アレック・ギネスとピーター・セラーズなど曲者ぞろいのセリフと表情は今でも大笑いする 。今回のロンドンの宝石街のハットンガーデン貸金庫からダイアモンドなどの宝石、時計など360億円を持ち去った事件は、イギリス史上最悪の盗難事件だというから笑ってはいけないのだろうが、鮮やかなものである。

英ロンドン中心部で3日から6日にかけての復活祭(イースター)の連休中、多くの宝飾店が利用している貸金庫から大量の宝石や現金が盗まれた。下は「Sun」紙のイラストだが、

heist-graphic

・泥棒一味は、復活祭の週末、およそ70の貸金庫があるハットンガーデンセーフデポジット社に狙いを定めた
・犯人たちは①エレベーターのシャフトをロープで垂直に下って、②地下金庫室の厚いドアを鋭利な器材で突破、③46センチもある金庫をガスバーナーのようなもので焼き切って中に入った。
・中に入ってしまえば宝の山。④鍵のかかった貸金庫を次々破壊して金、宝石、ダイア、時計などを袋に詰め込んだ。開けられた貸金庫は約60個。連休中なので多くの客は安全のために預けていたので被害は大きかった。
・金曜日に警報が鳴って警備員が巡回したが内部までは確認せず、誤報と思って立ち去った。監視カメラの記録も持ち去られたという。
・どこから脱出したのかわかっていないが、専門家は『高度に組織化された』ギャングで抜かりなく販路も確保していると思われ多くの宝石はすでに国外に持ちだされていると見ている。

50年前、現在の価値で100億円にものぼる途方もない額の現金を強奪し、その後、1億2千万円という破格の懸賞金を掛けられながら、世界中を舞台に大胆不敵な逃亡劇を繰り広げた世紀の大列車強盗事件の犯人、ロナルド・ビッグズは2013年12月18日、ロンドンの介護施設で84歳で死んだ。イギリスというと紳士の国というイメージで捉えられるが、実はこのような大掛かりな窃盗、強盗事件が多い。

ブログ子も経験したがロンドンのヒースロー空港は旅行者のカバンが蒸発したり開けられたりする事件が多い空港として有名だ。なにしろ輸送にあたる従業員が組織的に犯行に及んでいたという(過去の例)のだからどうにもならない。イギリス紙を読んでいるが、事件のその後は杳としたままである。

ドジ犬特集

空中でフリスビーをキャッチする、瓦礫に埋まった被害者を嗅ぎあてる、匂いをたどって犯人にたどり着く・・・テレビなどで紹介されるのはいつも「素晴らしい」犬たちの活躍ぶりだ。しかし、実際はそうではなくダメ犬が結構いるのは犬を飼った人ならわかるはずだ。そして、そこがまたワン公の魅力でもあるのだ。

名称未設定 1我が家のゴールデンリトリーバー犬「エディー」はボールを投げるといち早く飛んで行く。だがそれより早くフルスピードで駆けつけてワンバウンドしたボールを空中でキャッチするのがフラットコーテッド犬の「アーチャ」だった。横取りされてバツ悪そうに横を向く「エディー」の表情がたまらなくおかしいと家族で笑ってたものだ。だがある日、それが加齢による運動能力の衰えからくるものだと知って、たまらなく申し訳なく思ったものだ。

世の中にはそうしたダメ犬、ドジ犬の瞬間を愛する人がいて、せっせとYouTubeなどに投稿してくれている。「Dogs Failing」検索するとわんさと見つかるのだが、その一つが下の動画だ。(下のURLの画像の「▷」クリックでスタート)
http://useloos.com/mediaplayer/?itemid=35885

裁判官は「常識」の基本に還れ

法には自然法と実定法があって、実定法には成分法と不文法があり、不文法には慣習法と判例法がある・・・と法学教室の講義だが、門外漢のブログ子の理解は少し違っていて、自然法は「常識」で成り立ち、法律をいじくりまわして判例第一に作り上げられたのが「実定法」と思っている。何でもかんでも行政の責任にしたり親や会社の管理・監督責任にする近頃の裁判所に一石を投じた最高裁判決だったと思う。

事故の概要図(朝日新聞から)

事故の概要図(朝日新聞から)

元になった事故は、愛媛県今治市で2004年2月に発生。当時11歳の小学6年男児が放課後の校庭で蹴ったサッカーボールがゴールを外れ、高さ1.3メートルの門扉も越えて道路に転がった。バイクで走行中の80代男性がボールをよけようとして転び、足を骨折。約1年4カ月後に入院先で肺炎で死亡し、遺族が約5000万円の賠償を求めた。

民法は、責任能力のない児童らが違法行為で他人に損害を与えた場合は親などの監督者が責任を負うとしている。1、2審は両親の監督責任を認め、2審・大阪高裁は「ボールが道路に飛び出す危険がある場所ではボールを蹴らないよう指導する監督義務があった」と約1100万円の支払いを命じた。

これに対し最高裁小法廷は「男児の行為は校庭の日常的な使用方法として通常」とした上で、門扉はゴールから約10メートル離れ、校庭と道路との間には幅1・8メートルの側溝もあり、「ボールが道路に出ることが常態だったとはみられない」と述べた。

さらに「親の日ごろの指導はある程度一般的なものとならざるを得ない」と指摘し、「両親は男児に、危険な行為に及ばないよう日ごろから通常のしつけをしていた。両親が事故を具体的に予見できる特別な事情もうかがわれない」と結論づけた。

責任能力がない子供や精神障害者らの行為を巡る訴訟で、監督者が責任を免れた例は過去にほとんどない。そうした中で、最高裁は「通常は危険が及ばないとみられる行為で偶然に事故を起こした場合は、具体的に事故が予見できるなど特段の事情がない限り、責任は負わない」との初判断を示した。その上で親を敗訴とした2審判決を破棄して原告の請求を棄却。親の逆転勝訴が確定した。

新聞各紙ともこの判決を歓迎していて今後大きな影響が出ると見られている。例えば愛知県で07年、認知症の男性(当時91)が徘徊中、JR東海道線の駅の構内で列車にはねられ死亡した。JR東海は男性の家族に、列車の遅れに伴う振り替え輸送費などの損害賠償を求めて提訴。二審・名古屋高裁は、同居の妻の監督責任を認めて約359万円の賠償を命じたケース。

今回の最高裁判決を当てはめると「監督義務者の責任について、徘徊をすれば何らかの危険があるという抽象的な危険の予測ではなく、具体的に線路に入り込む危険性を予想できたかが問われることになる」(この裁判の弁護士)とみる。

     ◇

◯2002年4月 宮城県大河原町で小学生2人が公園でキャッチボールをしていた際、ボールが別の小学生の胸に当たり死亡。裁判の結果、一審は2人の両親に計約6千万円の賠償命令。二審で計約3千万円の支払いで和解

◯2008年9月 神戸市北区でマウンテンバイクに乗った小学生が坂道を下っていて、衝突された女性が寝たきりの状態になった。裁判での一審では母親に9500万円の賠償命令。二審で確定

こうした判決は今後見直されることが必至だろう。一方何でもかんでも行政の責任にし、行政も税金という市民の金なのに自分の腹が傷まないせいか、唯々諾々と支払う風潮も改めるべきだ。例えば「大津いじめ訴訟」である。

いじめを受けて2011年に自殺した大津市立中学校2年の男子生徒(当時13)の両親が起こした損害賠償請求訴訟をめぐり、両親と被告側の同市との和解が3月17日、大津地裁で成立した。地裁がいじめに対する学校側の不適切な対応や市の賠償責任を認定したうえで和解勧告を行い、両親と市側の双方が受け入れを決めた。

 和解条項は、教職員が自殺を予見できたのに防げなかったことや、自殺後も学校と教育委員会が調査に消極的だったことなどに対して市が両親に謝罪する▽市は再発防止の取り組みを継続する――などの内容。賠償金は4100万円相当で、すでに支払われた災害共済給付金2800万円を除く1300万円を市が和解金として支払うとされた。

越直美市長は「他の都市も見習ってほしい」というが、加害者の親の責任をもっと追及すべきではないか。事件後隣の京都市にさっさと転校させたり、メディア批判を続けるなど親の監督責任などどこ吹く風である。こういう輩にはどしどし請求すべきなのだ。

ブログ子は関西の私鉄沿線の駅そばに住んでいた。時々だが人身事故が発生した。鉄道法では電車の遅延や損傷など損害賠償請求できることになっているが、残された遺族の悲しみの上に更に金を請求するのは忍びないいと、裁判など起こさなかったものだ。それに引き換え線路に立ちった認知症患者の妻に何千万円も損害賠償請求(判決では減額)したJR東海などブログ子に言わせれば「人非人」である。

裁判官は向後「常識」と「人情」にしたがって判決を下してもらいたい。

こんな淫乱校長聞いたことない

神奈川県警少年捜査課などは8日、フィリピンで女児とのみだらな行為を撮影したとして、児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)の疑いで、横浜市金沢区富岡西、同市立中の元校長、高島雄平容疑者(64)を逮捕した。同課によると、26年間で延べ1万2660人の女性をフィリピンで買春、自宅から写真約15万枚が発見された。

1万2000人開春の高島雄平元校長

1万2000人開春の高島雄平元校長

逮捕容疑は、平成26年1月1日ごろ、フィリピン・マニラ市のホテル内で、13~14歳の女子児童とのみだらな行為をデジタルカメラで撮影し、データを保存したとしている。「間違いない」と容疑を認めている。

同課によると、高島容疑者は昭和63年~平成26年のまでの26年間で延べ1万2660人の女性をフィリピンで買春。インスタントカメラやデジタルカメラで行為を撮影し、女性ごとに番号を振っていた。高島容疑者の自室からは、写真約15万枚が発見された。「1割くらいが18歳未満だった」と供述しているという。

高橋容疑者は、昭和63年4月マニラの日本人学校に3年間勤務したことがあり、帰国後も年に3回フィリピンに出かけるようになり、買春を行っていた。

横浜市教委によると、高島容疑者は75年に教員採用された。複数の市立中で教諭を務め、2011年3月の定年退職までに3校の副校長、1校の校長を歴任。12年4月から今年3月までは公益財団法人・横浜市教育文化研究所に勤務し、教育情報誌の編集長を務め「教育実践報告3 フィリピンで学んだ教育の原点」なんていうレポートも発表していた。

◇ ◇ ◇
ネットでは「性職者」とか「絶倫校長」などと揶揄されているが、「6年間で延べ1万2660人」とはただごとではない。家族はおらず未婚で独身。ひたすらフィリピン通いに精を出していた。しかし単純に割り算しても年間487人の買春である。異常としかいえない。記者会見した横浜市の林文子市長は「怒りを隠せない。大変に遺憾」と唖然としたようす。

ブログ子の取材経験ではわいせつ事件というのは新聞社を含めてあらゆる会社、官庁で起こっている。それもエリートだろうがサラリーマンだろうとあるのだが、教師と僧侶というのが存外多数を占めている。記事にしなかったが複数の蓄妾であわや露見寸前になった校長や、新橋の芸者を囲っていた僧侶を知っている。

淫乱元校長も「仕事のプレッシャーが強かった。倫理観のタカが外れた時、より開放感を味わえた」などと話しているようだが、プレッシャーなどどこの職場でもあるもので、年金その他で他よりも優遇されている教員のプレッシャーなどしれたものである。それにしても現役時代から定年後に至るまで26年間バレなかったのが今になって露見したワケは何だったのか。

新聞社の横浜総局長をした縁で神奈川には後輩が何人かいるので聞いてみようと思ったが、やめた。チェック能力など昔からなかった市教育委員会のゴタクを聞いたところで仕方がないと気づいたから。「今後二度とないように努めてまいります」なんて返事聞いたところですぐ類似のケースが出てくることだろうから。

自国の教科書に自国の歴史観を盛るのは当たり前

 文部科学省は6日、2016年度から中学校で使われる教科書の検定結果と新教科書の内容を公表した。 社会科では全教科書で竹島と尖閣諸島が取り上げられ、「日本固有の領土」などと明記された。北方領土を含む3つの領土について中学社会の全教科書で記述されるのは初めて。歴史的経緯を含め詳しく説明しており、学校での領土教育の充実が図られそうだ。また、東日本大震災は全教科書の過半数で扱われた。

 社会科では、地理、歴史、公民、地図の教科書20点すべてで北方領土に加え竹島と尖閣の記述が登場した。これまで扱っていた分量を倍増させた教科書があるなど、記載が一気に充実した。

下を向かない別所浩郎駐韓国日本大使

下を向かない別所浩郎駐韓国日本大使

韓国外務省は竹島を日本の領土と記述した教科書が合格したことを「挑発」と強く批判し、趙太庸第1次官が別所浩郎駐韓国日本大使をソウルの外務省に呼んで抗議した。 韓国外務省報道官は同日、「日本に責任ある役割を果たす意志がないことを表している」と批判する声明を発表した。

 声明は、日本政府が歪曲された歴史観を子どもに教えることは「過去の過ちを繰り返すことを示している」と主張。歴史問題をめぐる近年の抗議発表の中でも厳しい表現を用いた。(共同)

◇ ◇ ◇

韓国の反応はいつもの通り「餓鬼のヒステリー」である。自国の教科書には自分たちの歴史観を盛り込むのはあたりまえだということが韓国には通じない。例えば韓国の教科書を見てみたら良い。ハングルなど読めないし見たくもないから人づてだが、従軍慰安婦から日本の資金で成し遂げた「漢江の奇跡」がどう書かれているか。

ところでこのことを取り上げたフジテレビ「みんなのニュース」に登場した産経新聞の久保田るり子記者(ブログ子の後輩です)が面白いことを言っていた。韓国は何かというと日本大使を呼びつけては多くのマスコミの前で抗議するのが大好きだそうで、その際、大使がちょっとでも下向くとバシャバシャとシャッターが切られ、翌日の韓国紙には「頭を垂れる日本大使」の姿が大きく載るのだそうだ。

そういうトリックを別所浩郎駐韓国大使は心得ているようで上の写真のように、毅然と前を向いていた。あまり頭を上げ過ぎるとこの児戯に等しい国では「傲慢だ」と言うのだろうから、このくらいがいいあしらいであるようだ。

「バカチョン」考

plt1504030024-自民党の谷垣禎一幹事長は3日、大阪府議選と大阪市議選の応援のため大阪市内で行った街頭演説で、差別的表現を用い、直後に「不適切だった」として撤回し陳謝した。

谷垣氏は維新の党が推進する「大阪都構想」について「維新は『官邸や自民党本部が賛成しているのに大阪府連は反対している。ばかだ、チョンだ』という議論を言っているが、言い過ぎではないか」と述べた。

この直後、谷垣氏は「不適切な発言をし、不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ない。おわびして、撤回する」とのコメントを出した。

◇ ◇ ◇
「チョン」は韓国・朝鮮人への差別的表現に用いられることがあり、谷垣氏は発言を撤回したが、野党からは批判と驚きの声が上がった。維新の党の柿沢未途政調会長は記者会見で、「大変品位のある谷垣氏の言葉とは、にわかに信じがたい」と批判、民主党の岡田克也代表も会見で、「注意深く発言する谷垣氏らしくない」としつつ、「不適切発言であるのは間違いない」と指摘。共産党は「発言を撤回したのは当然だ。関係者へのおわびもあってしかるべきだ」とのコメントを出す騒ぎに。

今では「差別用語」として定着しているので、言い訳すればするほどおかしくなる。ここは全面降伏しかあるまいが、つい10数年前まではだれも差別用語として使っていたのではない。「ピンからキリまで」と同じように言葉に勢いをつけるための「チョン」だろうくらいにしか思われていなかった。少し考える人でも「チョット変な人」くらいの意味だと思っていたのではないか。

それが証拠に、「バカチョンカメラ」が大ヒットした時発売元の大手フィルムメーカーは広告に使おうとしたくらいである。関西では朝鮮人の蔑称で「チョン公」などと使うのでわりに敏感だが、関東ではそうではないから、プレスリリースに堂々と「バカチョンカメラの決定打」だったか、フレーズの詳細は忘れたがA4の紙の真ん中にこの言葉が印刷されていた。

おりしも部落解放同盟による言葉狩りが全盛期に入っていて、遠藤周作がエッセイで使った「隠亡」とか、芸能記者が自虐的に書いた「士農工商芸能人」がやり玉に上がり、あわや糾弾の対象にされかけた。ブログ子はそのとき編集責任者として折衝にあたったのでよく知っている。岡山の全国大会に「招待」され、炎天のなか最前列に座ったりして同盟幹部と手打ちにこぎつけた。他の全国紙もいろいろやり玉に上げられていた。今も部落解放同盟の全国大会の開催記事がベタながら各紙紙面の片隅に載るのはその時の和解の条件である。

ついでながら、この時「茶筅(ちゃせん)」が差別用語であることを幹部から教えられた。いわれは知らないがあの岩波書店の広辞苑には(3版まで)確かに差別用語と明記されていた。「こっちは茶筅ですから」と差別糾弾の先頭にある人たちが言うのである。

こうした動きをよく知っていたので、そのうち「バカチョン」が浮上してくると思ったので、そのフィルムメーカーの広報責任者にこうした経過を説明した上で以後新聞、テレビの宣伝文には決して使わないように「忠告」した。T広報課長はその後の大騒ぎをみて改めてこの「忠告」に感謝したのだろう、わざわざ社を訪ねてブログ子に礼を言って帰った。ために最近まで同社の広報関係の宣伝物は宅急便やメールやFAXで逐一届けられてきた。2、3年前に女性の広報担当に変わって、過去をを知らないのだろう、ようやっと沙汰止みになった。

本当の語源は分からないというのが本当のところだろう。学問的に研究した人もいなかろう。でも今では定着したようで、ゆえに谷垣幹事長のようにさっさと謝るしかないのである。同和関係の議員の多くが社民党から民主党に移っているが、その岡田代表が「注意深く発言する谷垣氏らしくない」とやんわりした表現をしているから、ことを荒らげるつもりはないようだ。またそうあるべきだろう。

「差別」という言葉に異常に反応する人がいる。例えば、産経新聞2月11日付朝刊の「労働力不足と移民」と曽野綾子のコラム。

「他民族の心情や文化を理解するのはむずかしい」として、 日本は労働移民を認めねばならない立場に追い込まれている。そのためのバリアは取り除かねばならない。同時に移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない。それは非人道的ではない。

 南アフリカ共和国の実情を知って以来、居住区だけは白人、アジア人、黒人と分けて住む方がいいと思うようになった。白人だけが住んでいた集合住宅に、人種差別の廃止以来、黒人も住むようになった。彼らは大家族主義で、1区画に20~30人が住みだした。マンションは水の出ない建物になり、白人は逃げ出し、住み続けるのは黒人だけになった。研究も運動も一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい。

というコラムに、朝日新聞と毎日新聞を筆頭に、南ア大使まで動員して「アパルトヘイトを許容している」と産経に抗議、ロイター通信など海外メディアも「首相の元アドバイザーがアパルトヘイトを称賛」といった見出しで報じた。よく読めば生活習慣が違うものは別々に住むほうがうまくいく、といった程度なのだが、以上のメディアはことさらに煽った。朝日新聞の求めに応じて出した曽野綾子氏のコメントはこうだ。
     ◇
 

私はブログやツイッターなどと関係のない世界で生きて来て、今回、まちがった情報に基づいて興奮している人々を知りました。

 私が安倍総理のアドヴァイザーであったことなど一度もありません。そのような記事を配信した新聞は、日本のであろうと、外国のであろうと、その根拠を示す責任があります。もし示せない時には記事の訂正をされるのがマスコミの良心というものでしょう。

 私は、アパルトヘイトを称揚したことなどありませんが、「チャイナ・タウン」や「リトル・東京」の存在はいいものでしょう。

    ◇
曽野綾子氏は他の作家がこうした問題ではひたすら新聞社に「よろしく頼む」と逃げる中でも、ただひとり「一切の抗議は私一人で対応します」という硬骨漢だった。今回も毅然としたコメントで一切の恣意的な「差別問題」は雲散霧消してメディア側のいやらしさだけ残った。

会社でも官庁でも社会のどこでも大なり小なり「差別」はあるものだ。運動会で一着二着と差別するのはいけないという日教組的まやかしが大手を振ってまかり通ったことがあった。今でもそれを守っている学校がある。そちらのほうが異常というべきだろう。

北陸新幹線で金沢まで行ってきたーただし動画で

ブログ子は「撮り鉄」でも「乗り鉄」でもなく、まして「葬式鉄」でもない。子供の頃から電車に乗るとまず運転台近くに立って飽かず鉄路を見ていた。だれでもそうだろうが、久しく忘れていた子供の頃の、あの感覚を久しぶりに味わった。

JR東日本が3月31日、北陸新幹線の運転台から撮影した車窓風景動画「眺めー北陸新幹線」(約2時間)をホームページで公開した。高崎-金沢の下りの風景で、立山連峰などの眺望ポイントや沿線の観光スポットも紹介している。

動画は1月に撮影したもので、新幹線同士の擦れ違いシーンや列車のライトに照らされたトンネル内など、普段は見られない運転台からの景色が楽しめるとあって、早速「乗車」した。

北陸新幹線の運転台から

北陸新幹線の運転台から


  http://www.jreast.co.jp/nagame/

上のURLクリックでスタート。あとは区間ごとに次々と自動スタートする。最初は音声が止められているので自分で音声設定を

ブログ子がいる山墅の最寄り駅は佐久平なのと、新聞社の同僚だった男が宇奈月温泉近くで僧侶をしていたが、20余年前に亡くなった。葬儀に行くべく東京から家内とクルマでえんえんと10時間かけて走ったのだが此度は新幹線「黒部宇奈月」駅と出世していて東京から2時間足らずになったというので、この2駅を中心に運転台からの眺めを体験したのだが、営業前の撮影のせいでホームに駅員以外人影がない。なんだか東京の私鉄のだびれた郊外駅という風情だった。

運転士の指差呼称や線路の継ぎ目を通過するゴトンガタン音、運転士が加速させる転轍音まで入っていて、臨場感は満点。豪雪地帯だけに消雪装置のようなものがあるのも運転台からでなければわからない眺めだ。実際は時速200キロ運転でこれでは映像として速すぎるので「スローダウン処理」がされている。

川端康成も「トンネルを出たらまたトンネルだった」と書かざるをえないほど多いが、それでもよく見ると線路脇には脱線防止用にもう一本レールが敷かれているし、側壁には光ケーブルが走っているのがわかり、電子制御による安全対策の一端も垣間見ることができる。50年間無事故という海外、特に中国から見たら信じられないような安全対策がわかる車窓風景だ。

イギリスは鉄道発祥の地だが日本は懸命にその技術を全国で取り入れた。その国に新幹線技術の輸出が決まり、現地での車両生産も始まる。英国への「恩返し」である。そんなことを考えながら金沢までの光景を飽かず楽しんだ。金沢駅の先にはまだ鉄路が伸びていた。福井、その先の大阪までの延伸がすぐ先にあるようだった。

浪花節だよ、プロ野球は

広島カープが「帰ってきた男・黒田物語」でブレークしている。復帰第一戦となった29日の対ヤクルト戦では、マツダスタジアムは3万1500人を超えるファンで埋め尽くされた。人気アーティスト「B’z」が黒田のために特別に書き下ろした登場曲「RED」が曲がれる中、ゆっくりと黒田博樹投手がマウンドへ向かうと『おかえり』コールが沸き起こった。

「おかえりなさい」コールで喜ぶ広島ファン

「おかえりなさい」コールで喜ぶ広島ファン


スタンドは背番号「15」の赤いユニフォームの波で、黒田の名前がコールされると、スタンド全体から拍手がわき起こり、「お帰りなさい、黒田」の大合唱となった。中継番組の視聴率が、広島地区で平均34・9%を記録した。中継全体の平均は31・8%で、休日の昼間としては驚異的な高数字だった。

ガッツポーズで応える黒田投手

ガッツポーズで応える黒田投手

翌朝の新聞では、「米大ヤンキースから8年ぶりに復帰した広島・黒田博樹投手が先発した。2740日ぶりとなった日本の公式戦マウンドで、ヤクルト打線をほんろう。7回96 球を投げ、5安打5三振1四球、無失点に抑え、07年9月27日・ヤクルト戦(広島市民)以来、2740日ぶりの日本での白星を挙げた」と興奮気味。在京スポーツ紙も軒並み黒田一色だった。

ここまでファンを燃え上がらせているのは、彼の男意気、心意気、そして義理、人情、特に故郷のカープへの恩返しの心情に打たれるからである。日本人大リーガーが元の球団に戻るケースはさほど多くはない。広島に入団した頃は、潜在能力は高いものの未完の投手だった。体も細いし、制球はバラバラ。自らの努力があったのはもちろんだが、加えて我慢強く使ってくれたチームのおかげで、大木に育った。広島が地域に密着し、お金がないため、育成に力を注いできた伝統を持っていた球団だったからこそ、自分が成長したことを、黒田は忘れなかった。

FA権を得ても広島にとどまっていたが大リーグ入りがスポーツ紙をにぎわすようになったとき、当時の広島市民球場外野席に突如、巨大な横断幕が登場した。大きな文字で「我々は共に闘って来た 今までもこれからも… 未来へ輝くその日まで 君が涙を流すなら 君の涙になってやる Carpのエース 黒田博樹」と記されていた。更にシーズン最終登板試合には満員のファンが黒田の背番号15の赤いプラカードを掲げ球場を赤色に染め上げて見送った。後に黒田本人も「あのファンの気持ちは大きかった」と述べた。

昨シーズンヤンキースでの黒田は11勝9敗。日本人メジャーリーガー初となる5年連続2ケタ勝利を挙げた。ドジャーズ、ヤンキースを通じてのメジャー7年間の通算成績は79勝79敗、防御率3.45。3年間在籍したヤンキースが再契約を強く望んだのをはじめ、2008年から4年間プレーしたドジャース、パドレスなどが獲得に乗り出していた。中でもパドレスは今季ヤンキースでの年俸1600万ドル(約19億2000万円)を上回る1800万ドル(約21億6000万円)を提示したと言われる。

その黒田投手は年俸4億円で広島への復帰を決めた。21億円を蹴って4億円。カープファンを泣かせたのは、お金の問題だけではない。入団会見では「年齢的な部分を考えても(2月で40歳)残りの野球人生は長くないと思っていますし、いつ最後の登板になってもいいという気持ちでやっています。一球一球にどれだけの気持ちを込めて投げられるかと考えたときに、カープのユニフォームを着て投げて最後の一球になったほうが、後悔がないと思い、復帰を決断しました」

いずれ引退する日がきても、最後の試合はカープファンの前で投げたいとの思いにファンは泣かされ、球場を真っ赤に埋め尽くした。

◇ ◇ ◇

それに引き換え中日ドラゴンスの落ち目ときたら・・・

今年の開幕戦、いきなり3連敗である。不吉なスタートだが、いつものようになんとか格好のつく程度の成績に落ち着くのではないか。だが昨年から人気の凋落現象は激しく、例えば中日ドラゴンズのホームゲームの試合中継に「スポンサーがつかない!」と民放各社から悲鳴があがっているという。

ドラゴンズの試合は東海テレビ、CBCテレビ、テレビ愛知など地元放送局3社が中心となってそれぞれ年間15試合から10試合を中継する。1試合を放送するには球団に支払う放映権料と中継費用を合わせて約1500万円から1000万円。複数の企業でスポンサーとなるのだから、1社の料金はそんなに高くはないのだがダメ。全国放送ができる巨人戦や阪神戦。パ・リーグでは大谷人気の日本ハム戦はなんとか売り手がつくという。だが、その他のカードはなかなか売れない。

 「ドラゴンズ自体に人気がないんですからどうしようもない」と球団関係者。スポンサーを断ってきた企業のほとんどが『中日の試合は面白くないから』をその理由に挙げている。

 「面白くない試合」-との声がファンの間で聞かれるようになったのは、なにも昨シーズンからではない。落合博満GMが監督を務めた平成15年から聞こえていた言葉だった。

「オレ流」では面白くないんです。落合博満GM!

「オレ流」では面白くないんです。落合博満GM!

あるドラゴンズファンはいう。「落合監督だったときの試合は実につまらなかった。ペナントレースに勝つために-とWBCに選手を出さなかったし、ホームランを打ってもガッツポーズもさせない。ファンサービスする陽気な選手は、トレードに出されたんですから」

落合監督の“ガッツポーズ禁止令”は本当の話。ホームランを放ち、ガッツポーズをしながらベースを1周した選手は、試合後、監督に呼ばれた。てっきり褒められると思ったら「お前はなぜガッツポーズなんかするんだ。あんなものは相手をカッカさせ逆にやる気を起こさせるだけ。勝つためには必要ない。2度とするな!」としかられたという。

 ファンは続けた。「たしかに落合中日は勝ちました。でも試合は面白くなかった。だから監督をクビになったんでしょう。その人がGMになっても、ファンがワクワクするような魅力あるチームを作れるとは思えないんですよ」

 厳しい指摘はファンだけではなかった。昨年11月に地元名古屋のテレビに出演した楽天・星野仙一シニアアドバイザーが「立派なスタジアムがガラガラに見える。何故なのか?(中日のOBとして)しっかり提言しないといけない。考えてみれば、これ(落合獲得)が失敗だった」と発言した。

これは、1986年のオフ、星野監督自らが巨人との争奪戦の末、牛島和彦投手、上川誠二内野手ら4対1のトレードでロッテから三冠王・落合を獲得した。上述の「失敗」とは自分さえそのトレードをしていなければ後の「監督」も「GM」もなければ、いまの暗黒時代も来ていなかったという意味である。

落合GMは井端弘和内野手や山本昌投手ら大物選手には減額制限を大幅に超えた年俸を提示し「イヤなら必要ない」と突き放した。制限いっぱいのダウンを飲んだ選手は18人にものぼる。ルーキーや裏方さんたちも給料を減らされた。総額8億円超のコストカット。落合GMでなければできなかった“功績”だが、ネクラな性格はチームを沈滞させた。

 獲得に失敗したからといって、その腹いせに昨シーズン最多勝(16勝)と最優秀防御率(1・98)の2冠で沢村賞に輝いた選手を「あの程度」呼ばわりしてオーナーへ報告するかと思えば、昨シーズン、球団タイ記録の186安打を放ち、打率はベストテン4位の・318、チームトップの28盗塁をマークした大島洋平外野手の年俸を「君の守備力ではこれ以上出せない」と1775万円増の7400万円(推定)に抑えるなどやる気をなくさせることばかり平気で押し通す。

落合博満の「オレ流」は今に始まったことではない。「勝てばいいんだ」と言いたいのだろうが、満員のマツダスタジアムと並べるとき、ブログ子は「落合はいまだにわかっちゃいないなあ」、と思うのだ。スポーツ紙の編集責任者をしていた時、中日担当を命ぜられた記者が露骨に嫌な顔をしていた。当時から落合は嫌われ者だった。

浪曲師なら「男心に男が惚れて~」とうなるところだ。データ野球なんぞより、義理と人情と大和魂(やまとだましい)がいいのである。久しく忘れていたが、ファンはプロ野球に黒田のような浪花節を求めているのである。

今度は「助けられたネコ」

前回は救助された捨て犬の話だった。今度は「救助された猫」編。幸せなネコがいる一方で、病気や飢えに苦しむ捨て猫や、虐待を受ける猫もいます。千葉では生まれた子猫を生徒に穴を掘らせ生き埋めにした高校教師がいました。

瀬戸内海の「ネコ島」には捨て猫が島の人間より多く増えて「ネコだらけ」になった。ところがこの島に「癒やし」を求める観光客が押し寄せて大賑わい。ついには「日本のCat Island」として外電に取り上げられ、今度は外人観光客が押し寄せようかというもてはやされぶり。

我が家はイヌ派と思われていようが実はイヌもネコも好き。ただ親父と娘がネコの毛アレルギーで喘息を呼びこむもので敬遠しているだけである。実家にはネコがいてこたつの中で日がな一日足を突っ込む大人や子どもの足にじゃれついていた。炭火だったので一酸化中毒の「リトマス試験紙」のような役目も担っていた。スキー宿で泣く長女がうるさいのでこたつの中に放り込んだら中にいたネコに引っかかれて長く傷が残り周りから顰蹙をかったものである。今は3人の娘の母親だ。

車のエンジンルームに入り込み、やけどを負っていたビスケット。右耳以外はきれいいになり今しあわせに。

車のエンジンルームに入り込み、やけどを負っていたビスケット。右耳以外はきれいいになり今しあわせに。


世の中にはイヌ同様に不幸なネコを救助して手当をしている団体がある。ここで救助され、見違えるほど元気になったビフォー・アフター写真をブログで紹介している。こんなにきれいな毛並みをしていたんだと思わせる写真15枚は下記のURLに。

http://labaq.com/archives/51846513.html

用水路から救出された3本足の犬

米・ロサンゼルスで用水路の中でケガをした犬がいる、と動物救急センターに電話が入った。隊員が駆けつけずぶ濡れで川床の片隅で震えている犬を見つけ、ハシゴをおろしてセンターに運んだ。犬は右後肢がちぎれていて他にも内蔵などにダメージを受けていた。

スタッフはこの犬に「ジョーダン」と名前をつけて、懸命に手当を続けた。輸血の傍ら失くした足の手当をした結果、命は取りとめた。獣医が「奇跡だ」という回復ぶりだった。ボランティアに引き取られそこのローラとフランキーという2匹の犬と一緒に遊びながらリハビリを受け、おもちゃのボールの取り合いをするまで回復したのだった。

プールに飛び込んで泳ぐ姿や、3匹で全速力で走る姿が映し出され、「ジョーダンは足は失ったが、希望までは失わなかった」とテロップが出ると不覚にもブログ子はうるうるした。

タネを明かすと、このあとこうした動物を救うために5ドルの寄付をと続く。動物救急センターがその活動記録の中からワンシーンを選んで時々動画をアップする募金活動の一つで、「Dog Rescue」で検索すればたくさんの過去の動画がある。日本にも支部があるようだ。我が家の次女は盲導犬を見るとうるうるして盲導犬協会に寄付しているが、この動画をみたら、ロサンゼルスの送金先をさがすのではないか。

上に紹介したのは「短編」でもう少し長いものを見たい方は下記のURLへ

ホッケが高級魚とは驚いた

シマホッケの半身の干物(手前)とマホッケの干物。ともに高値。

シマホッケの半身の干物(手前)とマホッケの干物。ともに高値。

大衆魚ホッケの値上がりが止まらない。東京・築地近くの干物居酒屋では「のどぐろ開き 1900円」「きんき開き 1900円」「極上縞(しま)ほっけ 1500円」のお品書き。ホッケが店で3番目に高価な魚だ。(朝日新聞)

カメラマンと北海道に取材に出かけた夜、ススキノの居酒屋でカメラマンが真っ先にホッケの開きを注文するので「お前なあ、ホッケというのは下司な魚だ。鮭のルイベとかニシンを食べてからまだ口寂しいときにしょうがない、と食べるものだ」と”説教”して、自分が札幌で4年間学生生活を送った時の武勇伝を披露した。下宿は賄い付きだったが毎日ホッケが出る。予備校生もいて「またホッケか」というので、下宿屋のおかみさん相手に「ホッケ拒否闘争」を展開した。勝ったもののあなただけは出て行って欲しいと下宿を変わる羽目に陥った。

食糧難の戦後すぐ配給時代の放送では「◯◯町ホッケ、△△区ホッケ」と明けても暮れてもホッケで「今日もコロッケ、明日もコロッケ」の歌をホッケに変えて揶揄したものだそうだ。件のカメラマンは「そうかねえ、うまいんだがなあ」と言いつつ、シャケに変えていたのだが、この記事のとおりならブログ子は彼に謝らなければならない。

最近小樽周辺ではニシンが戻ってきたという話をテレビでみた。鰊御殿が建った時代には及ばぬまでも、かなりの漁獲量になり高値で取引されているとあった。昭和30年台に「絶滅」したが、漁師一丸となって稚魚の放流や海に流れ入る森林の手入れに精を出した成果だという。ニシンは積丹半島から稚内の沿岸部で生まれ育ち繁殖する。小樽沖ではニシンが産卵のため浅瀬に押し寄せるときに見られる群来(くき)という、海水が白濁する現象が見られると漁師が涙を流していたが感動的だった。

母のj実家の米沢で疎開生活を送ったが祖父は庭に埋めた壺にニシンを放り込んで腐敗した液を肥料として盆栽にくれてやっていたし、縁側には身欠きにしんが冬の保存食としてたくさんぶら下がっていて、その一つを飼っていたシェパードに見せびらかしたうえ持って逃げたら尻を噛まれた。

ホッケの高値は、主漁場である北海道沖での若い魚の取りすぎや海水温の変化で水揚げが激減した上、米国からの輸入物も漁獲規制で流通量が減ったことが背景にある。水産庁によると、マホッケの漁獲量は、1998年の約24万1千トンから2013年には約5万3千トンと15年で78%減り、過去最低水準だ。国産では干物にできる大きさのものが減り、代わりに輸入物のシマホッケが干物の主力となっている。上述の干物居酒屋店では、輸入物のシマホッケと、国産のほぼ全てを占めるマホッケの2種類があるが、シマホッケの仕入れ値は3年前と比べ、1・5倍。大型が手に入らず、小ぶりのマホッケでさえ990円で、アジやサンマの590円より高い。北海道の釧路市動物園では、アザラシやアシカの餌にホッケを使っていたが、14年10月から入手が難しくなり、アジに切り替えた。1キロあたりの価格がホッケの2倍近いが、なしで済まされないとあって、市は高値対策に約300万円の補正予算を組んだ。

ニシンがたどった道とまったく同じである。馬鹿にしていたホッケがなにやら愛しくなってきた。